新たなる一歩
スズを救うための戦いが終わり、ようやく訪れた静かな時間。
それは、長い孤独の中でようやく見つけた「日常」の一片でもあった。
けれど、その穏やかな一日には、彼女が失ってきたものを取り戻すための大切な意味があった。
本を読むこと。笑うこと。そして、誰かと過ごすこと。
スズにとって、それは“自由”の始まりだった――。
『9月6日 / 19:10』
その魔法使いの前に立っていると、なんだか安心感が湧いてきた。この人には信頼できそうな雰囲気がある。彼はスズを見て、それから俺を見つめて言った。
「本当に来てくれて嬉しいのう。わしは魔法使いのストロンじゃ」
満面の笑みを浮かべながら、優しく穏やかな声で話しかけてきた。まるで敵意なんて微塵もないかのような口調だった。
「俺はアレクスです。よろしくお願いします、魔法使いストロン」
振り返って他の魔術師たちを見渡すと、彼が一人の魔術師に合図を送った。近づいてきた魔術師を見て驚いた。あの日俺を襲った奴だった。申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「わしが代わりに謝罪したいのう」
「問題ありません。俺も反撃しましたから」
しかしストロンは首をゆっくりと横に振った。
「いや、この少年にそなたに謝らせたいのじゃ。彼は師の命令に従っただけじゃからな。その師はもうアカデミーから追放されておるのう。裏切り者としてな」
よく理解できなかった。するとストロンがその金髪の少年の肩を軽く叩くと、彼が申し訳なさそうに言った。
「すみません...師匠に無理やり攻撃させられました。本当はやりたくなかったんですが...選択肢がありませんでした...」
謝罪は受け入れたが、まだ完全には理解できなかった。だが突然、まるで啓示のように気づいた。その師匠について、誰のことを言っているのか予想がついた。
「おい、その師匠の名前は何だ?」
「...フレッド、フレッド・ワイルドソウルといいます」
すべてが繋がった。すべてが一致した。フレッドという男がすべての黒幕だったのか。スズを見ると、その名前を聞いて恐怖を感じているようだった。
ストロンが再び近づいてきて言った。
「彼はもう問題にならんじゃろう。少なくともアカデミーにとってはな。わし自身が追放したのじゃから」
この内部構造がどうなっているのか分からなかった。
「あの日のおかげでA.S.がわしにすべてを話してくれたのじゃ。そなたたち二人が去った直後、すべてを見て介入すべきだと理解したのう」
あの逃亡の日を思い出した。A.S.はフードを被った誰かと戦うために残った。まさかその人物がストロンだったのか?
「あの時の人はお前だったんですか?」
「おほほ!その通りじゃ」
躊躇いもなく認めた。頭の中ですべてが形になってきた。今まで起こった出来事が。しかし本当にすべてが終わったのかを確認する必要があった。
「本当にスズをアカデミーから自由にしてくれるんですか?」
「その通りじゃ。恐れる必要はないのう」
「あまりにも納得できすぎませんか?なぜですか?」
「理由が欲しいのかの?」
「...こんなに簡単に全部終わっちまうなんてよ...スズを救うのに費やした時間が、まるで無駄だったような気がするんだ」
「おほほ!面白い少年じゃのう。しかし...」
笑顔を浮かべながら俺の高さまでかがんだ。
「聞くがよい、少年。そなたは何も無駄なことはしておらんのじゃ。そなたの騒ぎのおかげで魔術師たちに害をなす者を発見できたのじゃからな。そなたとA.S.のおかげですべてが解決されたのじゃ。対話によってすべてを解決するのが最良の方法じゃと思わんかの?」
とても驚いた。もし最初から対話ですべてが解決できたなら、なぜウィリアムは何も成し遂げられなかったのだろう?...まだあのフレッドという男が妨害していたからだろうか?うまく考えがまとまらない。
周りを見回すと疑問が浮かんだ。
「すみません、ストロンさん。A.S.はどこにいるんですか?」
「おお〜彼女かの。今のところ彼女は自分の用事で忙しいのじゃが、心配することはないのう。彼女は大丈夫じゃ」
「もう会えないのかよ?お礼も言い終えてねえんだ...彼女がしてくれたこと全部に、な」
「すまんが少年、A.S.はもうここにはおらんのじゃ。自分の戦いで忙しいのじゃよ」
スズを見ると、彼女もA.S.が何も言わず、別れの挨拶もせずに去ってしまったことで悲しそうだった。
「彼女に会える場所を知っていますか?」
「彼女がいる場所は、そなたが行けばより多くの問題を招くだけじゃ...行かない方がよいと勧めるのう」
