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壱:騎士崩れの男

 ホルデンズの旦那の邸内を静かに歩いていく。旦那の館は想像以上に大きい。旦那自身の生活の場もあるだろうし、身内の若い衆が寝泊まりする場所もあるからだ。当然、旦那がしている河岸問屋の商いにまつわる場所もあるだろう。

 

――こいつは相当な人望がお有りだな――


 とにかく並の広さの屋敷ではないのだ。そして、特に目につくのが――

 

――やけに〝馬〟が多いな?――


 邸宅の表にも馬が停められていたが、邸宅の中にも馬止めの小屋があるのが遠くに見えた。河岸問屋なのに馬がこれだけ必要なのか? と言う疑問はあったが、そこは詮索する意味は薄いだろう。俺はホルデンズの旦那が入った部屋に後をついて入っていく。広い部屋で、大きな文机の他に、対面で話をするための〝テーブル〟という座卓や、椅子もあった。壁は棚になっていて書物が並び、別の壁際には、剣や槍がいくつも飾られている。


――〝武〟も立つだけでなく、〝文〟も立つのか――


 まさに文武両道と言う言葉を俺は思い出す。そして、ガラス張りの窓の外には広い中庭があった。否、そこは庭というより戦のための鍛錬場と言う趣の作りになっていた。剣を振るうための練武場を思わせる土場や、剣を打ち込むための木の柱が幾重にも建てられている。力の修練のために使うのだろう、様々な形の〝石〟も置かれている。それをいつでも眺められるようになっている。


――これは、俺が今まで出会った〝親分衆〟とは全く違う御仁だ――


 〝常在戦場〟と言う言葉を聞いたことがあるが、先程の名乗りで聞いたとおり、かつては騎士と言う士分だったが、今では身分を取り上げられて平民として暮らしているのがわかる。だが、地位は失っても今なおその心は士分のままであり、騎士としての生き様が彼の矜持そのものなのだ。これは――おそろしくやっかいだ。対応を間違えれば下手すると命がない。と、言うより俺の今までの生き方だと〝(さむらい)〟と言う身分はすべからく敵だったからだ。だが、〝侍〟と〝騎士〟はどう違うのだろうか? それを見分けなければならない、と感じていた。

 だが――

 

「どうした? なんか迷っていることでもあるのか?」


 驚いたことに、ホルデンズの旦那は俺に背中を向けたまま呟いた。テーブルを挟んだ椅子の一つに腰を下ろしつつさらに語る。

 

「今までの自分の生き方の中には存在しなかった相手を見つけた――、それをどう受け止めるか? 思案しているな?」


 腰を下ろし切ると見上げるように俺に視線を向けてくる。それはまるで全てを見透かすような鋭い視線だった。だが、そこに敵意はなかった。


「お見通しでござんすか」

「あぁ、歩き方や呼吸や気配でな。自分が背中を預けている相手が敵なのか味方なのか? 見分けられなければ命がねぇからな」

「そう言う場所で生きてこられたんですね」

「そうだ。戦場、宮殿、ありとあらゆる〝争い〟の場をくぐり抜けてきたからな。まぁ、座れ」

「へい、失礼いたしやす」


 俺は脱いだマントを腰に下げた長脇差とともに、裏返した三度笠に乗せて足元に置く。そして、両の拳をしっかりと握って膝の上においてホルデンズの旦那と向かい合った。


「あらためて、ご挨拶させていただきやす。名乗り、疾風の丈之助と申します。お見知りおき、願います」


 俺は名乗りつつ頭を下げた。すると旦那も返してくる。


「雷のホルデンズこと、バルタザール・ホルデンズだ。表向きは水運業の商いをしつつ、荒くれ者を束ねて武装団を率いている。まぁ、やくざ者と変わらん。とはいえ、お前が知っているやくざ者とは違うのだろうがな」

「へい、旦那ほどに、武も、教養も、たつ御仁は初めてです」

「ほう?」

「俺の知っているやくざ者は、基本、力と金にしか興味がありやせん。どんなに子分を集めても、とどのつまりは力と縄張りを維持するための物、ですが、旦那の子分集は違う。街での振る舞いを拝見させていただきやしたが〝しつけ〟がしっかりしておりやす。あれだけ、街の連中に慕われている若い衆には、それ相応の〝(かしら)〟がおりやす」


 俺の言葉に旦那はにやりと笑った。

 

「褒め過ぎだ。ここに居るのは主君を守りきれず、恥をさらした騎士崩れだ」


 自嘲気味に語る旦那だったが、俺の言葉に悪い気はしていない様子だった。

 

「とはいえ、今のこの街を支配している奴から、街の弱い奴らを守らなければならん。それが死んでいったかつての主君と交わした最後の約束だからな」

「ご領主マルクス様の横暴からでございやすね?」

「知っているのか? マルクスを」

「行く先々で耳にしました。その悪行も」


 そう話したとき、ホルデンズの旦那の顔色が変わった。凄みのある武人の顔へと変わったのだ。


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