絆の再確認
ひかりと共に過ごす時間が増えていくアレクス。しかし、その穏やかなひとときの裏で、彼女を取り巻く過去や問題が少しずつ姿を現し始める。理解できない違和感、迫りくる危険な影――二人の絆は試されようとしていた。
『4月 26日 / 10:24』
ひかりを見つめた。なぜこんなに困惑しているのか。彼女の困惑の理由は、きっと今まで人を助ける手段が金を渡すことだけだったからだろう。俺の行動を理解できずにいる。
「あの爺さんを助けた理由が分からないなら、別に特別な理由なんてないぞ」
ひかりは相変わらず困惑したままで、沈黙を保っている。俺の言葉がさらに混乱を深めているようだった。
「単純に、助けたいと思ったら助ける!昔からそんな感覚があったんだ。多分、母さんの影響だろうな」
ひかりには理解できないらしい。一体どんな人生を送ってきたのか。暴力的な環境で育ったせいか、それとも金に困ったことがないからか。そのどちらも、彼女が俺の行動を理解できない理由なのかもしれない。
歩道の縁に腰を下ろした。
「前は、助けたくても最初の一歩を踏み出せなかった...でも今は違う。できるようになったんだ。とある...誰かの影響で、こういうことができるようになった」
ひかりは黙って俺を見つめている。何か言いたそうでもなく、ただ俺の言葉を自分なりに咀嚼しているようだった。
やがて振り返ると、何も言わずに歩き始めた。
立ち上がって後を追う。
その日の残りも、俺たちは夕方まで鳴羽界隈を歩き続けた。時折言葉を交わしながら、時には黙ったまま、同じ方向を見て。
空が茜色に染まり、風が肌をやさしくなでる頃——ふと立ち止まり、ひかりが振り返る。
「じゃあ、また明日ね」
その言葉に、一瞬驚いたような顔をした俺だったが、すぐに微笑んで頷いた。
「……ああ、また明日」
『4月 27日 / 7:04』
ベッドに横になりながら、スマホの画面を見つめていた。朝の光がカーテンの隙間からかろうじて差し込んでいる。
画面に映るのは古いニュースやフォーラムの記事ばかりだった。「鳴羽界隈での争い」「鳴羽界隈での暴力事件」といった見出しが並んでいる。
一番目を引くのは組の名前だった。いくつかの組織名が出てくるが、特に気になったのは「鳴西会」と「東牙会」の二つ。これらの組はマフィアのような存在らしい。
さらに調べ続けていると、十年前の記事を見つけた。奇妙な爆発で警察官と犯罪者の両方が負傷したという内容だった。
間違いない。これはひかりが話していた出来事と一致している。
このインターネットフォーラムの記事は、直接ひかりの名前を挙げていなかったが、明らかに彼女について書かれたものだった。内容は十年前の霊輝獲得の件——ひかりが以前話していた話と一致していた。
他の女の子たちと比べて、ひかりが霊輝を得たのはそれほど昔のことじゃない。
別のフォーラムで興味深いものを発見した。鳴羽界隈周辺で突然路上での喧嘩が頻発した時期があったという。しかも、必ずしも不良たちの争いではなかった。普通の人々、名もない一般人同士の暴力沙汰だったらしい。
目撃者とされる人々がこのフォーラムにコメントを残していた。鳴羽界隈を歩いていた人々が、単純に暴力的になってしまったと。
これはおそらく、ひかりの霊輝の影響だろう。
ため息をつくと、スマホをベッドに置いた。体を起こし、ずり寄るようにしてベッドの端に座り直した。
これだけの情報を見つけてしまった以上、もう逃げられない。ヒカリは確実にマフィアの一員だ。彼女の人生は最初からそういう世界だったんだろう。
でも、ゆうさんはどうだったんだろう?彼もこんな生活を望んでいたのか?それとも、選択の余地がなかっただけなのか?
