妄想と現実の境界線
レイヴン――いや、メリッサの過去がついに明かされる。
父親との絆、失われた居場所、そして彼女が抱えてきた孤独と痛み。
語られる記憶の一つ一つが、アレクスの心に深く刻まれていく。
その想いを受け止めた時、二人の関係は新たな段階へと進み出す――。
『××××年/ レイヴン』
小さい頃から、病院で過ごしていた。でも、わたしが病気だったわけじゃない。お父さんが...お父さんがそこにいたから。
あの頃、お父さんはわたしにとって全てだった。午後になると一緒に遊んで、たくさんお話もした。お母さんも時々参加してくれたけど...その時知らなかった。お父さんの時間がもう数えられるほどしか残っていないなんて。
いつもお父さんの話を聞くのが大好きだった。お父さんの頭の中には、いつも素敵な幻想の世界があるみたいで...それが一番好きなところだった。短いお話でも長いお話でも、お父さんはいつも何か面白いことを思いついてくれる。
お父さんを 夢中にさせた のは、一冊の本だった。ずっとお父さんと一緒にいた本...『レイヴン姫と無名騎士』っていう本。わたしとお父さん、二人ともその本が大好きで、何度も何度も読んで...もう暗記しちゃうくらい読んだ。
お父さんは無名の騎士になりきって、わたしはレイヴン姫になって...幸せな午後を過ごしていた。
でも...運命の日が来てしまった。
ある午後、お父さんが亡くなったっていう知らせを受けた。...信じられなかった。ただ、信じることができなかった。お父さんが握っていた本を渡された時...その時よ。自分にこう言い聞かせた。
「お父さんはこの本の中にいる。お父さんは無名の騎士なの」
その時から、習慣も話し方も変わっていった。学校には時々変わった服装で行くようになった。注意されても気にしなかった。
でも、クラスメートたちはわたしの奇妙な行動を見て、いじめ始めた。
「おい、メリッサ、もう飛ぶ練習したか?屋上から飛んでみろよ、ははは!」
きつい言葉だった。でも我慢した。本当に信じていたから...お父さんはどこかでその本の中にいて、わたしがレイヴン姫だって。
日々は続いて、いじめはひどくなるばかりだった。
「おい、変人、このほうきで教室全部掃除しろよ、はは!」
クラスメートたちはそう言って、一人で教室を掃除するように残していく。
それでも、信じ続けた。ノートを破られても、かばんを投げられても、わざとお手洗いで水をかけられても...その痛みに耐えながら、自分の信念にしがみついていた。
だって...お父さんは死んでなんかいない。わたしにとって...わたしにとって、お父さんは別の世界で戦っていて、わたしを待っているの。その死を受け入れることなんてできない。死なんかじゃない...転生よ。わたしにとっては、それが真実だった。
でも、ある日...
クラスメートたちのいじめがひどくなっていった。あの日、机から奪った画鋲を、彼女はわざとらしくわたしの目の前で振りかざした。『痛いの、好きでしょ?』――次の瞬間、鋭い針が腕に突き刺さった。
今度は先生が介入して、わたしはすべてを話した。今まで耐えてきたことを全部...でも、それでも彼女たちは止まらなかった。
話したことで、逆に彼女たちはもっと暴力的になった。今度は身体的な痛みを与えるようになって、殴られるようになった...それでもわたしには理解できなかった。なぜクラスメートたちがこんな風にわたしを扱うのか。わたしはただ、自分らしくいただけなのに。
勇気を出して理由を聞いてみた時、そのうちの一人が答えた。
「気持ち悪いのよ。そんなファンタジーみたいなものが存在するって本気で思ってるの?目を覚ましなさいよ、変人」
その言葉は現実という重いハンマーのようにわたしを打ちのめした。彼女たちの言う通りだった。超能力だとか転生だとか、そんなものは存在しない。不可能なことよ...でも、それでも信じていたかった。その幻想的な考えにもっと固執した。
ただ耐え続けた。日々、週を重ね、年を重ねて...最後の年になるまで。でも卒業直前、お母さんももううんざりしていた。
お母さんはわたしが何かを隠していることを知っていた。わたしがいじめられていることは明らかだった。わたしもお母さんを騙せないことは分かっていたけれど、それでも嘘をつき続けた。いつからか、わたしたちの関係は悪化していて...もういつからだったかも覚えていない。
ある夜、自分の部屋でいつものように本を読んでいた。わたしとお父さんを繋ぐ唯一の絆である、あの本を...でも突然お母さんが部屋に入ってきた。怒った表情で、イライラした様子で...その表情を見た瞬間、怖くなった。
「メリッサ、もう大人になりなさい!そんな妄想はやめなさい!」
「お母さん、何を言って...わたしはただ...」
「黙りなさい!!今すぐお前の部屋のこのガラクタを全部処分するから!」
「待って、お母さん、わたしの許可なく勝手に触らないで」
でもお母さんは聞いてくれなかった。ゴミ袋を手に、わたしの大切なものを取り始めて袋に入れていく。本、キャラクターのフィギュア、ポスター...お母さんが気に入らないあらゆるものを袋に放り込んでいく。お母さんの手を引っ張って止めようとした。
「やめて、お母さん!わたしの物を置いて!」
でも止まらなかった。わたしにとって大切な意味を持つすべてのもの、わたしの世界、願い、憧れ...それがすべてだったのに、お母さんはそれを破壊して、まるでただのゴミのように扱っていた。
その時、お母さんがベッドの上の本を見つけて、まっすぐそれに向かった。お母さんがその本を手に取った瞬間、世界が終わってしまうような気がした。急いでその本を取り返そうとした...
