弐:村長との対話
話して差し支えない範囲で打ち明けるしかないだろう。誤魔化してもなんの利益にもならない。
「手前、疾風の丈之助と名乗っている流れ者です。元居た〝日ノ本〟の国では一つ所に定まらず流れ歩いておりました。故有って命を落とし、再び、命をやり直す機会をいただき、こちらの世界へと落ち延びてまいりました。村の娘さんであるリーア嬢をお助けしたのはその時です」
「では、この世界――〝リーザングレイムス〟に来てまもないと?」
「へい」
誤魔化す素振りを見せず素直に答えた俺に村長は好感を持ったらしい。村とこの世界の事情を語り始めた。
「この世界の名はリーザングレイムス、複数の王国が並び立つ世界です。わたしたちの村はそうした国の一つにあり、この地方を治めるご領主の施政下で暮らしています。丈之助様、あなたがこの世界で生きていくうえでは、あなたご自身が身を落ち着ける事のできる場所を見つけなければならないでしょう。ただ、いきなり他の土地に行こうにも、この世界の事情をわからぬままでは旅立つこともできないのが道理」
俺は村長の言葉に頷いた。
「おっしゃるとおりで。土地の名前も何もわからぬままでは野宿すらできません」
「その通りです。あなたご自身が身の振る舞い方を見つけるまで、この村にご滞在ください。ちょうど、空いている家があります。そこで寝泊まりすると良い」
「ご厚情痛み入りやす」
俺は謝意を表すため頭を下げた。だが村長は〝あなたご自身が身の振る舞い方を見つけるまで〟と明確に口にした。これはつまり、内心では俺のことを歓迎していない事を意味していた。やはりそれか――、俺が別世界から流れてきた人間であることに警戒を抱いているのだ。おそらくはそうなる事情や事件があるのだろう。
「村に滞在する間は食事などはこちらがご用意いたします。まずはお体をお休めください」
俺は村長に呼ばれた村の男性に村長の家にほど近い場所に立つ平屋の家に案内された。一部屋だけの簡素な家だが、雨風を凌ぐには十分だ。
「なにかあればお声がけください」
俺を案内してきたのは、先程、村長に俺に握手の習慣がないことを見抜いた男性だった。村長に直接声をかけられる――それはこの若い者がそれなりの地位にあることを意味している。狭い村でも身分や立場は絶対だからだ。
「そちらさんは村長さんのお身内かなにかで?」
「はい。村長の甥にあたります。村の中では若い者たちのまとめ役をしています。カディシュと申します」
そこで彼はあらためて右手を差し出してきた。あの〝握手〟と言うやつだ。俺はためらわずに自分の右手を差し出した。
「丈之助と申します。お見知りおきを」
彼は俺の右手をしっかりと握り返してきた。彼なりに俺を信頼している証だろう。そこにはなにか理由があるらしかった。
「後ほど、あなたの身の回りの世話をさせる者をよこします。ご希望があればお申し付けください」
「へい」
「それでは」
カディシュは軽く一礼してその家から去っていった。俺は部屋の木枠の窓に歩み寄ると隙間から外をうかがう。すると、洗濯仕事をするらしいリーアが通りかかり、それに声を掛けるカディシュの姿が見えた。やけに親しく話し合っているのがわかる。明らかに男女の仲だろう。
「そう云うことですかい」
カディシュがなぜ俺を信頼したのか? それが詳らかになった瞬間だった。俺はこの先どうするか思案しながら、道中合羽を脱いで部屋の片隅の寝床に身を預けたのだった。