壱:コルゲ村にて
村の入口には2本の大きな柱が立っている。村に邪気を入れないためだろう、呪文のような文様が描かれていた。
村は山間の斜面の切り開いて作られており、緩やかな高低差がある。建物はレンガで作られ屋根は板葺き、派手な装飾はなく質素。いわゆる山間の農村の街だった。
空は晴れ、心地よい風が吹いている。畑を耕したり、森の木を切り出したり、そうして山の自然の片隅で暮らしている素朴な村だった。
俺がリーアにみちびかれて村の入口に佇んでいれば、現れたのは年の頃40くらいの壮年の男性だった。服装はズボン履きで、前合わせではない頭からかぶる形式の上着を着ている。男たちはみな一様に頭に布製の被り物をかぶっているのが特徴だ。その壮年の男性はあごに立派なヒゲを蓄えていた。威厳をはらみつつも俺をしっかりと見据えて歩み寄ってきた。
「ようこそ、コルゲ村へ。村長のワイゼルです。リーアを助けていただいたそうで」
好意を示すためなのか、村長は右手を差し出してきた。俺にはその意味がわからなかった。無反応にしている俺に村人たちは少しざわめいたが、村長の傍らに居た若い男性が気づいたようだ。
「村長、もしかして〝握手〟を知らないのでは?」
「なに?」
「お召し物も少し、わたしたちの物とは違います。もしかすると別な世界からの――」
「そう言うことか」
村長はなにかに納得したようだった。
「失礼、お互いの手を差し出して握り合うのはこちらの世界での基本的な挨拶なのです」
「なるほど――、それは失礼いたしやした。元居た土地では手を相手に預けると言う所作がなかったものでして」
俺の事情を察したのか、村長は無理に俺の右手を求めることはしなかった。俺は頭に被った三度笠を脱ぎ自ら名乗った。
「とんだ失礼をいたしやした。丈之助と申します」
「では――、丈之助様。ご事情がおありなようですね。どうぞこちらへ」
俺は村人たちの視線を集めつつ、村長に招かれ村の中を歩いていく。その先にはひときわ立派な家が建っていた。おそらくは村長の家だろう。ともあれ、俺はひとまずコルゲ村にて居場所を見つけたのだった。
村長の家は部屋が複数あるようだ。正面入口の扉を開けて入ると、椅子が複数据えてある。そして、別部屋へとつながる扉が複数あり、入口すぐの部屋には壁際にレンガ造りの暖炉が据えられてて常に火が燃やされていた。俺は冷静に状況を見守っていたが、村長は俺に椅子を勧めてくる。
「どうぞ」
「しつれいいたしやす」
そして、村長は村人には見せないような落ち着いた表情で俺に語り始めた。
「丈之助さんはどちらからいらっしゃいました?」
その言葉は明らかに俺の素性を詮索していた。