壱:雨の中の渡世人
序文
本作品を――
笹沢左保先生と
木枯し紋次郎と
乙井村の姫四郎に捧ぐ
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俺は渡世人、そして、安住の地を持たない無宿人だ。
当て所無くさまよい歩く定めだ。野垂れ死ぬその日まで――、
黒いシミの付いた三度笠を頭に被り、傷んだ道中合羽を肩から風にたなびかせている。
紺色の着物は腰のあたりにまくり上げ帯でしっかり締めている。
足には股引き履きで、手甲と脚絆を身にまとい足元は足袋に草鞋といった身軽な旅鴉。
左肩には前後に振り分け荷物の柳行李をかけ、腰には黒い漆が幾重にも塗られた年代物の鞘が光り、宛のない旅路をともにする無銘の長脇差をたばさんでいる。
頑丈そうな造りは、俺の渡世人としての熾烈な日々の中で選び抜いたものだ。
長い旅路の末に肌は陽に焼け、額の月代も伸び放題。顔に向こう傷こそないが、他人様からは〝飢えた鷹のように鋭い目つき〟と呼ばれることがある。これでも修羅場を幾度となくくぐり抜けてきた渡世人だ。
立ちはだかる敵の命は何度も奪ってきた。腰に下げた長脇差の刀が血しぶきを上げるたびに、その命の重さで俺の目つきが剣呑さを増していく。
通りすがる道行く人に目線を投げて、恐れられるのは茶飯事だ。だからこそ、俺には安住できる場所はこの世のどこにも無いのだから。
その日も、一宿一飯の恩義に預かるために俺は、上州路を歩き栃木宿の名のある貸元である平蔵親分の一家のところへと足を向けた。
平蔵親分は栃木の街を流れる巴波川沿いを縄張りとし、河岸問屋として水運で一財産なした大親分だ。世話になるには十分な貫禄をお持ちのお方だ。
雨がしとしとと降る薄暮〔夕方四時過ぎ〕、俺は栃木宿の町外れにある平蔵親分の屋敷の玄関先に立っていた
雨中の旅ゆえに、長旅に痛みきった三度笠も道中合羽もずぶ濡れで、着物も股引きも湿っている。左肩には前後に振り分け荷物がかかり、左腰には愛用の長脇差が下がっている。旅の道中、俺の命を預ける大切な相棒だった。俺は一歩前に出て、深く腰を折ると屋敷の中へと響くように朗々と声を上げた。
「ごめんなすって! こちら、栃木の貸元の平蔵親分さんの屋敷でござんすか」
俺の声がとどろき屋敷の中から一人の若衆が現れる。黒羽織をまとった風格ある若衆だった。
挨拶に玄関に立つ若衆も、それなりの実力と経験が必要となる。何しろ、その〝家〟の顔なのだ。しくじりは一家のメンツを潰すことになる。言わば家の名前を背負った真剣勝負。
挨拶に望む俺も、挨拶を受けて立つ若衆も、どちらも名前と矜持がかかった男の戦い。しくじりは死ぬのと同義なのだ。
俺と若衆の真剣勝負が始まった。