密かなる監視者
夏休みの終わりが近づく中、アレクスの周りで静かに何かが動き始めていた。
ウィリアムとの再会、そしてスズとの新たな繋がり。
その一方で、彼を見つめる「誰か」の影が忍び寄る。
それは偶然なのか、それとも――運命の歯車が再び動き出した証なのか。
『8月29日 / 13:44』
エミリーから昨日メッセージが来て、ウィリアムと会うことになった。何か重要な話があるらしく、きっとあの魔術師どものことだろう。
部屋に入ると、ウィリアムはいつもと様子が違っていた。デスクに座って、普段の明るい感じとは全然違って、すごく真剣で考え込んでる表情をしてる。静かすぎて、なんだか変な空気だった。
数分間そんな沈黙が続いた後、やっと口を開いた。
「アレクスくん...済まないが、こんなことを言わなくちゃいけなくてな...だが、うちには何もできなかった」
正直、驚いたけど冷静を保った。やっぱりウィリアムも魔術師どもと話しても何も成果が得られなかったってことか。
「どうやらアレクスくんが言ってたあの子は、奴らにとって非常に..."価値がある"存在らしいんだ」
「その理由、分かるか?」
「...詳しくは説明してくれなかったが、一つだけ確実に言えることがある」
なぜかそこで言葉を止めて、慎重に言葉を選んでるみたいに考え込んだ。
「魔術師の中でも、全員が彼女を手放すことに反対してるわけじゃないんだ。特に一人...他の誰よりも強く反対してる奴がいてな...」
つまり、特に反対してる魔術師がいる一方で、手放してもいいと思ってる連中もいるってことか。ということは、魔術師の中にも協力してくれる可能性がある奴らがいるってことだ。でも、きっと階級制度みたいなのがあって、上の奴が反対したら下の連中は従わなきゃいけないシステムなんだろう。ウィリアムの話を聞く限り、そう理解した。
結局、アカデミーから逃がす計画を続けるしかないってことだな。
その後、今度はスズを訪ねた。まあ、今回はただの世間話程度だったけど。
『8月30日 / 14:23』
今日、夏休みが終わる前に、みんなで動物園に行った。約束通り集まろうとしたが、最初に計画していたものとは違っていて、ほとんど最後になってやっとみんな集まれた。それでも集まれたのは良いことだったな。
ルーシー、まい、ヤヨイ、カズミ、榊、竜児、カケルがいて、けっこう大きなグループだった。当然、ルーシーが一番俺にくっついてきた。
「ねぇアレクス、見て!あれ、大きなカメよね!」
興奮して指差しながら、いろんな動物を見て回った。そんな時、まいが近づいてきた。
「ねぇねぇ、アレクスくん、もうルーシーたんと付き合ってるの〜?」
その言葉を聞いて、バランスを崩しそうになった。ルーシーはその時少し先にいたから、まいが今言ったことは聞いてないが…なんで突然?
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「え〜、冷たいなぁ。ウチはただアレクスくんがルーシーたんと付き合ってるのかどうか聞いてるだけよ〜」
しつこく聞いてくるが、正直どう答えていいかわからない。
「いや…付き合ってないよ」
それを聞くと、まいはがっかりしたように少し視線を落とした。それから真剣に俺を見つめて言った。
「知ってる?あの子、ずっと一人ぼっちだったのよね。この数年間、ウチはいつも彼女に近づいて話しかけたいって思ってた。あんなに孤立してるの見たくなかったの」
まいの視点からルーシーについて話し始めた。まいにとって、ルーシーはただの孤独な生徒で、高校時代をそうやって過ごしてきた。まいは本当の理由を知らないが、助けたいと思っているのが表情から伝わってきた。
「本当にビックリしたのよ〜。あの子が自分から変わったって思った時。最後の年になって、彼女が一歩を踏み出したのを見て、ウチは自分が馬鹿だったって気づいたの。何かできるって思ってたけど、結局彼女自身が変わったのよね〜」
「それは違う。お前の気持ちは良かったんだろ?ルーシーを助けたいって思ってたんだろ?それが大切なことだ」
まいは驚いたような顔をした。
「アレクスくんって、本当に優しいのね〜」
「全然優しくなんかない。ただ自分のやりたいようにやって、思ったように行動して、自分らしくいるだけだ」
「アレクスくんにとってはそうかもしれないけど、ウチにとっては本当に優しいと思うの〜」
まいにそんな風に見られるのは恥ずかしい。俺はただ俺でしかないのに、誰かにそんなことを言われると恥ずかしくなる。
「で、いつルーシーたんの彼氏になる予定なの〜?」
「えっ?」
「もう年の半分過ぎたし、夏休みももうすぐ終わるよね。試験も来るし、気がついたら大学受験も申し込まなきゃいけないし…」
なぜかまいが人生について反省的になっている。ルーシーのことをそんなに心配してるのか?なんでルーシーに彼氏が必要だって、そんなにしつこく言うんだ?
