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八:大音声 ―騎士道の名乗り口上―

 だが、声はかえってこない。沈黙の空気の中をジリジリするような焦燥感の中でひたすら耐える。

 

――これはしくじったか?――


 さすがにそう思い始めたときだった。

 

――カッ! カッ!――


 館の奥から足音がした。重く響く力強い足音、そしてなにより、戦い慣れた強者にありがちな、自らの足で地面をしっかりと踏みしめる事を心得た男の歩き方だった。

 その足音の主の気配に、控えの場に居た若い衆は一斉に視線を向けた。それが彼らを束ねる〝(かしら)〟と言える者へと向けられているのは明らかだった。

 

――来た!――


 俺は、恐れと、興奮を感じつつ、その御仁の気配をひたすらに待つ。


(かしら)

(いかづち)の旦那!」


 間違いない、コイツらを束ねる〝親分〟たる男が現れたのだ。


「なんだ! なんだ! 騒々しいと思ったら、随分と面白ぇ客人じゃねぇか!」


 肩を揺らし、笑いながらそいつは語った。頭をかすかに上げて視線を向ければ、そこに佇んでいたのはヤクザ者の親分と言うよりは、昔の戦の世で戦場を駆け回っていた武士(もののふ)のような屈強な偉丈夫な大男だったのだ。

 装いや身につけているものは若い衆と同じくダブレットと呼ばれる前合わせのボタン付きの長袖シャツに、ホーズと呼ばれるズボン履きとロングブーツだ。腰には奴の誇りなのだろう。両刃の大刀を戦士身分の男の矜持のように左腰に下げていた。その足取りは重厚で威厳に満ちていて何よりも迫力が違う。

 

――こいつはすげぇ――


 俺はその〝男〟の気配に飲まれそうになりながらも、腹に力を込めて向かい合う。すると向こうさんも、腰の剣をわずかに揺らしながら俺の姿を見定めるように目を細めた。


「名乗り口上とは懐かしいもんだな。今じゃ、正規の騎士分の奴らでも作法すらおぼえちゃいめぇ。いいだろう! こっちも昔を思い出して付き合ってやる!」


 その言葉には〝喜び〟があった。若い衆に視線を投げつつ静かに頷くと俺をじっと見据える。そして、今では失われてしまった〝誇り〟――それを懐かしむかのように奴は堂々と胸を張りながら語り始めたのだ。


「拙者、生国(しょうごく)はアルヴィアの地、幼き頃より剣を学び、槍を握りて戦場を駆け巡る!

 かつて仕えしは、旧領主ギベルティ・ヴァレンス公!

 雷鳴騎士団の名の下に、剣を振るい、槍を揮い、この地を守りし忠誠の騎士――その名はホルデンズ!」

 

 それは俺の仁義とは全く違う力に満ちていた。まさに大地の上の戰場(いくさば)で、武士が敵に向けて轟かせるための〝名乗り〟そのものだった。それはまさに大音声(だいおんじょう)となり、部屋いっぱいに響き渡って若い衆までも魅了していた。

 

「されど今、運命の風は荒れ狂い、

 奸計に満ちた裏切りの嵐に、騎士の名を奪われ、地位を失い、

 もはや剣を振るうは貧しき者を守るため――、

 されど心の雷は消えぬ!

 オークの大樹は折れぬ!

 雷鳴のごとき魂を持つこのホルデンズ、

 どこに居ようとその名に恥じることなし!」


 語りきった男の名は〝ホルデンズ〟――俺が会いたいと思っていた、まさにその人だった。名乗り終えた後に左腰に下げた剣の柄をあらためて握りしめながら俺をしっかと見据えていた。ホルデンズは俺に向けて語りかけた。

 

「丈之助とやら、お前の覚悟とやら、しっかり聞かせてもらったぜ」


 赤々と燃えるような赤毛の髪に、顎一杯の髭、その額には戦場で受けたであろう刀傷が幾重にも残されている。それがこの男が、戦場の剣難を何度も乗り越えて来た事の証でもあった。そう――ホルデンズとは正真正銘の〝武人〟だったのだ。

 だが、厳ついだけではない。そこには深い情けと頼もしさがある。少し口元を緩ませて奴は俺に向かって一歩近づいてきた。


「礼儀ができている奴は嫌いじゃねぇ。いいだろう、お前の啖呵に応えた俺だ。その度胸、今後も見せてもらうぞ!」


 そして、ホルデンズの旦那は自ら右手を差し出すと、俺が突き出した仁義の手をしっかりと握りしめてくれた。コルゲ村で教えてもらった〝握手〟と言う作法だ。

 旦那は周りの若い衆に向けて高らかに告げる。


「こいつを迎え入れる。文句がある奴は俺に言え! いいな!」

「へい!」

「異論ありません!」


 俺を拒む声はない。仁義を通じて賭けた戦いに俺は勝ったのだ。しっかりと立ち上がると、あらためて頭を下げる。

 

「あらためてご挨拶させていただきやす。丈之助と言いやす。お見知りおきを!」


 徹底して礼儀を通す俺の態度に、ホルデンズの旦那はあらためてうなづいていた。そして、彼は言う。

 

「よし、これからお前をどうするか、話を聞いたうえで決める。来い」

「へい」


 俺は革マントを外しながら、ホルデンズの旦那を従いていったのだった。


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