お母さんの持っている本を引っ張りながら。
「お母さん、離してよ!何でも捨てていいから、この本だけは…この本だけは駄目!」
って言ったけど、お母さんは聞いてくれなくて、お母さんも本を引っ張り始めた。二人とも本を引っ張って、誰も離そうとしない。涙が出てきて、止まってほしかった。
「お母さん、お願い…お願いだから離して!これはお父さんの…わたしに残された唯一の思い出なの!」
お母さんは何も言わずに、もっと強く引っ張った。そしたら…破れる音がした。本が二つに裂けちゃった。震える手で、床に落ちた本を見つめて…泣くことしかできなかった。
お母さんを押しのけて、家から走って出た。逃げたかった。夜の冷たい空気が肌を打つ。ちゃんと着込んでなくて、走りながら寒さしか感じなかった。周りなんて見たくない。もう何も知りたくない。大切なものは全部失っちゃった。パパとの唯一の絆が切れちゃった。
クラスメートが言ってたことを思い出した。「ファンタジーなんて存在しない」って。今ならもっと分かる。あの本に特別なことなんて何もない。ただの普通の本だった。魔法の力なんてくれないし、異世界の何かが現れるわけでもない。全部…現実逃避だった。受け入れたくなかった現実から。いや、受け入れたくなかったのは…お父さんの死だった。
走るのに疲れて、冷たい空気が胸を苦しくする。泣いて泣いて、慰めなんてない。凍った地面に倒れ込んで、泣き続けた。どこにいるのかも分からない。どのくらい当てもなく走っていたのか。
よろよろと立ち上がって、また走ることにした。でも段々疲れてきた。そのとき、遠くの道路の真ん中で青い光が見えた。まるでわたしを待っているみたいに。そこまで走ったけど、近づくと消えちゃった。道路の真ん中に立って、あれは何だったんだろうって思った。
でも考える前に、後ろからトラックの音が聞こえた。クラクションが鳴って…突然、死ぬかもしれないって。
そんなの嫌だった、嫌だったよ…!
そのとき、誰かがすごく強く押して、道路から離してくれた。トラックは逸れて街灯にぶつかった。立ち上がりながら、何が起こったのか、誰が押してくれたのか分からなくて。
そしたら声が聞こえた。
「なんて問題だらけの人間なのよ...」って言ってる。
前には長い黒髪の女の子がいて、頭の横に変な仮面をつけてて、服装も変で全部黒だった。その子が大きくジャンプして夜の暗闇に消えちゃった。
その時、胸が光り始めた。青い光が胸から溢れ出してきて...
「これって何!?」
体を揺さぶってみたけど、まるでこの光が中から出てるみたい。
そしたら、クラッシュしたトラックから変な音が聞こえてきた。
一つ...二つ...三つ...奇妙な生き物たちが現れて、トラックの中から何かを探してるみたい。
でもその内の一匹が方を振り返った。翼があって人間みたいな体をした変な「顔」をしたその生き物が跳躍して、ゆっくりと近づいてくる。
胸の光がさらに強くなって、何かが「その光に手を当てなさい」って言ってるみたい。そうしたら...内側から金属の杖を取り出した。何が起こってるのか全然わからない。胸の光も、この怖い生き物たちも、この変な杖も...