突然、榊が笑顔で俺の反対側に歩いてきた。
「おいお前ら二人、何の話してんだ?」
まいが榊の方を振り返る。その顔は完全に「なんで邪魔するのよ?」って表情だった。その怒った視線を投げかけられても、榊は全然気づいてない様子で...
「ただルーシーが変わったことについて話してて―」
「それとアレクスくんがいつルーシーたんの彼氏になるかってことよ〜、それについて話してたのよね〜」
榊はその言葉を聞いて驚いた表情を見せた。視線が俺に向けられ、驚きの表情で見つめてきたが、すぐにまた笑顔に戻った。
「まあ俺も気になってたけどな」
「おい...」
恥ずかしさと照れが混じった気持ちになった。榊までまいと同じことを考えてるなんて。
「お前もかよ、榊?なんでそんなにしつこいんだ?」
「そうだな、理由を言うとすれば、あいつが変わってからずっと一緒にいるからな...んー、よく考えてみたら、お前があいつが変わった原因なんじゃねえか?」
まいが榊の言葉に驚いて、とても興奮した様子で反応した。
「そうよね〜!あなたがウチのクラスに来てからルーシーたんが変わったのよね〜」
今度は色んな感情が混じって、胃がひっくり返りそうになった。確かに一理ある。ルーシーが変わった原因が俺だっていうのは...でも俺にとって、その変化は俺が直接的な原因じゃない。彼女自身が決めたことだった。
それから突然、榊とまいが同時に同じ質問をしてきた。
「で、いつ告白するんだ?」
「で〜、いつ告白するのよね〜?」
答えられなかった。感情がめちゃくちゃで、きちんと整理できない。でも何か言おうとした時、動物園の奥の木々の間に変な人がいることに気づいた。まるで俺を観察してるみたいに。
その人は俺が見てることに気づくと、すぐに走って逃げ出した。何かおかしいと感じた。あの男を見た瞬間、なぜか追いかけて止めなきゃいけないって思った。だから走り出した。
後ろから榊とまいの驚いた声が聞こえたが、その男は動物園の道を走り続けて、周りの人たちを少し騒がせていた。もう少しで追いつきそうになった時、その男は何かを使った。足の下に風が溜まってるみたいに見えて、そのまま空に飛んで逃げていった。
もちろん俺も飛んで追いかけることはできるが、まだそんなに長時間飛べない。
一体何が起きてるんだ?あの男は誰で、なんで俺を観察してたんだ?
俺が走っているところを見たらしいルーシーが後ろから駆けてきた。
「何があったの?なんで走ってたの?」
「...変な男が俺を見張ってて...飛んで逃げた」
「飛んでって?」
「ああ、何か使って飛び始めたんだ...」
あの男はもしかして...魔術師なのか?軽く予感がした。
ルーシーは俺が心配そうで動揺してるのに気づいたようで言った。
「あたしに手伝わせて!直感なのかなんとなく感じるからなのかわからないけど、その男の人ってあなたが通ってるあの場所と関係があるんじゃない?」
ルーシーもあの男が魔術師だって直感があるみたいだった。他に何があるっていうんだ?
「あたし、あの場所の女の子に会いたいの」
「...スズに会いたいのか?」
「そう!」
何故かルーシーはスズに会いたがってた。断る理由もないし、明日会うことにして。
動物園での残りの時間は問題なく、友達みんなと楽しく過ごせた。
『8月31日 / 20:13』
A.S.を待っていた。今日はルーシーを連れて行かなければならないはずだったが、ルーシーはアナの家に泊まっていたので、彼女にルーシーの居場所を教える必要があった。だが、彼女がルーシーを迎えに行く前に、俺に何か言いたそうな様子だった。
「なんでそんなにじっと見つめるんだ?」
「...別に何でもない...ただ...その日が近づいているけれど...何か奇妙なことが起こっているように思えるの...」
「実は昨日起こったことをあんたに話したいことがあるのよ」
昨日見知らぬ男が俺を観察していたことを彼女に話した。彼女は...まあ、彼女の乏しい表情の中では理解しているように見えた。俺の話を全て理解しているようだった。
「...そう...間違いなくあんたが見たのは魔術師ね」
彼女がそれを確認してくれたことで、恐怖を感じた。魔術師が俺を標的として定めたなら、どうやって立ち向かえばいいんだ?だが待てよ...一体どうやって奴らが俺の存在に気づいたんだ?
