参:晒し者の女
アルヴィアの街は広い、差し渡しを歩き回るのには丸一日かかるだろうくらいの規模がある。街は堅牢な石壁で囲われていて、その街を一本の川が貫いている。人々の声からヒース川と呼ぶと知る。街はその川の北側と南側に別れていて、あの荷馬車の兄さんから聞かされた話を思い出す。
「北側が〝上手〟、南側が〝下手〟」
ざっと見て川の両岸で建物の雰囲気にも違いがある。川の両岸は荷上場や船着き場が並んでいるが、そこから少し離れると、商人たちの建物が目につく一方で、北と南の違いが気になった。
「たしかに北側は豪勢だな、だが南側は――」
遠目に見てもきれいな建物とは言えない。年を重ねて古くなった建物が多く、正直言って猥雑に見えた。
「小汚ぇ街だ」
だが、街の活気は北よりも南側のほうが賑やかだ。ヒース河には石造りの橋がかかっていて、その両岸には物売りの店や飲食店や露天の業者が店を広げている。橋は古来から人々の集まる場としての機能を持っている。だが、橋を渡りきったとき嫌なものを見た。
「晒し者か」
橋のたもの先は複数の道が交わる辻の広場となっている。そのど真ん中に石造りの物見台が建てられていて、その石壁の際に堅牢な木の柱が複数打ち立てられている。そして、そこには木の柱に鉄の鎖と鉄首輪で繋がれ、両手を後手に手錠で括られた〝罪人〟が3人――、老人、中年男性、若い女――、が繋がれている。木の柱の上側には罪状が書かれた木の板が打ち付けられていた。
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フィリップ・ラヴェル:窃盗犯:晒し三日
罪状詳細:近隣の商人宅から金銭と家財を盗み出した。年老いて動きが鈍いためか、盗みの手口も粗雑で、すぐに捕縛された。累犯であるがゆえに盗人としての名を今ここで晒し、町の教訓とする。
グレゴール・ヴィクトリウス:詐欺師:晒し五日
罪状詳細:自らを名のある商人と偽り、無知な農民を騙して金銭を奪った。欺かれた者たちは泣き寝入りしていたが、この者を晒すことで二度と同様の犯罪が許されぬことを示す。
エリザ・ヴェンディス:美人局:晒し三日
罪状詳細:娼婦を装い、粗暴な男と組んで、純真そうな若い男性を脅して金銭を強要していた。その手練手管で何人も騙してきたが、ついにその悪行が暴かれた。今、ここでその顔を晒し、町の皆にその悪事を知ってもらう。
警告:これらの者に対する晒し刑は、町の秩序を守るために執行される。どんな理由があろうと、犯罪を犯した者は容赦なくこのような制裁を受けることを忘れないように。
領主マルクス・トルヴァス
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3人とも疲れ切っており抵抗する素振りもない。当然ながら小便などは垂れ流しであり、大人の女に見えていた彼女は化粧がすっかり落ちて、歳相応には見えないあどけない顔があらわになっていた。春をひさぐ仕事である以上、舐められないように大人びて見せていたのだろう。その日々の苦労が忍ばれるようだった。
男どもは石を投げられたのだろう顔に痣があり、女は弄ばれたのか衣類が乱れていて素肌が見えていた。そして、俺はヒース河の北と南を再び見回す。金持ちの北側と、貧乏人の南側、当然、貧しい南岸側の街の住人たちは生きるので精一杯だろう。当然、悪事に手を染める者も少なくないはずだ。
「それをわざわざ、南側の広場でやるんすね」
俺はそこにこの土地の領主の底意地の悪さを感じずには居られない。俺は無言で女の足元に近づいた。肌は日に焼けて小麦色であり髪は赤毛でほつれている。奇妙に愛嬌のある女だが疲れ切った顔で俺を睨んで見上げていた。
「なんだいあんた」
言葉はすてばちで荒っぽく、自らの境遇に諦めを抱いているのがわかる。
「さらし者の女が珍しいのかい? 見たいんだったら足でも開いて具まで見せてやろうか?」
どうせもう無くすものは無いとばかりに悪態をつく。その彼女の仕事用だろう。衣類の紺色のドレスが乱れて足が根本まで丸見えになっていた。自分ではだけさせたよりもイタズラされたのだろう。だが罪人とはいえど女は女だ。俺は無言で歩み寄るとドレスの裾を直してやる。女は俺のその気遣いに乾いた笑みを浮かべた。
「ありがとうよ、兄さん」
俺は目配せで返事をすると無言のままにその場を去った。そして、目的のあの男を探した。そう――雷のホルデンズである。