表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/75

参:マルタという年増

 その日の夜、一人の女性が俺の寝泊まりする家へと現れた。長袖の一枚作りの衣類を身に着けている、後にワンピースと呼ぶのだと知った。それに両肩に厚手の一枚布を丁寧に巻いている、こちらはショールと言うのだとか。歳の頃は40くらいで子どもを産んで育てていてもおかしくない。リーアと同じように金髪の風貌だが、どことなく不機嫌そうでつっけんどんな振る舞いが鼻についた。歓迎されていないのは明らかだった。


「食事だよ」


 にこりともせずに、盆に乗った夕餉の食事を運んでくると、無造作にテーブルの上においていく。

 

「どうも、ありがとうにござんす」


 俺は礼を言いつつ頭を下げた。村人たちの中には俺を歓迎しない視線があったのはわかっていたから、こう言う歓迎の仕方もあるのは覚悟していた。流石に食事を投げ出すような真似はしないからそこそこの礼儀は残っているらしかった。

 出されたのはスープと呼ばれる汁物と、パンと言うお麩のような食い物、それとチーズという黄色みのある餅のような食い物、米の飯が無いのは少々こたえるが、贅沢は言えない。こう言う山あいの村では食料はそもそもが貴重なものだからだ。

 俺は、食事に手をかけながらその〝おばさん〟に尋ねた。

 

御新造(ごしんぞう)さん、お名前は?」


 御新造――他人の妻を尊称を込めて呼ぶ言い方だ。持ち上げられ褒めそやされたのが意外だったのか、驚いたような表情をかすかに浮かべると戸惑ったようにボソリと答える。


「マルタ――、結婚してるように見えるかい?」

「へい、どことなくそんな雰囲気がお有りでしたので」


 正直言うとそう見分けた理由は〝尻〟だ。若い女と、子どもを生んだ経験のある年増の違いは尻に出る。授乳もしていたのか胸もふくよかで、その体はどう見ても一人二人は産んでいるだろう。産んでいるなら相手がいるはずだからだ。マルタの姐さんは面倒そうにため息を付きながら俺に背中を向ける。

 

「旦那は2年前に流行り病で逝っちまって独り身だよ」


 マルタは息子が居るとは言わなかった。事情があるようだが、それ以上は根掘り葉掘りは聞かなかった。

 

「とんだ失礼をいたしやした」


 俺が詫びの言葉を語るとマルタはため息をつき、意外な言葉を吐く。

 

「見てくれに似合わず、丁寧なんだね。もっと荒っぽいのかと思ってたけど」

「礼儀を失したら、世の中の旦那衆に相手にしていただけやせん。流れ者ですが、人の情におすがりするには何が必要かは心得ておりやす」

「そうかい――」


 言葉というやつを、乱暴に使うのも、丁寧に使うのも、相手による。カタギの人間相手に刃物を斬りつけるような言葉をぶつけるのはそれなりの理由が必要だ。それくらいの常識は心得ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
■本作品について、感想や評価をお寄せいただけますと幸いです。主人公の生き様や、物語について、ご意見いただけるとはげみになります。 レビューもお待ちしております。
― 新着の感想 ―
平蔵親分や村長の言葉からいち早く内心を察することもそうですが、丈之助はやはり切った貼ったの裏街道を生き抜いてきたからか思慮深く聡明ですね。それでいてやる時はやる大胆さも併せ持つ。この男なら、良心や矜持…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