この涙の行き先
ひかりは仲間の裏切りと現実に直面し、心を打ち砕かれる。強がり続けてきた彼女の姿に、初めて本当の弱さが滲み出す瞬間。そして、アレクスは彼女を支えようと必死に手を伸ばす。さらに物語は一時的にアナスタシアの視点へと移り、ひかりをどう見つめ、どんな言葉を投げかけるのかが描かれる。涙と想いが交錯する今章、その行き先とは――。
『4月 27日 / 10:07』
ハゲの男が悪意に満ちた笑みを浮かべながらひかりに向かって叫んだ。
「お前らの悪口なんてどうでもいい。もう終わりだ」
ひかりが怒りと挑発的な態度で応じる。
「何バカなこと言ってんの――」
だが、またしてもハゲ男が威嚇するような声で遮った。
「俺たちのボスはずっと前からお前らに目をつけてる。お前らがボスとの約束を破ったからな。前のリーダーもバカなことしたせいで代償を払ったぜ!」
その言葉にひかりが怒りを露にした。まるでゆうさんのことを話しているかのようだった。
「あの人はもうずっと前からわたしたちと一緒にいない。なんであの人のこと持ち出すの?」
ハゲ男はひかりを馬鹿にするように笑った。まるで彼女が知らない何かを知っているかのように。そして仲間の一人に向かって、自分の知識を確認するように、でも嘲笑として伝えた。
「見たか?このバカ女、本当に何も知らないじゃねえか。話に聞いた通りだ、ハハハ」
全員が笑い始めた。ひかりはますます苛立っていたが、俺とライラを見て、怒りを抑えているようだった。
だがハゲ男はひかりを苛立たせることを続けた。
「なんて愚かなクソ女だ。親分気取りしやがって。きっと親にも愛されなくて、だから野良犬になったんだろうな」
ひかりが拳を握りしめる。殴りたそうだった。
「おいおい、どうするんだ?吠えるのか?ハハハ」
ひかりが歯を食いしばって、もう我慢できないといった様子で叫んだ。
「この糞ハゲ!てめぇの禿頭が光りすぎて邪魔なのよ!!」
ハゲ男は唖然とした。自分の髪の毛一本もない頭に手を当てて、それから怒りが込み上げてきたようだった。でも、あの嘲笑的な視線がより真剣なものに変わった。
「それだけか?クソ女」
何かしなければならないのはわかっていた。手が震えている。何を使えばいいのか考えないと。でも、ハゲ男がまた口を開いて、俺の思考を遮った。
「言っとくが...誰もお前を助けに来やしないぞ、クソ女」
ひかりがようやくそのことに気づいたようだった。周りを少し見回している。彼女の味方だったはずの連中が誰一人として助けに来ない。自分たちの親分が敵に囲まれているのを見ているくせに。
ひかりの表情が怒りから絶望に変わった。
「理由は簡単だが、お前があまりにもバカだから俺が直々に教えてやる...紫茜がお前を裏切ったんだよ」
目に見えない何かで胸を殴られたような表情になった。震える手を胸に当てて、地面を見つめている。ハゲ男は残酷な真実を暴き続けた。
「お前ら鳴西会はもう存在しない。本当の親分が既にお前らを裏切ったからな」
「……う、うそだ……紫は、茜はずっと――」
ひかりの体が震えているのが分かった。まるで刃のように彼女を切り裂いているようだった。
「茜は俺を裏切ったりしない...」
「誰が茜だって!」
後ろから声が割り込んできた。男たちの間をかき分けて現れたのは、また紫さんだった。ひかりの顔が一瞬明るくなったのが分かった。でも—
「...ウチはもう鳴西会を抜けた。今は東牙会の一員や。ひかり...悪いけど、お前は一人やで」
信じられないという表情でひかりが紫さんを見つめている。瞳が空っぽになって、今にも崩れ落ちそうだった。足も震え始めている。
紫さんはただひかりを見つめているだけだった。
この状況、もう手に負えない。簡単には解決できそうにない。
ハゲの男が紫さんの横に立って言った。
「で、どうする?全員でぶちのめすか?」
でも紫さんの答えは意外だった。
「いや...放っとき。確認したいことがあっただけや」
背中を向けて歩き始める。ハゲの男は舌打ちをして、怒りながら去っていく。俺たちを囲んでいた男たちも全員立ち去った。何人かは威嚇するような目で睨んでいき、他の連中はひかりを笑いながら去っていく。
紫さんの姿が見えなくなった時、ひかりはその場に崩れ落ちた。膝をついて地面に手をついている。
隣にしゃがみ込んだ。でも見えるのは、涙が地面を濡らしているのと、彼女のすすり泣く声だけだった。
