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中華王朝史記

二十四孝に倣った巴図魯の手土産

作者: 大浜 英彰

挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。

 我が中華王朝の今上女王であらせられる愛新覚羅芳蘭陛下も、今年の十月十七日で不惑の御生誕日を迎えられました。

 この御目出度き日を祝うために我が中華王朝の本国では各種の祭典や記念行事が開催され、それは実に盛大な物で御座いましたよ。

 そうした祝賀ムードは友好国である日本においても同様で御座いまして、我が在日中華王朝大使館においては盛大な祝賀会が開催されたのでした。


 他の立憲君主制国家の大使館がそうであるように、我が在日中華王朝大使館も祝賀会にあたって各界から様々な要人の方々を御招待させて頂きました。

 日本政府の関係者や外交団は言うに及ばず、経済界の要人や文化人、そして日本国内で活躍する中華王朝の民達など、その顔触れは実に多岐に渡っております。

 そうした来賓の中でも一際独特な存在感を発揮していらっしゃったのが、今年の春に叙任されたばかりの年若い巴図魯(バトゥル)殿なのでした。

 我々満州族の言葉で「勇者」を表す巴図魯は、中華王朝が大清帝国から引き継いだ官位制度の一つであり、忠勇義烈に秀でて類稀なる武功を立てた武官に与えられる誠に名誉ある称号なので御座います。

 そんな歴史と伝統のある官職に、日本の軍人である吹田千里少佐が御年十七歳という若さで任じられた。

 この滅多にない任官が日本と中華王朝を大いに沸かせたのは言うまでもない事ですが、吹田千里少佐が立てられた武功を考慮すれば至って当然至極の報奨と言えるでしょうね。

 何しろ我が中華王朝の次期天子であらせられる愛新覚羅麗蘭第一王女殿下の影武者という大任を見事に遂行されたばかりでなく、殿下の暗殺により我が国と日本の友好関係を破壊せんと企てた賊軍の壊滅に多大なる貢献をなされたのですから。

挿絵(By みてみん)

 この完顔夕虹(ワンギャン・シーホン、そのような立派な御方を祝賀会に御招待する事が出来て大使館職員として身に余る光栄で御座いますよ。


 そしてそれは、吹田千里少佐御本人もまた同じ御気持ちだったようで御座います。

挿絵(By みてみん)

「御列席の皆様、並びに在日中華王朝大使館の皆様、私は人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局所属の特命遊撃士である吹田千里少佐で御座います。本日はこの素晴らしい祝賀会に巴図魯として御招き頂き、心より感謝申し上げます。こうして皆様方と同席させて頂き、中華王朝を第二の祖国として敬愛する気持ちが一層に強くなっている次第で御座います。」

 中華王朝と日本の国歌である「鞏金甌きょうきんおう」と「君が代」の斉唱を経た来賓挨拶は滞りなく進み、その最後に御起立された吹田千里少佐は至って丁寧で澱みのない口調でスピーチを始められたのです。

「私がこの度、愛新覚羅麗蘭第一王女殿下より巴図魯の称号を賜りました事は生涯最高の栄誉であり、改めて身の引き締まる思いでございます。この栄誉は私一人の力ではなく、EMプロジェクトにおいて王女殿下の護衛と紅露共栄軍の殲滅に尽力された多くの皆様の御力あっての事と深く感謝しております。」

 政財界の重鎮や文化人といった大物を相手にしても全く臆さず、それでいて決して御自身の武勲を驕らない柔らかな物腰。

 この堂々としつつも謙虚という相反する姿勢を一切の矛盾なく実現出来る力量には、実に感服致しましたよ。

 高校生の若さにしてここまでの精神的成熟を成し遂げるとは、所属組織である人類防衛機構の薫陶は勿論の事、吹田千里少佐御自身の高潔さにも依る所が大きいですね。

「本日は、愛新覚羅芳蘭女王陛下の御誕生日を心よりお祝い申し上げます。陛下の益々の御健勝と、中華王朝王室の更なる御繁栄を心か御祈り申し上げます。また本日ご列席の皆様の、中華王朝と日本の両国の更なる発展への御尽力に敬意を表します。私もまた、今後とも人類防衛機構の軍人として日本の平和と安全に尽力すると同時に、中華王朝の臣下である巴図魯として、そして何より一人の人間として、両国の架け橋となり、日中友好の更なる発展に貢献したいと強く願っています。」

