六:困った娘
「お疲れ様です」
俺を出迎えてくれたのはリーアだった。
「鍛冶仕事をしてくださったんですね。村の方たちが喜んでました」
「これでも、鍛冶屋のせがれでしてね見様見真似で覚えたものです」
「でも、あれだけの技をお持ちなのですから、すごいことです」
「まぁ、親父の技には足元にも及びませんがね」
俺はこの話題にはあまり触れてほしくなかった。この話題に触れれば俺の過去を話さざるを得なくなるからだ。だが、リーアは俺に興味を持っている。さらに詳しく聞いてくるのは当然のことだ。
「お父上のお仕事は継がれなかったんですか?」
彼女にはこれほどの技を持っているのに、鍛冶屋として仕事を繋がなかったことが不思議だったのだろう。俺は穏便に済ませるためにそれとなく誤魔化して話す。
「継ぐ前に親父を亡くしましてね、お袋も早くに亡くしてったんで、よその土地の鍛冶屋で働くなどして暮らしてましたがものになりませんでした」
「それで流れ旅に?」
「そんなところです」
俺は親の仇討ちや、役人殺しのことは内緒にしておいた。これだけはカタギの人には話したくなかったからだ。だが、リーアは俺に相当に深い興味を持っていたのだろう。俺が寝床の家に戻ろうとすると、その後を付いてくる。夜食の支度をするのだと言う。ここで俺はマルタの言葉を思い出した。
――リーアがのぼせ上がってるってもっぱらの噂さ。今だって自分が夕食の世話をするってごねてたんだ――
ゴネ抜いてとうとう周りを根負けさせたと言うところだろう。だが困ったたことに俺にはそれを拒む理由がない。素知らぬふりをしてやり過ごすしか無いだろう。寝床のある家に戻るとリーアは食事の支度を始める。俺はおとなしくそれを待つふりをする。リーアの言葉に相槌を打ちつつ、穏便に済ませる方法を思案した。
かまどの前に立ち、夕食を作るリーアの姿は手慣れたもので、まだまだ子供っぽいところもありながら、一人前の女性の雰囲気を持っていた。ワンピース姿に前掛けと髪留めの布被りといっぱしの母親ぶりだった。弟や妹を世話しているのは伊達ではなかった。
「できました」
リーアが作ってくたのはシチューと言う汁物だった。野菜がたっぷりと入っている他、肉も少し入っている。農村ではどこでも肉は希少品だ。村の外に売る商品である事が多いからだ。
「いただきやす」
「はい」
俺が食べ始めたのを見て満足しつつ家から出て行く。
「食べ終えたらかまどのあたりに置いててください。明日、また来ますね」
リーアが満面の笑顔で実に嬉しそうに挨拶しながら帰っていく。あれではこの家に来るたびに彼女の俺への熱は上がっていくだろう。そして――
「まだまだガキだな。現実が見えていねぇ」
それが俺のリーアに対する素直な思いだった。親が決めた婚姻ってやつががどれだけ幸せなのか、考えたこともないのだろう。
「母親の居ない片親――、それが村長の甥っ子と許婚者、どれほど恵まれてることか――」
俺のように両親とも居ないのは辛酸を舐めるのは当然だが、片親しか居ないのも世の中では苦労をすることが多い。父親が居なければ収入に不安が出るし、母親が居なければ家族の世話を誰かがしなければならない。なにより社会に出るときに信用度が違う。父親の立場と母親の立場、その両方が生きて、世間様で受け入れられる場合もあるのだ。
「親父さんが、どれだけ周りに頭を下げたのか考えたこともないのでしょうぜ」
俺は派手にため息を吐いた。ならば現実を教えてやるしか無い。リーアが作った食事を食べ終えると、頃合いを見て家を出る。そして俺は村長の家へと向かったのだった。




