日常と非日常の狭間
新たな存在――セレステの登場が、アレクスとアンジュの日常に波紋を広げていく。
謎めいた彼女の言葉と行動が、これまで見えなかった真実の断片を浮かび上がらせる一方で、体育祭の準備や仲間との交流といった日常も進んでいく。
非日常と日常が交錯する中、アレクスは何を感じ、何を選ぶのか――。
『6月3日 / 7:03』
ゆっくりと立ち上がりながら、ガードは高く保ったままだった。ベッドの上にいるあの女の子は一体何者だ?味方か、それとも敵か?アンジュを呼ぼうとしたが、声が出なかった。突然の出現に動揺していた。
そのとき、彼女が口を開いた。
「キミがアンジュを手伝ってる人間?」
直接的な質問だった。答えるべきだが、「はい」と言うのが正しいのだろうか?返事をしないでいると、彼女は再び話し出した。
「おい、答えなさいよ。でないと...」
彼女はベッドの上で立ち上がり、刀を抜こうとしているようだった。そのとき突然、アンジュが彼女の後ろに現れ、足で蹴りを入れて彼女を再びベッドに倒した。今度はうつ伏せで、アンジュが上に乗っかって、まるで戦いに勝ったかのようにドヤ顔をしていた。
「アレクス、その子から離れた方がいいわよ!危険なの!」
すぐにアンジュの足の下にいる女の子が苛立って叫んだ。
「危険じゃないです!それに私の上から降りてください!!」
アンジュは彼女を無視して、わざとらしく惚けた。
「え?誰か話した?何も聞こえなかったわよ」
女の子は全力でアンジュを押しのけ、再びベッドの上に立ち上がった。この状況はますます馬鹿げて理解しがたいものになっていく。
女の子は俺を見つめて言った。
「自己紹介させてください。私はセレステ、レイスドールです。生命流動部隊に所属してます。今日、アンジュに合流するよう命令されました。ワレイ中佐がアンジュが何かしてはいけないことをしていると感じているからです。それに...」
話を止めて、そこに立ってこちらを見ているアンジュを見た。そしてセレステは続けた。
「それに、あの巨大サイズの夢喰いの状況の援軍としても送られました」
それを聞いて、あの詳細を思い出した。あの巨大サイズの夢喰いのことを完全に忘れていた。アンジュも何も言っていなかった。答えを求めてセレステに話しかけた。
「ちょっと待て、その巨大サイズの夢喰いって何なんだ?教えてくれ!知りたいんだ。本当に危険なのか?」
セレステはベッドから降りて俺の前に立った。
「キミの名前は?」
「アレクス...」
「分かりました、アレクス。アンジュから送られてくる報告によると、その巨大サイズの夢喰いは潜在的に危険ですが、こんなものに遭遇したことがないので、本当に問題なのかどうかは分からないです」
これは問題になるかもしれないと感じた。以前考えたことはあったが、放置していた。
「じゃあ...セレステ、どうするつもりなんだ?」
「...うーん...私は指示に従うだけです。私の任務はアンジュを観察して支援することです」
「他に何か言えることは?知っておくべき重要なことはあるか?」
「うーん...アンジュがオマエにどれだけ情報を教えたか分からないです。何を知りたいんですか?」
なぜかセレステはアンジュよりもおしゃべりだと感じた。躊躇なく知っていることを全て明かす。アンジュもそれに気づき、セレステまで駆け寄って口を塞いだ。
「あーもう十分よね?」
セレステは怒ってアンジュの手を払いのけた。
「なんで私の口に手を当てるんですか?情報を共有してるだけです」
「ちょっと黙ってなさいよ!」
俺は二人が言い合ってるのをじっと見てた。なんとなく分かってきたが、セレステは敵じゃないかもしれない。どうやらアンジュと何か関係があるようだった。そう感じたので、二人の議論を遮って聞いてみた。
「おい、セレステ。気になることがあるんだが...なんでお前らはあんな変な仮面を付けてるんだ?」
アンジュが慌ててセレステを見た。目で「何も言うな」と伝えているようだったが、セレステは振り返りもせずに答えた。
「あのね、私達と人間は違うの。この『仮面』って呼んでるものは、私達の体の一部なのよ。キミに『なんで鼻があるの?』って聞くのと同じようなものかしら」
俺は驚いて言葉を失った。あの仮面が体の一部だって...正直、何を考えていいか分からなかった。処理するには奇妙すぎる話だった。