その生き物が向かって走ってきた時、杖から閃光が強くなって、周りの全てが変わり始めた。まるで別の次元にテレポートしたみたい。緑の草原の真ん中にいて、周りには木々だけが見える。この空間では昼間になってた。
全然理解できないまま、一つの考えが頭をよぎった。
もしかして...これがわたしの力?
杖を両手で握って、あの変な生き物に向けた。青いエネルギーの輝きが杖から飛び出して、生き物を黒い煙の塊にして消しちゃった。周りに作られた世界が急にガラスみたいに砕けて、元の場所に戻った。でもそこには他の生き物たちが待ち構えてた、攻撃の準備をして。
でも今度は、これが力...わたしの力だって確信してた。好きなキャラクターみたいに、片手を顔にかざして杖をあの生き物たちに向けながら言った。
「これがわたしの力...これが我...ずっと持ってた、ただ我の中で眠ってただけ」
そして微笑んで、大声で叫んだ。
「食らいなさい!『ウィンド・アタック』!」
生き物たちがわたしの攻撃を受けて、暗い煙になって消えていく。本当に興奮してた。本当に力を持ってるんだ。興奮が中で止まらなかった...
でも...家に帰れないことに気づいてしまった。だから街を彷徨うことになった。数時間もしないうちに、もう空腹を感じないことに気づいた。何かが変わってしまったの。何かがわたしを押し流して、もう人間じゃないって言わせるような...。人間なら誰でも感じるような欲求を、もう感じなくなってしまった。脈拍も確認してみたけど...何も感じなかった。
受け入れるしかなかった。これが今の姿なのだと。多分これが力を持つ代償なのかもしれない。やっと自分が正しかったって言えるようになったのに...
でも、誰に言えばいいの?お母さんのところには帰れないし、クラスメイトに見せつけて「ほら、言ったでしょ...力があるのよ」なんて言いたくない。そんなこと、できるわけがない。
街を彷徨いながら、みんなから隠れて過ごした。時間が経っても、見た目が変わらないことに気づいた。声も、身長も、体格も...すべてが同じまま。何年も経ったのに。
いつも家に帰って、お母さんに謝りたいって思ってた。家から逃げ出して、あんな風に押しのけてしまったことを...でも、それすらできなかった。
まるで溜息のように...もう十五年も経ってしまった。時間を無駄にしすぎてしまった気がする。あの奇妙な生き物たちと戦うだけじゃなくて、何かもっとできることがあるはずよ。たまに、本当にたまにしか現れないけれど...。
お父さんがあんなに愛していた、わたしも愛していたあの本のコピーを探さなければ。でも、どこにもその本の痕跡がない。お父さんとわたしを繋いでいたあの絆が、まだ壊れたままなのを感じる。
その時、助けが必要だってわかった。そして本当の友達に出会ったの。本当に友達って呼べる人たちよ。わたしが彼らを助けて、問題から救ってあげた。出会ったのはただの偶然。街を彷徨っているうちに、一人ずつ見つけたの。みんな何かしらの問題を抱えていて、力を使って簡単に助けてあげることができた。
でも、友達がいても、心の奥はまだ壊れたまま。お父さんとわたしを繋ぐあの本を取り戻したくて、必死に探し続けてる。どれだけ探しても、どこにも存在しない。まるで...本がお父さんの存在と一緒に消えてしまったみたい。
ただあの絆を元に戻したかった。お父さんを忘れていないって感じたかった。これってただのわがままな願いなのかな?それとも、周りの奇妙な現実から逃げ続けるための嘘なのかな?本当のところは...わからない。
でも、あの人に出会って何かが変わった。あの子、アレクス...初めて会った時から分かったの。あの人の中に何か違うものがあるって。何かが惹きつけた。顔?声?瞳?本当は分からない。でも、あの人が一生懸命わたしを助けようとして、何かしようとしてくれる姿を見れば見るほど気づいてしまった。
あの人が...わたしの騎士だって。本当の騎士。あの人こそがわたしの真の無名の騎士なのよ。
初めて感じた。こんな気持ち。お父さんが無名の騎士として占めていたその場所が、あの子に取って代わられているような気がして。でも同時にその考えが嫌だった。どうして気持ちがこんなに短時間で変わってしまったの?どうして?なぜこんなことになったの?
認めたくなかった。でも、アレクスに対して何かを感じているのは確かだった。
そして、あの恐ろしい光景を目にした時…男がアレクスを襲った時、また世界が崩れ落ちるような気がした。
でも、お父さんと一緒だったあの時とは違う。今度は、力があった。
アレクスを救えた。
あの人の命を、この手で守ることができた。
…嬉しかった。でも、その喜びさえも自分を苦しめた。
どうして、こんな力が今なのか?
