紫茜のゲーム
紫さんが突きつける「カードゲーム」という試練。だが、ただの遊びではなかった――運と心理戦の中で、アレクスは信頼を証明しようと挑む。しかし、勝負の行方をかき消すように、場を揺るがす混乱が発生し、ついに“親分”が姿を現す。彼女の真意とは一体何なのか――。
『4月 25日 / 21:07』
数秒間、部屋に沈黙が落ちた。紫さんは下を向いて...考えているのか?
突然、断言するように答えた。
「無理や!」
今度は俺が押さなければならない。あの親分に会う必要がある。
立ち上がって、紫さんと向き合う姿勢を取った。でも、彼女は微動だにしない。ただ振り返って、今度は真剣な表情で俺を見つめた。
「そんなにあの人に会いたいんやったら、お前の信頼を証明せなアカンな」
まるで乗り越えられない壁が立ちはだかったような気がした。でも、紫さんはいつものように微笑んだ。
「ウチに勝つだけや」
勝つ?何に勝つって話だ?
「ゲームの話やで」
もしかして、からかわれているのか?でも、今は何も言わずに聞いておこう。
「お前がウチに信頼を証明したいんやったら、カードゲームで勝負や」
彼女は立ち上がって家具の方に向かい、引き出しの中で何かを探し始めた。戻ってくると、椅子にドスンと座り込んで、小さな黒い金属の箱をテーブルの上に置いた。
俺をじっと見つめている。この状況を楽しんでいるようだ。
「ほら、もう一回座りや~。簡単に説明したるわ」
小さな箱を手に取って開けると、中からトランプの束を取り出してテーブルの上に置いた。
躊躇いながら、再び席に座った。頭の中には疑問が渦巻いている。
紫がカードの束を手に取り、二つに分けた。
「このカードゲームの本来のルールはもっと複雑やから、特別ルールで遊ぼうか」
そう言って、紫さんがカードを机の上に置く。俺が二つの束のどちらかを選ぶのを待っているようだった。
でも、正直混乱していた。カードゲームで俺の信頼度を測るって、一体どういうことなんだ?
とりあえず右側の束に手を伸ばし、カードを取り上げた。
近くで見てみると、思っていたものとは全然違っていた。ポーカーでもなければ、数字と色のカードでもない。もっと違うスタイルで、何かの「モンスター」らしきイラストが描かれている。数字はステータスか何かのようで、それに加えて効果の説明らしきものも書かれていた。
それだけじゃない。このカードを手に持っていると、普通の紙じゃないのがわかる。奇妙な素材でできていて、まるで金属のような感触だった。でも重くはない。
これらのカードは間違いなく変わったものだった。
疑問を晴らすために聞いてみた。
「これは何だ?モンスターカードゲームか?」
紫さんが肩をすくめ、皮肉っぽく笑った。
「このカードゲームは親分が教えてくれたんや。親分が霊輝を調べとった時の研究で発見したらしいで」
手にした札を一枚ずつ見る。どれも全く違う絵柄で、信じられないほど奇妙な生き物が描かれている。
俺がまだ困惑しているのに気づいた紫が口を開いた。
「このカードゲームは『アータロス』って呼ばれてるんだ」
そんな名前、聞いたことがない。
紫は手札をシャッフルし始めながら説明を続けた。
「ルールは簡単やで~」
何を出すか決めるように札を眺めている。
「4枚のカードを選んで、裏向きに置くんや」
そう言って、別の札を一枚テーブルに置いた。
「各カードには『ウォー』と『マヒア』って2つのステータスがあるねん。カードが裏向きの状態で、めくる前にこのどっちかを宣言するんや。その値で相手のカードと勝負するで」