「でも!!お礼を言いたいんだ! 彼女は...俺たちの友達なんだ!」
ストロンは驚いた。目を大きく見開いて、俺とスズがA.S.を友達と呼ぶことにそれほど決意を固めている様子を見て、突然笑い出した。
「おほほほ!」
なぜ笑っているのか理解できなかった。おそらくこの状況の皮肉さだけだったのかもしれない。
「笑ってすまんのう...彼女に友達ができるとは思わなんだのじゃ...しかし本当にすまんが、それについては手助けできんのじゃ...」
「でも―」
「しかし!彼女はいつでも戻ってこられると言えるのう。時間があるときにアカデミーに戻ってくるがよい。もしかしたらまた彼女に会えるかもしれんのじゃ。それなら約束できるのう」
ストロンを見つめた。嘘をついているようにも、A.S.がいつかここに戻ってくることを軽く考えているようにも見えなかった。今彼女に会えないなら、待つしかない。本当に彼女を待つのがいいのだろうか?しかし彼女を探すのは不必要な問題を招くだけかもしれない。ストロンがそう勧めてくれたのだから。それなら少なくとも次に会う時は、彼女のことをもっと知りたい。
「ストロンさん!お前はA.S.についてどのくらい知っているんですか?」
ストロンは満面の笑みを浮かべてうなずいた。
「おほほ!彼女については十分知っておるのう。聞きたいかの?」
ストロンは俺にA.S.について話してくれた。彼女には非常に問題の多い過去があるらしい。生まれた時から両親はおらず、コーポレーションで育てられたそうだ。そこで自分の力の使い方を教わったという。どうやら彼女は魔法使いとエスパーの間の非常に珍しいハイブリッドらしい。
エスパー?その最後の部分に驚いた。まさか彼女がエスパーだなんて思わなかった。
ストロンは続けた。彼女は自分自身の道を歩むことを決めたのだと。実際、彼女にはコーポレーションでの自分なりの戦いがある。そこで街を脅かしている何かから人々を救うために、できる限りのことをしているそうだ。
ストロンは街を脅かしているものが具体的に何なのかは言わなかった。そして調べない方がいいと言った。彼女は内に大きな力を秘めている。あらゆるものを凌駕する力を...それこそ歩く兵器とでも呼べるような力を...
それがストロンがA.S.について話してくれたすべてだった。どうやら彼にも、なぜ彼女がそのコードネームを持っているのか、なぜあんなに孤独で無表情なのかは分からないらしい。彼女が誰ともそのことについて話したことがないからだ。
でも、ストロンが言ったことの中で俺を不安にさせるものがあった。「コーポレーション」への言及だ。これは絶対に聞かなければならない。
「最後に一つだけ...その言及したコーポレーションというのは、もしかしてヘイブン・フロント・コーポレーションのことか?」
ストロンは少し考え込んでから答えた。
「その名前は聞いたことがないのう。わしはコーポレーションの名前を覚えるのが得意ではないが、彼女がいるところはそこではないと確信しておるぞ」
同じコーポレーションではなかったのか。コーポレーションについて最後に聞いたのはずいぶん前のことだった。
本題に戻って、もしすべてが終わったなら、スズはもう自由だ。それ以上何も言わずに、俺とスズはストロンに別れを告げ、アナの家に戻った。
今度こそスズと話し、彼女を霊輝から解放する時間ができた。この結末は少しほろ苦いものになったが、魔術師の問題はとりあえず終わりを迎えた。
今は...ただ休みたい。
『9月7日 / 9:37』
今日は日曜日だった。スズとのデートの準備をしていたんだ。でも突然アナからメッセージが来た...しかし、そのメッセージは滅茶苦茶に書かれていて、何とか読み取れたのは...「助けて」だった。
絶望感が俺を襲った。家から急いで走り出し、アナの家へ向かった。到着すると、ドアが開いているのに気づいた。急いで中に入ると、廊下の入り口にアナが倒れているのを見つけた。
「アナ!!」
急いで彼女を抱き起こした。まだちゃんと呼吸していて、目に見える傷もなかった。
「何があったんだ、アナ?答えろ!」
彼女は目を開くのに苦労しているようで、ゆっくりと目を開いた。
「ご...ごめんなさい...アレクス...あの人たちがスズを...」
「誰が?」
「...魔術師よ...」
その言葉を聞いた瞬間、息ができなくなった気がした。もう誰が責任者かわかっていた...あの魔術師、フレッドだ。まだ汚い手を使っているに違いない。スズの居場所を見つけなければ。激しい怒りが心の中に湧き上がった...でも、どうやってスズを探すんだ?
