四:困った火種
俺が荒っぽく振る舞うつもりがない事に気を良くしたのか、マルタはすこしだけ体をこちらに向けて話し始めた。
「実を言うとね、あんたの世話を誰がするかで揉めたんだよ。若い娘は出したくないって言うし、旦那持ちも襲われたら嫌だって言い出してね。それにあんた色男だろ? 腕のたつ男ってのは、よそもんでも女は気になって仕方ないのさ」
「なるほど、あっしが変な気を起こして〝襲ったら〟困ると――」
「そういうこと。で、独り身で年増のあたしが仰せつかったってわけさ。なんならアッチの相手もしてあげようか?」
マルタはため息混じりに笑っていた。どこか捨て鉢になっているような、そんな女だった。だが、たとえ冗談でも俺はそれを断った。
「化粧もせずに男の部屋に来る女を襲うほど血迷っちゃいません。これでもカタギの方にご迷惑をおかけしないことを心情としとりやす」
するとマルタは意外な言葉を放った。
「じゃ、あたしが化粧をしてここに来たら相手してくれるのかい?」
「どうでしょうね。あっしみたいな流れ者と夜を過ごして、ご迷惑がかかるのだけは避けてぇところです」
カタギに迷惑をかけない――、たとえどんなに凶状持ちと言う身分に落ちようとも、それだけは俺が己に課した決まりごとだった。ましてや一宿一飯の恩義に預かる身、余計な手出しはご法度だ。俺の態度が残念だったのかマルタは寂しそうにため息を付く。
「それじゃ、食べ終えるころにまた来るよ。欲しい物があったら言っとくれ」
「へい」
「そうそう、一つだけ教えておくよ」
「なんでしょう?」
「あんた、リーアを助けたそうだね」
「そうですが」
「だったら、リーアには深入りしないほうがいいよ。なにしろ、あの子、次期村長候補の許婚者だからね」
その言葉と、あのカディシュと言う若造の振る舞いが一つにつながった。だが、マルタはさらなる火種を教えてくれたのだ。
「リーアとカディシュの婚約は親同士が勝手に決めたことでね。リーア自身はそれが嫌で嫌でしかたなかったのさ。でも、母親が居なくて親代わりに妹や弟を育ててたから、村から飛び出すこともできない。カディシュはいいやつだけど男としちゃ押しが弱い。手も握らないんじゃないのかね?」
「それが年頃の娘さんにはなおさらつまらねぇと」
「そういうこと、そこにあんたみたいな腕っぷしの強いいい男が現れたんだ、リーアがのぼせ上がってるってもっぱらの噂さ。今だって自分が夕食の世話をするってごねてたんだ」
許婚者が居る女が、男が一人で寝泊まりする場所に来たら、あらぬ噂を立てられる。これでカディシュが気分を害することになったら俺もこの村に居づらくなる。いや――
「なるほど、そりゃまずい話です」
もうすでに居づらい状況だ。俺は自分が女にもてるとは思っちゃいないが、周りに騒がれているかどうかはわかる。
「だろ? あたしとしちゃ、長居せずに次に行く場所を考えたほうがいいと思うけどね」
「ご忠告、ありがとうございやす」
俺の言葉を耳にしてマルタは静かに出ていった。俺は飯を食いながら、これからどう言うふうに振る舞うか思案したのだった。