鳴羽界隈の影
次の少女を探す旅はますます困難を極め、アンジュとの距離も広がっていく。そんな中、物語は一瞬ルーシーの視点へ――エミリーとの対峙で、ぶつかり合う感情が揺れを生む。その影響はやがて全体に広がり、不穏な気配と共に謎はさらに深まり、答えは霧の中へと消えていく……。
『4月 22日 / 7:12』
部屋の中で制服を着終えて、学校に行く準備は整っていた。でも、その前にアンジュと話さなければならないことがあった。
「アンジュ、出てきてくれ!重要なことがあるんだ」
影の中からアンジュが現れた。いつもとは違う、不自然に真面目な顔で、何も言わずに俺を見つめている。
「次の女の子を探すのは、どこから始めればいいんだ?」
アンジュは困惑したような表情で俺を見た。多分、昨日のルーシーのことについて聞かれると思っていたのだろう。でも、アンジュを気まずい思いにさせたくなかったから、今は次の女の子のことだけに集中することにした。
「ごめんね、アレクス。でも本当に、次の子を探すのに手がかりが何もないのよ」
そう言った後、アンジュは黙り込んで俺から視線を逸らした。でも、俺には心当たりがあった。
「アナスタシアが前に都市伝説みたいなことを話していたんだ。ある女の子に関係する話を。そこから始めてみないか?」
アンジュは肩をすくめただけで、特に意見を言わなかった。本当に今のアンジュは以前よりも距離を置いているような気がする。
スマホを取り出して、アナスタシアにメッセージを送った。
『あの噂についてだけど、どこのことかもう少し詳しく教えてくれない?』
返事は即座に来た。
『本気で鳴羽界隈に行くつもり?』
『もちろんだ!』
その後、返事がこなかった。アンジュは窓の外を見つめたまま何も言わない。
そして、メッセージが届いた。そこには正確な住所が書かれていて、学校を出発点として考えると、電車で30分、徒歩なら50分程度で到着できるようだった。
アンジュが出かけようとする俺を見つめて言った。
「今回は一緒に行けないから...何が起きてるかだけ教えてよ」
眉をひそめた。何か企んでいるのか、それとも別の理由があるのか。でも、アンジュが何を考えているにせよ、今は詮索するつもりはない。
『12:16』
昼休み。いつもの場所で俺、ルーシー、エミリーが食事をしていた。いつものように、エミリーがルーシーの近くにいると、ルーシーは明らかに緊張している。時々ルーシーがエミリーを見ると、エミリーの肩がビクッと跳ねる。
なぜエミリーがルーシーをあんなに避けているのか、そしてなぜルーシーがそれを利用してわざと脅かしているのかが分からない。
誰も話さないので、今日の計画を話すことにした。
「鳴羽界隈に行く予定だ」
二人が突然俺の方を振り返った。
「次の子がそこにいる可能性がある...」
なぜか二人の視線にプレッシャーを感じた。
「それじゃあ、霊輝を探知するのに私の力が必要ってことね?」
エミリーがそう言った時、確かに彼女の力が必要だと思った。でも、俺自身も探知できるようになるべきだろう。
シャツの袖を引っ張られる感覚があって、振り返る。
「アレクスくん、あたしも一緒に行っていい?」
ルーシーだった。彼女を連れて行くのが良いアイデアかどうか分からない。でも、彼女自身が手伝いたいと言っていたし...
「ああ、一緒に来てくれ」
そう答えた瞬間、エミリーの様子が変わった。下を向いて、髪が顔を隠している。
「エミリー?」
呼びかけても返事がない。そして突然立ち上がって、俺を見上げた。怒っているように見えた。そして...
「でも!ルーシー先輩は霊輝と関係ないでしょ!」
叫び声に驚いた。エミリーの声は怒りというより、溜まっていた何かが爆発したような感じだった。拳を握った手が震えている。
くるりと踵を返して、そのまま歩き出した。
「待てよ、エミリー!」
立ち上がって追いかけようとしたが、ルーシーが手を掴んで止めた。
「ルーシー?」
何かを決意したような表情で立ち上がりながら言った。
「あたしに任せて。エミリーちゃんと話してくるね」
ルーシーがエミリーを追いかけて行くのを見送るしかなかった。あの二人の関係を考えると、ルーシーがエミリーと話せるのかどうか...