俺はこのことをA.S.と話し合うことにしたが、彼女もどうやって俺が監視下に置かれたのかわからないようだった。
「...心配なら計画を延期してもいいわよ...」
「いや!計画は続行する。スズをあの場所から連れ出すんだ」
魔術師に発見されて、その方法もわからないが、目標は変わっていない。とりあえず今日で夏休みが終わる。A.S.が分析を完了してスズを連れ出す日まで、スズに会えなくなる。一度スズをあそこから出せば、彼女から霊輝を解放するために必要なことができるようになる。
そう言えば…
アナとスズはあの時どうだったんだろう? まだアナから話を聞いてないし…。
…それに、今のルーシーとスズはどうしてるんだろう?何を話してるんだ?
『ルーシー』
スズの部屋に到着した。初めての出会いね。アナからメッセージで聞いていた通り、スズはもう外見のことでそんなに隠れてないみたいだけど、それでもまだ恥ずかしがり屋で、自分を受け身な重荷だと思っているのが分かる。
「ハイ、スズ!あたしルーシーよ〜ん」
「...こんにちは、ルーシーさん」
「さんを付けなくてもいいよ〜」
「はい...分かりました」
「ねえ、アレクスがあなたのことをあまり詳しく教えてくれなかったから、あなたのことを知りたいな」
スズは話すときに恥ずかしがり屋みたいで、少しずつ過去のことを話し始めた。驚いたことに、アナが訪問した時のことも話してくれて、アナが自分自身への違った視点をくれたって言ってた。注意深く聞いて、どんな細かいことも聞き逃さないようにした。
「すごいわ〜 スズ、魔術師が存在するなんて信じられないし、あなたがその一人だなんてもっと驚きよ」
「本当にそんなに驚くべきことでしょうか?」
「そうよ!もしもっと前にあなたに会っていたら、きっと友達になってたと思うわ」
「どうしてそんなことを言うのですか?私は危険かもしれません」
「そんなことないよ」
「どうしてそう思うのですか?」
「だって〜鳥が飛ぶことを禁じられるようなものじゃない。あなたの魔法はあなたの一部でしょう?あたしの性格があたしの一部であるように。自分らしくいられないことが世界で一番悲しいことよ」
スズは驚いたような表情を見せて、突然自分の体を分析するように見つめ始めたけど、その後視線をあたしに戻した。
スズは…どこかで自分を分析し続けたり、私と比較したりしているのはわかっていた。でも今は、彼女がそんなことに囚われている場合じゃない。注意を別に向けさせないと。
自分の表情が少し曇ってしまったようで、スズに気づかれた。
「何かあったのですか、ルーシー?」
「スズ…急に話題を変えてしまってごめんなさい…でも…あなたも感じてる?」
「か、感じるというのは…?」
「ある存在を…冷たいような。見られているの。ここにいるわけじゃない、この部屋には…でも外にいる。アレクス…アレクスが危険にさらされているかもしれないの」
スズの顔が瞬時に青ざめた。恐怖が彼女を麻痺させている。
「え…? アレクスさんが? そんな…! どうして? 誰が…?」
スズは立ち上がって窓を神経質そうに見たけれど、何も見えない。
「誰かはわからない、理由も…でもあたしの直感は滅多に外れないの。誰かが…誰かが彼を狙ってる」
スズは不安そうになって、また座り直した。今度はあたしの近くに。もっと知りたがっている。
動物園で起こったことを話すと、スズは心配そうな表情で考え込んでいた。あたしを振り返って言う。
「ど、どうすればいいのでしょうか? 私はここに閉じ込められているんです! 彼を助けることができません! 私は…私は弱いんです! みんなの足手まといでしかありません!」
あたしはスズに近づいて、しっかりと、でも優しく彼女の手を取った。声は柔らかいけれど、鉄のような信念に満ちている。
「スズ。聞いて。あなたはいろんなものを持っているけれど、足手まといなんかじゃないのよ」
「でも…!」
「アレクスがあなたのために危険を冒しているのは、あなたが弱いからだと思う? 違うわ。彼は今のあたしが見ているものと同じものを見たの、あなたの中にある信じられないほどの力をね」
スズは頭を下げている。彼女なりに物事を処理しようとしているのだろう、少なくともあたしはそう願っている。
「スズは魔術師なのよ! 今アレクスを傷つけるかもしれない人たちと同じ世界に属しているの! あなたは彼らのルールや考え方を理解している! それは弱さじゃない、力なのよ!」
スズは驚いて、言葉を失っている。
「私の…力…ですか?」
