見えない絆
ルーシーとライラ――霊輝によって似た運命を歩んだ二人の少女。互いの過去や想いを語り合うことで、新たな絆が芽生え始める。そして、仲間たちが少しずつ繋がっていく中、見えない脅威もまた静かに動き出していた……。
『4月21日 / 17:02』
頬に何か柔らかいものを感じて、目を開けた。
最初に見えたのはルーシーの顔だった。
「えっ、なっ……!?」
驚いて勢いよく起き上がろうとしたが、ルーシーが肩を押さえて再び膝の上に押し戻した。
「動かないでよ!」
目を閉じて、ほとんど頬を膨らませるような表情で怒っている。
ああ、そういえば前にもこんなことがあったな。思い出して、つい笑みがこぼれた。続いてため息も漏れる。
ルーシーが目を開けて、じっと見つめてきた。
「あたし、アレクスくんが鎌を呼んでるの見えたよ。その力も手に入れたのね」
「ああ」
頷いた。
「俺はお前の剣を持ってる。アナスタシアが使ってた銃も、それにライラの鎌も」
ルーシーは何も言わず、ただ静かに俺を見つめている。
その視線が妙に落ち着かなくて、目をそらしたくなる。でも、言わなければならないことがある。
「悪い、ルーシー...実はあの鎌を試したかったんだ。アンジュが言ってた『個性』ってやつがあるのか。俺にもライラと同じものがあるのか、知りたくて」
ルーシーは首を振った。
「謝らなくていいよ。今はアレクスくんがその力を背負ってるんだから、謝る必要なんてないな」
理解を示してくれているが、それでも何か申し訳ない気持ちが残る。まだ捨てるべき習慣があるのかもしれない。
ルーシーの隣に座り直した。
「ルーシー、俺は霊輝の訓練をエミリーとやる。自分の霊輝を完璧にコントロールできれば、この武器召喚の副作用に頼らなくて済むからな」
そう言った時、ルーシーの表情が複雑になった。静かに頷いただけで、視線を地面に落として何も言わなかった。
何分か経った後、ルーシーがゆっくりと立ち上がった。
「それなら、あたしも手伝うよ!今度はあたしがアレクスくんを助けたいの!」
突然の結論に驚いて、慌てて立ち上がった。
「ちょっと待て待て、お前を危険な目に遭わせるわけにはいかない」
でも、ルーシーがぐいっと近づいてきた。顔が俺の顔にめちゃくちゃ近い。
緊張で心臓がバクバクした。
「文句は無しよ!あたしが手伝うって言ったら手伝うの!」
...参った。
諦めるしかないな。ルーシーの手助けを考慮に入れなければならない。霊輝の場合、もう彼女は持っていないから、一体どんな手助けをするつもりなんだろう。
その時、ルーシーが視線を逸らして何かを呟いた。
「へへ...これでライバルたちと競争できるわね...へ...へへ」
ロボットが故障したような笑い声が聞こえて、背筋が寒くなった。
何を呟いてるんだ...?
もう遅い時間になってきたので、家に帰る準備を始めた。
「駅まで送ろうか?」
そう言ったのに、ルーシーは動かない。何も言わずに、ただ俺をじっと見つめている。
数秒の沈黙が続いた後、突然口を開いた。
「だめよ!あたしがアレクスくんの家まで送ってく!」
「はあ?」
頭の中で素早く考えた。また住所を知りたがる奴か!緊張しながら何か言おうとしたが、ルーシーが遮った。
「言い訳なんて聞かないからね」
指を俺に向けて、それから胸に当てた。
「アレクスくんの住んでる場所を知ってるのが、あたしがアレクスくんを助ける方法なのよ」
どう聞いても、将来の計画というより言い訳に聞こえる。
諦めて、ルーシーと一緒に家に向かって歩き始めた。
『17:53』
ルーシーが俺の家を見つめている様子を横目で見ていた。まるで中世の城でも眺めているかのように、外観の細部まで食い入るように観察している。その瞳には無防備な好奇心が宿っていた。
「そっか...これがアレクスくんのお家なのね」
声が震えている。小さくため息をついて、リュックの肩紐を握りしめる指に力が入っているのが分かった。本人も気づいていないだろうが、興奮を抑えきれずにいるのが伝わってくる。
「とっても大きいのね」
屋根を見上げ続けるルーシー。その時、強い風が吹いて庭の小さな植物たちが揺れた。そして彼女のスカートも...
