人形が紡ぐ新たな想い
海辺祭の最中、突如現れた巨大な夢喰いがすべてを呑み込もうとする。
アレクスとルビーは力を合わせ、想いを背負って立ち向かう。
限界を超える戦いの果てに、二人が見つける“答え”とは――。
『7月26日 / 17:56』
空から奇怪な化け物が落ちてきた。蜘蛛のような胴体に、上半身は人間のような形をしていて、まるで蜘蛛の頭部から生えているかのようだった。夢喰い...それも恐ろしく巨大なやつだ。
ルビーはすぐにその存在に気づいた。
「アレクス、それなんて呼んでたっけ?」
「夢喰いだ」
「そうそれ!まさか海辺祭の真っ最中に現れるなんて信じられないさ」
彼女は戦う構えを見せていたが、すべてが終わろうとしているこの瞬間に戦わせたくなかった。でもルビーは既にグローブを召喚して戦闘態勢に入っている。選択肢はなかった。俺も戦うしかない。
でも何を使う?自分の霊輝か、それとも霊輝の武器か?
夢喰いが動き始めた。空中に蜘蛛の糸を張り巡らせている。ルビーは既に飛び掛かる姿勢を取っていた。俺はまだ迷っていたが、霊輝の武器を使うことにした。精密さが必要なら、どの武器を使うべきか分かっている。
胸に手を当て、ルーシーの剣を取り出した。
ルビーは驚いた表情で見ていた。
「おい、あんたもそういうの持ってるのか?」
「まあ、そうだが...本当に俺のものじゃない」
「どうでもいいさ!あんたも戦えるなら一緒に攻撃だ!」
ルビーは大きく跳躍し、夢喰いの真上まで到達して、その巨体の上に落下した。その衝撃で夢喰いは激しく動揺し、左右に暴れ回り始めた。
俺は自然に飛んだり跳躍したりできない。だからこの剣を夢喰いに向けて構えた。剣が俺を引っ張るような感覚を感じた。剣が勝手に動いているような感じ...初めて使った時のことを思い出す。
剣は俺を空中に持ち上げ、夢喰いの方向へと運んだ。ルビーの隣に着地する。
彼女は夢喰いを殴り続けていたが、いくら攻撃しても効いていないようだった。剣を突き刺すと、夢喰いの叫び声が響いた。すると人間のような部分がこちらを向き、その奇怪な生物が口を開けて蒸気を放つ奇妙な液体を吐き出した。
「気をつけて!アレクス!あれ毒みたいだな!」
その液体を吐き続けている。剣を構えると、剣が走れと指示しているように感じた。走り始めると、剣がその液体を反射させ、俺に一滴も触れることなく、一振りでその化け物を真っ二つに切り裂いた。
しかし夢喰いはまだ倒れない。蜘蛛の形をした残りの胴体が痛みで...なのか分からないが、激しく左右に暴れ回っている。剣を突き刺して体を支えながら。
夢喰いが海の近くに落ちそうになった。幸い、この辺りには誰もいないようだ。夢喰いが落下した衝撃で俺はバランスを崩し、砂浜に倒れてしまった。
ルビーが大きくジャンプして俺のすぐ隣に着地した。だが夢喰いは俺たちの前に立ち上がり、戦闘を続ける構えを見せている。
胸に手を当て、アナの拳銃を取り出した。ルビーが再び驚いた表情を見せる。
「おいおい、なんで二つも武器持ってんだ?」
「前にも言ったが、本当は俺のじゃない」
「へっ、あんた思ったより面白いじゃん。やっぱり戦ってる時が一番気持ちいいな」
ルビーが夢喰いに向かって駆け出し、蜘蛛の脚に拳を叩き込んだ。脚が吹き飛び、またあの奇怪な叫び声が響く。
拳銃を構えて夢喰いの蜘蛛のような目を狙った。一発、二発、三発と正確に命中させる。夢喰いがまた苦しそうにもがいている。倒れる寸前に見えたが、その時夢喰いの脚の一本がルビーを突然殴りつけ、彼女を砂の上に転がらせた。
「ルビー!」
駆け寄って彼女の様子を確認する。
「あ、あ、あれを見ろ」
