心の盾
心の傷は、戦いよりも深く人を蝕むものだ。
血と痛みの中で結ばれた絆は、果たして希望か、それとも新たな試練の始まりなのか。
ノアとアレクスの物語が再び動き出す。
『10月19日 / 10:54』
ノアが怯えたように何歩も後ずさりした。だが、俺に近づこうとはしない。代わりに俺が一歩前に出た。逃げ場はない。この「夢」と向き合うしかない。持っているすべてを使って戦うしかないんだ。
「どうした、迷える子羊よ?まさか私と戦おうなどと考えているのか?愚かだな。私を倒す可能性など皆無だ」
「そんなこと関係ない。お前が何かの目的でここに来たのは明らかだ。何もさせるわけにはいかない」
「ほうほう、興味深い。私に目的があることを、どうして知っている?」
「単純に明らかだろ。天才である必要はない」
「ふっ...まあよい。「夢幻十刃」の第七位である。そして確かに、ある目的を持ってここに来た」
突然、レーヴが祈るように両手を合わせた。しばらくその姿勢のまま何も言わずにいる。その間に俺はレーヴの外見をよく観察できた。銀の刺繍が施された長いベスト、淡い色合い、そして白い手袋。まるで別の時代から来たような雰囲気を漂わせている。
突然、奴の背後に大きな鏡が現れた。しかし何も映していない。だが間違いなく鏡だった。
「これが私の「夢殻」だ。これで戦いの準備は整った」
戦闘態勢を取ったその瞬間、ノアが俺の袖を引っ張った。
「待てよ、何するつもりだ?」
「当然だろ、戦うんだ!」
「やめろ!そんなもんと戦ったら死ぬぞ!」
「かもしれない...だがお前がここにいる。危険にさらすわけにはいかない。こいつに何かされるのを放っておけない」
彼女は何も言わず、俺も振り返ることはできなかった。このレーヴとかいう奴に集中する必要がある。
地面を蹴って戦いを開始した。霊輝のエネルギーを放ったが、それは奴の背後の鏡に吸い込まれてしまう。だが諦めずに再び挑戦した。今度は拳で攻撃しようと飛び込んだ。パンチは確実に当たったはずだ。しかし奴は微動だにしない。祈るような姿勢を続けている。
再び後方に飛び退いた。今度は胸に手を当て、拳銃を取り出して発砲した。だが驚いたことに、弾丸は奴をかすめただけだった。アナから譲り受けたこの銃の能力は確実な命中のはずなのに、なぜかすっただけなのか?再び撃とうとしたが、やはり外れ続ける。
苛立って銃を手から消し、今度は胸から剣を取り出した。いつものように剣が与える感覚に身を任せて斬りつけたが、実際には何も起こらなかった。
一体何が起きているんだ?こいつに何をしても効果がない...あの背後の鏡のせいなのか?
今度はその鏡を標的にして霊輝エネルギーを放った。しかし今度はレーヴが動いた。鏡に向かう攻撃を避けるためにかわしたのだ。やはりあの鏡に何かある。攻撃すべきだ。
しかし続ければ続けるほど、攻撃は困難になっていく。
「どうした、迷える子羊よ?全力か?ならば私の真の力を見せてやろう」
今度はレーヴが大きく後方に跳躍し、一度手を叩いた。そして言った。
「現れよ、『夢骸』」
奇妙な感覚が俺を襲う。頭が痛み始め、めまいがする。何かする前に、既にレーヴが目の前にいて、拳を振り下ろしてきた。ノアのキャンピングカーに叩きつけられ、背中に激痛が走る。ノアの隣に倒れ込んだ。
ほとんど力が入らず、めまいがする中で、ノアが完全にショック状態で涙を浮かべながら俺を見つめているのに気づく。
意識が遠のいていく...これを許すわけにはいかない...倒れるわけには...いかない...倒れちゃ...だめだ...
『ノア』
アレクスがあの化け物に飛び込んでいくのを見た時、ショックで固まっちまった。
(こんなの...起こってるわけないじゃない...何かのトリックか何かよ)
そう思おうとしたけど、目の前にあるのは現実だった。真実だった。残酷な真実を目撃してるのよ。
(夢じゃない...幻覚でもない...)
でもアレクスがあの化け物と戦ってるのを見てると、胸の奥で激しい痛みを感じた。もう人間の「感覚」なんて残っていないはずなのに…じゃあこの痛みは一体何なのよ?
(逃げなきゃ...そうよ、いつものようにね...)
