七:長老の家
夕食が終わってしばらくした頃に俺は村長の家を尋ねた。そして、館の入口で声を掛ける。
「失礼いたしやす。村長さんは居りやすかい?」
村長はまるで俺を待っていたかのように、入口すぐの部屋に居た。
「丈之助さん、お話があるようですな」
「へい、ちょいとご相談したいことが」
村長は頷いて立ち上がる。
「ここでは話しづらい、場所を変えましょう。村の長老の所へ行きましょう」
「承知いたしやした」
俺は村長のあとをついて歩いていく。そして、村の中でもひときわ古い家へとたどり着く。前の前の代の長老でこの村で一番の年寄だと言う。レンガ造りのその家の扉を村長が叩いて扉を開け、勝手知ったるように中へと入る。俺も一言挨拶をしたうえで中へと入った。
「失礼いたしやす」
頭を下げて一礼しながら中に入れば、他の村人たちとは違い、丈の長い前合わせの衣――俺が来ている着物と似たような服装の老人が暖炉の前の揺り椅子に腰掛けていた。その手には長煙管が握られ、かすかにタバコの香りと紫煙があたりに漂っていた。
家の中は明かりはなく、暖炉の炎だけがやけに赤く輝いているのみだ。
「長老、お連れしました」
「来たか――、まぁ、座れ」
揺り椅子の上で村の古老である長老はにこやかに微笑みながら俺を見ていた。皺が深く刻まれた顔はこの厳しい自然の中の山村での長い暮らしを証しであるように俺には見えた。村長が先に歩き、俺はあくまでその後をついていく。そして、暖炉の周りには背もたれのついた椅子が複数並んでいたが村長のあとに俺も座った。
村長は長老を前にして、自分からは何も語らなかった。ただ、長老の言葉を待つだけだ。俺は少しばかり戸惑ったが、この場の流れを乱すよりはと、俺も沈黙を守った。
あくまでも、自分自身を先にしない俺の振る舞いをじっと見ていた長老は落ち着いた声で語り始める。
「丈之助と言うそうだね」
「へい」
「その服装を見ればわかるが、この世界の生まれではないのだろう?」
「へい、こことは違う〝日ノ本〟の国の生まれでござんす」
「そうか、ときにもう一つ聞くが――、今日村人の前で鍛冶の技をふるったそうだね?」
「へい、斧を壊しておられて難儀していると思い手を出しやした」
「そうか、今、この村には鉄鍛冶ができる者が居ない。出稼ぎで遠くの鉱山に行ってしまったからな。助けてくれたことについては感謝しよう」
奇妙な言い方だった。まるで余計なことをしたかのような言い回しだった。俺は慎重に言葉を選んだ。
「もしや、余計な出過ぎた真似をしでかしたのでしょうか?」
俺の言葉に長老は少しばかり険しい顔をする。迷っているようだったが小さくため息を付くとさらに語り始めた。
「はっきり言おう、なるべく早くこの村から出立してほしいのだ。お主がこの村に居ることが、このあたりの土地を治める領主に知られると困ったことになるのだ」
「困ったこと?」
「そうだ。この世界において、お前さんがどんな立場にあるのか、それを今から説明しよう」
もったいぶったい言い方をする長老にはじれったさも感じたが、年寄とはそもそもそう言うものだ。俺は焦らず言葉を待った。