「あ!それに私達には人間と違う特徴もあるのよ。例えば体温とか体重とか」
アンジュが再びセレステの口を塞いだ。セレステは怒った様子だった。
「しーっ!少しは口を閉じてられないのオマエ!」
セレステはアンジュの手を払いのけ、腕を組みながら言った。
「ふん、どうでもいいわ。今日からキミと一緒にいて手伝うから、よろしくお願いします」
どうやら俺に新しい仲間ができるらしい。これが良いことなのか悪いことなのかまだ判断できなかった。アンジュの出身世界についてまだ分からないことが多すぎる。
時計を見て慌てた。学校に急がなければならなかった。
『9:00』
体育の授業では体育祭の準備のため模擬練習をやることになった。俺はこれを真剣に取り組むべきだと感じた。クラスメイトの大半も真剣に取り組んでいるように見えたからだ。
ルーシーがリレーに参加するのを見た。多分、彼女が俺にも参加するよう提案したのはそのせいだろう。でも俺は騎馬戦にも参加する予定だ。榊や他のメンバーと作戦を練らなければならない。…とりあえず。
榊のところに近づくと、
「おい榊、練習の手伝いは何をすればいい?」
榊が振り返って俺を見ると、熱のこもった笑顔を見せた。
「おお、アレクス!ちょうどこいつらと誰が上に行くか決めてたところだぜ」
榊が隣にいる二人の同級生を指差した。名前は覚えているが、直接話したことはない。一人は直江竜児。見た目は落ち着いているが、いつも周りを思っている以上に観察している印象がある。もう一人は松永カケル。見た目が全然違って、いつもニコニコしながらみんなと話している。特に女子にはよくアプローチしている。心の中で呼ぶなら、典型的なナンパ師といったところか。
そのカケルが俺に近づいてきて言った。
「よっ、アレクス!お前とはまだ話したことないっす。この競技、体力的に大丈夫っすか?」
俺の身体能力を信用していないような口調だった。別に腹は立たなかったが、初対面でかなり直球だなと思った。
すると竜児が口を開いた。
「僕はアレクスが上に行くべきだと思うさ。僕たちに比べて軽そうだし、背も高すぎないしね」
カケルが竜児の方を向いて少し不満そうに言った。
「おい、俺が重いって言ってるっす?」
「...うん、そういうつもりで言ったさ」
「おい!」
どうやらこの二人はそれなりに仲がいいらしい。
榊が割って入った。
「はいはい、喧嘩は後だ!今は誰が上に行くか決めなきゃならないんだからな。下にいる奴らが上の重さを支えることになるからな」
騎馬戦の基本は分かるが、そこまで細かく考える必要があるのか?
「みんなで順番に試してみて、誰が一番適してるか確認するのはどうだ?」
みんなしばらく考え込んでいたが、榊が言った。
「まあ、やってみない理由はないな」
結局、全員が順番に上に乗って試した結果、俺が一番適していることになった。これが良いことなのか悪いことなのか、正直よく分からなかった。
練習を続けていると、遠くの木の上に誰かがいることに気づいた。セレステだった。何であそこにいるんだ?そして何で俺を見ているんだ?理由は分からないが、特に何もするつもりはなかった。無視して練習を続けた。
そのまま一日は何事もなく過ぎていった。
『6月4日 / 7:40』
エミリーと一緒に歩きながら、またあのコーポレーションのことを聞かなきゃならない。うっとうしく思われるかもしれないが、それでも聞いてみた。
「おい、エミリー。お前の叔父さん、新しい情報は手に入ったか?」
エミリーは少しイライラした様子で俺を睨みつけてから答えた。
「まだよ!本当にそんなに焦ってるの?」
「悪い...じゃあ、情報を集めるのにどれくらい時間がかかるか分からないのか?」
「知らないわよ!叔父さんがどうやって仕事してるかなんて分からないもの」
新しい情報を得るのに時間がかかるなら、他のことに集中しなきゃならないな。体育祭のこととか。そういえば、とエミリーに聞いてみた。
「そうそう、体育祭の準備はどうだ?準備はできてるのか?」
「...私の体力には限界があるの。激しい運動はできるけど、そんなに得意じゃないのよ」
「どういう意味だ?」
「徒競走に参加するだけよ。それくらいしかできないもの」