後ろに一歩下がろうとしたけど、アレクスの戦いを見続けてると体が動かない。何かが止めてる。何かが縛り付けてる。見てることしかできない。
(ずっと痛みから逃げ続けてきたのに...もう感じたくないのよ)
そう思ってるのに、のどに何かが詰まったような感じがする。アレクスは全力であたしを守ろうとしてる...なんでそこまでするのよ?なんでそんなにあたしを守ることに必死になってるの?理解できない。あんなに必死で、本当に助けたいって証明しようとしてるのに...あたしはただ軽蔑しただけ。
手と足が震え始めた。突然、あの化け物か人間か分からない奴から奇妙な光が放たれて、アレクスを強く殴り飛ばした。キャンピングカーに激突して倒れてる。動くのがやっとみたい。
視線が交わった。アレクスが少し頭を上げてあたしを見た時、どうしていいか分からなかった。完全に麻痺してた。何をすればいいのか分からない。アレクスは目を閉じまいと必死に耐えて、また立ち上がろうとしてる...
(やめて!...無茶しないでよ!...お願い、もうやめて!...)
でも奴はまた立ち上がった。化け物はアレクスがまた立ったのを見て喜んでるようだった。何か言ってるみたいだけど、あたしには注意を払えない。周りに注意を向けられない。視界にあるのはアレクスだけ。ふらつきながらも立ってて、背中から血が出始めてるみたい。
血を見た瞬間、胸の奥で引き裂かれるような痛みを感じた。近づきたいのに足が動かない。
突然アレクスがこっちを振り返って走ってきて、あたしを押し倒した。あの化け物があたしを攻撃しようとしてたのに気づいた。アレクスがあたしをかばって、奴の攻撃を受けた...
アレクスが傷ついて、血が飛び散るのを見て絶望的になった。心の奥で何かが壊れた。とても深いところで何かが砕け散った。奴が地面に倒れるのを見て、急いで這いずりながらアレクスのところに向かった。
「だめ...だめよ...」
心の奥で何かが壊れてる。崩れ落ちてる。
「なんであんたがあたしのために犠牲になるのよ」
アレクスはもう単なる変な奴じゃなくなった。会いに来てくれる変な奴じゃない。今のアレクスは、あたしにとって何かになった。世界との新しい繋がりになったのよ。そしてその繋がりを失おうとしてる...昔のように...
「あああああ!!!」
胸が青く光り始めた。化け物が動揺してるみたい。手を伸ばそうとしてるけど、その時奇妙な壁があたしたちとあの化け物の間に現れた。
壁?
腕を見ると盾がついてた。ずっと前にもこの盾が現れたことがあったのを思い出した。またここにある。これがあたしの力なら、戦うための力なら、失いたくないものを守るための力なら...使ってやるわよ!
立ち上がった。この変な壁...盾から出てる投影みたいなやつを、全力で押し始めた。あの化け物があたしを殴ろうとしてるけど、何も起こらないわ。押し続けてる間、そいつがどんなに盾の壁を殴ろうとしても、突き破れないのよ。
矛盾した感情の嵐しか感じられない...罪悪感、恐怖、そして圧倒的な道徳的義務感。「あいつ、あたしのために怪我したのに」
目を閉じて叫んだ。全力で押してる。この化け物が消えてくれることを願って、でも本当に何をしてるのか分からないまま。アレクスは...もうあたしにとって本物の人間になってしまった。血を流して、あたしのために苦しんでる肉体を持った人間に。
何も理解できない。二回も説明されたのに、まだ信じられないし、まだ疑ってる。でも、本当に彼があたしを再び世界に繋げてくれる人になったって感じてる。ずっと前に諦めることにした世界に。
突然、化け物がもっと強く押し始めた。後ろに引きずられそうになったとき、誰かが後ろに立ったのを感じた。振り返ると、アレクスが後ろからあたしの腕を支えてる。あいつも少ない力で一緒に押してる。あの状態でも、まだあたしに何も起こらないよう努力してるのよ。
...不公平だわ...人に...あんな男に頼るなんて受け入れられない...ありえないのよ...
アレクスが力を失ってるのが分かる。腕の上の手で感じられるから。化け物が恐ろしい笑みを浮かべた。これが最後?あたしの人生っていつもこんなに情けなかったの?
あ〜もし後悔しなければ、きっと幸せに生きられたかもしれないのに...
目を閉じて、自分の力も抜けていくのを感じた。でも...その時、空から奇妙な爆発が来て、化け物に直撃した。上を見ると、空中に誰かが飛んでる。女の子...長い栗色の輝く髪。突然、青いエネルギーみたいなものを投げた。よく考えてみると、アレクスが前に使ってたエネルギーにすごく似てるわ。
あの子は誰?