まあ、それはもう過去の話だ。今は違う問題がある。
「アンジュ、出てこい!」
いつものように、影の中からアンジュが現れた。相変わらずあの距離を置いた態度を取っている。でも、今日は違う。今日は逃がさない。
「アンジュ、今日は俺に付き合ってもらう。それに、聞きたいことがある」
案の定、アンジュは視線を逸らそうとする。最近ずっとこの調子だ。俺の顔を見ようともしない。
「言い訳は聞かない...ライラを盾にしようと思っても無駄だぞ」
挑発的に微笑むと、アンジュの体が強張った。
「今日はライラも一緒に連れて行く。だから言い訳は通用しない」
アンジュは慌てたように体を動かし、何か言おうとするように辺りを見回した。でも結局、俺の視線の下で黙り込んでしまい、小さく呟いた。
「...はい」
立ち上がって彼女の隣に歩み寄り、片腕で抱き寄せるように肩に手を置く。
「よし、それじゃあ最近起きたことを話してやる」
アンジュに今まで起きた全てを話した。
静かに聞いていたアンジュだったが、話し終わった瞬間、突然「あ!!」と声を上げて手を叩いた。まるで何かを思い出したかのように。
「やっと思い出した、その人間...まぁ、どう言えばいいかしら...彼女の霊輝はちょっと問題があるのよ」
この言葉を聞いた瞬間、嫌な予感がした。またアンジュの長ったらしい説明が始まるのは確実だし、しかも今度はヒカリの霊輝について良くない話になりそうだった。
「彼女には霊輝に『特性』があって、周りの人間を凶暴にしてしまうの!」
アンジュは俺から離れると、まるで教師が授業をするかのように歩き回り始めた。なぜこいつはいつもこんな癖があるんだろう。
「オマエにもっと分かりやすく説明すると、彼女の霊輝は感情を操作するの。ライラのと似ているわね」
「でも、なんで俺には効かないんだ?」
アンジュは腕を組んで、いつものように知識を披露する気満々の表情を浮かべた。間違いなく、いつものアンジュだった。
「よく聞きなさい。似ているって言ったけど、同じじゃないの。この場合、その『特性』は彼女自身の感情によってのみ発動するのよ」
この最後の説明部分が理解できなくて、思わず要求した。
「アンジュ先生、わからない」
アンジュは目を細めて、怒ったような表情を浮かべた。おそらく俺が今言ったことを理解していないからだろう。
「つまり、彼女の機嫌が悪くなると、その『特性』が発動して周りの人間を凶暴にしてしまうということよ」
うなずいた。今度はアンジュが言おうとしていたことを理解できた。どうやらヒカリの霊輝の『特性』は、今のところ本当に問題になるようなものではないらしい。
「……他にもあるのか?」
あの日、ルーシーとアナスタシアが突然暴れ出したことを思い出した。あれはひかりの霊輝の影響だったのだろうか?
それだけじゃない。もう一つ気になることがあった。些細なことかもしれないが、どうしても引っかかる。
アンジュに向かって手を上げた。まるで生徒のように。
「気になることがあるんだが…なぜひかりは誰にも動かせないんだ? まるで地面に釘付けにされたみたいに、誰が触れてもビクともしない」
アンジュは俺を見つめ、考え込むような表情で顎に手を当てた。何かを思い出そうとしているようだった。
「ああ、それね...」
しばらく考えてから答えた。
「あの子が持ってるレイキの性質よ。体に影響を与えて、誰も動かせないようにしてるの。オマエも知ってるでしょ?あのレイキは人工的なものだから、作られた時に成分が少し変わってるのよ。まあ、重要なことじゃないけどね」
アンジュがそんな重要そうなことを軽く扱うのに驚いた。本当に関係ないのか?