階段の端に腰を下ろして、二人のことを心配しながら待つことにした。
『12:24 / ルーシー』
エミリーを追いかけて走る。もう教室に入りそうだったから、大きな声で呼んだ。
「エミリー!」
その瞬間、エミリーの肩がびくっと震えた。振り返った時の表情は、いつものように怖がっているような顔だった。あたしがエミリーを見る度に、いつもそんな反応をする。正直、面白くて故意にからかったこともあったけど...今回は違う。きちんと話をしなきゃ。
エミリーの前に立つと、視線を逸らされた。でも、あたしは悪者みたいに扱われるのはもう嫌だった。
「エミリー、どうしたの?アレクスくんって友達じゃないの?なんであんな風に怒鳴ったりしたの?」
でも、エミリーは見た目よりもずっと頑固で内向的だった。
「それは...ルーシー先輩には関係ありません」
その答えにちょっとイラっとした。
「理由があるなら言ってよ!!」
声を上げたあたしを見て、エミリーの目が大きく見開かれた。びっくりしたような顔をしている。
「あたしはただアレクスくんを助けたいだけなの。もしエミリーが彼と何か問題があるなら...」
でも、話し終える前にエミリーがあたしを軽く押してきた。
バランスを崩して数歩後ろによろめく。こんなことするなんて思わなかった。
「...ルーシー先輩...私のこと...分からないと思います...なぜ怒っているのか...だから...」
エミリーの目を見つめる。怒りや憎しみじゃなくて、何かに対する苛立ちのような表情をしていた。
「私のことに...関わらないでください...」
今にも泣き出しそうな声だった。
あの時のエミリーの表情を見て、ふと思った。もしかして、エミリーが感じているのは...嫉妬?
そんなこと言いたくなかったけど、口から出てしまった。
「エミリー、もしかしてアレクスくんを独り占めしたいの?」
エミリーは一歩後ずさりして、顔が真っ赤になった。
「な...な...何を言ってるの?」
その震え声で、あたしの予想が当たったのかもしれない。
「私は先輩をそんな風に...私...私は...」
否定してるけど、明らかに動揺してる。だからあたしは追い詰めることにした。
「アレクスくんに何も感じてないなら、なんで彼があたしの近くにいるのを嫌がるの?」
これでエミリーが怒り出した。ゆっくりとあたしに近づいてくる。怒りを抑えてるような感じで。
「それは...それは違うの!」
まだ否定してる。じゃあ何が気に入らないって言うのよ?
「じゃあ何が気に入らないのよ!?」
声を上げて聞いた。
エミリーはもう必死な顔になって、大声で叫んだ。
「理由はルーシー先輩よ...あなたが嫌いなの!!」
エミリーの強い言葉に、何も言えなくなってしまった。何もできなくなってしまった。
だって...だって思い出してしまったから。あの時の事を。
友達だと思っていた、あの子のことを。偽物の友情を演じていた、あの子のことを。
エミリーの言葉を聞いて、過去を思い出して、涙が止まらなくなった。
「違う...そんなつもりじゃ...私...私...ごめん!」
エミリーはそう言って、教室に走って行ってしまった。
あたしは床を見つめながら、涙を流していた。過去のこと、今のこと、色々考えながら。
まだ間違ってるのかな、人を助けたいって思うのは。
エミリーは、あたしを嫌いになったのかな。また、あたしのせいで。
答えの出ない疑問ばかりが頭の中をぐるぐる回って、すすり泣きを抑えながらアレクスくんのところに戻り始めた。
でも、なんで抑えてるんだろう。あたしだって被害者じゃないもんな。そんなことわかってる。
それに...嫉妬してるのも事実だから。
エミリーだけじゃない。アレクスくんが助けてくれた子たち、これから助ける子たち、みんなに嫉妬してる。
あたしだけの特別になりたいって、そんなわがままな気持ちがある。
だからエミリーがあんな風に感じるのも、あたしのせいなんだ。
嫉妬がこんな結果を招いたって、今更気づいても遅いけど。
目をちゃんと拭いて、アレクスくんのところに戻った。
「何もできなかった」