背中に手を置いて、落ち着くまでそのまま待った。
「……っ、ああああああっ……!」
その泣き声は、鋭くて、苦しくて、ただ聞いているだけで胸が裂けそうになる。
心の奥を釘で抉られているような痛み。中にも何かが壊れそうだった。
でも突然、後ろから声が聞こえた。
「危ない、アレクス!止めないと霊輝が暴走する!」
アンジュの声だった。
ひかりが苦痛の声を上げて、突然胸が激しく光り始めた。これがアンジュが言っていたことか。感情が霊輝に影響するって。
「ひかり!」
名前を叫んだが、反応しない。胸からの光がどんどん強くなっていく。
何をすればいいかわからない。でも、一つだけ思い浮かんだことがあった。
全力でひかりを抱きしめた。
驚いたことに、今度はひかりを動かすことができた。あの時——誰も彼女を微動だにさせられなかったあの時とは違って。彼女を抱きしめると、その体は熱かった。胸から溢れる霊輝の光が、俺の肌を焼くように疼かせたからだろう。
「一人じゃない、ひかり!」
抱きしめれば抱きしめるほど、霊輝の光で焼けそうになった。でも、今伝えなければならない。
「苦しいのはわかるけど、一人じゃないんだ」
ひかりが俺を見上げた。汗をかいているのに気づいたようだ。胸から発せられる熱い光のせいで。
「アレクス...」
名前をほとんど囁くように言った。近くにいたから聞こえたんだ。
「いつでもここにいる。今日も、明日も、来年も、ずっと!」
この言葉を聞くと、胸から出ている光が消え始めた。抱き返してくれた。
もし何もしなかったら何が起こっていたかわからない。でも、すべてが少し良くなったような気がした。ひかりが俺にしがみついているこの抱擁で、数分間。
「“アシスタントくん”って、呼んでくれただろ?……だったら、手伝わせてくれよ。“アシスタント”ってのは、助けるためにいるんだからさ」
その一言に、ひかりの唇がわずかに震えた。
突然、ひかりが何も言わずに俺の胸に頭を預けてきた。
でも、すぐに離れて立ち上がる。今度は新しい決意を込めた表情をしていたが、いきなり笑い出した。
「あはは」
困惑しながら立ち上がる。このあまりにも急激な感情の変化についていけない。
「本気でお前、自分のことアシスタントって呼んだの?あはは」
俺の言葉が冗談として受け取られたのかと思って、少しムッとした。
「何がおかしい?お前が最初に俺にそう呼んだんだろ」
俺を馬鹿にしたような目で見てから言った。
「ああ、そうだった。あはは」
多分、これが彼女なりの対処法なんだろう。緊張を和らげる彼女らしいやり方だ。俺も思わず微笑んで、この馬鹿げた雰囲気に身を任せた。
ひかりが笑うのを止めた。どこか虚ろな目をしている。
「...もう茜がいない今、わたしはどうすればいいの?」
現在の問題を理解している彼女を見つめた。
「もうこのグループのメンバーじゃない...グループ自体がもう存在しないかもしれない...帰る場所がない...」
でも、紫さんのこんな突然の裏切りは急すぎるし、何か変だ。何かもっと深い理由が隠されているような気がする。
「そんなことない。ひかり、お前にはまだ帰る場所がある。それに、紫さんがお前を裏切ったとは思えない。何か隠された理由があるはずだ」
ひかりはその言葉に懐疑的で、信じる機会を与えることができないようだった。
「何言ってるの?あの人は...明らかにわたしを裏切った...」
下を向いて何も言わなくなった。俺は彼女を助けるための何かしらの計画を考えなければならないと分かっていた。
ふと、ある考えが浮かんだ。誰かに迷惑をかけることになるかもしれないが、今回は頼ることにしよう。
「ひかり、付いて来い。お前が泊まれる場所がある」
ひかりの表情が少し和らいだ。ライラの方を見て、何かの確認を求めているようだった。ライラはただ親指を立てて見せる。
「お兄ちゃんは何でもできるんだから!」
ライラが俺を自慢するように言うが、突然の褒め言葉に恥ずかしくなった。
「...分かった」
ひかりがついて来る気になったところで、スマホを取り出してメッセージを送る。
『アナスタシア、頼みがある』
返事はほぼ即座に来た。
『もちろんわよ。いつでも力になるから』
『ひかりを少しの間、お前の家に泊めてもらえるか?』
数秒後、画面が怒った顔の絵文字で埋め尽くされた。次から次へと送られてくる...。でも最終的に一つのメッセージが届く。
