弐:余裕、二ヶ月
ホルデンズの旦那は俺を鋭く睨んだ。
「どこまで知っている?」
「税の取り立て、たちの悪い荒くれ者を子分にして街の連中を搾り取る、そして、〝神落とし〟に関わった人々を尋問と偽っての拉致――特に神落としの人間にはご執心だとお聞きしておりやす」
「神落としについてはどこで聞いた?」
「コルゲ村の長老様からです」
「コルゲ村――、俺の存在を聞いたのもそこか?」
「へい」
旦那はそこで一瞬沈黙した。そして、俺をまっすぐに見据えながら問うてくる。
「丈之助――お前〝神落とし〟だな?」
俺が神落としであること、それはホルデンズの旦那にとっても重い問題なのだ。
「察しの通りです。あっしは神落としでござんす」
「そうか――、さっきの名乗りでも、一度命を落としたと言っていたからな。もしやとは思っていたんだ。だが、気にすることはねぇ。お前が俺のところを選んだのは正解だ。他の場所に居たんじゃ、絶対に領主のマルクスの野郎が手を出してくるからな。俺のところなら、たとえ睨まれたとしても手は出せねぇ」
「ありがとうござんす」
「あぁ、好きなだけ居ると良い。だが、お前としちゃ、これからどう腰を落ち着けるか、腹が決まるまで時間がかかるだろう。こっちの世界でやる事が見つかるかもしれん。そこでだ」
旦那は俺の前に指を2本立てて突き出した。
「2ヶ月時間をやる」
「2ヶ月――ですかい?」
「あぁ、その間に、これから先、どう振る舞うか? どこに足を向けるか? たっぷり悩んで決めるといい。3日や4日で自分の人生決めろと言われても難しいだろうからな」
「おっしゃるとおりで。あっしはまだこっちの世界の理りについちゃ頭に入っちゃおりません」
「知らねぇ事も多いだろうからな」
「へい」
「よし、その間の寝泊まりや食事は俺が他の若い衆と同じように世話する」
「ありがとうござんす」
「その代わり、俺の〝表〟の仕事は手伝ってもらう。今、船の荷揚げ人足が足らなくてな」
「力仕事でしたらお任せくだせぇ」
「頼んだぜ。――よし、ソーンス!」
旦那は部屋の外へと声をかけた。すると、すぐに扉が空いて外から一人の若い衆が入ってくる。するとそれは先程、屋台の女将さんを助けた四人のうちの一人だった。そして、俺が仁義の挨拶を切ったときに応対してくれた兄さんだったのだ。
「何でしょう? 頭」
「丈之助に2ヶ月の時間をやった。その間は若衆の一人として扱え、それと仕事は荷揚げ人足に割り振る」
「はい、そのように。寝泊まりはうちで世話します」
「そうしてくれ。丈之助、後のことはソーンスに聞け。仕事は明日からさせる。それまでは体を休めろ」
「そうさせていただきやす。ソーンスの兄貴も、よろしゅうお頼み申します」
「あぁ、よろしく頼む」
そう答えつつ、ソーンスは右手を差し出してくる。俺も立ち上がり自分の右手を預けた。
「部屋に案内する。そのあと、一杯付き合え。酒はいけるのだろう?」
「もちろんです。お付き合いいたしやす」
「よし、決まりだ。――頭、それでは」
「あぁ、たっぷり飲んでこい。飲み代は俺が出す」
「ありがとうござんす」
俺は荷物を手にホルデンズの旦那に一礼して、ソーンスの兄貴の後を追った。だが、その時だ。
「そうだ――丈之助、一つ言っておく」
俺は足を止めて振り向いた。
「俺からの忠告だ。神落としの人間は必ず、特別な技を持っているはずだ」
「へい、鉄鍛冶の仕事を少々」
「いいか? それは絶対に他人には見せるな! 何があってもだ!」
「絶対に――ですかい?」
「そうだ」
非常に強く鋭い口調で、ホルデンズの旦那は俺に告げた。それはまさに厳命だった。
「承知いたしやした。肝に銘じます」
渡世人は、身を預けたその先では、親分の言うことには素直に従うのが鉄則だった。ましてや厳命されれば是非も無い。
「それじゃ、旦那。失礼いたしやす」
俺はホルデンズの旦那の部屋を後にしたのだった。




