七:旅立ちの朝 ―アルヴィアの街に別れを告げた―
そして――いよいよ――
朝焼けが地平線に薄っすらと登る頃、俺達は身支度を整えた。
3人の女精霊のうち、カイラは、雷精のライディナ同様、精霊の森に帰るという。やはり、人間と馴れ合う気には慣れないのだとか。
「それじゃ、気をつけてねフレイア、何かあったらいつでも帰ってきていいんだよ」
「ダイジョブだよ。エライジャの兄さんと一緒だから」
カイラはエライジャに真剣な表情で告げる。
「それでは娘をよろしくお願いします」
「あぁ、任せてくれ」
「では――」
朝を迎える前に、娘のフレイヤの成長を歓びつつ精霊の森へと帰っていった。
そして――
「それじゃ行きやすかい」
「あぁ」
俺は無宿渡世人としての旅姿になった。三度笠に長脇差、手には手甲、脚には脚絆、これにコルゲ村でもらった革製のマントと、革のサンダルを身につける。柳行李の振り分け荷物も肩にかけた。
対してエライジャの旦那はカチコミの時と変わらぬ服装だった。テンガロンハットと言う広い丸つばの革帽子に、革マント、腰には銃を下げるホルスターのついたベルトを2つ巻き、脚には革製のブーツを履く。医師として最低限必要な道具や刃物を収めた革鞄を肩から下げる。無論、腰にはあの拳銃と小銃を2つ下げていた。
さらに俺はセシリアを、エライジャはいい女に成長したフレイヤを連れている。そのフレイヤが妙にエライジャにしなだれかかっているのが気になった。セシリアも気づいたようだ。
「フレイヤ、もしかしてエライジャの旦那と同衾したのかい?」
俺もフレイヤとで経験があるが、精霊は人間と肌を重ねることはできるのだ。だが、フレイヤはそれまでは明らかに子どもだった。それが大人の容姿になったわけだが――
「うふふ、わかる?」
「なんとなくね」
なるほど〝手を付けた〟というわけか。まぁ、本人同士が納得しているなら騒ぐことじゃあない。
宿の外に出て、アルヴィアの街の南側を西へと向かう。その方向に街の外へとつながる大通りがあるのだ。
表通りに人の通りは少なく、無論、見知った顔は一つもない。誰にも見送られぬ旅立ちになる――、はずだった。
「おい!」
聞き慣れた声が聞こえる。人足頭のグスタフの声だ。思わず振り返ればどこにいたのか、ホルデンズの旦那のところで世話になった仲間たちの顔があった。
「行くなとは言わねえが、別れの一言くらい置いてけよ」
一緒に汗を流した人足たちの顔もあった。俺たちのことを見送りに来たのだ。
そしてもう1人、ホルデンズの旦那の右腕でであるソーンスの兄貴が、俺たちに何かを渡してきた。
「これを持っていけ。徹夜で書いたんだ」
ソーンスが俺たちに渡してきたのは書類だった。丁寧に折りたたまれていて荷物の邪魔にならないようになっている。軽く開いて中を確かめれば――
「中に主要都市での〝ギルド〟の連絡方法が書いてある。冒険者ギルドの話は親父から聞いてるな?」
――〝親父〟――、ホルデンズの旦那のことだ。
「へい、あまり公に喋らない方がいいということも察しておりやす」
「そういうことだ、この国ではギルドのような組織は非合法ということになってる。この国の権力者は自分たち以外の人間が力を持つことを心良く思わない」
「だからこそ、これは必要なんでござんすね」
「そうだ、丈之助――、お前が初めて俺たちのところに来た時に〝啖呵切りの名乗り口上〟をやったが、あれと同じようにこちらの世界でもギルドを頼りに旅をする場合、彼らとの繋がり方を知っておく必要があるんだ。当然それは安易に教えるわけにはいかない。理由はわかるな?」
俺は彼の言葉に頷いた。声を出して言葉にしてはいけない約束事」というものもあるのだ。
「肝に銘じておきやす」
俺とソーンスの兄貴は強く握手をかわした。さらに、それ以外の人々にも言葉を残して挨拶していく。
「それじゃあ、皆さん、お世話になりやした」
三度笠の縁を軽くつまみ頭を下げる。そして俺とエライジャ二人、まずは西へと歩き出す。俺たちの背中に多くの視線を感じるが振り返る必要はない。
無宿渡世の生き方には過去も未来もない。ただ流れゆく〝今〟があるだけだ。
安住の地は俺にはやはり無いのだろう。
生きている世界とその大地が、異なる世界になったとしても、さまよい歩く人生は変わることはなかった。
それでも俺は歩いて行く。無宿渡世の生き様がこの世界でどこまで通じるか――
俺はそれを心の中で深く刻む。
だがこちらの世界では俺は1人じゃない。
「さてと――、この道はどこに行くんだろうね」
俺の背中には、ちぎりを結んだ風の精霊が1人。
「どこかで野垂れ死ぬまで、歩き続けるだけでござんすよ」
この青い空の下、どこまでも続く大地の上、天と地の狭間で俺は歩いて行く。
俺は神落とし――疾風の丈之助――
無宿渡世の人生を流れ歩くただそれだけだ。




