背中の上の運命
アレクスの心は、仲間たちとの出来事を経て少しずつ変化していく。
その感情の揺れと共に、再び運命が動き出す。
そして、偶然が導いた先で出会った“謎の少女”。
彼女の存在が、物語に新たな波紋を広げていく――。
『5月18日 / 11:49』
自室の机の前に座って、教科書を開いてるんだけど、ぜんぜん頭に入ってこねえ。
昨日のルーシーの告白が頭から離れなくて、集中できずにいた。あの時の彼女の表情、声、全部が鮮明に蘇ってくる。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。父さんが家にいるから、開けに行くだろう。でも、誰だ?もう昼近くだし、俺は誰も呼んでない。
コンコン。
今度は俺の部屋のドアがノックされた。
「アレクス...君を探している人がいる」
父さんの声だった。
立ち上がって、心臓がドキドキし始めた。まさか、ルーシーか?
階段を下りながら、期待と不安が入り混じった気持ちになる。
リビングに着いて、そこに座っている人物を見た瞬間――
「ひかり...?」
満面の笑みを浮かべて座っているひかりが、まるで勝利宣言でもするかのように俺を見ていた。
急いで近づく。
「何してるんだ、俺の家で?っていうか、どうやって俺の家を知った?」
「ずいぶんな挨拶ね。昨日はわたしがルーシーとの時間を作ってあげたんだから、今日はお前をわたしが独占する番よ」
昨日のあの視線のことか。だからあんなことを...でも、それでも俺の家を知ってる理由にはならない。
もっと質問しようとした時、父さんが水の入ったグラスを持ってリビングに入ってきた。そしてまた、あの「説明しろ」って顔で俺を見てる。
何か言わないと、また父さんが変なことを言い始める。
でも、俺が口を開く前に、ひかりが先に話し始めた。
「初めまして、お父さん。お会いできて光栄です」
ひかりの丁寧な挨拶に、父さんは少し戸惑いながらも返事をした。
「ああ、こちらこそ。さっき、ひかりって名前だったよな?息子との関係を聞かせてもらえるか?」
その瞬間、ひかりの表情がいたずらっ子のような笑みに変わった。嫌な予感しかしない。
ゆっくりと歩み寄ってきたひかりが、俺の腕に抱きついた。
「まあ、わたしはアレクスに興味があって、彼にもわたしに興味を持ってもらおうと頑張ってるんです。でも、この人って優柔不断で...」
血の気が引いた。顔が熱くなるのを感じながら、慌てて父さんに説明しようとした。
「ち、違う...そうじゃなくて...えっと...その...」
しかし、舌がもつれて上手く言葉が出てこない。
父さんは眉をひそめながら、勝手に結論を出した。
「そうか...息子が女たらしだったとは知らなかった...」
「違う!誤解だ!!」
必死に弁解したが、ひかりは俺の腕により強く抱きついてくる。結局、適当な説明をでっち上げるしかなかった。本当のことなんて言えるわけがない。
父さんが考え込むように頷いたその瞬間、ひかりは悪戯っぽく目を細め、とどめの一言を浴びせた。
「そうそう、今日はアレクスとデートするために来たんです」
もう驚かなかった。これが彼女の狙いだったのだから。
父さんは静かに頷いて言った。
「そうか。それなら、楽しんでこい」
ひかりは立ち上がって、嬉しそうにドアに向かった。俺も後を追おうとした時、父さんが声をかけてきた。
「アレクス、お前の恋愛に口出しするつもりはないが...一つだけ言わせてくれ。すごく単純で、無責任に聞こえるかもしれないが、他に言葉が見つからない...迷うな!」
その言葉で頭が真っ白になった。昨日アンジュが言ったことと似ている。迷うのをやめろと。本当に自分が何を望んでいるのか分かっているなら、なぜ迷うのか。それとも、迷っているふりをしているだけなのか。
「...ありがとう」
それだけ答えて、ひかりと一緒に家を出た。
地下鉄での移動を経て、住宅街に到着した。なぜここにいるのか、正直分からない。ひかりが「まずここに来たい」と言っただけで、理由は教えてくれなかった。
