九:一宿一飯の恩義
だが、俺は二人を責めなかった。
「いえ、お二人が頭を下げる筋合いはありやせん。どこの世界でもこう言う村はご領主やお役人には怯えながら暮らしているもんです。村の入口で追い払われてもおかしくありやせんでした。ですが、一宿一飯の恩義をいただけただけでも十分に満足です」
気負わず、繕わずに、俺は素直に語る。その言葉に二人はいかにもすまなそうにしていた。
「君を追い立てるようなことをしているのに〝恩義〟と言う言葉を聞けるとは」
「ほんとうにすまん。だがせめて、せめてもの罪滅ぼしとして、君がこれから向かうべき場所を伝えようと思う」
「あっしが向かうべき場所?」
「そうだ」
そこで長老は煙管を軽く吸うと、口からタバコの煙を吐いた。そして、落ち着いた声で告げてきた。
「丈之助よ、〝アルヴィア〟の街に行くが良い」
「アルヴィア?」
「うむ、この領地、〝デルドヒア〟の中心となる街があるのだ。そしてそこで〝ホルデンズ〟と言う男を探すが良い」
「ホルデンズ――」
「そうだ、〝雷のホルデンズ〟と言い、かつてはデルドヒアの前領主のもとで辣腕を振るっていた男だ。だが、現在では野に下り、アルヴィアの街の片隅で荒くれ者のたちを集めて武装団を構えている。粗野な男だが、情の深い男だとも言う。お主のような者が尋ねても無碍にはしないはずだ」
さらに村長も俺に告げた。
「この村からアルヴィアの街へは徒歩で4~5日ほどの道のりだ。ほとんどの道はアルヴィアへと向かっているので旅路もそう難しいものではないだろう」
「それと――」
そこで長老は村長に目配せする。立ち上がると勝って知ったるように長老の家を歩き、裏手に向かいすぐに戻ってきた。そこにはなにかが詰まった布袋があった。
「多い額ではないがお主がここから旅立ちアルヴィアに向かう路銀の足しにはなるだろう」
俺は両手を差し出し、村長からその布袋を受け取る。丁寧に頭を下げつつ中身を確かめれば、そこには銀貨や銅貨が詰まっている。これがどれだけの価値を持つのかはわからないが、この村の人々にしてみればなけなしの蓄えであることは嫌でもわかった。
「よろしいので? こんなにいただいて」
「構わん、どうせ年寄りが蓄えた金など葬式代にするのがせいぜい、ならばせめて恩人の旅路の足しになれば本望だ」
それはおそらく偽らざる思いだろう。そしてこのお二人は俺をどう処遇するかを、思案に思案を重ねていたに違いないのだ。だからこそ、この村にて〝一宿一飯〟の恩義に預かれたのは心からありがたかった。
「それではありがたく頂戴いたしやす」
俺は村長たちから受け取った金を懐に入れると改めて頭を下げた。
「手前のような流れ者にここまでのご厚情、誠に痛み入りやす。この御恩、決して忘れません」
俺はこの村での出来事を忘れないだろう。そして、恩義も――、だからこそしておかなければならない事がある。
「失礼ながら重ねてお願いがございやす」
「願い事? なんだね?」
「明日の朝、この村を発つに当たり、少々揉め事を起こすことをお許しくだせぇ」
「揉め事だと?」
村長はにわかに困惑の表情を浮かべた。俺はその意図を語った。
「目が曇っている娘を一人、目を覚まさせようと思いやす」
俺のその言葉の意味を村長は即座に察した。
「リーアのことか」
「へい、あんなに人柄の良い許婚者が居ると言うのに、あっしのような流れ者に浮かれたままではあの娘さんのためにもよくありません。そもそもが許婚者さんとのご婚約、リーアの娘さんの親父さんが相当苦労して話をまとめたはずです。おそらくは土下座くらいはしたでしょう」
村長は神妙な顔で頷いていた。
「そのとおりだ。母を早くに亡くして、父親と子ども3人で暮らしていたのだが、父親は病弱でな。いつ天に召されてもおかしくない。そこで若いうちから嫁ぎ先を探していたのだ。ちょうど、私の弟の長男が嫁を迎えたいというので、私が仲立ちとなり婚約を結ばせた」
すると長老が言葉を添える。
「本来なら他の村の村長筋の女性を嫁として迎えるのが筋だ。それを曲げて、村長の甥との婚姻をまとめるのにリーアの父親はお主の言う通り頭を下げ続けた。リーアの婚姻はまさに父親の誠意の賜物なのだ」
「だが、親が勝手に許婚者を決めて来た事を不満に思っているようなのだ」
「親心、子知らず――でやすね」
「そのとおりだ。それを、思い知らせるというわけか」
「へい」
村長は大きくため息を付いた。それは〝やむなし〟という意味だろう。
「お主に任せよう。だが、あまり泣かせてくれるなよ?」
長老も、苦笑しつつそう言葉を漏らしたのだった。
旅路の景色は変われど――
一宿一飯の恩義は変わらなかった
男、丈之助、何を残し、何を残さぬか




