予言されたキスの行方
メリッサとの再会を経て、アレクスの心はまた揺れ動いていた。
彼女の想いを受け止める中で、避けては通れない問題――忘却と記憶、そして自分が背負った役割に向き合わざるを得なくなる。
すべてを語り、互いの絆を確かめ合った今、アレクスは次の答えを探し始める。
『5月31日 / 11:53』
父親の墓の前で黙って立っていた後、俺たちは再び立ち上がった。メリッサが父親とどれだけ親しかったのかを考えていたが、同時に彼女の母親のことも思った。メリッサにとって、母親は俺たちを繋いでいた本を破った人だった。
でも、それは母親が本当に意図してやったことではなく、むしろその瞬間の衝動や絶望からだったように思える。メリッサが父親のことを乗り越えて前に進むなら、母親とも和解すべきじゃないのか。そう考えて、彼女に話しかけた。
「おい、メリッサ。一つ聞きたいことがある」
「どうしてそんなに真剣なの?何かあったの?」
「...ただ、お前が母親にもう一度会う気があるかどうか気になってな」
そう言った瞬間、メリッサの表情が驚きと迷いの間で変わった。
「...わたしに会いたいと思ってるかどうかも分からないし、それに見た目も15年前と全く同じだから、きっと化け物って呼ばれるわよ...」
「そんなこと言うな!前にお前が母親に会いに帰りたいと思った時があるって言っただろ?つまり、母親がしたことを恨んでないってことじゃないのか?」
黙り込み、視線を遠くに向けた。これは彼女のためにもっと何かしてやる機会だと分かっていた。
「まだどこに住んでたか覚えてるか?今から会いに行こう!」
彼女は驚いて視線を逸らした。手が震えているように見えて、その後拳を握りしめた。なぜそんなに迷うんだ。会いたがっているのは確実なのに。
「母親に会いに行こう。きっと喜んでくれるはずだ」
彼女は俺に近づいてきたが、視線は下を向いたまま。それから俺の手を取って言った。
「分かったわ...でもお願い、着いたときは絶対にわたしの手を離さないで...」
そう言って歩き始めた。歩きながら彼女は、家がこの田舎の地域にあると話した。母親がまだその家に住んでいるかどうか疑っていたが、俺にとってこれは、霊輝から解放された他の女の子たちが持てなかったものを彼女が手に入れるチャンスだった。それは...親と、家族との再会。その希望は彼女が持つ特権であり、さらに母親にもう一度会いたいという彼女の深い願いでもあった。
数分歩いた後、住宅街に着いた。家々は互いに少し離れており、道路には放置された車がたくさんあった。そして通りの奥の方にある家から少し離れたところで、彼女が突然立ち止まった。
「...あれがわたしの家よ」
通りの最後の家を指差した。あと数歩のところなのに、まだ迷っているようだった。でも俺が彼女にその一歩を踏ませなければ。しっかりと手を握って、手を繋いだまま一緒に歩いた。
「行こう。何かあっても俺がここにいることを忘れるな」
笑顔で歩く俺。彼女は恥ずかしそうに、とても緊張しながら、かつて自分の家だった場所に向かってゆっくりと歩いていた。
その家に近づくと、前庭を掃除している女性がいた。俺とメリッサに気づいた瞬間、その女性—メリッサの母親は、メリッサを見るなり手に持っていた箒を落としてしまった。表情は驚きそのもので、続いて涙が溢れ始めた。
メリッサが数歩前に出て、震え声で言った。
「...お...お母さん...」
「メ...メリッサ?あなたなの?」
「お母さん...わたしよ...メリッサ...」
母親は門を開けて走り寄り、メリッサを力強く抱きしめた。俺はこの再会を邪魔しないよう、握っていたメリッサの手を離してやった。母親と娘がちゃんと抱き合えるように。
「お母さん、ごめん!わたし...」
「何も言わないで、メリッサ。わたしも謝りたいの。ごめんなさい!」
二人とも泣きながら抱き合っている。太陽の暖かさと、この光景を見て心に感じる暖かさが混じり合っていた。
その後、家の中に入って話をすることになった。メリッサが同じ姿でいる理由について、何か言い訳を考えようと思ったが、こんな状況で嘘をつくのは不可能だ。だから霊輝の真実を話すことにした。最初は懐疑的だったが、力の証拠を見せると受け入れてくれた。