お父さんが死んだあの日、この力があれば――
でも、アレクスに対して感じているものも十分に強くて。あの人に起こったことに責任を感じてる。あの人を追いかけて襲った男が誰なのか分からない。でもこの力があれば、物語の中のレイヴン姫がしたようにあの人を守ることができる。そうしなければならない。
でも、どうして力があっても、こんなに無力で無能に感じるの?どうして?実は答えはもう分かってる。みんなが何度も言ってくれたことよ。ただわたしが受け入れることを拒んでいただけ...
周りの人たちの助けが必要なの。愛してくれる人たちの。それだけが必要だったのよ...
頑固だった自分を恥じて、一つのことを決めた。完全に信頼すること。みんなが与えようとしてくれる助けを受け入れること。でも現実ではない幻想を追い続けたいがために、それを拒み続けていた。だから現実を受け入れるしかない。他のすべてを置いて。もう迷っている時間はないの。
もしアレクスに対する気持ちを表現する方法があるとすれば、あの人が無名の騎士だということ。そしてあの人が無名の騎士なら...あの人はわたしの運命の相手...
『5月28日 / 14:57 / アレクス』
レイヴン...メリッサが過去を語り終えた後、静寂が辺りを包んだ。俺はただ黙って彼女の横顔を見つめていた。信じられなかった。いや、信じたくなかった。彼女が語った全て...父親の死、その本のこと、全てが胸に重くのしかかってくる。あのいじめ、耐え抜いた痛み...あの幻想は彼女の心の盾だったんだ。現実の痛みから逃れるための、唯一の避難所。
それなのに...
拳を握り締める。母親が本を破いた部分を思い出していた。父親との唯一の繋がり、世界で一番愛していた人を完全に失ってしまった。絶望して家を飛び出した...
みんなが彼女の「世界」を拒絶した。でも誰が幻想を信じることが悪いって決めたんだ?霊輝が彼女を救ったのは、一番壊れていた時だった...アンジュがどう関わったのかはまだよく分からないが、後で聞いてみよう...
俺はメリッサの肩に手を置き、彼女をこちらに向かせた。
「...絶対に見捨てない。お前の痛み、苦しみ、全部俺に伝わった。後は俺に任せろ。その力...霊輝はお前にとって苦しみでしかなかった。だから今度こそ、俺が終わらせてやる!」
彼女は俺の言葉に衝撃を受けているようだった。でも俺の頭にはただ一つのことしかなかった...
本当にあれを幸せと呼べるのか?人間らしい感覚さえ失ってしまうような力を?
彼女は実際には言わなかったが、俺には感じられた。
メリッサは霊輝を良いものとして見ていない。実際、憎んでいるようだった。それを自慢する勇気も、手に入れた時に自分が正しかったと証明する勇気もなかった。彼女は自分の力、霊輝を憎んでいる。俺にはその理由が明らかだった...その力を得たのは、もう手遅れな時だったから...
畜生...心が痛む。彼女がこれほどまでに人生で痛みを背負い続けていることを考えるだけで。俺はいつもメリッサがとても頑固だと思っていた。でも違った。ずっと一人で戦っていたんだ。誰の助けもなく、自分だけの騎士と姫君の物語を作り上げて、その中で父親を生き続けさせていた...
もしかしたら彼女を「厨二病」と呼んで見くびっていたのかもしれない。
突然、彼女が俺の名前を呼んだ。
「アレクス...」
声が震えていた...嬉しいのか?それとも怖いのか?分からなかった。でも一つだけ確かなことがあった。初めて、現実の誰かを信じたいと言ったんだ。そして俺を選んだ。
…よし、決めた。
彼女がやっと扉を開けたんだ。なら、俺はその先にずっと居てやる。
「騎士」でも何でもいい。彼女が「メリッサ」でも「レイヴン」でも、どっちでも呼べ。
…ただ一つ誓えるのは、二度とあの…
記憶を蝕む漆黒の闇に、彼女を独りきりで沈ませないってことだ。
(…お父さん、見てるか?お前の娘は、強い奴だ。今度は…俺がその手を握る)
次回、メリッサとの物語は結末へと歩み始める。
アレクスが選ぶ道、彼女と共に掴む未来。
残された試練を越えた先に待つものは、希望か、それともさらなる試練か。
最後の答えを探す物語が、動き出す。




