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弐:あふれる無念 ―ホルデンズの怒りと、マルタの涙―

 執政官はなおも告げた。


「今回、この功績を持ってして、ドルデヒアの領地をホルデンズ・イグナイトに与え、さらに旧領主ギベルティの妻であるエリサ・ヴァレンスを妻として迎えることで新領主としての地位を与えるものである」


 執政官が読み上げた手配書類には丈之助とエライジャの功績は一文字も記されていなかった。しかしここで執政官に逆らい、無理を言っても、得られるものは少ない。

 瞬間的に腹の奥から吹き上がるような怒りが湧いてくるが、今ここで真っ向からそれに噛み付いても何の意味もないだろう。だがそれ以上に、理不尽な条件が突きつけられたのである。


 ホルデンズの頭の中を激しい怒りがほとばしる。


(これまで、このドルデヒアに住んでる領民たちがどれだけけ苦しもうと見てみぬふりをしてやがった癖に! マルクスが死んだらアッサリこれかよ!)


 ホルデンズは怒鳴り声で掴みかかりたい衝動に駆られた。だがそれだけはひたすら堪えた。


「国王陛下と王国政府の篤い温情に心より感謝申し上げるとともに、執政官様からお伝えいただいたご採決をありがたく拝領し、エリサ・ヴァレンスを我が妻として娶り、ドルデヒア領の施政権を継承させていただくものです」


 ホルデンズは全ての理不尽を腹の中に飲み込むと、国王と王国政府の命じるままにドルデヒアの領地を受け入れた。


(すまねえ、丈之助! エライジャ!)


「ではこれにて国王陛下と王国政府による直命の通達を終えるものである」


 さらに執政官に追従している副官がホルデンズに書面が収められた木箱を手渡す。


「この中に、ドルデヒア領拝領に関する書類が納められている。文面を通読し理解した上で、必要な署名を行って王国政府の紋章局へ提出せよ」

「ははっ!」


 書面が収められた木箱はソーンスが受け取った。

 必要なことを伝え終えた執政官たちは身を翻して街を去って行った。まるでこんな田舎になどには滞在したくないとでも言わんばかりの素早さだった。

 ホルデンズは立ち上がると無言のまま執政官をいつまでも見送っていたのだった。


 当然ながら、ホルデンズの子分たちの中には強く反発する者も居るが、ソーンスなどの上位の立場の者たちがそれを教え諭した。


「親分だって納得しているわけじゃねぇ」

「だが、ここで首を縦に振らなければ、国の中央からまた別な貴族が送り込まれてふんぞり返るだけだ」

「そうなったら〝あいつら〟はなんのために命を張った? 汚名を自ら被った?」

「それを無駄にしないためにも、俺たちがこの領地を守るために自ら体を張るしかねえんだ」


 言葉の数々には、あまりにも重い理由が隠されていた。誰もそれ以上は、ホルデンズを責め立てることもできなかった。

 ふと風が吹いて執政官たちが置いて行った手配書の一つ。丈之助の人相書きが飛んでくる。

 それを咄嗟に掴んだホルデンズだったが、その腹の中で押し殺した怒りと悔しさを表すかのように、その手配書を掴むとビリビリに破いて投げ捨てた。


「いまに見ていろ! クソ貴族どもが――」


 その叫びがホルデンズが抱いた怒りそのものだったのである。


§



 それから半月ほどの時間が経った時だった。

 丈之助らの人相書きの手配書が周り、国の隅々まで伝えられようとしていた。

 人相書きを携えた王国政府の巡察官の部下が、コルゲ村にも手配書を届けに来ていた。


 無論、丈之助の手配書がコルゲ村にも届き、村人たちの誰もが驚いていた。圧政を敷いていた領主が倒されたことに歓喜する一方、丈之助の罪には誰もが困惑せざるを得なかった。

 そしてあのマルコも手配書を見てしまった。そこには自分が息子のように見守りながら見送った丈之助の名前があった。

 マルコは気づいていた、このデルドヒアを苦難から救うために立ち上がってくれたのだと。


「丈之助!」


 驚き以外の何者でもなかった。でも、マルコは気づいていた。丈之助の本心に。


「あんた、本当は旅なんかせず、のんびりとどこかに静かに暮らしたかったんだろう? 安住の地さえあれば!」


 マルタが見つめていた手配書の上にポツポツと涙が流れて落ちていた。 


「馬鹿だよ――あんた、本当の馬鹿だよ」


 マルコは慟哭の叫びと共にその場に崩れ落ちた。

 誰もその嘆きを慰めることはできなかったのだ。

 コルゲ村の空を1枚の木の葉と共に乾いた風が吹き抜けて行ったのだった――



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