ルビーが夢喰いを指差した。再生している?いや、違う。脱皮しているのか?内側から割れて何か新しいものが出てこようとしている。左右に動きながら、夢喰いの中から新たな存在が現れた。今度の姿は前よりもさらに恐ろしい。蟹のような脚、触角のように伸びた奇妙な目、平たく羽のような体が呼吸するように膨らんでいる。
急速に俺たちに向かってきた。発砲したが効かない。ルビーが俺を押しのけ、夢喰いの攻撃を一身に受けた。
「ルビー!!」
彼女が砂の上に転がらせた。駆け寄って見ると恐怖で凍りついた。腕が外れている。痛がって叫ぶことはないが、俺にとってこの光景を見ることがすでに辛い。
怒りに任せてひかりの鞭を取り出し、夢喰いを攻撃し始めた。しかしどれだけ攻撃しても効果がない。今度はメリッサの杖を取り出し、先端で砂を突いた。地面が震える。
「この場所で勝てないなら、別の場所でやろう」
俺の周りが変化し始めた。もう砂浜ではなく、岩だらけの地形に変わっている。杖は霊輝の武器の中でも特に特殊な特徴を持つことを知っている。この夢喰いと戦うための別空間を作り出すのが最良の選択だった。この空間の中では俺に有利になる。
ルビーが後ろから近づいて俺の肩に触れた。
「近づかせて」
「だめだ!無理だ!」
「聞け、いい考えがあんだ」
「だめだ!もう傷つくところを見たくない。そんなの耐えられない...」
振り返らずにいたが、ルビーが俺の顎に手を当てて無理やり彼女を見るようにさせた。
「聞けって言ったろ。決定的な一撃でアイツを倒せる。だからやらせろ!」
ルビーの決意に満ちた目は確固たるものだった。何かが起こることが怖い。何も起こってほしくない。しかし彼女がこれほど自信に満ちているのを見て、俺も勇気をもらった。
「分かった。何をするつもりだ?」
ルビーが微笑んで夢喰いを見つめながら言った。
「あいつの上に飛び乗って全力でぶん殴れる。絶対にできるさ、だって開発した技なんだから」
「技って?まさか霊輝の武器で技を訓練したのか?」
「時間を無駄にするわけにはいかなかったからな。使い方を覚えたんだ。計画は簡単さ、あんたはあいつを引きつけてろ。その間にこっちが一撃を決める準備をする」
確信は持てなかったが、やるしかない。霊輝の鳥を召喚した。奴の注意を引くだけでいい、それだけが俺の役目だ。
霊輝の鳥で攻撃するが、夢喰いは倒れない。武器を次々と変えながら、とにかく夢喰いの注意を俺に向けさせる。遠くでルビーの姿が見えた。片膝をつき、拳を地面についている。
突然、彼女の周りに炎が立ち上がった。地面から吹き上がる風のように髪がなびいている。一体どんな技を開発したんだ?
夢喰いを攻撃し続けていると、ルビーが大きく空中へ跳躍するのが見えた。その跳躍は炎の軌跡を残し、燃える拳で隕石のように落下してくる。夢喰いに到達した瞬間、大爆発が俺を吹き飛ばした。炎と風しか見えない。ルビーの浴衣は自分の炎で焼けているようだった。拳は夢喰いの上に食い込んでいる。
「絶対に諦めない!」
さらに拳を握りしめ、より多くの炎が噴き出す。
「お前を倒してやる!」
夢喰いの脚が折れて地面に倒れた。ルビーの拳がさらに強く押し込まれ、爆発音と眩い閃光が続いた。何も見えない。ただルビーの声だけが聞こえる。夢喰いを倒すために全てを賭けている叫び声が。
ようやく視界が戻ると、夢喰いの奇怪な体には大きな穴が開いており、ルビーは地面に疲れ切って倒れている。浴衣はボロボロだった。
彼女に近づく。
「大丈夫か?」
「...やった...倒したよ、アレクス!」
「ああ、すげぇじゃないか」
異次元の戦闘空間が消失し、海辺に戻った。だが...夢喰いが消えていない。倒された夢喰いは必ず黒い煙となって消えるはずなのに...なぜこいつの体はまだここにある?
その時、骨が砕ける奇妙な音が響いた。夢喰いの奇怪な体から触手が伸び、俺に向かって来る。避けることも防ぐこともできそうにない。本当に終わりなのか...