ひかりのことは一応理解できた。でも、まだ話さなければならないことがある。
あの時、ひかりが言っていた魔術師の存在について。
「そういえば、ヒカリが霊輝について知識を持ってるって言ってたな」
そう切り出すと、アンジュは特に驚いた様子もなかった。ヒカリが霊輝のことを知っていても、彼女には大したことじゃないらしい。
「...でも、気になることを一つ言ってたんだ。魔術師について、何か知ってるか?」
アンジュの目がぱちぱちと素早く瞬いた。俺が何を言っているのか理解できないような表情だった。
「何を言ってるの?人間の魔術師?」
本当に知らないようで、信じたくないとさえ思っているみたいだった。俺にとっても意外だった。アンジュが知らないことがあるなんて。
「そんなものが存在するなんて、私は信じないわよ。レイスドールの中央からの報告書にも一度も言及されたことがないもの」
知らないことに対して、アンジュは明らかに苛立っているようだった。もしアンジュすら知らない魔術師が本当に存在するなら、相当隠された存在だということになる。そんな連中が一体どんな人間なのか、考えただけでも恐ろしい。
「上官に報告するわ...」
アンジュは俺に背を向けて歩き出したが、何度も振り返ってこちらを見ていた。まだ何か言いたそうな様子だった。
「...ありがとう、アレクス」
今度は俺の方を見ずにそう言った。情報を共有しただけでお礼を言われるとは思わなかった。少し驚いてしまった。
なぜか恥ずかしくなってしまった。理由がわからないが、そんな気持ちになった。
見ていると、空中に浮かぶ奇妙な紙に何かを書いている。アンジュは本当に人間を理解しようとしているんだろうな。でも、誰かの命令に従っているせいで、彼女の種族特有の規則や行動様式に影響されているのかもしれない。
こんなに見つめていても、彼女が俺の知っている人間とそんなに違うとは思えない。最近、何かが彼女を悩ませているのはわかる。今こそ、それをはっきりさせる時だ。
「アンジュ、最近どうしたんだ?ルーシーとアナスタシアのことか?」
振り返った彼女の顔には、軽い驚きが浮かんでいた。突然話題を変えたせいかもしれない。一瞬視線を落としたが、今度は話したがっているように見えた。
「……そう。……彼女たちに姿を見せられなかったのが、思った以上に堪えたのよ……」
とても小さな声で話している。感じていることに対して正直になっているんだ。
「わからないの……霊輝から解放してあげたのに、まだ『ごめんなさい』って言いたい気持ちがある……」
アンジュがこんなに真剣で誠実に話しているのを見ていると、俺の推測が正しかったのがわかった。彼女は深い罪悪感を感じているんだ。
何を言えばいいのか分からなかった。
突然、アンジュが俺を真っ直ぐ見つめた。その視線に、思わず肩が強張る。
「でも、もう大丈夫よ...オマエとまた話せて、思い出したから」
アンジュが俺の方へ歩いてくる。目の前で立ち止まった彼女の瞳には、強い決意が宿っていた。その眼差しを見ていると、本当に立ち直ったんだということが伝わってきた。
「思い出したの。私が探していたのは、まさにオマエだったってことを。オマエに出会えなかったら、彼女たちを解放することなんてできなかった」
視線を逸らすことなく、俺を見つめ続ける。黄金色の瞳が、見つめれば見つめるほど輝いて見えた。
「私はオマエを信じてるから」
アンジュの情熱と決意を込めた言葉に、胸の奥で何かが疼いた。ただ黙って頷くことしかできなかったが、その言葉を心の奥深くに刻み込んだ。
時計を見る。もう出かける時間だ。
部屋を出て、ライラの部屋のドアの前に立つ。軽くノックした。
「ライラ?今日、一緒に出かけないか?」
声が廊下に響くと同時に、空気が少し動いた気がした。
『9:47』
日曜日の朝、ライラと一緒に街を歩いていた。本当に誰もいないような静かな通りで、雲一つない青空と周りの静寂が、なんだか自信を与えてくれる。
でも、罪悪感もあった。
ライラを連れてきたのは、アンジュを呼び出すためだった。でも実際には、これからひかりと過ごす時間の方が圧倒的に長くなる。分かっていた。それでもライラを巻き込んでしまったのだ。
「なあ、ライラ」
歩きながら、正直に話すことにした。アンジュはどこかに消えてしまったし、近くにいないなら今しかない。
「実は...お前を連れてきた本当の理由を話したい」
なぜライラを連れてきたのか、全部説明した。
ライラは少し悲しそうな表情を浮かべたが、最終的には理解してくれたようだった。
「分かった...」
小さくそう答える声に、申し訳なさが増した。
約束の場所に着くと、ひかりが道路脇の縁石に腰を下ろしていた。
俺に気づくと、すぐに視線を向けてくれたが、その目はすぐにライラの方へと移った。