また別のエネルギーを投げた。化け物はかわすだけ。でも突然、後ろから別のエネルギーが爆発した。今度は男からのもの……アフロヘアーで、その奇妙な見た目がやけに目立ってる。最後の瞬間の登場を自慢するように笑ってる。
二人とも化け物を攻撃し続けてるけど、そいつはかわすだけよ。そして最後に...誰も気づかない間に、もう一人が下から現れて化け物を攻撃し、腕の一本を切り落とした。それが黒い煙の雲になって消えた。その人は金髪の男で、すごく筋肉質に見えるし、何か変な感じがした。
三人で化け物を攻撃して...倒すことができた。
あの三人は誰なの?化け物は黒い煙の雲になって消えた。前の女の子がアレクスに気づいて、あたしがいるところへ必死に走ってきた。ただ全部を観察してるだけ。何か言ってるけど、あたしは完全にショック状態で何も処理できない。あの子が何を言ってるかさえも。
彼女がアレクスを腕に抱えて、飛んで一緒に去っていった。アフロヘアーの男があたしと一緒にここに残って、笑ってる。
久しぶりに...全ての危険が過ぎ去ったのを見て...疲れを感じた。地面に崩れ落ちて灰色の空を見上げ...泣き始めた。
「うわああああ!!」
何も理解できないのよ。アレクスに何が起こったか分からないし、何より、あたしの中に残ったこの恐ろしい感覚を取り除きたいの...
『10月20日 / 8:56 / アレクス』
昨日病院で目を覚ました時は、本当にきつかった。あの「夢」との戦いで散々な目に遭ったからな。エミリーが話してくれたんだが、彼女とウィリアム、それに家族の誰かが俺を助けに来てくれたらしい。なんでちょうどその時に現れたのかって?どうやらエミリーと一緒に来た家族の人間が危険を察知できるとか、そんな能力があるみたいだ。まあ、どっちにしてもエミリーの家族は並外れた人たちばかりらしい。後で正式に紹介してくれるそうだ。
それと、父さんには彼女の家に泊まったって嘘をついてくれた。メッセージはライラ経由で伝えてもらったんだが...今日は月曜日で、こんな時間に学校をサボるなんて本当に気が進まない。でも選択肢がなかった。
ただ、そんな中で一番気がかりだったのは、ノアはどうなったんだ?ってことだった。エミリーも知らない。ウィリアムが一緒にいるってことしか分からなかった。とにかくこの病院から逃げ出したい。一刻も早くノアに会いに行きたい。背中はまだ痛むし、今回ばかりは本当に身体に負担がかかってる感じがする。
それでもベッドから起き上がって、ゆっくりとドアに向かった。そしてドアを開けた瞬間—
そこにノアが立っていた。目が合った瞬間、彼女は驚いたような表情を見せた。
「あ、アレクス?」
「ノア?何でここに?」
「えっと、その...あんたに会いに来たのよ...」
「どうして俺がここにいるって分かったんだ?」
「あのアフロの人、ウィリアムさんって言ったっけ?その人が教えてくれたわ……」
そうか、ウィリアムが教えてくれたのか。ノアは立ったまま緊張してるみたいだった。
「ちょっと待てよ、何で立ってんだ?あんたこそ横になって骨折の治療してなきゃダメだろ?」
「お前を探しに行こうと思ってたんだ」
「...バカなの?あんた」
ノアが軽く俺を押して、またベッドに戻らせた。上半身を起こして座り直すと、彼女は近くにあった椅子に座った。
「...昨日のことで謝りたくて」
「なんで?お前が謝ることなんて何もないだろ」
「あるわよ!...謝らなきゃいけないのよ...」
うつむいて言う彼女の声のトーンから、昨日起きたことで本当に傷ついてるのが分かった。
「昨日あたし...あんたを置き去りにしそうになったのよ...あの化け物見た時、逃げたくなった...でも逃げられなかった、そんなこと考えてる自分が嫌だったから...失いたくなかったから」
ノアが泣き始めた。本当に自分を責めてる。でも一番罪悪感を感じてるのは俺だ。彼女を守れなかった。結果的に俺が怪我して、こうして彼女を泣かせることになってしまった。
「違うよノア!悪いのは俺だ、責任があるのは俺なんだ。自分を責めるのはやめろ!」
「何言ってんのよ!?あたしがいなかったら、こんなことになってなかったでしょ!」
「そうじゃない!あの化け物どもは、どのみち俺を狙ってくる...お前に出会うずっと前から俺を追いかけてたんだ...どっちにしても奴らは俺を狙ってくる」
「...」
頭を少し下げて黙ってしまった。また彼女との距離が開いてしまいそうな感じがしたが、今度はそんなことは許さない。