そう言うしかなかった。
『15:41 / アレクス』
鳴羽界隈へ向かう道。
重苦しい空気が俺を包んでいる。右側にはエミリー、左側にはルーシー。二人とも互いを避けるように目を合わせない。何か言葉を発しようとしたが、下手なことを言えばこの状況がもっと悪くなりそうな予感がして、結局黙って歩き続けた。
数分後、鳴羽界隈の目抜き通りに到着した。
長い直線の歩行者専用道路の両側には小さな店舗と中程度の高さの住宅が立ち並んでいる。
「エミリー、何か感じるか?」
エミリーが一歩前に出て、目を閉じる。しばらくして首を振った。
「何も感じないわ、ここでは」
隠れているのか、それとも本当にいないのか。
「とりあえず、この辺りを歩き回ってみよう」
歩き始めると、この場所は思っていたより心地よかった。人々が小さな店で買い物をしている。すべてが普通で静かだ。それなりに人通りも多い。
でも、この明るく賑やかな雰囲気の裏に何かが隠れているような気がしてならない。
その時、ある店の前に人だかりができているのが見えた。
好奇心に駆られて近づき、一番近くにいた人に声をかけた。
「すみません、何が起こっているんですか?」
年配の男性が興奮気味に答える。
「ここで最高の肉が売られているんだ!しかも割引中だぞ!」
皮肉っぽく笑いながら、ゆっくりとその場を離れた。
何でもなかった。ここは本当に普通の場所のようだ。
失望が胸に重くのしかかる。ここにも何の手がかりもない。噂は結局、ただの噂でしかなかったのか...
そう思った瞬間、誰かが肘で腕を軽く突いた。
振り返ると、ルーシーがすぐ近くにいた。でも、視線は別の方向に向いている。
「ねえ、アレクスくん、もうあれ気づいた?」
小さく指を向けながら、慎重に合図を送っている。指の先を見ると、地面に座り込んでいる連中と、店の壁にもたれかかっている奴らがいた。
よく見れば、いわゆる「不良」って呼ばれる類の人間たちだ。
でも、それだけじゃなかった。ルーシーが目配せと表情で他の場所も示している。
通り全体を見回してみると...
街灯に寄りかかっている奴ら、歩道に座っている連中、通りのあちこちに同じような格好をした危険そうな人間たちがいる。通行人を観察するように。
背筋に冷たいものが走った。
見た目だけで危険だとわかる手合いだ。常識的に考えて、関わりたくない類の人間たち。
でも、この連中が探している少女と何か関係があるのか?
「五分以上探してみたけど、何も感じない」
エミリーが近づいてきて、小声で報告した。
これ以上ここにいても、情報も手がかりも得られそうにない。あの怪しい連中に気づかれる前に、この場を離れるしかなかった。
家路につきながら歩いていると、やはり何かがこの場所に隠されているという確信が消えない。この胸の奥でくすぶり続ける違和感が、俺を苛立たせていた。
「明日もう一度来てみよう」
そう決めた瞬間、隣を歩いていたルーシーとエミリーが反応した。
「あたしも一緒に行くよ!」
ルーシーが元気よく手を上げる。
「私も同行させていただきます」
エミリーも静かに頷いた。
断る理由はない。むしろ、まだ二人の力が必要だった。
「今週はとりあえず、時間がある時にこの辺りを見回ってみよう」
三人で歩きながら、そう提案した時だった。
街の奥、遠くに見えるあの大学が目に入る。アナスタシアが以前話していた場所だ。
なぜか、あそこから視線を感じる。
距離があるせいで、誰かがいるのかどうかも分からない。それでも、確実に観察されているような気配があった。
振り返って確認しようとしたが、やはり何も見えない。
ただ、この感覚だけは消えなかった。
『4月 23日 / 16:42』
再び鳴羽界隈にいた。
昨日と同じように、ルーシーとエミリーと一緒に街を歩く。買い物のふりをしながら、だが。
街中に散らばってる連中が、まだ通行人を監視している。怪しまれるわけにはいかない。
「何か変わったことはありませんか?」
通りすがりの住人に声をかけてみる。でも、皆同じような反応だった。
「特に何も...」
「変わったこと?うーん、思い当たらないなぁ」
