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四:パン焼き屋台の女将

 アルヴィアの下手の街を歩き回り、街の様子を眺めていく。漆喰とレンガで造られた古い建物が建ち並び、表通りの道と路地のあたりは石畳で舗装されていて比較的歩きやすい。ただ、おそらくは裏側に貧民街があるのだろう。時折、風に乗ってすえた匂いが鼻をつく。

 道の両側に多彩な店が立ち並び、店の入口がない壁際には屋台や露天の店が立ち並ぶ。領内のあちこちから者が流れ込んでるくるからだろう、売られている品物は華やかで、よりどりみどりだ。そうした物売りに混じって物乞いも座り込んでいる。さらには親なしの浮浪児だろう。汚れた子どもの兄妹が寄り添いながら往来を見ていた。思えば俺も昔は親無しだった。


「親なし子か」


 懐に忍ばせた金の袋から銅貨(セント)を4枚ほど取り出すと、その兄妹に投げてやる。兄の方は驚きながらも必死にそれを受け取った。


「あ、ありがとう」


 戸惑いながらも礼を口にする兄妹へと軽く笑みを浮かべて歩き去る。さらに道脇にパン売りの屋台を見つけた。細長いパンに焼いた肉を挟んだものだ。小さな荷車のような屋台の焜炉(こんろ)でパンごと網焼きにしている。その香ばしい匂いに興味を惹かれた。屋台の店主はやや恰幅のいい大年増の女だ。前掛けをつけた彼女に声を掛ける。


「幾らだ?」

「まいど、3小銅貨(ピク)だよ」


 すでに焼けた肉入りパンを受け取りながら、俺は店主の彼女に1銅貨(セント)を渡した。


「つりはいい」

「随分気前のいい客だね? だったらもう一つおまけしようか?」


 屋台の女将はにこやかに笑いながら答えた。それに対して俺は告げる。


「おまけの代わりに、ちょいと聞きたいことがありやしてね」

「聞きたいこと? なんだい」


 屋台の女将のおばさんは別なパンを焼きながら俺の言葉に耳を傾けていた。


「雷のホルデンズって聞いたことありやすかい?」


 俺のその言葉におばさんの手が止まる。


「知ってるも何も、この界隈で知らないやつはいないよ。なんだい兄さんもホルデンスの旦那に世話になりに行くつもりかい?」

「へい、お噂を耳にはさみやしてね、ちょいと御尊顔を拝もうと思いやしてね」

「そうかいだったら兄さんぴったりなんじゃないのかね」

「どういうことですかい」

「あんまり大きな声じゃ言えないんだけどね、ホルデンズの旦那は元々は前の領主の下で辣腕をふるっていた騎士様だったのさ」

「騎士――」

「ああそうさ、雷鳴騎士団って軍団を率いて戦場を駆け回ってたのさ。まあそれが今は事情があって身分を取り上げられてこの町の南側で暮らしてるんだけどね」


 話から察するに騎士という身分は、領主の下で武器を取る侍のような連中なのだろう。そしてそれが権力争いや勢力争いに負けて転落し落ちぶれてきたのではないだろうか? だが屋台の女将は意外な言葉を口にした。


「前の領主の下で働いていた連中は、アルヴィアから離れるか、今の新しい領主にしっぽを振るか、そのどっちかなんだけどホルデンズの旦那だけは、亡くなった前の領主の遺言を守るかのようにこの街の南側で、北側の連中に睨みを効かせてくれてるのさ」

「へぇ、そいつは忠義に篤い〝仁義〟のわかるお方でござんすね」

「だろ? だから私らもとても頼りにしてんのさ。北の連中が時々無茶をやらかすからね」

「無茶をやらかす?」


 女将は一番気になる言葉を残した。すると――


「あんた急いで隠れな!〝連中〟が来たよ」


 彼女は何か視線で示してくれている。横目でその視線の方を見れば、腰から下はズボン履き、上半身には鉄鎧を着たお侍のような連中が4人ほどやってくるのが見えた。目つき、振る舞い、歩き方、そのどれもが荒っぽく雑で、とても名のある身分には見えなかった。


「街の門番よりひどい連中そうだ。ご迷惑かかるといけねえ」

「私も難癖つけられないようにするよ」

「その方がようごさんすね。それじゃごめんなすって」


 彼女もこういうことには慣れてるのか、屋台を引いてその場からそそくさと離れようとする。俺は彼女に礼を言いながら素早く脇路地に入ると物陰から視線を向ける。そして事の成り行きを静かに見守った。


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