だが、金属が攻撃を弾く鋭い音が響いた。アンジュの刀、そして彼女自身が俺とルビーの前に立っていた。
「急いで離れなさいよ!」
アンジュがその攻撃を素早く止めてくれた。俺とルビーは急いでその場から離れる。
アンジュが攻撃の準備をしていた。その夢喰いは地面に倒れているが、奇怪な体から触手を伸ばして反撃しようとしている。
突然、隣にいるルビーの声が聞こえた。何か混乱して驚いているようだった。アンジュを見ながら。
「あの子...覚えてる、あの日の...間違いないわ、あの子だった」
やっぱりな。ルビーがアンジュを見れば思い出すと分かってた。結局、ルビーが人工霊輝を持つことになったのはアンジュのせいだからな。
「あいつはアンジュだ...お前が霊輝を受けた時、あいつがお前のいた場所の近くにいたんだ。あいつが持っていた霊輝がお前と共鳴して、今のお前になったんだよ」
ルビーは何も言わずにアンジュを見つめていた。その視線は理解しにくい。今、色々なことを考えているかもしれない。でも俺はアンジュが自分の過ちを償おうとしていることを誰よりも知っている。
「ルビー、頼むからアンジュを憎まないでくれ。あいつはみんなのために沢山やってるんだ。女の子たちがまた自由になれるように」
あのネックレスのことを思い出した。ポケットに手を入れて取り出す。ルビーの視線がネックレスを見て止まった。
「あんた...それ、どこで手に入れたの?」
「アンジュのおかげだ。あいつがいなかったら絶対に見つけられなかった」
手を差し出してネックレスを渡そうとする。震える手でルビーがそれを受け取り、ただ見つめていた。
「でも...謝らなきゃならないことがある」
「なんで?」
「ネックレスは見つけたけど、お前が大切にしてた写真はもうない」
ルビーはネックレスを確認した。確かに写真はなかった。でも怒っているようには見えない。ただ憂鬱そうに微笑んで、ネックレスを見て、それからアンジュを見て、戦っている夢喰いを見てから笑い始めた。
「あはは」
「なんで笑ってるんだ?」
「別に…『写真が消えちゃったって謝ってる』けど、そりゃそうでしょ。水の中に二十年もあったら無くなって当然よ、あはは!」
なんだか馬鹿みたいに感じてしまった。ルビーは思ってたよりずっと冷静に状況を受け入れている。今はアンジュに視線を集中させている。俺も振り返ってアンジュを見た。
考えてみれば、アンジュが長時間戦うところを見るのは初めてだ。いつもより真剣そうに見える。声まで聞こえてくる。
「クソッ、この夢喰いは一体何なのよ!」
アンジュが大きく跳躍し、触手を切り払うと、砂浜の砂を蹴り上げながら着地した。突然、刀を脇に構えると、もう片方の手で『印』を結んだ——人差し指と中指を伸ばし、残りの指を折り曲げた姿勢だ。
「『霊唱、影縛』」
アンジュの指から奇妙な影が召喚され、夢喰いを手のように縛り付ける。続いてアンジュは刀を奇妙な持ち方で両手で柄を握った。
「『初解、光喰め、月影』」
突然アンジュの刀が異常に光った。ルビーが何かに気づいて言う。
「ねぇ、アレクス...月を見て」
月を見上げると、まるで非常に細い光の線が月からアンジュの刀に向かって放たれているように見えた。それが刀をあんなに光らせているのか。
アンジュがわずかに動くと、刀が目で追えないほど速く動き始めた。伸びてくる触手は全て瞬時に切り払われる。アンジュはゆっくりと夢喰いに向かって進み、行く手を遮るものすべてを切り裂いていく。
その時、遠くからまた別の声が聞こえてきた...
遠くからあの声が聞こえた。セレステがそこにいた。刀を持っているが、アンジュとは違う奇妙な構えをしていた。同じ構えではなく、片手で刀を持ち、夢喰いを狙うのではなく両腕を広げて構えていた。
「『初解、照らせ、冥灯』」
刀の先端から奇妙な暗闇が放たれた。夢喰いが地面でのたうち回り、浜辺の砂を巻き上げる。続いてアンジュとセレステが刀を振り、一撃で両者が夢喰いを切り裂いた。ついに黒い煙の雲となって消え去った。
ようやく...戦いは終わった。
もう立っていられなくなって、その場に倒れ込んだ。ルビーが砂の上で隣に座る。
本当に疲れるな、こういう戦いって。夢喰いに何か変なことが起きてる。
セレステがアンジュより先にやって来て言った。
「大丈夫ですか、アレクス?」
「ああ、大丈夫だ。それより、お前はどこにいたんだ?」
「あ、他に用事がありまして」
「え?どんな用事だよ?」
「ふん!まあ実を言うと、首輪の場所を発見した時に調べてみたら、あなた達が言っていた写真がないことが分かっていたので、何かできることはないかと思いまして」
「何をするって?」
「私達はレイスドールです。キミ達人間の生と死の近くにいるのです」
何を言おうとしているのか分からなかった。
「要点を言えよ」