しばらくは他愛もない話をした後、メリッサが母親にこの数年をどう過ごしていたかを話すのを聞いた。でも、まだ最後にやることがある。
「お世話になりました」
「そういえば、あなたはうちの娘にとって何なの?恋人?」
「……まあ、そんなようなものですかね。はは」
メリッサがそれを聞いて顔を赤らめた。そして前に出て言った。
「お母さん、アレクスとデートの約束があるの。だから今日はこれで帰るわ。また後で戻ってくる」
メリッサが俺の手を取り、足早に外に出た。もう最後のことをやるだけだ。彼女を自由にしてやれば、もう安全になる。安全な場所を見つけて実行するだけ。
「メリッサ、この辺りで行ける場所知ってるか?」
少し考えてから、何かを思い出したようだった。
「ついてきて。小川があるの。そこに行けるの」
二人で歩きながら、この午後にすべてを終わらせる時が来ていた。でも胸に何かが締め付けられるような感覚があった。また あの感覚だ。霊輝から解放された瞬間、彼女が俺のことを忘れてしまうんじゃないかという不安。気分が悪かったが、やらなければならない。
小川に着いた。水晶のような水が午後の太陽の光の下でキラキラと輝いている。岸の近くに座ると、メリッサが最初に口を開いた。
「今まで全部...ありがとう。わたし、お礼の言いようがないの」
「お礼なんていらないよ。これは全部、助けたかったからやったんだ」
「でも、本当にすごく頑張ってくれたの。それに...はっきり言うけど、わたし、アレクスのこと好きよ」
その言葉を聞いた瞬間、顔が熱くなるのを感じて、視線を少し逸らした。彼女は続ける。
「初めて見た時から、わたし、惹かれてたの...これが一目惚れっていうものなのかな?」
彼女がこちらを向いて、顔を近づけてくる。
「何度でも言うわ。わたし、アレクス好き。まるで無名の騎士みたい。どんなに危険でも、最後まで戦い抜くのね」
「ああ、無名の騎士...ごめん、最後まで読めなかった」
「大丈夫よ。残りはわたしが話してあげる。もう覚えちゃってるから」
「じゃあ、どんな終わりだったんだ?」
メリッサが俺の肩に頭を預けて、「レイヴン姫と無名騎士」の結末を語り始めた。
「最後、彼らは再びカラスの王を封印することに成功したの。でも代償があった。姫は愛を感じる能力を失い、騎士は永遠の夢に呪われて、その中でしか姫を見ることができなくなった。二人とも生きていたけれど、一緒にはいられなくなったの。赤い月の下で、言葉もなく最後の視線を交わして別れた。運命が二人の道を決めてしまったのを知りながら」
随分悲劇的な終わりだな。結局、すべての努力が無駄になったってことか。いいえ、そうじゃないの。まさにそのために戦ったのよ。結末は悲劇的に見えるけど、実は痛みを理解する一つの形なの
でも、なぜ彼女はこんな悲劇的な話に魅力を感じるんだろう?
「すごく悲劇的な終わりだけど、なんでその本が気に入ったんだ?」
「わたしが好きなのは、その世界の描き方なの。実は結末はあまり好きじゃなかった。当時、この本のファンが色んな別の結末を書いてネットに投稿してたのよ」
彼女もその結末が気に入らなかったのか...世界観の構築にだけ興味があったなんて。本当に彼女は...
ため息をついた瞬間、突然メリッサが俺に飛びかかってきて、上に倒れ込んだ。草の上に横たわりながら、彼女がじっと見つめているのが分かる。両腕が俺の逃げ道を塞いでいる。
「どうした?」
「...」
じっとこちらを見つめている。頬が赤くなって、ゆっくりと近づいてくる。そして、その瞬間—唇が触れ合った。
再びその時が来た。胸に圧迫感を感じながら、同時にそのキスを感じていると、アンジュが影から刀を手に現れた。いつものように霊輝がゆっくりと吸収されていく。そして彼女の胸に青い光が現れると、アンジュは刀を鞘に戻し、俺をじっと見つめた。
「終わったと思うなよ。オマエはまだ彼女を助けることができるわよ」
その言葉を残して、影に溶け込んで消えていく。
俺は体勢を整えて、メリッサを腕に抱いた。眠っている。もう彼女を離したくない。彼女はもう大丈夫だろう?でも離れたくない気持ちがある。なぜ彼女の側に居続けるんだろう?他の子たちと違って、彼女には母親がいる。平穏な生活に戻れるんだ。だったら一緒にいる理由なんて...
