壱:丈之助、街道を征く
俺が出立を早朝に選んだのは方角を知るためだ。
おひさまが東から昇り、西に沈む。この理が通じる世界であることは村に居たときに確かめていたから自分が今どの方角にいるのかは見当がついていた。
「南か――」
今、自分がいるのは北の方角で背後に高い山を抱えている。そして、山の裾野は南へ向かっており道もその方へと伸びていた。山の谷間を縫うような道を歩き麓へと向かう。小川を越え、橋をわたり、山間の林の木々を抜ける頃にはあたりは牛や馬を育てる牧場や、麦畑があたり一面に広がっていた。
広い大地の上、陽光に照らされた麦畑は黄金色に輝いていた。風が吹けば実りを迎えた麦の穂が一斉に波打ち、やけに心地よい音を奏でていた。俺はそのさざなみのような音に、ここ異国の地である事を感じずには居られなかった。
「麦の実りか、てことは夏入りか――」
麦はコメと違い秋に種まきし、夏入りの頃に収穫する。冬でないなら野宿をするのも苦にならないだろう。
俺は脇目も振らず一心不乱に歩き続けた。まずは町か村を探して目的地であるアルヴィアがどこにあるかを知らねばならない。
コルゲ村を出てから昼過ぎ、麦畑の中を伸びる道を歩いていて、俺は農婦のような女と通りすがった。
「ちょいと失礼いたしやす」
「はい?」
茶色い髪にほうかむりをした愛嬌のある若い女だった。
「アルヴィアの街はどちらでござんしょう?」
「アルヴィアはこの道をこのまま南へ進んでロロイの村の辻で西へ向かえばあとは街道を一本です」
「ロロイの村――ありがとうございやす」
三度笠を被ったまま頭を下げる。農婦の女は自然な笑みを浮かべたまま去っていった。
それから夕暮れまで歩いて教えられたロロイの村に差し掛かる。大きめの農村で物売りの店も立ち並んでいるのでコルゲ村で覚えたこの世界の食い物を買って、村の辻で道を変えてより大きな街道筋を西へと向かった。そして、村はずれに道切りの道祖神の社を見つけると、そこで野宿をする。手持ちの路銀がどこまで持つのか分からないから、今はまだ切り詰めるしか無いだろう。
朝、日が昇る前に目を覚まし、再び歩く。俺は脇目も振らずにひたすらに西を目指した。
その旅路を行く最中に気づいたことがあった。やけに積荷を乗せた馬車や牛車が多いのだ。おそらくは村や町で集められた収穫物をより大きな街へと運んで売るのだろう。おれはもしやと思う。
「ちょいとお聞きします」
俺は山から切り出した材木を積んだ馬車に乗った若い男に声をかけた。ズボン履きにシャツに皮の道着をつけて、日よけの皮帽子を被った男だ。
「この荷はどちらへ行きやすか?」
男は突然の声掛けに警戒するような顔を浮かべたが、俺が丁寧な口調を頃がけたので警戒を解いたようだ。
「アルヴィアだよ。ここいらでは一番大きな交易の街だからね」
「そいつはどうも。助かりやした」
俺は三度笠を被ったままに頭を下げた。そして、礼の言葉を口にする。それが若い男の興味を更に引いたらしい。
「あんたもアルヴィアに行くのかい?」
「へい、ちょいと人探しをしてまして」
「人探しか――、だったらあまり〝上手の街〟には近づかないほうがいいかもね」
「上手の街?」
「アルヴィアは街の中心を東西に流れるヒース川を境に、街が金持ちと平民に別れてるんだ。金持ちや貴族連中が住んでいるのが上手の街、貧乏人が肩を寄せ合っているのが下手の街さ。人探しをするなら下手に行くと良い。危ない連中もいるけど、下手の住人たちは基本、情が深いからね。人探しをしても親身に聞いてくれるはずさ」
つまり男の話は、アルヴィアの街が2つに別れていることを意味していた。人柄の良くない領主と、金持ちや貴族様が幅を利かせる差別の街――、俺の脳裏にはそんな風景が浮かんでくる。
「探し人が見つかるといいね。それじゃ!」
男は手を振りながら去っていく。その姿に俺は再び頭を下げた。