「アレクスはあなたに手を差し伸べているの。アナはあなた自身の価値を見つける手助けをしている。そしてあたしは…あたしたちの友達が助けを必要としていると言っているの。でも、あたしたちがあなたの代わりにそれをすることはできないのよ」
スズをじっと見つめた。視線を逸らさないまま、緑色に輝く瞳を見ることができた。まるで今にも泣き出しそうに見えるの。
「一番あなたを自由にできる人は...あなた自身よ。恐怖に麻痺されるままでいるつもり?それとも、その聡明な頭脳と心を使って戦うの?」
スズは静まり返った。もう恐怖の表情ではなく、深い集中の眼差しを向けている。
「スズ、何ができる?今この瞬間に。ここで。どんなに小さなことでもいいから、少しでもコントロールを取り戻すためにできることはない?」
長い沈黙の後、スズが顔を上げた。その瞳には新しい決意が宿っているわ。
「私の魔術は封印されていますが...頭は違います。魔導書...基礎魔術理論の教科書なら...まだ持っています」
突然、スズはより深く考え始めて、頭に浮かんだアイデアをぶつぶつと呟いている。
「できます...勉強できます。思い出そうとできます。監視術式のパターンを分析できます。もし誰かがアレクスさんを追っているなら、きっと魔術を使っているはずです」
彼女の表情が、頭に浮かぶ一つ一つのアイデアと共に明るくなっていく。まるで暗闇に瞬く蛍が次第に数を増していくようだ。
「そして魔術を使っているなら...それを探知する方法、あるいは対抗する方法さえ見つけられるかもしれません」
あたしの表情も心からの笑顔で輝いた。
「それよ!それなの!今すぐ一番強くなることじゃなくて、一番賢くなることなのよ!持ってるものを使いなさい!」
スズが頷いた。弱々しいけれど新しい炎が彼女の内側で燃え上がっている。
「自分を救うだけじゃありません...守りたい人たちを守ります。アレクスさんに、一緒に考えるって約束しました。今こそ...その約束を果たす時です」
スズは本棚に近づいて、埃っぽい触媒と分厚い本を取り、決意を持って机に座った。その決意の強さに、あたしも驚いてしまった。
今のスズは、救われるのを待つお姫様なんかじゃない。今の彼女は計画の一部なの。アレクスのために、彼女にもできることがあるのよ...
『9月1日 / 15:33 / アレクス』
学校に戻った。夏休みが終わって...あの慌ただしい夏休みが。あの間に色んなことが起こりすぎて、頭の中が整理できない。そんなことは置いといて、今日からまたクラスメイトたちと過ごすんだ。なんか遠い昔のことみたいに感じる。あんなに長い間離れてたせいで、学校に戻れることを懐かしく思ってる自分がいる。メランコリックな気分だ。
でも、これ全部の裏には向き合わなきゃいけない真実がある。時間が経つにつれて、重要な試験が近づいてくる。大学に行くかどうか決めなきゃいけない。何に専念するか、何をしたいか...考えたことがない。いや、考えたことはあるけど、頭の中で何も固まってない。
年が終わる前に、残りの女の子たちを救えるだろうか?
そんなことを考えながら歩いてると、誰かに付けられてる気がした。振り返ったが、何も見えない。でも確実に背後に気配を感じる。
「アンジュ」
影から現れて俺の横に立った。
「何よ?」
「俺の後ろを見てくれ」
アンジュが眉を上げて後ろを見る...俺の肩越しに。
「背中には何もないわよ」
「違う!ばか、もっと後ろだ。後ろ!」
「後ろ?」
アンジュが今度は振り返って、驚いたようだった。
「ちょっとアレクス...誰かがオマエを付けてるわよ」
「やっぱりか...待てよ、その人間がお前を見ることができるのか?」
「いいえ、あの人は私の存在には気づいていないわ」
「魔術師だと思うか?」
「何ですって!?あの野郎が魔術師なの?見てなさいよ」
アンジュが刀を抜いて、俺を付けてた人間に向かって走った。これはやりすぎだと思って、止めようと振り返ったが、もう遅かった。アンジュが刀で何かして、俺を付けてた人間が道で膝をついた。
「急いで!アレクス、逃げなさいよ!」
これは正しいやり方じゃないと感じた。だからその人に近づくことにした。近づいてみると、フードを被ったA.S.だった。何が起こってるんだ?なぜ俺を付けてたんだ?
ただ彼女を見つめていると、アンジュはさらに混乱して、何も理解できずにいた。
次回――
アレクスを取り巻く状況が一変する。
真実を語るA.S.、スズの覚醒、そして襲い来る魔術師たち。
逃走、犠牲、そして再会。
そのすべてが新たな選択へと繋がっていく。
彼が向かう先にあるのは、敵か、それとも希望か――。