「聞いてくれ、ノア...本当に俺にお前を助けさせてくれ。この世界でのお前の支えになりたいんだ。もう二度とお前には昨日みたいな辛い思いをしてほしくない」
ノアは拳を握りしめていた。傷ついて、混乱して、色んな感情が入り混じって、きっと絶望的な気持ちになってるんだろう。
「見ての通り俺は弱い。でも戦闘でしか弱くないんだ」
彼女が顔を上げて俺をじっと見つめた。話を聞いてくれてる。
「分かってる、お前の話を聞くのは辛いかもしれない。でも今、俺たちは二人とも心の痛みと身体の痛みを共有してる。この繋がりの中で、少なくとも俺にお前の話を聞かせてほしいんだ。お前の過去について知りたい。何がそんなに怖いのか、何をそんなに憎んでるのか...全部知りたいんだ」
ノアはその言葉に聞き入ってるようだった。唇も手も震えていた。髪が顔にかかって表情が見えないくらい深くうつむいてしまったが、小さくつぶやいた。
「本当に...本当にあたしの話を聞いてくれるの?本当に助けてくれるの?...」
「ああ」
「...40年以上も待ってたのよ、そんなことが起きるのを...ずっとずっと待ってて、誰も助けてくれなかった...なんで今なの?なんで今になってそんなことが起きるの?」
「分からない...でも、長い間待ったんなら、今あるこのチャンスを掴む方が、また逃してしまうよりもいいんじゃないか?」
ノアが驚いたような顔で俺を見上げた。全てを受け入れようとしてるみたいに、ゆっくりと、深く考え込んでるようだった。長い沈黙の後、ついに彼女は泣き崩れた。
「...うわああああん!!」
泣いた後、ノアは残った涙を拭き取った。まるで新しい彼女が花開き始めたかのようだった。
「いいわ...あんたがあたしのチャンスなら、信じてみるわよ」
今度は本気だった。これまで作り上げてきた偽りの仮面じゃない。本当に決意を固めたように見えた。彼女の心の扉を開かせることができるのは、俺以外にいないだろう。彼女がこれを受け入れるということ自体が、彼女にとって必要な一歩だったんだ。時間はかかりすぎたが、ようやく彼女がなぜこうなのか、その理由を知ることができそうだった。
椅子をベッドの近くに寄せて、話す準備ができているようだった。
「聞いたら変に思うかもしれないけどわ」
「構わない。何かの理由があるなら、お前のことを知る必要があるからな」
安堵の笑みを浮かべると、ゆっくりと手を伸ばして俺の手の上に置いた。誰も何も言わなかった。彼女のこの行為は、彼女にとってとても貴重で、俺にとっても価値のあるものだった。
「まず―」
突然ドアが開いて、俺とノアは驚いた。騒がしく入ってきたのはウィリアムだった。
「やあやあ、アレクスくん、調子はどうだい?」
ウィリアムは俺たちが何か重要な話の最中だったことに気づくと、ぎこちない笑顔のまま固まった。
「えー、えー...邪魔したかな?」
ノアは恥ずかしそうに赤くなり、俺も顔が熱くなるのを感じた。咳払いをして、確かに邪魔していることを示した。
「少し二人だけにしてもらえるか、ウィリアム?」
割り込んでしまったことを恥ずかしそうにして、
「そうですね、失礼します」
ゆっくりと出て行き、ドアもゆっくりと閉めた。
「まったく、あいつは...」
突然ノアが笑い始めた。
「ははは!!」
痛みと彼女が背負っていたすべてから解放されるような笑いだった。気まずいけれど心地よい瞬間だった。彼女がそんな風に笑うのを見て、俺はそう感じた。笑いが落ち着くと、
「アレクスが知ってる人たちって、本当に面白いのね」
「まあ、まだみんなに会ってないからな」
「他にもいるの?」
「ああ、お前と気が合いそうな人たちがたくさんいる。俺だけじゃなく、きっとそうだ」
彼女は少し考えて、視線を少しそらすと、再び俺の手を取って言った。
「今は、あんたのことだけ知りたいわ」
少し恥ずかしくなった。この種の愛情には慣れていないが、もう対処の仕方は分かっている。手を動かして彼女の手と指を絡めると、彼女は何も言わなかった。視線が交わり、微笑んだ。
「じゃあ、あたしのこと話すわよ...」
彼女だけに集中した。これこそ、彼女に差し伸べようとしていた手が現実のもので、彼女が作り出した幻想ではないことを知らせるために、長い時間をかけて努力してきた瞬間だった。あとは彼女が何を言うかを聞くだけだった。
次回、ノアがついに語り始める——彼女の過去と、四十年に及ぶ孤独の真実。
そして、その告白はアレクスだけでなく、周囲の仲間たちにも新たな繋がりをもたらす。
長く閉ざされていた扉が、今、ゆっくりと開かれていく。




