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七:軒先の仁義

 夕暮れすぎの薄暗がりの空の下、俺はホルデンズの親分の寝蔵と思わしき屋敷の入口となる扉の取っ手に左手で手をかける。右手は三度笠のつば先を抑えるように添えていた。そして自分の腹の中に力を込めると、俺は扉を一気に開けた。


「失礼にござんす!」


 俺の声が屋敷の中に響く。扉を開けてすぐは若い衆の詰め所だったらしく、先程の4人の他にも屈強な男たちが雁首揃えて俺の方を睨み返してくる。 

 

「こちら、雷のホルデンズの親分さんの屋敷とお聞きいたしやした」


 俺の声に弾かれるように、あの屋台の女将を助けた若い衆の一人が問い返してきた。その視線は鋭く、明らかに乱入者を追い払うかのような勢いがあった。そのホルデンズの身内の子分の中から、中堅どころが進み出て俺を出迎える。背の高い恰幅のいい栗色の髪の男だ。短めに切った髪を後ろへとなびかせるように撫でつけていた。切れ長の目が印象的な御仁だった。

 

「何だてめぇ? なんの用だ!」


 明らかな警戒の声、だが、完全な敵とは見てない。俺の落ち着き払った態度に、向こうもこっちの出方を伺っている。それに答えるように数歩進みでて最初の仁義の口上を切る。男、丈之助――渡世人としての男の仁義を通すための啖呵(たんか)口上の始まりだ。


「ご当家、軒先の仁義、失礼ですがお控えなすって」


 詰め所の入口にて三度笠をつけたまま、二つ目の仁義の口上を俺は切る。追い返さない若い衆にに感謝の念を交えつつさらに言い放った。


「ご清聴、有難う御座いやす。軒先の仁義を失礼さんにござんすが、手前控えさせて頂きやす」


 次に俺は、腰を中腰に落とすと右手の手のひらを相手に見せるように前へ突き出し、左手の指を腰の帯に引っ掛けるように添え、仁義の口上を力強く切る。


「早速ながら、ご当家、三尺三寸借り受けまして、稼業、仁義を発します!」


 俺の声が若い衆の詰め所の中へと響き渡り、その声に若い衆たちもあっけに取られている。そいつらを前にして俺は淀みなく一気に語り抜けた。


「手前、生国発しますところは日の本の国にござんす。日の本の国といえど広うござんす。そんな手前の生まれは相模(さがみ)の国の愛甲郡(あいこうごうり)

 鍛冶屋のせがれの身の上なれど、親を理不尽に殺され怒りの湧くままに仇討ちし人生の裏街道を世を渡り歩く風来坊――、人呼んで〝疾風の丈之助〟と発しやす。

 幼き頃より身寄りもなく、仁義を宿す渡世人(とせいにん)の道を頼りに歩み、数えりゃ幾つの渡りを越え、やがて凶状(きょうじょう)持ちの名を背負うところ。

 その挙句、この身の命も一度尽き果てる始末。

 一度は命を無駄に散らしましたが、今一度この身、陽の下で生きろと、何者かに呼ばれた次第。この命、拾いもんにございやす!」


 俺は頭を上げて三度笠越しにあたりを見回すが、俺を見る視線はどれもが真剣だった。嘲笑の視線が無いことに心から感謝をしつつ、再び深々と頭を下げて一呼吸を置く。


「今こうして御屋敷の敷居をまたぎ、一宿一飯のご厚意に与るならば、

 拾い物のこの命、心の限り尽くし、たとえ千尋の谷に堕ちようとも、

 親分さん、果ては兄さん方の御恩に背くことなく、この丈之助、全身全霊でお応えする覚悟にございやす!」


 俺は言葉に力を込め、左手で三度笠を取り腰の後ろに回すと、再びしっかりと頭を下げた。


「以後、お目汚しにならぬよう努めさせていただきやす。どうぞ、兄弟衆の末席に置いていただけるよう、よろしくお願い申し上げます!」


 俺の口からは仁義の口上はすべて語りきった。今までの渡世人の道中の日々ならば、ここで相手方の受け役の兄さんの口上が帰ってっくるはずだが、この世界にはそんなものがあるのかどうかは分からない。相手にされないどころか一笑に付されて終わることすらあり得る。もしそうなれば、俺のこれまでの生き方は通じないことになる。下手をすれば道化者で生涯を終わることにもなるだろう。

 そう――、

 これは戦い、俺が、俺としての生き様をこの世界でも続けられるの瀬戸際なのだ。


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