『分かったわ。待ってる』
皮肉な笑みを浮かべながら、ひかりに告げる。
「よし、準備完了。ひかり、もう居場所ができた」
「えええー!?」
ひかりが驚いている。すぐに誰の家なのかを教えてやる。
「アナスタシアの家に行くぞ」
「えええー!?」
また同じような反応をするひかり。完全に困惑した表情で、みんなでアナスタシアの家へと歩き始めた。メッセージのおかげで道は分かるし、家からもそう遠くない。
『12:00』
アナスタシアの家に向かって歩いていると、ライラも俺と同じように落ち着いた様子だった。
家の前に着いて、ちょうどチャイムを鳴らそうと手を伸ばした瞬間―
扉が開いた。
そこにアナスタシアが立っていた。まるで俺たちの到着をずっと待ち構えていたかのように、呼び鈴も鳴らさないうちに扉を開けている。
「あ!お前、あの時の!」
ひかりが突然声を上げた。どうやら思い出したらしい。
「ふふ、どうぞ入って」
アナスタシアは微笑みながら俺たちを招き入れた。
リビングに通されると、俺はアナスタシアに全てを説明した。ここまでに起きた出来事、ひかりが直面した危機、そして——なぜ彼女をここに預ける必要があるのか。事実をそのまま伝えただけだ。
「...なるほど」
静かに頷いた。
「分かったわ。でも」
やっぱり来た。その「でも」には絶対に条件が付いてくる。覚悟はできている。何でも受け入れる。
「その代わり、あたくしとデートして」
「...は?」
頭が真っ白になった。
「何よそれ!お前、こいつの何なのよ?」
ひかりがアナスタシアを睨みつけている。
「アレクスはあたくしの命の恩人よ。恩人を助けようとしているだけ」
アナスタシアも負けじと視線を返す。二人の間に火花が散っているのが見えるようだった。
「恩人って...」
ひかりの目つきがさらに険しくなった。完全に戦闘モードに入っている。
このままじゃまずい。
「そうだ、もっと重要な話がある」
強引に話題を変えた。二人の視線が俺に向く。
「紫さんについて、真面目に相談したいことがあるんだ」
話すことにした。計画があったわけじゃない。ただの勘だった。でも、紫さんが何かを隠しているのは確かだ。ひかりの親友がこのまま消えてしまうのは嫌だった。
だから結論に至った。
「東牙会を潰す」
案の定、みんな同じ反応だった。驚いて、俺の言葉が信じられないという顔をしている。こんなリスクの高いことを、よりによって俺が提案するなんて思ってもみなかったんだろう。
アナスタシアが眉をひそめた。
「でも本気でそんなことが上手くいくと思ってるの?危険じゃないかしら?」
でも今回は違う。全部計算済みだ。今度こそ霊輝を制御できるようになる自信がある。
「危険なのは分かってる。でも俺には霊輝がある。エミリーにもっと厳しく訓練してもらって、きちんと制御できるようになる」
アナスタシアは納得していない様子で、懐疑的な視線を向けてきたが、それ以上は何も言わなかった。
一方、ひかりの方はこの計画に苛立っているようだった。
「わからないわよ。本気でお前、グループを倒すつもりなの?」
あいつらは簡単に言えば不良連中で、まともな人間じゃない。だからこそ霊輝が必要になる。この問題を根本から解決する唯一の方法は、元凶を断つことだ。まさにあの連中がそれだ。あの連中全員が紫さんから離れれば、彼女はひかりのところに戻れる。少なくとも理論上はそうなるはずだ。
「明日から霊輝をもっと本格的に訓練する。それと...」
微笑みを浮かべながら、前のめりに身を乗り出した。この計画の一番重要な部分を伝える時が来た。
「騒ぎを起こして、奴らの注意を引く。そうすれば、どこに隠れているか分かるはずだ」
アナスタシアが突然手を軽く上げて割り込んできた。計画に困惑しているようだった。
「でも明日は学校があるのではなくて?休むつもりなの?」
この部分はもう考えてある。彼女たちに甘く見られないよう、ほとんどからかうような笑みを浮かべた。
「心配するな、アナスタシア。午後からでも全部できる」
それでもアナスタシアは計画に疑問を持っているようだった。それ以上は何も言わなかったが、心配そうな表情は隠せない。見ているだけで明らかだった。
ライラと一緒に帰り支度をして、アナスタシアとひかりに別れを告げた。立ち去る時、ひかりがアナスタシアを睨んでいるのに気づいた。アナスタシアの後ろに立っていたため、当の本人は気づいていなかった。