その時気づいた。感情...想い...彼女が今言ったばかりじゃないか。もうこのままにはしておけない。記憶がなくても、混乱していても、彼女は俺のところに戻ってくる。
彼女を腕に抱えて家まで送ろう。今は休ませて、また会いに行く。それは俺自身への約束だ。彼女が打ち明けてくれたその気持ちを無視することなんてできない...
『5月31日 / 15:23 / メリッサ』
目を覚ますと、家に戻っていた。自分の部屋を見回すと、記憶していた通りそのままで...一瞬混乱してしまった。全部夢だったのかもしれないって思ったけど、違う。この力も、何年もの間止まっていた人生も現実なの。でも思い出そうとすると、軽い頭痛がして...ベッドに身を委ねながら混乱していた。
孤独感が襲ってきて、お父さんのことは全部置いて行くって決めて、お母さんのところに帰ってきたことを思い出した。
でも...何かが足りない。何なのかわからないけど、確実に何かが欠けている。
ベッドの端に座って、小さくつぶやいた。
「忘れたことしか...覚えてない」
記憶に暗い空白があるの。でも確信している、誰かに出会ったって。そのとき頭に浮かんできた言葉...
無名の騎士...無名って誰?
顔も名前も思い出せないのに、記憶の中に奇妙な親しみやすさを感じる。
立ち上がって部屋のドアに向かって歩いていたら、少しふらついてしまった。人を生きた存在にしてくれるあの感情たちを、また感じられることに気づいた。胸に手を当てて心臓の鼓動を確かめようとすると、確かにそこにあった。
リビングまで歩いて行くと、お母さんがいて。
「あら、起きたのね。アレクスくんがとても親切にあなたを運んでくれたのよ」
「アレクス?アレクスって誰?」
お母さんが困惑して眉をひそめる。
「冗談はやめなさい。あなたを助けて、ここまで連れてきてくれた男の子よ...どうしたの?」
深く考える暇もなく、わたしは絶望的な気持ちで走り出していた。まだ思い出そうとしながら。お母さんが名前を叫んでいたけど、答えた。
「後で戻るの!会いに行かなきゃ...わたしの無名の騎士に!」
街を走りながら周りを見回して、彼を見つけられるかどうか確かめようとした。どこにいるの?彼に会いたい、どこにいるのか知りたい。あの漫画喫茶を思い出した。急いで地下鉄に乗って都心に向かった。
地下鉄の中で絶望感に圧倒されそうになった。どこにいるのか知りたい、思い出したい、知りたいの。都心に着くと、その漫画喫茶に走った。でもいくら周りを見回しても、誰も見当たらない。いつも集まっていた友達たちも。
絶望的になって周りを見回していたら、あの変な男性のことを思い出した。恐怖と不安を感じさせた存在を思い出したけど、誰だったの?あのとき誰を救ったの?
そのときアナスタシアっていう女の子の家にいたことを思い出した。
どこにあの家があったか思い出しながら走り始めた。
走りながら、例えそれが幻想だとしても、感じているこの存在感はわたしにとってとても現実的に感じられるって考えていた。これがお別れだなんて嫌。この存在感なしには、すべてが終わりになってしまうような気がする。
バスに乗って、その場所にたどり着こうと周りのすべてを思い出そうとしていた。
バスから降りた。学校の近くだった。ぼんやりと覚えてる...この学校の前にいたことがある。でも誰と一緒だったかは思い出せない。でも確実にここにいたのよ。
この道をまっすぐ走った。この辺りにアナスタシアの家があったって覚えてる。でも走りながら考えてしまう。
...あの無名はどこにいるの?この世界のどこかにいるはずなのに、一体どこに?
そうだ、この道も歩いたことがある。ある家に向かって...
ライラっていう女の子とお父さんがいる家。それに他にも誰かが...
道の真ん中で、まるで暗い世界に包まれてるような感覚がした。思い出そうとしてる、その無名の人が誰だったのか...
アレクス?そんな名前だったかしら?それお母さんが前に言ったことだよ.
