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壱:水辺のリーアと割れた水瓶

 俺は村長たちとの話し合いのあと、寝蔵にしている家へと戻る。そして、夜中のうちに旅支度を始めた。と、言っても、持ち物もほとんど無い俺では身支度程度で終わる。衣類を身に着けたままで寝床に寝転ぶと、まんじりともせずに朝を迎えた。大地の向こうに日が昇り始めるか否かと言う頃に目を覚まし、即座に飛び起きると三度笠を被り、長脇差を腰に下げると、道中合羽を首に巻いて、肩には振り分け荷物を背負った。

 

「行くか――」


 まだ、村の中に朝霧が漂う中を、俺は扉を開けて外に出る。そして、向かったのは村の水場だった。

 村の女たちが朝早くにすることは、朝の食事の支度と水汲みだ。ならばリーアが水場に現れるだろうことは予想がついた。俺は物陰に隠れながらリーアの現れを待った。

 息を潜めて様子を窺えば、案の定だ。

 

「あれだ」


 右脇に水瓶を抱えたリーアが小道の向こうから現れたのだ。いかにも嬉しそうで水汲みのあとには、俺が寝泊まりしていた家にやってくるつもりなのだろう。俺は腹をくくった。

 道脇の茂みを割って俺は姿を表す、平素の着物姿ではない旅支度の俺に戸惑いの表情を浮かべるリーアが居た。

 

「丈之助――さん? どうしたんですかそのお姿?」


 俺は彼女の言葉に答えなかった。足早に近寄ると、彼女の右手をおもむろに掴んだ。

 

「えっ?」


 驚く彼女を俺は強引に引き寄せる。

 

「行きがけの駄賃に、ちょいと遊ばせてもらいやすぜ」


 遊ぶ――リーアが、その言葉の意味をわからぬ子どもでないことはわかっていた。俺が笑みも浮かべずに強引に物陰に連れて行こうとする様に明らかにおびえを浮かべていた。


「やめて、やめてください! 放して! 放して!」


 リーアの手から水瓶が滑り落ちて割れた。そのまま強引に彼女の背中を近くの木の幹へと押し付けると逃げ道を封じる。その上で俺はリーアの目を睨みながら告げた。

 

「俺が善人か何かだとおもってたんですかい? あっしはこれでも人殺しのお尋ね者、女の一人や二人、散らすのはよくあることでしてね」


 俺は意図的に裏の顔でリーアを睨んだ。渡世人として荒事をこなす際に敵を威嚇するときの顔だ。カタギの人間には絶対に見せない顔だ。そして、それはリーアには明らかに〝恐怖〟に写ったはずなのだ。

 

「あ――」


 そう小さく呟くとリーアは体を震わせていた。そして、彼女の胸を乱暴に掴もうとする。だが――

 

「いやっ!」


 ひときわ強くそう叫んで彼女は俺を突き飛ばした。そして、目に涙を浮かべると泣き声を上げながら走り出していく。


「―――」


 俺は無言で彼女を見つめる。そして、小道の向こうから現れたのはリーアの許婚者であるカディシュだった。状況を察したのか、昨夜のうちに村長から聞かされたのか、まるで推し量ったかのように絶妙な頃合いでの登場だった。俺に裏切られて心に傷を追ったリーアは今もなお泣いていた。カディシュはそのリーアを受け止めるとそっと優しく抱きしめている。

 カディシュの顔には驚いたような戸惑ったような色が浮かんでいたが、やがて俺の視線にも気づいたようだ。はじめは、驚きと怒りを交えて俺を見ていたカディシュだったが、俺の笑みにこっちの意図を気づいたのだろう。すぐに真剣な表情で頷き返してきた。まるで〝後のことは任せろ〟と言わんばかりに。

 そのカディシュには聞こえないだろう声で小さく呟く。


「リーアさんの事はまかせましたぜ」


 これでいい。物事は収まるべきところに収まればいいのだから。傷んだ三度笠を目深に被り、薄汚れた道中合羽を翻して俺は歩き出す。そして、リーアとともに手を合わせた道切りの道祖神の方へと向かったのだった。


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