そのことを口にするとき、満足していないようだった。霊輝の練習をしていたときは、もっと身体能力が高そうに見えたのに、今はこういう活動に参加することを諦めているようだった。少し励まそうと思って言った。
「心配するな。まだ学校に2年もいるんだ。時間をかければきっと頑張れるさ」
その言葉を聞いて、エミリーは歩きながら俺を見つめていた。驚いているのか、考え込んでいるのか。何も言わなかった。
学校の入り口に着く直前、遠くの空に現れた。一つでも二つでも三つでもなく...四つの青い雲が空に浮かんでいた。それを見て、俺は急に立ち止まった。エミリーも同じようにそれらを見つめた。学校よりも向こうにあったが、はっきりと見ることができた。動いていない。まるで何かの上で待っているかのようだった。
瞬間、四つの青い雲が地面に降りてきた。地面に着いたら夢喰いに変身することは明らかだった。戦いに行くべきかどうか分からなかった。学校よりも遠くにいるが、戦わなければならない。それらを見て、走って向かおうと一歩踏み出そうとしたそのとき、俺の横を走り抜けながらセレステが遠ざかりながら言った。
「私がこれを片付けるから」
あの夢喰いがいる方向へ素早く走り去っていく。
エミリーは驚いて俺に尋ねた。
「先輩...彼女は誰なの?」
「...そうか、まだ誰にも言ってなかったな。あいつはセレステだ...どうやらアンジュの仲間らしい」
「...彼女みたいな存在が他にもいるのね...怖い」
最後の部分は囁くように言ったが、はっきりと聞こえた。エミリーは去っていく。俺にはただ一つの疑問が浮かんだ...なぜエミリーはアンジュに関することすべてをそんなに怖がるんだろう。前からそうだったし、理由も説明してくれたが、アンジュに対する彼女のそんな考え方を完全に理解することはできなかった。
セレステの行方は依然として不明だった。夢喰いの動きもなく――結局、残りの一日は何事もなく過ぎた。
『6月5日 / 7:00』
目覚まし時計の音が聞こえた。また前回と同じように、誰かがベッドの横にいる気配を感じる。急いで目を開けると、セレステが横に寝転んでこっちをじっと見つめていた。
「おい、何でこんなことするんだ?」
「何のことですか?」
「とぼけるな。俺の隣で寝てることを言ってるんだ」
「ああ、それ。ただ観察してるだけです」
起き上がりながら、昨日の夢喰いのことを聞かなければならなかった。
「そういえば昨日の夢喰いはどうなったんだ?」
「倒しましたよ、当然です!」
「でも何を探してたんだ?前は俺をよく追いかけてきたのに、最近は近づいてこない。理由を知ってるか?」
「うーん...正確にはわかりませんが、昨日の夢喰いは別のものを探していました」
困惑してセレステの方を振り返る。
「どういう意味だ?夢喰いは霊輝を狙うんじゃないのか?」
「そうです」
「じゃあ何で別のものを探してたって言うんだ?」
「...アンジュが説明しなかったんですか?」
「何を?」
「私の先輩は本当に不注意なのか、それとも自分の興味のあることにしか集中しないのか...説明してあげます」
セレステはベッドの上に立ち上がり、腕を組んだ。格好つけようとしてるのか、それとも何でこんなことしてるんだ?それに、そんな風にベッドの上に立ってたら俺のベッドが傷むだろう。
「夢喰いは人間の霊輝を求めます。人間の言葉で言えば、それは彼らの食べ物のようなものです。見ることのできない者たちは、霊輝を食べられても実際には害を受けません。でも例外があります」
表情が真剣になり、ベッドから飛び降りて俺の目の前に着地した。
「夢喰いはもっと...簡単に言うと、より良い食事も求めるんです」
「人間の言葉で説明してくれるか?」
「...キミに狼がいるとします。その狼は生きるために獲物を狩ります。夢喰いも普通はそんな風に行動します。ただしこの場合、誰も死にません...でも、すでに死にかけている者たちはどうでしょうか?...」
その言葉を聞いて息が詰まりそうになった。
「夢喰いは死の淵にいる人間を狙うことができます。なぜなら彼らの霊輝を食べるのが簡単だからです」
よく理解できた。夢喰いは普通、人間の霊輝を食べるために狩りをするが、その方法では人を死に至らしめることはない。しかし、死の淵にいる者たちの場合、夢喰いはその霊輝を狙って本当に...