もっと強く走り始めた。疲れても構わない、足首を怪我しても関係ない。会いたいの。この胸の奥の不思議な空虚感を埋めたくて。風が顔に当たって、周りのいろんな音が聞こえる。でも感じるの、彼がいるって。前に進み続けた。
そしてついに、覚えてるあの家に着いた。息は切れてた。この感覚も久しぶりに思い出した。
チャイムを押した。出てきたのはあの子、ライラだった。
「あ、お兄ちゃん呼んでくるなの!」
扉を一度閉めて、数秒後に誰かが勢いよく扉を開けた。
そこに立ってたのは...驚いた表情を浮かべた男の子。
懐かしくて、親しみを感じる印象を与える子がそこにいた。
何も言わずに立ってる彼に、わたしは近づいた。何かがわたしを彼の方に引き寄せてる。彼から感じるの。
「お前...無名の騎士なの?」
「え?まあ...」
緊張してるみたいで、何を言えばいいのかわからない様子だった。でもわかる。彼がわたしが探してた人よ。無名の騎士。わたしの無名の騎士。
忘れたくない。消えてほしくない。
泣きながら彼を抱きしめた。ただ泣くことしかできなかった。彼も抱きしめ返してくれるのを感じた時、優しくて温かい、とても親しみやすい感覚が心に広がった。疑いと混乱で一杯だった心が、やっと落ち着いた...
『5月31日 / 16:47 / アレクス』
メリッサが俺の家まで来たことに、俺は驚いていた。
――直接俺のことは覚えていないはずなのに、どうやってこの場所を思い出せたんだ?
多分、他の記憶の断片を頼りにしたのかもしれない。
……目の前で泣いている彼女を見て、それが答えな気がした。
メリッサを抱きしめたまま、後ろからライラと父さんの視線を感じて、だんだん居心地が悪くなってきた。
「メリッサ、中に入るか?」
彼女は泣きながら頷くだけだった。鼻水まで出ているのが分かる。リビングまで連れて行って、水とティッシュを取りに行こうとしたら、父さんが台所で俺を止めた。
「おい、アレクス。あの子になにをしたんだ?なんで泣いてるんだ?」
「何もしてない...何も...」
父さんが近づいて来て、俺の肩に手を置いた。
「君が大切に思う人を、そんな風に泣かせるもんじゃない」
父さんの目つきは...なんて言うか...とても大人で真剣だった。叱られているわけじゃない。ただ、従うべきアドバイスをくれているみたいだった。
黙って頷いて、メリッサのところに戻った。隣に座って、ティッシュと水を差し出す。
彼女は水を一気に飲み干して、鼻をかんでから俺を見た。
「アレクスよね?」
「ああ」
「全部話してよ。わたしの記憶がおかしいのは、お前が原因でしょ?」
「でも、どうしてそれが分かるんだ?」
「バカにしてるの?」
「いや、いや!!全然そんなつもりは!」
「こう考えてみてよ。あの時期にわたしがしたこと全部覚えてるのよ、お前と一緒にいた時のことだけ覚えてないの」
「例えば?」
「漫画喫茶よ。何回か女の子たちが会いに来たのを覚えてる。ルーシー、アナスタシア、ひかり、それにエミリー。考えてみて、なんで最初に彼女たちがわたしに会いに来たのかしら?そう考えると、その記憶に足りない存在は、お前以外にいないでしょ?」
「そんな結論にどうやって辿り着いたんだ?」
「この家のことも覚えてるのよ。わたしが一人でここに来たことがあるから。それに中に入ったこともあるわ」
「その通りだ...そうなんだ。でも一つはっきりさせたいことがある。わざわざここまで俺を探しに来る必要はなかった。明日お前に会いに行くつもりだったんだ」
「じゃあ、わたしを捨てるつもりじゃなかったのね?」
「まったくそんなつもりはない」
こうして俺はメリッサに全部話さなければならなくなった。でも父さんに聞かれる可能性もあるので、自分の部屋に連れて行った。そこで全部話した。一緒に過ごした時間のこと、霊輝のこと、他の女の子たちのこと、すべて。
こうして俺はメリッサに全部話さなければならなくなった。でも父さんに聞かれる可能性もあるので、自分の部屋に連れて行った。そこで全部話した。一緒に過ごした時間のこと、霊輝のこと、他の女の子たちのこと、すべて。
メリッサの手を握りながら気づいた――彼女はもう守るべき“悲劇の姫”じゃない。本の破れたページのようだった過去を、俺たちは新しい物語に綴り直した。
他の少女たちを解放する時は、心の傷を癒すことこそが真の自由だと学んだ。
胸に去来する迷いも、今この手の温もりが静かに解きほぐす。
次回、戦いの果てに残ったものをどう受け止めるのか。
アレクスが調べようとするのは、まだ片付いていない“過去の残滓”。
やがてそれは、新たな出来事の前触れとなり、彼の運命を再び動かし始める。
そして、彼を待ち受けるのは――いくつもの出来事。
その一つ一つが、物語を大きく揺さぶっていく。