考えて、考えて...そして思い出した。霊輝の鳥だ。あの鳥はスズの部屋にいるはずだ。あの霊輝の鳥なら彼女を探せるはずだ。
目を閉じて霊輝の鳥を呼んだ。その鳥の目を通して見ることができた。空を飛んで、そして降りていく...とても離れた場所に、スズがいた。森の中の奇妙な家に閉じ込められていた。
出発の準備をした。まずアナをソファに寝かせて、急いでその場所を探しに走った。今度は飛行能力を使った。疲れても構わない。スズのために急いで到着しなければ。
そのとき、アンジュが混乱した様子で隣に現れた。
「今度は何よ?なんで飛んでるのよ?」
「後で説明する。助けが必要だ。スズが危険なんだ。魔術師がスズを誘拐した。先に行ってスズを守ってくれ」
アンジュは驚いたが、すぐにうなずいて俺よりも速く飛んで、ほぼ瞬間的に消えた。
不安が完全に心を満たしていた。到着が近づいたとき、森の中のあの廃屋を見た。降りた。疲れていて、呼吸が困難だったが、中にいる何でも立ち向かわなければならなかった。
窓に近づくと、そこに立っている人が見えた。白髪混じりの男、厳しい表情、濃い髭、そして眼鏡をかけていた。あれは...フレッドか?そう、あの男がフレッドで、一人だけだった。
どうやって戦うべきか?あの男は魔術師だが、俺には霊輝と霊輝の武器がある。とにかく、俺の方が有利だ。夢喰いと戦うように全力で行くことにした。容赦はしない...初めて、誰かを傷つける怒りを感じた。
胸に手を当てて剣を取り出した。もう一方の手に霊輝エネルギーをチャージし始めて、入る準備をした。ドアに近づいて剣でドアを破壊し、騒ぎを起こした。すぐにあの男が慌ててドアに近づいてきた。
躊躇せずに霊輝をあの男に向けて放った。男は壁に吹き飛ばされて霊輝エネルギーが爆発した。でも止まらなかった。今度は鞭を取り出して彼を縛り、動けないようにした。
俺は機会を逃さずスズを探した。リビングにいたが、縄で縛られているわけじゃなく、何かの呪文のようなもので拘束されていた。
「おい、今すぐスズを解放しろ!」
男は邪悪な笑みを浮かべ、ただ一言言った。「断る」
怒りで俺は手を胸に持っていき、今度は鎌を取り出した。その男は俺が胸から取り出したものを見て呆然とし、命乞いを始めた。
「待て、待ってくれ!分かった、解放する、解放するから!」
だが俺は止まるつもりはなかった。その男に近づき、攻撃しようとした瞬間、スズが叫んだ。
「やめて、アレクス!!」
アンジュが刀を手に現れ、俺の胸に刃先を向けて止めようとした。
「やめなさいよ、アレクス。オマエはそんな奴じゃないでしょ」
俺は非常にイライラしたが、諦めて手から鎌を消した。スズを振り返ると、顔に複雑な感情が混じっているようだった。
アンジュが俺に近づいてきて言った。
「この部分は私にやらせて...オマエがこんな風に手を汚すことじゃないのよ」
アンジュの声と視線は、今まで見たことがないほど真剣だった。アンジュはその男に近づき、刀の先端を男の胸に当てた。そしてゆっくりとそれを刺し始めた。続いてアンジュは仮面を装着し、奇妙な青い炎が仮面から、特に仮面の目の部分から燃え上がり始めた。
男はただ痛みで叫んでいるだけだった。俺にはアンジュが何をしているのか理解できなかった。単純に理解できなかった。スズは恐怖に震えているようだったので、俺は彼女に近づいた。何らかの理由で、彼女を動けなくしていた呪文が解けて、スズは俺を抱きしめた。
アンジュは何をしていたのかを終え、言った。
「もうこの男はオマエの問題じゃないわよ、アレクス。今すぐスズと一緒に行った方がいいわ」
俺はスズを抱き上げ、飛行能力を使った疲労がまだ残っているにも関わらず、彼女を抱えて飛ぶことにした。単純にその場所から離れた。何が起こったのか理解できないかもしれないが、これが最善だった。
「すまない...スズ...すまない」
スズは首を振り、俺をより強く抱きしめた。
「そんなこと言わないでください。私の責任です、アレクスの責任ではありません」
家に着いたら、もっと落ち着いて彼女と話そう...