ひかりの性格を考えると、何か悪いことが起きなければいいが...そう思わずにはいられなかった。
『4月 27日 / 13:01 / アナスタシア』
アレクスとライラが出て行った後、あたくしは一人でひかりと残された。
リビングルームで彼女はすでに座っていた。退屈そうで、視線はどこか遠くを見つめている。
あたくしの家にひかりを泊めることにした。この子もアレクスが助けようとしている女の子の一人。あたくしを助けてくれた時のように...覚えていないけれど。
でも、よく考えてみれば、ひかりにも同じことが起こるのでしょう。
今、あたくしは直接目にしているわ。アレクスがどういう人なのか、彼女たちを救うためにどこまで行くのかを。
ひかりにそれを伝えなければならない。少なくとも、彼女のことを知らなければ。ひかりもあたくしも、霊輝を感じる者同士だから。
彼女の近くに座った。
「ひかりさん...アレクスはとても優しい人ですから、その優しさを無駄にしないでくださいませ」
あたくしの声が届いたかのように、ひかりの肩がぴくりと反応した。
ほっとしたわ。少なくとも、聞いてくれているみたい。
ひかりが手を強く握りしめているのが見えた。何かを必死に堪えているような仕草だった。でも、あたくしには確信があったの。彼女と話さなければならないって。
こんなに近くで見ていると、ひかりの中にあたくし自身の一部を見つけてしまった。昔のあたくしも、ただ逃げることしかできなくて、誰かを傷つけたくなくて、強いふりをしているだけだった。今のひかりと全く同じ。彼女も強がっているだけなのよ。
「ひかりさん、君のその向き合い方こそが、一番君を苦しめているのではなくて?」
舌打ちをする音が聞こえた。顔も見てくれない。あたくしの言葉なんて聞きたくないのでしょうね。
「分かってるでしょう?」
できるだけ優しく、理解しようとする気持ちを込めて話しかけた。
「知ってるよ。わざわざ言わなくても...この牛女」
最後の部分は呟くように、とても早口で言ったから、よく聞こえなかった。
「はい?」
「何も言ってねぇ」
嘲笑うような口調で返された。あたくしはこれまで、こんなに下品な話し方をする人に出会ったことがなかった。あたくしが今まで生きてきた世界と、彼女の世界とでは、あまりにも違いすぎるのね。
「...そうですのね。あたくしのことがお気に召さないのであれば仕方ありませんが、もう一度だけお願いします。アレクスが君のためにしてくれている努力を、無駄にしないでいただきたいの」
ひかりはさらに顔を背けた。でも気づいたの。アレクスの話をする度に、彼女が一番脆くなることを。
この機会を逃すわけにはいかない。ひかりが霊輝から解放された時、もしアレクスのことを忘れてしまったら...彼女が苦しむことになる。それだけは絶対に避けたいの。
でも、ひとつ方法があるかもしれない。アレクスのことを直接言わずに、彼のことを伝える。そうすれば記憶が残って、その時が来ても痛みを和らげることができるかも。
何としてもその真実を伝えなければ。
「ねぇ、ひかりさん」
声をかけながら、慎重に言葉を選ぶ。
「もし君が、ある日突然、最も愛する人のことを忘れてしまったらどう思う?...辛いでしょう?何か大切なものが欠けているのに、それが何なのかわからないなんて」
その瞬間、ひかりの視線がさっとあたくしに向けられた。明らかに驚いているような表情。あたくしの言葉が彼女の心に響いているのがわかる。
当然よね。これは彼女の記憶の話なんだもの。
もし本当に大切な人を忘れてしまったら、痛いに決まってる。でも今は意識があるから痛みがわかる。もし意識がなくなったら...その時本当に苦しむのは、彼女を覚えている人の方。だからこそ、ひかりには今の状態を続けてほしくない。
まるであたくしの言葉を噛み締めるように、ひかりの瞳がゆっくりとクリスタルのように透明になっていく。
そして、涙が頬を伝って落ちた。
まだ泣き声は出していないけれど、必死に堪えているのがわかる。でも、その涙がすべてを物語っていたわ。
次回はアレクスの決断に焦点が当たる。ひかりを助けるために何をすべきか、彼自身が選ばなければならない時が来るのだ。ひかりもまた、自分の役割を果たすために動き出そうとしている……。