街並みは狭い道が続き、街路樹が道を彩っている。小さな公園に着くと、ひかりは迷わずブランコに向かって座った。俺はその近くに立ったまま、まだ状況を理解できずにいた。
突然、子供たちが公園にやってきて遊び始めた。子供たちの声が背景に響いているが、俺の注意は完全にひかりに向いていた。
「ここで...ここで茜とゆうに出会ったの」
その一言だけで分かった。ひかりがまた過去について話すつもりなのだと。
「わたしがお前をここに連れてきたのは、この場所が...なんて言ったらいいか分からないけど...」
「大切な場所か?」
「そう、大切な場所...お前に見せたかったし、一つはっきりさせておきたいことがあるの」
ひかりは軽くブランコを揺らし始めた。
「まず最初に言っておくけど、わたしはゆうに対して恋愛感情なんて持ったことない」
ひかりがそう切り出した。俺を真っ直ぐ見つめる表情は、いつもの明るさとは違って、妙に落ち着いていて真剣だった。こんな顔をする彼女を見るのは珍しい。本気で話しているのがよくわかった。
「ゆうはわたしにとって憧れの存在、目標にしたい人だった。でもそれ以上じゃない。前は友達の期待に応えるために行動してた。わたしを必要としてくれてる、それがわたしらしさだと思ってたから」
ひかりがブランコから立ち上がった。そのまま俺に近づいてくる。
「でも今は違う」
突然、彼女が頭を俺の胸に軽く預けてきた。心臓が跳ね上がる。
「やっと自由になれた気がする。昔のわたしに縛られることもない。何も心配しなくていい」
また感情の嵐に巻き込まれそうな予感がした。鼓動が早くなっていく。
「わたしが感じてるのは本物よ。お前のことが好きなの。変でしょ?一緒にいた記憶もないのに」
ひかりが数歩後ろに下がって、いつもの笑顔を浮かべた。太陽の光を受けて、瞳がキラキラと輝いている。
「でも、お前以外に誰がいるっていうの?」
そして、はっきりとした声で言った。
「愛してる、アレクス」
また世界が白く染まったような感覚に襲われた。すべてが遠くに感じられて、まるで響いてくる残響のように聞こえる。またもや告白された。胸の中で感情が竜巻のように渦巻いている。
でも、考える間もなく、ひかりが俺に飛びかかってきた。シャツの襟を掴んで引き寄せられる。
そして、またキスをされた。
ひかりは本当に直接的だ。自分の気持ちをはっきりと示そうとしている。それに比べて俺は、頭の中で疑問と迷いばかりを積み重ねている。この感情にどう応えればいいのか、まだ答えが見つからない。
ひかりが数歩後ろに下がった。でも俺の反応を見て、表情が曇る。
「なによその反応?わたしの告白、そんなに迷惑だった?」
「そうじゃない...ただ...」
「はっきり言いなさいよ。わたしに遠慮する必要なんてないでしょ?お前の気持ちを言ったからって、誰が責めるっていうの?」
その言葉を聞いた瞬間、何かに気づいた。まるで遠くの闇の中に一筋の光が見えたような感覚だった。
ただ自分に正直になればいいんだ。ただ言えばいいんだ。ひかりの言う通りだ。誰が俺を責めるっていうんだ?誰が間違ってるとか正しいとか言うんだ?これは俺の感情で、他の誰のものでもない。
その決意を固めて、ひかりに答えることにした。
「ひかり、その気持ちに応えられない。まだ自分が何を感じているのかわからないんだ。どう言えばいいかな...実は、他の子たちからも告白されてて...」
ひかりが別の方向を向いた。明らかに不機嫌そうに。
「ちっ...まあ、予想してたけど、あの子たちも告白するとは思ってたよ。でも、いいよ、待つから」
ひかりがそう言った瞬間、驚いた。
てっきり怒られるか、もっと悪い反応をされると思ってた。でも、違った。俺の話を受け入れてくれた。
「お前がちゃんと整理つくまで待ってるよ。あの子たちと、わたしへの気持ちをね。でも、はっきりさせておくけど、わたしは遠慮なんてしないからね。ちゃんと立場を明確にしてやるから」
そう言いながら、ひかりは俺の手を取った。
「じゃあ、行こう。まだデートの途中でしょ」
歩き始めるひかりを見ながら、何かが変わった気がした。
世界が、違って見える。
新しい視点が目の前に広がっている。これは前進なのか?それとも変化への第一歩なのか?