スズを家まで連れて帰った。部屋の窓から入り、疲れ果てて俺はベッドに身を投げ出した。飛行能力をこんな風に使ったせいで完全に消耗していた。
スズが近づいてきて、ベッドの端に座った。
「大丈夫ですか、アレクス?」
「ああ...ただ疲れただけだ」
部屋には静寂だけが漂っていた。しばらくそのままでいた後、スズの隣に座った。
「今日こそお前を霊輝から解放してやりたかったんだが、まさかあんな展開になるとは...」
「大切なのは、アレクスに何も起こらなかったことです」
「俺は平気だ。大切なのはお前に何も起こらなかったことだろ」
「いえ、大切なのはアレクスに何も起こらなかったことです」
なぜかこの会話が妙に複雑になってきた。お互いを思いやっているのは分かるが...スズは周りの人たちに対して本当に思いやりが深すぎる。
突然、スズが言った。
「あの、アレクス...一つ質問してもよろしいでしょうか?」
俺はうなずいて、彼女の言葉を注意深く聞いた。彼女は少し緊張している様子で、俺の目をまっすぐ見ることができずにいた。
「...なぜそこまで私のために尽くしてくださるのか知りたいのです...霊輝だけが理由ではありませんよね?」
「そうだな、どう言えばいいか...」
どう答えればいいのか分からなかった。霊輝から解放するためというのもあるが、もし他に理由があるとすれば何だろう?自分の気持ちは混乱していて、言葉にすることができない。
俺が答えないのを見て、スズが言った。
「とても困惑されているようですね」
「すまない。俺に分かるのは、お前が俺にとって大切な存在だということだ。霊輝だけが理由じゃない。もっと深いところにある何かなんだ」
スズが俺に近づいて、手を取った。
「どうか教えてください。知りたいのです」
「...お前と出会ってからさ、話してるとなんだか不思議な感じがするんだ。まるで昔からの友達のように、お前のことがわかってるような気がする...それにさ、もっと他にも感じるんだ。お前を助けて、霊輝から自由にしてやりたいって、強く思うんだ」
スズをじっと見つめた。彼女も何かが変わっているのが分かった。初めて会った時とは何かが違って見える。
そして突然、スズが言った。
「では、私のような人を愛することができるとおっしゃっているのですか?」
どうしてそんな結論に至ったのか分からないし、どう答えればいいかも分からない。でも一つ確実なのは、彼女への愛着を感じることができるということだった。
スズはまだ俺の答えを受け入れる気はないようで、続けた。
「本当に私のような欠点のある人を愛することができるのですか?」
突然、スズが俺に向かって身を投げ出し、二人ともベッドに倒れこんだ。
「私のようなふくよかな体型の人を愛せますか?私のようなほっぺたの人を愛せますか?私のような太い太ももの人を愛せますか?」
顔が熱くなるのを感じた。そもそも彼女の体型なんてそれほど気にしたことがなかった。確かに特別スリムというわけではないし、太ももは魅力的だが、もしそんな風に彼女を愛するとしても、何も悪いことはない。
「ああ、お前のような人を愛することができる」
この言葉を言うと、スズは泣き始めて俺に近づいてきた。彼女の苦悩がついに終わりを迎えたかのような涙だった。もしこれが霊輝から解放する最後の瞬間なら、彼女に幸せな時間を与えてやりたい。スズがそのまま俺のそばにいるのを許し、ただ彼女を見つめながら涙を拭い、もう一度抱きしめた。もう彼女は一人ではないのだから。
『9月8日 / 16:01』
昨日スズと約束したのは、今日デートをするためだった。学校が終わった後、彼女の心に喜びを与えて、霊輝から解放してやる時が来た。学校の近くの公園で待ち合わせた。
「準備はいいか、スズ?」
「はい...でも緊張してしまいます。デートなんて初めてですから...」
彼女の声は柔らかく、どこか不安げだった。
「安心しろ。今日はお前が好きそうな場所を楽しませてやる」
「楽しみです!」
スズの手を取って、最初の目的地へ向かった。スズのことを考えて、本屋兼カフェに連れて行くことにしたんだ。スズは知的で本を愛している。でもアカデミーでは、知識は重荷で、義務で、孤立の理由でしかなかった。ここなら、本は娯楽で、自由で、喜びになる。「勉強」させに連れて来たんじゃない。楽しませに来たんだ。彼女は好きな本を、プレッシャーなしに手に取ることができる。
「見ろよ。好きな本を、好きな時に読めるんだ。お前が選んだ物語だけだ」
これはまだデートの始まりに過ぎない。他にも計画している場所がある。こんな些細な行為も、普通の人には当たり前でも、彼女には革命的なんだ。知識を自分のもの、楽しいものとして取り戻している。本を楽しんでいる彼女を見ているだけで、美しく見えた。
次回、スズ編はついに一つの結末を迎える。
彼女の“自由”をめぐる歩みは、静かに、しかし確かに変化を始めていた。
その一方で、見えない場所では別の何かが動き出している。
季節の終わりと共に、アレクスの周囲もまた、新たな転機を迎えようとしていた――。