「じゃああの場所にあんなにたくさんの夢喰いがいたのは何でだ?」
「あの場所で金属の箱車輪つき同士の衝突現象がありました。負傷した人間から漏れる霊輝に夢喰いが誘引され、集結していました」
夢喰いのことを考えると、どう思えばいいのか分からなかった。あの視点から見ると、夢喰いは本当に危険な存在だ。普通の夢喰いがあんな感じなら、あの巨大サイズの夢喰いはいったいどれほど危険なんだろう。この全てにどれだけの危険が潜んでいるんだ。
セレステがさらに近づいてきて、俺をじっと見つめている。
「何だよ、なんでそんな風に見るんだ?」
「んー...あれほどの問題を抱えながら、平然と日常を生きるのが意外ね」
彼女は背を向けて離れると、こう言った。
「まあ、どうでもいいけど、アンジュの報告はいつも曖昧で、何か隠してるって分かってたのよ」
再び振り返って俺を見ると、続けた。
「キミが敵かもしれないと思ったけど、観察した結果、ごく普通の人間みたいね」
これは褒め言葉なのか?どう受け取ればいいんだ?答えを待つ間もなく、彼女は影の中に消えていった。
また疑問が湧いてきた。アンジュが向こうの世界の連中に渡していた報告書...いったいどんなことを話していたんだろう?以前、女の子たちを救うために向こうの世界の全員に嘘をついたと言っていたが、今となってはそのことについて疑問しかない。アンジュが向こうの世界にどんな嘘を話したのか、そしてそれだけじゃなく、セレステがその事実に気づいているようだった。
とにかく、今日はこれから起こることに集中すべきだろう。明日は体育祭なんだからな。
『6月6日 / 8:10』
体育祭の準備はもう整っていた。学校の運動場の真ん中で全校生徒が集まっていて、どこを見ても活気のある心地よい雰囲気だった。イベントの順番によると、10時にリレー競走があって、13時30分に騎馬戦がある。競技は同じ学年のクラス同士の対戦だから、ライバルは他の3年生のクラスってことだ。エミリーと競わなくて済むのは安心だった。
彼女を探そうとしたけど、大勢の生徒たちのせいで見つけることができない。でも霊輝を感知すれば探せるはずだ。目を閉じて探してみると、彼女は遠く、この巨大な運動場の向こう側にいた。
「準備はいい?」
背中を軽く叩かれた。振り返るとルーシーがいる。
「あ、ああ…そう思う」
「リレー競走で緊張に負けちゃダメよ。あたし、アンカーを走るから」
「ええ、結局選ばれたのか。よかったな」
「…あなたは足が速くないから、第一走者に選ばれたのね…」
その通りだった。リレー競走では最初に走ることになってる。ルーシーほどの速さはないから、彼女がアンカーなのは本当に有利だ。彼女がどれだけ速く走るかよく知ってる。本当に速い。でもそれにも関わらず、彼女はなんだかがっかりしているようだった…
「なんで浮かない顔してるんだ、ルーシー?」
「何でもないの。ただ…アレクスくんがあたしにバトンを渡してくれたらよかったのにって思って」
些細なことで馬鹿げているように思えるけど、彼女にとっては大切なことみたいだった。彼女が感じているがっかりした気持ちを何とかする別の方法を考えるべきだと思った。
「そうだ、体育祭の後、デートしないか?」
ルーシーは突然の提案に驚いた様子で、混乱して赤面している。
「いいわよ、それじゃあ体育祭の後でね」
ルーシーが離れていくのを見ながら、またもや誰かが背中を叩くのを感じた。今度はもっと乱暴に。振り返るとカケルがいて、言った。
「おお!ルーシーちゃんとそんな関係だったなんて知らなかったっす」
少し後ろから歩いてきた竜児が言った。
「カケル、アレクスをからかうなよ。それにしても、彼女は変わったね」
カケルは一瞬考え込んで、それから言った。
「おおお、確かに変わりすぎっす」
聞いたことに驚いた竜児が答えた。
「僕が言うまで気づかなかったなんてどういうことさ」
「まあ、一度話しかけようとしたら完全に無視されて、面倒だと思ったから、もうあまり注意を払わなかったっす」
カケルがルーシーのことをそんな風に話すのを聞いて、確実にこいつは女の子を口説くことしか考えない奴だと思った。
カケルは俺の首に腕を回して、大きな笑顔で言った。
「羨ましいぜ、彼女を恋人にするべきだっす」
カケルの言葉に動揺した。何より彼女の気持ちを知っているから、何も言えなかった。カケルがにやりと笑った時、榊がやってきて言った。
「よし、みんな!最後の体育祭を楽しもうぜ!ついてこい!!」
みんなが榊について行き始めた。一日がやっと始まったところだ。どんなことが起こるのだろうか、と思った。でも疑問も浮かんだ。この一週間ずっと、次の女の子を探すことを考えていなかった。他のことに夢中で、そのことを考えていなかったんだ。でも今日もそれを考えるのにいいタイミングじゃない…
次回、新たな存在の影響はさらに広がり、アレクスの前にまた別の「転機」が訪れる。
それは偶然か、それとも必然か。
これまで積み重ねてきた日々に、新しい出来事が加わり、物語はまた動き出す。