そして、次の瞬間――ひかりが小走りで近づいてきた。
ライラが一瞬びくっとして、後ろに隠れた。その仕草があまりにも可愛らしくて、思わず苦笑してしまう。……まあ、無理もないか。ひかりの目は、まるで獲物を狙う猛獣のように鋭かった。
「な、なんだよあの目……」
ひかりが顔を近づけて、ライラをじっと見つめながら、にやりと笑った。
「なにこの可愛いクリーチャー!?誰!?」
ひかりがライラの頬を引っ張り始めた。
「えっ……あ…あ…」
こういう光景、前にも見たことがある。気まずい笑みしか出てこない。でも、確かにライラは見てるだけで可愛らしい。あの独特な甘い雰囲気が、周りの人間に「可愛い」って言わせたくなる何かを持ってるんだ。
突然、ひかりがライラから手を離してこっちを睨みつけた。
「で、この子誰よ?」
「俺の妹だ。ライラ」
ライラが再び俺の背中に隠れる。その仕草にひかりがまた反応しかけたが、慌てて首を振って怒った表情に戻った。
「冗談でしょ?どう見ても似てないじゃない!」
「それは...養子だからだ」
それを聞いて、ひかりが何度も瞬きを繰り返す。理解するまでに時間がかかってるのか、それとも元々こういう性格なのか。まだ判断がつかない。
腕を組んで、ひかりが言った。
「で、なんで妹連れてきたのよ?わたしたち、昨日と同じことするんでしょ?危険よ」
その通りだった。どうしてこんな重要なことを見落としていたんだ。ライラを見ると、彼女が何かを察したようだった。
「待って、お姉さん...わたし、邪魔しませんから。一緒に連れて行ってください」
ライラの言葉に驚いたひかりが、諦めたようにため息をついた。
「分かった。ついてきて」
ひかりが歩き始める。俺とライラはその後を追った。
でも、やはり霊輝についてもっと詳しく聞いておくべきだと思った。
「なあ、ひかり。霊輝のことは全部知ってるのか?」
「知ってるよ。霊輝がすごく強力だってことは分かってる。でも...あの資料に書かれてることと、わたしの状況は違うんだ」
やはりそうか。ひかりの持つ霊輝は人工的なものだから、本来の霊輝とは性質が異なる。
「じゃあ、影みたいに現れるあいつらと戦ったことは?夢喰いって呼ばれてる連中だ」
ところが、ひかりは眉をひそめて俺を見た。明らかに困惑している。
「何それ?急に変なこと言い出すな」
何かがおかしい。この反応を見る限り、ひかりは夢喰いと戦ったことがない。いや、そもそも夢喰いの存在すら知らないようだ。
これまで出会った少女たちは全員、夢喰いと戦っていた。でも、ひかりの反応は本気だった。冗談を言ってるようには見えない。
ひかりは夢喰いについて何も知らない。
これは奇妙で矛盾していた。夢喰いは霊輝に引き寄せられるはずなのに、なぜひかりは襲われていないのか?
「マジで一度も戦ったことないのか?」
今度はひかりが苛立ったような表情を見せた。
「わたしが何を言ってるか分からないお前にイライラしてる。わたしは戦ったことなんてない。人間だった頃もそうだよ。わたしの話を聞いてたなら分かるはずでしょ」
信じられなかった。
ルーシーも、アナスタシアも、ライラでさえも、霊輝を持った瞬間から戦いに巻き込まれてきた。でも――
お前だけが……戦ってない?
でも、説明を求める前に、周りから騒がしい声が聞こえてきた。
辺りを見回すと、何人もの男たちが俺たちを囲んでいる。明らかに良い意図じゃない。
ライラが俺のシャツを強く掴んでいるのを感じた。一方で、ひかりは全く動じていない。
見ると、俺たちを取り囲んでいる連中の中から、一人の男がゆっくりと歩み出てきた。挑発的で威圧的、そして恐ろしい笑みを浮かべている。ハゲ頭にサングラスをかけた男だった。
サングラスを外しながら、ひかりを馬鹿にするような口調で言った。
「おいおい、これはこれは……女親分様のお出ましじゃねぇか」
明らかにひかりを挑発しようとしているが、彼女は全く動揺していない。
「お前たち誰?どこかのクラブの人?」
ひかりがそう挑発的に返すと、ハゲ頭の男は激怒した。
「俺たちは東牙会だ!覚えとけ、クソガキ!!」
喋るたびに唾が飛び散りそうな勢いだった。
東牙会...最近この辺りでよく見かけるようになった気がする。いや、もしかしたら俺の思い込みで、元からこの場所ではよくあることなのかもしれない。
でも、何かが引っかかる。なぜ東牙会の連中がますます頻繁に現れるようになったんだ?
とにかく、今の俺の優先事項はライラを危険から守ることだ。
緊張が高まっていく。
次回、ひかりを巡る出来事が大きく揺れ動く。思いもよらぬ展開が彼女を待ち受け、アレクスはその全てに向き合わなければならない。果たして、彼は彼女を支えることができるのか――。




