五:ゴロツキとお身内衆
だが世の中というのはうまくいかないものだ。件のごろつきのような兵士たちが、その場から離れようとした屋台の女将さんに目をつけたのだ。
「おい、そこのお前」
「は、はい」
「なぜ逃げようとする」
「そ、それは――」
鎧や武器でそれなりに正規の兵士のように装っているが、立ち振る舞いや言葉使いから、その本性の粗野さや荒っぽさは滲み出るものだ。俺は物陰からその様子を眺め続けた。兵士の1人が威圧的に語る。
「不審な男が街の外から入ってきたと報告を受けた」
「〝南側〟に足を踏み入れたのはわかってる」
「貴様、何か知ってるのではあるまいな?」
にらみを聞かしながら5人の兵士は屋台の女将さんを取り囲んだ。
「俺のことがバレたか?」
俺はそんな風にいぶかったが、どうやらそうではなさそうだ。
「俺たちを見るなり、逃げようというのはやましいところがあるに違いない」
「何か隠しているんだろう?」
「調べろ」
「おう」
俺にはこの兵士たちが考えることが透けて見えた。
「何でもいいから、難癖をつけたいだけか」
とりあえずは誰でもいいのだ。4人の兵士たちは女将さんの屋台をや探しし始めた。
「やめて! やめてくれよ!」
こういう露天商売をしている行商人にとっちゃ、屋台の店というのは財産そのものだ。これがなくなったら路頭に迷うしかない。兵士たちはそれが分かっているから意図的に屋台を漁っているのだ。
「もしやこれは――」
連中が狙っているものを俺は察した。
「待って待っとれ! 金なら金ならやるから!」
耐えかねた女将さんがそう口走った時、兵士たちの口元がニヤリと笑った。
「強請り、たかり――これは手慣れているな」
南側に住んでいる連中が、立場が弱いことをいいことにこういう形で小遣い稼ぎをしているのだろう。だからこそ女将さんはこいつらが現れた時に怖がったのだ。
俺は左腰に下げた長脇差に手をかけた。いざとなれば俺が出るしかないだろう。一歩足を踏み出そうとしたその時だった。
「おいお前ら、〝南側〟で何してやがる」
「雷の旦那のショバだっての分かってんだろうな?」
道の向こうから人混みを割って現れたのが4人の男たち。
ダブレットと呼ばれる前合わせのボタン付きの長袖シャツに、ホーズと呼ばれるズボン履き、足にはロングブーツを履き、かかとにある拍車と言う金具が特徴的な音を出していた。
――カチャッ、カチャッ――
当然のように左腰には長くて太いダンビラの剣が下がっていた。
言葉は荒っぽく威圧的ではあるが、ごろつき兵士たちよりはどこか礼儀をわきまえた〝しつけの良さ〟が垣間見えた。
「ほ、ホルデンズの身内連中」
「やべぇ」
ごろつき兵士たちは彼らを前にしてすでに逃げ腰だった。
「どうした? 腰に剣を下げてるのに一度も抜かずに退散か?」
「俺たちはいつでもいいぞ」
「南側の住人たちに手を出すって言うなら、俺たちは容赦しねえぞ」
そう言いながら4人の男たちは左腰の剣のつかに手をかけていた。
「ちっ!」
「行くぞ」
面倒ごとは嫌だと言わんばかりに、男たちはそそくさとそこから離れて行った。町の人たちもごろつき兵士たちには憎しみの目を、ホルデンズの身内たちには尊敬の目をそれぞれに向けていた。そこにこの町の人たちの思いが現れているような気がした。ごろつきたちが姿を消す一方で、ホルデンズの身内たちは屋台の女将さんを気遣っていた。
「おかみさん大丈夫かい?」
「亡くなった旦那さんの形見の屋台なんだろう? 大切にしろよ」
打って変わった優しい言葉遣い、そこにこいつらの真っ直ぐな気持ちが表れている。女将さんが頭を下げて礼をする。
「ありがとうございます!」
そして男たちはさらなる気遣いを見せた。
「ちょうどいい腹が減ってたんだ」
おかみさんの屋台の焼き上がったばかりのパンを手に取ると懐から代金として銅貨一枚を1人1人置いていく。
「そんな、こんなにもらえないよ」
「いいんだ。屋台の修理代だ」
そう言葉を残すと町の見回りを続けるかのように彼はまた歩いていった。
「あれが、ホルデンズのお身内――」
俺は彼らのあとをつけて行く。そうすればホルデンズのいる所へとたどり着けるだろうからだ。そして俺は気配を消しながら歩き出したのだった。
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