紫は4枚のカードを取り、テーブルの上に裏向きに置いた。それらをかき混ぜてから一列に並べる。
「分かるか?めくった時に、お前が宣言した値とウチが宣言した値、高い方が勝ちや。戦うカードがなくなった方が負けやねん」
手札を見直す。高い値を持つカードを探そうとしたが、ステータスが2つあるということは、『ウォー』で高い値を持つカードを2枚、『マヒア』で高い値を持つカードを2枚見つけなければならないということだ。
「勝ったカードは待機状態になって、次のカードが公開されるまで待つんや。そして次のカードに移る。理解したか?」
ルールを理解しろと言わんばかりの厳しい表情だった。
黙って頷くしかなかった。
このカードゲームは、選んだ数値の力よりも心理戦で相手を読むことが重要なのかもしれない。そう思いながら、紫さんを見つめた。まだあの自信に満ちた笑顔を浮かべている。やることなすこと全てに確信を持っているようだが、突然何かを思い出したような表情になった。
「あ、そうそう。もう一つルールがあったわ~。カードが負けた時、山札から一枚引けるんや。もしそれがバトルカードやったら、二つの能力値のどっちかを宣言して出せるで。そうじゃなかったら...まあ、敗北に一歩近づくだけやな」
簡単なゲームだと言っていたが、もう十分複雑で勝負を決めるのに足りるルールが揃っていた。
カードを手に取り、テーブルに置く。シャッフルして、紫さんのカードの下に一列に並べた。選んだカードの内容は把握している。ウォーのカードが二枚で、どちらも2000ポイント以上。残りの二枚はマギアで、3000ポイント以上だった。
問題は、裏向きになったカードが高い数値を持っているかどうかを当てることだ。
「よし、準備完了...始めようか」
そう言った紫さんは、本当に楽しそうだった。
「始めなさい!」
紫さんの声が響く。
深いため息をついて、列の最初のカードに指を置いた。このカードバトルはもう始まっていた...いや、彼女と出会った時からずっと戦っていたのかもしれない。これは運命だったのかもしれない。
「宣言、ウォー」
カードを裏返す。ウォーの値は2300。高い数値だが、紫さんの宣言次第だ。
彼女は微笑みながら自分のカードに指を置く。
「あらあら、運がいいねぇ...宣言、マヒア」
カードを裏返した。マヒアの値は1200。
「ちっ」
舌打ちが聞こえる。最初のカードを失ったが、デッキから新しいカードを引かなければならない。
「クソ、バトルカードじゃねぇ...」
負けたカードと一緒に引いたカードを脇に置く。
この最初の勝利に油断はできない。今度は次のカードの番だ。
次のカードに指を置き、深く息を吸う。
「宣言、マヒア」
カードを裏返す。マヒアの値は3100。またしても正確な値を当てた。
紫さんは驚いた表情を見せたが、すぐに平静を取り戻した。
「あんたのカードは強いけど、ウチは確信してるで。次のカードこそが切り札や」
紫さんがそう宣言した瞬間、頭の中で疑問が湧いた。なぜそんなに確信を持てるんだ?統計的な知識でも使ってるのか?
カードをひっくり返しながら、彼女は続けた。
「宣言、ウォー!」
出てきたカードのウォー値は3100。俺のカードと同じ数値だった。
「なんだって...」
「なんや残念やなあ。お互いのカードが消えてまうで」
紫さんが皮肉っぽく笑いながら、自分のカードを脇に置いた。俺も同じように処理したが、まだチャンスはある。山札から一枚引けばいい。
だが...
