五:鍛冶の技
その日の夜は俺も流石に大人しくしていた。村の事情を知らずに歩き回りいらぬ騒動を起こしたくないという考えもあった。なにより、リーアにまつわる事情を聞いたので、変に深いかかわりを持ちたくないと言う思惑もあったのだ。そして、翌朝、再びマルタに食事の世話を受けると、村の中を歩くことにした。昼間なら村の者たちも仕事に精を出しているだろう。村の様子を眺めるにはいい頃合いだからだ。変に威嚇するといけないので、長脇差は家に三度笠といっしょに置いてきた。
そして、村の風景を眺めながら、歩いていれば、村はずれの作業場で村の男たちが何やらやっているのが見えた。どうやら斧を直しているようだった。
「まいったな、刃がこぼれたぞ」
「あんなところに岩があるなんて」
「慌てて切ろうとするからだ」
俺は声をかけつつ歩み寄る。
「どうなすって?」
「あ、あんた――」
「丈之助と言いやす。仕事道具がなにかなすったんですかい?」
作業場には切り倒した木材が積まれている。村の仕事の一つのようだ。男たちが集まり、気にしているのは樹木の伐採用の斧だった。
「いえ、若い者が木を斬ろうとしたのはいいんですが、木の陰に岩があることを見過ごして斧で叩いてしまって」
「あぁ、なるほど、刃を折っ欠いたわけですかい」
「えぇ、ですが、鍛冶仕事ができる人間は今遠くに出稼ぎにいってまして」
「直せる人間が居ねぇと」
そう言うことか、村の外に頼むにも金はかかるだろう。こう言う村では頭の痛い問題だ。
「鍛冶道具は?」
「あります、そこの作業小屋の中です」
「そいじゃ、ちょいとお借りしやすぜ」
俺は壊れた斧を受け取りると鍛冶の作業場へと向かう。こう言う村は大抵は自給自足だ。簡単な鍛冶仕事は村の中で行うだろう。鉄を焼く炉とそれを叩く道具、そして磨く砥石、それくらいあればなんとかなるだろう。驚き戸惑う村人に俺は告げた。
「これでも、鍛冶屋のせがれなんでね」
俺は静かに笑いながら斧の修理を始めたのだった。
上着を帯で腰に巻いたまま両腕を出して上半身をもろ出しにする。胴回りには晒の白布を巻いている。だが何より村人たちの目を集めたのは俺が右肩周りに〝彫った〟しろものだった。
「風と龍?」
「オリエンタル・ドラゴンだ――」
「あんなにでかいタトゥーを彫った奴ははじめてだ」
「すげぇ――」
俺は渡世人の世界に入ったときに入れ墨を彫った。右の背中から右肩、そして、右腕の上腕にかけてで、図柄は〝龍〟だった。龍が天を舞う姿が描かれていて、背景には風を表す風紋と、海を表す荒波が描かれている。よく見ると男たちの中には手首のあたりに入れ墨を彫っている者も居るようだが、俺ほどド派手に彫っているのは居ないらしい。皆呆気にとられていた。
だが、そんなことは気にせず、俺は作業を始めた。村人に断って薪と炭で炉に火を入れる。炉には〝ふいご〟で風が送れるようになっており火勢を挙げられるようになっている。〝ふいご〟を操作して、火を強くする、その間に斧から柄を外すと、斧を炉の上において加熱する。
斧の鉄が赤みを帯びる。特に欠けた辺りを中心に熱くする。それを〝やっとこ〟でつまんで金床の上において〝げんのう〟で叩き始めた。
刃がかけた刃物を修理する場合やり方は2つだ。一つが欠けたところに別な鉄を充てがって修復する方法、これにはもっと高度な道具や炉が必要になる。なので、今できるのは鉄を〝寄せる〟やり方だ。欠けた部分の周囲から鉄を寄せて伸ばして集めるのだ。叩いて伸ばして鉄を集め、全体の形を整える。鉄が冷めればまた炉で熱して鉄を赤くしてさらに叩く。その繰り返しだ。そして、欠けた部分がほぼわからなり叩きの作業は終わりだ。金床のそばには焼きなましのための水と油がためてあり俺は油の方を使った。鉄は固くしすぎるともろくなる。斧の刃にするには程々がいいだろう。
鉄が冷めるのを待つ間、俺はさらに〝砥石〟を探した。
鉄を削り磨くための砥石――それには種類がある。荒削り、中削り、そして仕上げだ。砥石も3種類揃っており、この工房の持ち主がしっかりした腕の職人であることがわかる。
斧が冷めたところで、水に濡らしながら砥石で磨く。特に他の鉄を寄せて補修した部分は刃としての鋭利さがないので、なおさら丁寧に磨く。そして――
「できやしたぜ」
斧の刃を柄につないで固定の楔を打ち込んで終わりだ。俺は斧を村人に手渡す。
「すごい」
「欠けたところが全然わからない」
物は試しと、近くにある薪を試し切りする。
「前より切れ味良さいいぞ」
「本当だ」
斧の仕上がりに村人たちは驚き沸き立っていた、当然、それに続くのは――
「なぉ、俺のも直してくれないか?」
「俺のも頼む」
刃物の直しの依頼が殺到することとなった。こうした村では道具は命綱だ。ましてや刃物は作るのも治すのも技は希少だ。俺は村人たちのせがまれて、その日の夕暮れすぎまで、鉄を叩く〝げんのう〟を振るったのだった。
頼まれた仕事をほぼ、終える頃には周りはすっかり夜の帳が降り始めていた。炉の火を消して、道具を片付ける。着物を着直して仕事場をあとにしょうとしたときだ。