エミリーも首を振る。
「何も感じないわ。昨日と同じ」
それでも、何かが隠れているという感覚は消えない。この場所には絶対に何かがある。
場所を変えて、また別の角度から探ってみる。でも結果は同じだった。
時間だけが過ぎていく。
「今日もダメか...」
最終的に、何の成果も得られずに引き上げることになった。
『4月 24日 / 17:52』
今日は鳴羽界隈に行くのをやめた。
あまり頻繁に現れるのは危険だ。代わりに、アンジュに相談してみることにした。
「アンジュ、そこにいるのはわかってる。出てこい」
壁の影からアンジェが現れる。でも、その表情はまだ沈んでいた。
これ以上放っておけない。
話をする時が来たようだ。
心配になって、アンジュに声をかけた。
「どうしたんだ、アンジュ?何があったか話してくれないか?」
目を逸らされた。まだ話す気はないようだ。
「次の子を探すのを手伝ってくれないか?お前なら...」
しかし、首を横に振られてしまった。
「ライラと一緒にいないといけないの...私が守らなきゃ...」
言い訳にしか聞こえない。その回避的な態度にイライラして、語気を強めた。
「アンジュ、もうやめろよ。本当に何があったんだ?助けたいんだ。俺たちは友達だろ?」
その言葉に驚いたような表情を見せた。こちらを見つめてくるが、口は頑なに閉ざしたまま。唇だけが小刻みに震えている。
本当に心配していることを示そうと、立ち上がって彼女の元へ歩いた。そして、肩に手を置いた。
氷のように冷たい。素手で氷に触れているかのような感触に驚いたが、手を離さずにいた。
「俺を信頼してくれ。俺がお前を信頼しているように」
近い距離で見つめ合う。静寂の中、アンジュは今まで誰からもこんなことを言われたことがないような表情を浮かべていた。
突然、肩に置いた手の感触が変わった。冷たさが消え、今度は熱い...いや、熱すぎる。
「あっ...」
思わず手を引いた。アンジュは俺の手を驚いたように見つめ、それから視線を下に落とした。
「……ごめん」
その一言は、どこまでもか細く、遠かった。
それ以上は語られなかった。けれど、その「ごめん」には、無数の言葉が詰まっているようにも思えた。
深追いせず、黙って部屋を出た。
問い詰めたところで、今の彼女からは何も引き出せない――そう判断したのか、それとも、単に俺が逃げたのか。
答えの出ない問いが、階段を降りる足音に紛れていく。
階段を下りながら、苛立ちと不安がじわりと胸に広がる。
何かが噛み合っていない。どこかに、見落としているピースがある気がしてならなかった。
そう思った瞬間、無性に喉が渇いた。
キッチンに入り、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出す。
その冷たさが喉を通る感覚に、ほんの少しだけ現実感を取り戻す。
だが――ふと、視界の端に“何か”が立っている気配を感じた。
身体が硬直する。背中を汗が伝う感覚。
……あの時と同じだ。思考より先に、心が警鐘を鳴らした。
咄嗟に振り向くが、そこには何もない。
ただの静かな午後。カーテンの隙間から柔らかな光が差し込み、冷蔵庫のモーター音だけが響く見慣れたキッチン。
窓ガラスに映るのは、自分だけの姿だった。
「……またか」
今度は、自分の目を疑いたくなった。
睡眠不足か? いや、それだけで済ませていいのか?
(……気のせい、じゃないはずだ。)
拳を握りしめ、窓を睨んだ。
2度も同じ錯覚があるか?
いや、これはもう偶然じゃない。何かが近づいている。いや、すでに始まっている――そう思った。
しかし、時間はなかった。考えるより、動くべきだ。
タオルで顔を拭い、わずかに乱れた息を整えると、キッチンを後にした。
止まりかけた鼓動を叩き直すように、一歩、また一歩と前に進んだ。
次回は、待ち受ける邂逅と予期せぬ出来事が重なり、物語は一層複雑さを増していく。仲間たちとの絆を頼りに、アレクスは新たな真実へと踏み込むが……その先にあるものとは? 出会いと謎が交錯する次の章を、ぜひお楽しみに。




