十:道祖神と山間の村
それより俺は気になることがあった。
「それより、この小鬼ども、頭数はこれだけですかい?」
「どう言うことですか?」
「こう言う、弱い下っ端は頭数の多さで勝ちに来ます。手勢が他に居たとしてこの三匹だけとは思えねぇ」
俺の言葉に彼女は頷いた。
「おっしゃるとおりです。〝ゴブリン〟は集団で行動します。単体では弱いのですが、かならず集団で襲ってくるので厄介なのです。三匹まとめて始末していただけて幸いでした」
なるほど、一匹でも残っていれば仲間を呼んでくるだろう。
「ゴブリンと言うんですかい、こいつら」
「はい」
言葉を交わすうちに、彼女は警戒心を解いたようで表情が穏やかになる。そして、俺との言葉のやり取りの中で彼女はなにか気づいたようだ。
「あの――、私、リーアと言います。お名前をお聞かせ頂いてよろしいですか?」
「丈之助といいやす」
話しながら道中合羽と三度笠を身につける。その時彼女がこう申し出てきた。
「では、ジョウノスケ様、これもなにかのご縁です。命をお救いいただいたお礼方々、私の村にお招きさせてください」
これを断る理由はない。それに、こっちの世界の常識や事情についても知っておきたい。村があるなら知恵のある古老も居るだろう。俺は彼女に答えた。
「喜んで」
俺の答えに彼女は笑みを浮かべたのだった。
リーアはゴブリンとやらの仕業で足に怪我をしていた。俺は懐の中にいつも忍ばせてある手ぬぐいをで傷を手当すると彼女を背負って歩き始めた。まだ大人になりきれていない年頃らしく背丈も大きくはなく、そう重くもないので苦にもならない。
「そんな、申し訳ないです」
「怪我をしている娘さんを歩かせるほうが申し訳ありませんぜ」
男に背負われることに気恥ずかしさを覚えて居るためなのはすぐに分かるが、俺は彼女を言いくるめると背中に背負って歩き出した。
俺がゴブリンを仕留めた場所から、リーアが暮らす村は、そこから一山越えたところにあった。彼女は山に自生している薬草を取りに来たのだと言う。
「妹が熱を出してまして」
「それで薬草が必要で?」
「はい。医者を呼べば薬が手に入りますが、医者を呼ぶのには遠くの街から呼ばなければなりません」
遠くの医者を呼ぶには金が居るだろう。山間の貧しい村には当然、そんな金はない。
「医者を呼ぶにも足代がかかりやすからね」
「はい、最近は良い医者はこの領地を離れてしまったので」
気になる一言だった。良い医者が減ったと言うなら普通に有り得る話だ。だが、領地を離れたと言うのはどういう意味だろう? 俺はその件は深堀りしなかった。あとで名のある人に聞くとしよう。
途中、切り株のあるところで腰を下ろし一休みし、小川を横目に見て山筋を降りていく。そして、道端に石塔が建っている。彼女はそこで下ろしてくれるように求めてきた。
「少々お待ちを」
そう言いつつ彼女は石塔に手を合わせて何やらつぶやいている。
「道切りの道祖神ですかい?」
俺の言葉に彼女は意外そうな表情を浮かべつつ頷いた。
「はい、村の土地を守護してくださる土地神様です。村に通じる入り口に土地神様を祀る石塔があります。村に出入りする時は必ず挨拶するんです」
そういう事か。ならば、郷に入れば郷に従えだ。
「そいじゃあっしも」
流れ旅をしていると運不運に命を救われることは茶飯事だ。ここで不礼を働くよりは礼儀を通すのは道理だろう。彼女の作法に習い、俺も手を合わせた。村という括りに足を踏み入れるのだ、そのための作法を守るのは当然のことだ。そして、村が見えてくるとリーアは語る。
「今、村の方を呼んでまいります。丈之助さんはここでお待ち下さい」
やがて、村の若者や年寄が数人現れる。
「ようこそ、コルゲ村へ」
こうして俺は異界の山間の村へと足を踏み入れたのだった。