「これは...」
引いたカードはバトルカードじゃなかった。実際のルールとは違うらしく、何かサポート系のカードのようで、説明文だけが書かれている。そういうタイプのカードなんだろう、きっと。
そのカードは一旦置いておいて、紫さんが山札から引いた。
「まあ、これで少しは帳尻が合うかな」
にやりと笑って宣言する。
「マヒア宣言や!」
新しいカードのマヒア値は1300。
現在の状況を整理すると、両者とも場に3枚のカードがある。俺は表向き1枚、裏向き2枚。紫さんも同じ状況だ。
思っていた以上に、このカードバトルは複雑だった。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。次のカードに手を置いた。
「...宣言、マヒア」
カードをひっくり返す。マヒアの値は1900。ウォーの値が2500だったから、失敗だ。
しまった...このままじゃ負ける。
紫さんは俺の焦った様子を見て、笑いを堪えているようだった。
「宣言、ウォーや」
彼女がカードをひっくり返すと、ウォーの値は3000だった。
また負けた。状況がさらに悪化した。
デッキから一枚引く。中身を見る勇気がなくて、そのまま手に取ってゆっくりとひっくり返した。
...バトルカードだ。値はそれほど高くないが、少なくとも防御には使える。
「宣言、ウォー」
テーブルに置いたカードのウォーの値は1600。マヒアの値は500だった。
紫さんは、これが最後だと分かっているようだった。最後の一枚で勝負が決まる。
俺の負けで終わる。そう思った時、外から大きな音が聞こえてきた。
あまりにも騒がしい音で、紫さんも俺も無視することができなかった。
紫さんが急に立ち上がって、扉に向かって走り出した。勢いよく扉を開けると、俺も後を追って外に出る。
何が起こっているのか確かめようと覗き込んだ瞬間、目の前に広がったのは完全な混乱状態だった。テーブルは倒れ、ゲームのチップやポーカーカードが宙に舞っている。少し先では大勢の人間が輪になって集まり、殴り合いの音が響いていた。
「何やってんだ、てめぇら!?」
紫さんが怒鳴った。でも、誰も振り向こうとしない。
それが更に彼女の怒りを煽ったようで、近くにいた男の襟首を掴んで引き寄せる。
「おい、てめぇ!何が起こってるか教えやがれ!」
男は紫さんに怯えながら答えた。
「あ、あの小娘たちが急に暴れ始めて...」
紫さんは男を乱暴に地面に放り投げると、怒りを滲ませながら喧嘩の輪に向かって歩き出した。邪魔な連中を次々と押しのけて道を作っていく。
俺も後ろから付いて行く。
そして、そこで見たものは...
ルーシーとアナスタシアが、近寄ってくる男たちを次々と倒している光景だった。機敏な動きで、確かに戦闘の知識を保持しているのは嘘じゃなかった。
ルーシーはボクサーのようにパンチを繰り出し、アナスタシアはより自由に動き回りながら小さくジャンプして脚技を使っている。
紫さんでも止められない状況に、突然音が響いた。
拍手だった。
その音が場内全体に響き渡ると、ルーシーとアナスタシアと戦っていた男たちが少しずつ動きを止めていく。
すべてが止まった。
周りの騒音が一瞬で消え去り、静寂が辺りを支配する。ルーシーとアナスタシアが警戒するように辺りを見回した。
パチ、パチ、パチ...
一人だけの拍手の音が近づいてくる。人々が道を空けるように脇へ退いていく。その存在に対して、まるで本能的に従っているかのように。
そして、ちょうど少し先を歩いていた少女がピタリと止まり、俺の目の前で最後にもう一度だけ手を叩いた。
ルーシーとアナスタシアの近くまで来ると、少女は周囲を見渡し、状況を分析するように考え込んでいる。
「誰か説明してくれる?ここで何があったの?」
しかし、誰も答えない。全員がその少女の前で黙り込んでしまった。
俺は察した。恐らく、いや間違いなく、この少女が紫さんの言っていた親分なのだろう。この状況を見れば明らかだ。誰も彼女の意志に逆らおうとしない。
最初、少女の声は穏やかで優しげに聞こえた。だが、誰も返事をしないことに苛立ったのか、突然不気味な笑みを浮かべた。
そして表情が一変する。
「聞いてんだよ、クソ役立たずども!何があったって聞いてんだろうが!」
声のトーンも、話し方も、まるで別人のように変わっていた。
周囲の人々がざわめき始め、ひそひそと何かを囁き合っている。
そして次の瞬間、全員が声を揃えて叫んだ。
「申し訳ありません、親分!」
一斉に頭を下げる群衆。
疑う余地はなかった。この少女こそが、俺が探していた親分その人だった。
突然、あの親分がこっちを振り返った。
鋭い視線が俺を貫いてくる。でも、それだけじゃない。何か奇妙な感覚も一緒に伝わってきた。
視線が交差した瞬間、少女の表情が変わった。何かに気づいたような、驚いたような顔をしている。
カツカツと、ヒールの音が響く。
俺に向かって歩いてきやがる。
「お、おい...」
緊張で声が震えた。少女は俺から視線を外さずに、まっすぐ近づいてくる。
そして、俺の目の前で止まった。
近い。やけに近い。まるで抱きつこうとしているみたいな距離だ。
「……ん~……ふぅん」
少女が何かを分析するような音を出している。
こんなに近くで見ると、詳細がよく分かる。髪は紫色で、サイドポニーテールに結んでいる。身長は俺より少し低い。服装は...カジノのディーラーみたいな格好だ。黒いスカートに、深紅のベスト。
親分って呼ばれてる割には、従業員みたいな格好してるな...