ひかりは俺に一番必要なことを教えてくれた。自分の気持ちを受け入れること。俺以外の誰も、俺が何を感じるべきかなんて知らない。俺以外の誰も、俺の本当の気持ちなんて分からない。
そのことを理解した瞬間、俺の中で何かが変わった。
そんな感覚だった。
繋いだ手のぬくもりが、今の俺にはとても心地よかった。
『5月19日 / 7:47』
今朝、エミリーと一緒に登校しながら、ふと気づいた。今日は榊と都心に行く約束だったのに、彼女にその話をまだしていない。最近の出来事が多すぎて、すっかり忘れていたのだ。
「エミリー、今日都心に行くんだ」
「え!?一人で?」
驚いた様子のエミリーに首を振る。
「いや、榊と一緒だ。あいつはあの辺りのことをよく知ってるから、どうやって動けばいいか教えてもらえる」
でも、エミリーは納得していない様子だった。急に自分だけが蚊帳の外になったことに戸惑っているのかもしれない。黙って歩いていたが、突然少し声を上げた。
「先輩、私も行きたいです」
それは俺の計画にはなかった。今回は情報収集だけだし、実際に何かが見つかるとも思えない。
「悪いが、連れて行けない」
「どうしてですか!?」
「見て回るだけだからだ。それに、コレクターショップに行く予定もある」
エミリーはさらに怒っているようだった。罪悪感が湧いてくる。何か言わなければ。
「分かった。じゃあこうしよう。明日、お前と二人だけで行こう。どうだ?」
エミリーは無言で歩き続けていた。まだ不機嫌そうな表情をしている。でも、やがて小さくため息をついて、ほとんど囁くように言った。
「...分かりました」
とりあえずエミリーの機嫌は直ったようだが、なぜあんなに怒ったのかが分からない。行きたかったからか?それとも、置いていかれるのが嫌だったのか?
まあ、どちらにしても、今日は何も見つからないだろうと確信していた。
『16:33』
都心の駅を出ると、すぐに街の喧騒に包まれた。車のクラクション、人々の話し声、電光掲示板の電子音――全てが混ざり合う騒音が耳に迫ってくる。でも今回は周りをもっと注意深く見回していた。榊の後をついて歩きながら、辺りのことを聞いてみる。
「この辺り、いつもこんなに人が多いのか?」
「平日の昼間だからね。普通だ」
榊の返事は素っ気ない。
正直、この街を歩くのは疲れる。人が多すぎて、少し気を抜くと誰かとぶつかりそうになる。実際、何度か肩が触れた。
「着いただ」
榊が指差した先には、コレクターズショップの看板があった。
中に入ると、予想以上に広い。フィギュア、レコード、本...ありとあらゆるものが並んでいる。二階まであるのか。
「上に行くわよ」
榊はさっさと階段を上がっていく。どうやら目当ての物があるらしい。
俺も後を追う。正直、この店で見たい物なんてない。値段を見る限り、とても手が出せそうにない。
それより重要なのは霊輝の探知だ。
辺りを見回しながら歩く。集中して、何か異常な気配がないか探してみる。
でも、何も感じない。
時間だけが過ぎていく。
ふと、大きな窓が目に入った。近づいて外を眺めてみる。
なかなか面白い景色だった。道路を車が行き交って、向かい側には小さめのビルが綺麗に並んでいる。今いる建物より低いから、上から見下ろす形になっている。
窓から外を眺めながら、ふと思った。アンジュが言っていた巨大サイズの夢喰いを探してみようか。でも、この店はそれほど高くない。周りにはもっと高いビルがいくつもあって、見渡せる範囲も限られている。
あの夢喰いって、一体どんな姿をしているんだろう。
視線を街の通りに向けた。歩道には多くの人が歩いている。向かいの建物は本屋のようだ。上から見ると全てが小さく見えるが、十分に観察できる距離ではある。
通行人たちをじっと見つめていると、興味深いことに気づいた。この地域にも技術が普及している時代のはずなのに、人々の服装は他の時代とそれほど変わっていない。まあ、俺が知っているのは歴史の本やネットで読んだ程度の知識だけだが。
もし誰かにその辺りのことを聞くとしたら...ルーシーかな。彼女は100年前から来ているから、実際の変化を肌で感じているはずだ。
再び下を見下ろした時、一つの考えが頭をよぎった。
人々の服装って、そんなに変わってないんだな
その時、何か奇妙なものを目にした。三人の人物が非常に接近して歩いている。その三人組は本屋らしき建物の前で立ち止まった。
だが、本当に注意を引いたのは別のことだった。その三人は全身真っ黒な服を着ている。
これって...何かのコスプレか?
