八:神落とし
長老はその重い口を開いた。
「そもそも、この世界にはまるで、神の手により、別世界から連れてこられたかのように突然現れる者たちが居る。そうした者たちを〝神落とし〟と言う」
「神落とし?」
「そうだ。人が突然姿を消す〝神隠し〟の逆の存在だ。だがこの神落とし、その人間たちにはある共通する特徴がある」
長老は俺をじっと見つめながら語っていた。それほどまでに重要なことを語ろうとしているのだ。
「まず、この世界に無い優れた技を持っている。お主が鉄鍛冶として卓越した技を持っているように、複数のゴブリンをまとめて始末できる剣技を持っているように、何らかの優れた技や知識を持っているのだ。それだけでも土地の権力者には垂涎の的だ。だが、共通する特徴は更にもう一つある」
「それは?」
「それは――神落としの者たちは皆〝咎人〟だということだ」
あまりに鋭いその言葉に俺は臓腑を掴まれる思いがした。その心境を長老は察したらしい。
「心当たりがあるようだな。だが、神落としの者たちは咎人ではあるが、根っからの悪人でないこともわかっている。やむをえぬ事情により人としての道を踏み外さざるを得ない者たちばかりだ」
そして、長老は俺に強く語りかけてきた。
「丈之助、お主もそうであろう?」
「お見通しでござんしたか」
「すまんな、歳を重ねると変に物事を見通すことだけは得意になるのでな」
長老がそう語る隣で村長も俺の真意を図るかのようにじっと見つめていた。この村をまとめる役目を担う長として物事の正否を見極めねばならないからだ。ことここに至ると俺は腹をくくった。
「おっしゃるとおりです。あっしはお尋ね者、元の世界では〝凶状持ち〟と呼ばれる男です」
「何をしでかした?」
「役人殺し、あっしの親父を罠にはめて家ごと焼き払った極悪人です。そいつに連なっていた商人ごと、18の歳のときに返り討ちにしました。それ以来、逃れ逃れての裏街道です」
そして、村長はしんみりとした声で語る。
「やはりそうだったか」
「村長さんも感じてらっしゃいましたかい」
「あぁ、村の長をしていると、村に益をもたらすか、害をなすか、そのどちらかを見極める目はついてくる。君のその剣呑な気配から、人の生死にに深く関わっていた人生を生きてきたのでは? と感じていたのだ」
「それであっしを村に置きたくなかったと言うわけですかい」
「そうだ」
村長は否定しなかった。
「今、この領地を治めている領主の男〝マルクス〟はすこぶる評判が悪くてな。以前は別な善良な貴族が領主だったのだが、これを謀略を用いて排除し、領主の地位を奪い取ったのだ。当然、強欲であり、抜け目がない。ましてや、領地に住む領民たちの暮らしなど気に掛ける素振りもない。過酷な税を取り立てての贅沢三昧。そんなやつに君のような者が村に滞在している事を知られればどう言うことになるか? わかるだろう?」
「へい、痛くない腹を探られるどころか、やっても居ない咎を責められるでしょうぜ」
村長はうなづいた。そして長老が語る。
「そういう事だ。村の娘を助けてくれたばかりか、村人たちの道具の困り事も助けてくれたのに、追い立てるような真似をして本当に済まない」
そう語りながら長老は俺に頭を下げてくれた。