「つまり、彼女のためにその写真を再構築できるということです...でも、その写真と引き換えに何かを犠牲にする覚悟があるか聞かなければなりません」
セレステはルビーを見て返事を待った。驚いたことに、ルビーは言った。
「いらない」
「ええーーーっ!?」
驚いて言った。
「でもルビー、お前にとって大切な写真だって言ってただろ?なんでだよ?」
「理由は簡単さ。必要ないんだ」
そうか、ルビーがそう思ってるなら大丈夫だろう。でもセレステは納得してなかった。
「そんな答えじゃ受け入れられないわ。理由を教えなさい」
ルビーはセレステを見て、落ち着いて言った。
「もう過去の思い出だから。このネックレス、ただの意地で探してただけなんだ。頑固な執着心で、もう乗り越えた思い出なのに手放せなかっただけさ」
セレステは明らかにイライラしていて、唇を歪めた。
「キミたち人間って本当にイライラするのよ。感情的にコロコロ意見を変えて、いつも不安定で...本当に面倒くさいわ」
「えへへ、その通りだな。ボクたちがなんでこうなのか説明できないけど、謝ることしかできない」
セレステは落ち着いて怒りを収めたが、何も言わなかった。アンジュがセレステの隣に立った時、ルビーが急に言った。
「あ!あんた!」
アンジュは驚いた。ルビーが指を向けてたからだ。
「あんた、あの時の子だな」
アンジュは緊張して、あちこちを見回しながら何も言えずにいた。
「こんにちは、初めまして。ボクはルビー」
アンジュはショックを受けてた。ルビーが自己紹介したんだ。多分彼女には理解できないだろうが、ルビーは優しく親しみやすくしようとしてるんだ。
「助けてくれてありがとう。あんたの助けがなかったら、あの夢喰いは倒せなかった。本当にありがとう」
アンジュはセレステを見て説明を求めたが、セレステは肩をすくめただけだった。アンジュはルビーをもう一度見て、一歩近づいた。今度のアンジュは違って見えた。他の皆と違って、ライラを除けば、アンジュはルビーと話す決心をしてるようだった。自分を制限するんじゃなく、自分なりに歩み寄ろうと一歩踏み出してるんだ。
「私はアンジュ...よろしくお願いします」
ルビーがアンジュに微笑みかけると、アンジュも微笑み返した。
するとルビーがアンジュにぐっと近づき、背中から腕を回して、首元にその腕をぶら下げるような仕草で言った。
「あんたのこと知りたいんだ。あの日、ボクの前に現れた時、なんで何も言わなかったんだ?」
「え?」
「この霊輝のことをもっと教えてくれてもよかったんじゃないか。力を渡すんなら、最低でも説明ぐらいしてくれよ。理解しようとして訓練するの、すっげー大変だったんだからさ」
「...怒ってないの?」
「怒る?何で?」
「私のせいでオマエの人生が変わって、私のせいでみんながオマエから離れて...私のせいで―」
「違う!」
「...!?」
「あんたのせいじゃないよ。誰かを責めるとしたら、自分自身だ。兄弟にもおじいちゃんにも何もしてやれない自分をな。なんであんたを責めなきゃいけないんだ?」
アンジュは完全に呆然としていた。動けずにルビーを見つめている。
「あんたが人間じゃないってのは分かるし、ボクたちのことが理解できないかもしれないけど、恨みなんて持ってないよ。そもそも、なんであんたがそんな風に考えるのかも分からないしな」
アンジュは俯いて考え込み、何も言えずにいた。ルビーはそれに気づいて言った。
「そうそう、ネックレスの件、ありがとうな」
アンジュが再びルビーを見上げると、ルビーはただ微笑んで言った。
「あんたがいなかったら見つけられなかった。ありがとう」
アンジュの唇が震え、その黄金の瞳が潤んでいるように見えた。泣く?悲しみ?今彼女が感じている感情は何なんだろう?
「泣くなよ、アンジュ。ほら、笑え笑え、こうやってさ」
ルビーが大きく微笑みかけた。
アンジュは頭を下げて笑おうとしたが、結局泣いてしまった...頭を下げて泣くアンジュを、ルビーが抱きしめた。
「泣くなって言っただろ」
「ごめ……うっうっ……ごめんなさい」
セレステも俺も何も言わなかった。だが、セレステがこの光景を見て何か不安そうに、まるで衝撃的なことや新しいことを見るかのように見つめているのに気づいた。感情を理解することに疎い彼女にとって。
この夜、俺はアンジュが人工霊輝に巻き込まれた少女の一人に謝罪する姿を目の当たりにした。そして、アンジュの種族ーーレイスドールについてもう一つ理解した。彼らには確実に感情がある。彼ら自身がそれを理解していないという事実は、きっと俺がまだ知らない他の理由があるからだろう。だが間違いなく、この夜、俺のアンジュの世界に対する認識は変わった。
次回、ルビー編が幕を閉じ、新たな道が始まる。
アレクスはこの戦いを経て何を感じ、どんな未来を選ぶのか。
そして、彼を待ち受ける次の運命とは――。