その三人により注意を向けた。一人の男は腰より少し下まで届く大きなジャケットを着ている。
もう一人の男はレザージャケットのような服を着ているが、この高さから見下ろしている限りでは、本当にそうなのかはっきりとは言えない。
最後に女性はスカートにストッキング、長袖のシャツを着ていた。高さと位置のせいで顔や細かいディテールは見えないが、三人ともそこに立ったまま何もしないでいるのが奇妙だった。ただ、お互いに話しているようには見えた。
その時、あることを思い出した。この三人のスタイル、これは確か「ゴス」と呼ばれるものだ。
でも、目立つ存在感だけでは足りなかったらしく、三人は奇妙なポーズを取り始めた。手を上げて、大声で何かを言っているようだった。他の通行人たちは彼らから離れて、無視している。
そして奇妙なダンス...いや、それをダンスと呼べるかどうかも分からないが、まるで何かの儀式でも始めるかのような動きを始めた。
三人の動きが止まったが、最終的なポーズは向かいのビルの上を指していた。俺も好奇心から、彼らが指している方向を見上げた。
そこには誰かが立っていた。
ビルの縁に立つ人影は、いつ落ちてもおかしくない位置にいる。その人を見て、俺は動揺した。もう少しよく見ると、その人影は実際には女の子だということが分かった。髪がそれほど長くはないが、風になびいているのが見えた。
あの女の子、誰かと話してる?
下にいる三人の人じゃない。すぐ隣にいる誰かと話してるみたいだが...いくら見ても、隣には誰もいない。
一人で話してるのか?
嫌な考えが頭をよぎった。まさか、飛び降りようとしてるんじゃ...
慌てて駆け出そうとした時、その女の子が建物の縁で動き始めた。
動きが...踊りみたいだ。まるで振り付けでもしてるかのように。
喉まで込み上げてくる吐き気を堪えながら、ただ見てるわけにはいかなかった。危険すぎる。
もし霊輝の武器を使えば、助けられるかもしれない。
踵を返して走り出そうとした瞬間、榊とばったり出くわした。
「おい、どこ行くんだよアレクス?」
「誰かが危険かもしれない!」
走り出したが、榊の足音が後を追ってくるのが聞こえる。
コレクションショップから外に出て、道路の向こう側を見た。あの三人はまだそこに立って、建物の縁にいる女の子を見上げてる。他の通行人たちは全然気にしてない様子だ。
「何だよ?誰が危険なんだ?」
榊の質問に答える余裕はなかった。再び走り出してその建物に向かう。
その時、縁にいた女の子が足を滑らせたように見えた。
落ち始めた。
世界がスローモーションで動いているような感覚だった。
建物の上から落ちてくるあの女の子を見ながら、必死に走る。霊輝の武器を出そうとしたが、時間が足りない。
近づくにつれて、何かに気づいた。
霊輝だ。
あの落下している女の子から感じる。他のどこからでもない、間違いなく彼女からだ。
彼女に近づいた瞬間、細長い棒のようなものを手に持っているのが見えた。一瞬、視線が合う。
「どいて――!!」
彼女が叫んだ。
次の瞬間、視界が暗くなった。彼女を「受け止める」ために飛び込んだが、妙なことに痛みを感じない。地面に叩きつけられた痛みも、彼女を受け止めた衝撃も、何も。
目を閉じたまま、背中の上に何かがあるのを感じた。ほとんど重さはないが、確実に存在している。
恐る恐る目を開けると、さっきの女の子が俺の背中に乗っていた。彼女は困惑した様子で頭を触っている。頭から落ちたわけでもないのに、なぜか痛そうな仕草をしていた。
「大丈夫かアレクス?今、女の子が空からお前の背中に落ちてきたんだけど...まさか!」
榊が駆け寄ってきて言った。
「女の雨でも降ってるのか?」
空を見上げる榊。馬鹿げた冗談だが、なぜか今感じていた緊張感が少し和らいだ。
でも、一つだけ確実なことがあった。
俺の背中にいるこの女の子には、霊輝がある。
次回、アレクスが出会った“謎の少女”は何をもたらすのか。
その出会いは偶然か、それとも必然か。
新たな幕が開かれる中、再び運命の歯車が大きく動き出す――。