分析が中断された。
少女がもっと顔を近づけてきたからだ。
息遣いが聞こえる。吐息が肌に触れる。
「ちょっと待て...」
そこで止まらなかった。
少女は俺にもっと近づいて、ついに体を密着させてきた。完全に抱きついている状態だ。
「お、おい!何してんだよ!」
心臓が跳ね上がった。
「……あああっ」
思わず、情けない声を漏らしてしまった。すると、彼女は目を丸くして——そして、くすっと笑った。
その笑い方はどこか子どもっぽくもあり、獲物を弄ぶような余裕すらあった。完全にペースを握られている……!
「なに、その反応。面白~い」
その目がさらに近づいて、唇が耳元に触れそうな位置で囁かれるように言われた時、鳥肌が立った。
まるで猫が鼠をもてあそぶみたいだ。いや、俺が鼠役ってことか……?
突然、彼女が俺の首に腕を回してきた。
これは...抱擁のような、でも何か違う奇妙なポーズだった。なぜだか分からないが、この状況が妙に居心地悪い。汗が出始めて、心臓の鼓動が早くなってきた。
「ちょっと、アレクスくんから離れなさいよ!!」
この奇妙な状況を遮る声が聞こえた。ルーシーだった。怒った表情で近づいてくる。彼女の後ろにはアナスタシアがいて、ただ観察しているだけだった。
俺を抱きしめ続けている少女は、二人を見て首を少し傾げた。何か困惑しているようだった。
ルーシーがイライラしながらその少女に近づいて、腕を引っ張り始めた。
「なによこれ?どうして動かないの?」
どんなに引っ張っても、その少女の腕は一ミリも動かせないらしい。ルーシーがついに彼女の腕を引っ張るのを諦めて。
「知り合いか何か?」
頷いた。まだ神経を抑えようとしていた。彼女がまだ俺を離さないで、こんなに近くにいると、もう限界に達しそうだった。
自分で言うことにした。
「あの...少し離れてもらえるか?その...この体勢は少し...問題があるんだ...」
少女はため息をついて、俺から離れた。失望の表情が浮かんだ。
一体何だったんだ?なぜ突然俺を抱きしめたんだ?何を考えればいいのか分からなかった。
その少女は周りを見回してから言った。
「大体状況は分かった...お前たちが原因よね?」
ルーシーが先に口を開いた。明らかに苛立っている。
「ちょっと待ってよ!あたしたちは何もしてないわ。向こうが先に始めたのよ!」
でも、その少女はルーシーの反論なんて気にも留めなかった。
「紫。こっちに来なさい」
ルーシーの顔がさらに険しくなった。歩いてその少女の横に立つ紫さん。また彼女が親分だということを見せつけられた。
「彼らと話したいの。みんなにここを片付けるよう言って、それから部屋についてきなさい」
明らかに命令だった。紫さんは不満そうで、その命令に従いたくなさそうだったが、突然振り返って大声で叫んだ。
「聞けや、このアホ共!30分以内にここ、きれいにせーや!」
全員が一斉に「はい!」と答えて、すぐに動き始めた。
紫さんが俺を見た。怒りを押し殺しているのか、それとももう感情なんてないのか。
「ついてこい...」
歩き始める紫さんの後ろを、あの彼女が続いた。
俺はルーシーとアナスタシアを見た。少し困惑していたが、俺たちも二人の後を歩き始めた。奥の方にある廊下に向かっている。そこには場違いな木の扉があった。
次回、アレクスと“親分”の対話が描かれる。彼女が隠す真実とは?そして、その出会いはアレクスと仲間たちの未来をどう変えていくのか。新たな緊張と謎が、物語をさらに深く導いていく――。