 そうして私にマイクを手渡された後に示された拱手の礼は、とても生粋の日本人とは思えない程に洗練された見事な物でしたよ。

 一分の隙もなく巧みに着こなされた緑色の満州服も相まって、その姿はさながら長年に渡り紫禁城に仕えてきた古参の臣下のよう。

 受勲式の折にも拝見させて頂きましたが、その洗練された所作は我が中華王朝を「第二の祖国」として敬愛する思いに裏打ちされているようですね。


 そうして祝賀会はプログラム通りに滞りなく進行され、祝賀メニューによる会食の時間と相成ったのです。

 流石に清朝期に成立した満漢全席には遠く及びませんが、我が中華王朝の宮廷料理は来賓の皆様方に御満足頂けたようで私共も喜ばしい限りですよ。

「凄いね、英里奈ちゃん!流石は中華王朝の宮廷料理、京醤肉絲ジンジャンロウスー涮羊肉シュワンヤンロウ)も絶品だよ。もう御箸が止まらないね。」

「あっ…あの、京花さん…(わたくし)共は千里さんのボディガードとして同行しているのですから、そう御食事ばかりに没頭されては宜しくないかと…」

 有事に備えて軍装に身を包まれた吹田千里少佐の同僚の方々にも、どうやら御満足頂けたようですね。

「これはこれは、向大人(シャン・ターレン)。初夏の端午節に引き続き先日の中秋節にも御招待頂きまして、誠に光栄で御座います。」

「勿体ない御言葉で御座います、巴図魯殿。私を始めとする神戸南京町の華僑一同、こうして巴図魯殿と御縁を頂けて喜ばしい限りで御座います。」

 そんな同僚達の直ぐ側では、満州服姿の吹田千里少佐が神戸華僑の顔役と愉しげに歓談されている真っ最中で御座いました。

 端午節や中秋節といった季節の祭事に講演会や演舞という形で積極的に参加されている事もあり、吹田千里少佐は神戸南京町や大阪市の島之内といった西日本の華僑コミュニティと円満な関係を構築されている御様子です。

 日本生まれの巴図魯として、二つの祖国である日中の友好に貢献する。

 そんな吹田千里少佐の志は、確実に実を結びつつあるようですね。


 すると華僑の顔役との歓談を一段落させた吹田千里少佐が、大皿から蘇式糕点を数個取り分けて私の方へ向き直られたのです。

完顔(ワンヤン)女士、この蘇式月餅(そしきげっぺい)定勝糕ディンショウガオも実に上品で良いお味ですね。もしも差し支えがなければ、販売窓口を教えて頂けないでしょうか。家族への御土産として買い求めたく…」

「いえいえ、巴図魯殿!蘇式月餅や定勝糕で宜しければ、後程に御希望の数だけ包ませて頂きます。御気に召して頂けて、私共も喜ばしい限りで御座いますよ。」

 そんな私の返答に、吹田千里少佐は照れ臭そうに微笑まれたのです。

「幾ら実家の家族への土産とは言え、断りなしに持ち帰る無作法な真似を働く訳にはいきませんからね。袁術に咎められた陸績の二の舞になってしまいます。」

「それは郭居敬(かくきょけい)の『二十四孝』で紹介された故事で御座いますね…」

 陸遜の従父にあたる陸績は袁術に出された蜜柑を無断で持ち帰ろうとした所を見つかり、「見事な蜜柑なので、母に食べて貰って恩に報いたいと思いました」と理由を述べた所、その孝行心を袁術に賞賛されたと伝えられています。

 幼い頃の陸績に比べたら、吹田千里少佐の取られた手段は遥かに洗練されていますね。

 しかし根底にある家族への優しさは、陸績のそれに負けず劣らずに純粋で尊い物で御座いますよ。

「私の実家は代々続く軍人の家系で、軍人としての心構えは祖母と母の背中を見る形で自ずと形成されていったのですよ。私が怯まずに影武者の任務を拝命出来ましたのも、遡れば母と祖母の薫陶あってこそだと思うのです。」

「それで御母様と御祖母様に、此度の祝賀会に因んだ手土産を…」

 そうして無事に祝賀会を終えて帰路につかれた吹田千里少佐の手に折り詰めが抱えられていた事は、言うまでもありません。

 きっとあの蘇式糕点は、二十一世紀の今日における新たなる「二十四孝」の触媒となってくれる事でしょう。

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あまりの大家族にお土産が足りなくなったらピンチかも? ガンバレ、職人さん? キミ達が平和の要だ!
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