いや、何も見てない。何も見なかった。風で何かが舞い上がったなんて、そんなことは一切見ていない。そう自分に言い聞かせながら、悪い考えに屈しないよう必死に自制した。
「ただの普通の家だよ、ルーシー。もう十分見ただろ?中に入ろう!」
緊張で引きつった笑顔を浮かべる。ルーシーを家に招待したことに、まだ緊張していた。心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、ドアノブに手を伸ばした。ルーシーが中に入ることを楽しみにしているのが分かる。
だが、ノブに触れる前に、ドアが勢いよく内側から開いた。
これが何を意味するか分かっていた。まるで「お前の平穏は終わりだ!」と宣告されたかのようだった。
そこに立っていたのはライラだった。笑顔を浮かべていたが、すぐにルーシーに視線を移し、数瞬間驚いたような表情で彼女を見つめていた。
扉の向こうにライラが立っていた。いちご柄のピンクのパジャマを着て、手には何か紙切れを握っている。
そういえば、父さんがライラを迎えに行くって言ってたな。もう病院から帰ってきてたのか。
突然、ライラがその場で膝から崩れ落ちた。まるで舞台の役者が一番ドラマチックな瞬間を演じているかのように。手に持っていた紙切れが宙に舞い、一枚が頭の上に落ちてきた。
「お兄ちゃん、また女の人を家に連れてきたなの」
ライラはルーシーを見て、それから俺を見上げた。目に涙を浮かべながら。
「わたしが帰ってきたのに、もうルーシーお姉さんを家に連れてきてるなの。ひどいなの!」
頭に乗っかった紙を取ってみる。絵が描いてあるが、切り抜いたような...まさか折り紙?何にせよ、泣いているライラを何とかしなければ。
「泣くなよ、ライラ。お前が退院したこと、もちろん嬉しいぞ」
すすり泣きが止まって、ライラがじっと俺を見つめた。
「でも前にエミリーが来たけど、あの子はわたしの友達だから大丈夫なの」
無邪気に微笑むライラ。しかし、背後からルーシーの視線が突き刺さるのを感じた。
「そっか...エミリーもアレクスくんの家に来てたのね...ふふ」
ルーシーの笑い方が恐ろしく聞こえて、冷や汗が出始めた。その笑顔は信じられないほど柔らかいのに、声のトーンには微かに棘がある。思わず背筋をピンと伸ばした。
ルーシーの視線がやけに重く感じて、慌ててライラの元に駆け寄った。手を伸ばして立ち上がらせようとしたその時だった。
「うっ...うぅ...」
慌てて手を伸ばすと、ライラは玄関の床にわざとらしく転がり、ドアの靴箱の角に「危うくぶつかりそうになった」風を装った。そして、涙なんか出ていないのに、袖で目を拭う仕草まで完璧だ。
「大丈夫よ、お兄ちゃん!」
急に立ち上がったライラは、まるで舞台に立つ役者のように両手を広げた。
「ライラはルーシーお姉ちゃんを責めたりしないの!だって、ルーシーお姉ちゃんも同じような状況にいたって、分かってるんだから!」
観客に向かって語りかけるような、そんな大げさな演技だった。
一体どこでこんな演技を覚えたんだ?
パチパチパチ...
「すごいじゃない、ライラ!演劇部に入ったら絶対活躍できるわよ」
ルーシーが拍手しながら褒めていた。
「本当なの?!」
ライラの目が一瞬でキラキラと輝いた。ルーシーの手を取って、上下に振り回している。
「ありがとう、ルーシーお姉ちゃん!わたし、大きくなったら演劇部がある学校に入るの!」
なんだこの光景は。ついさっきまでライラはルーシーを家に受け入れたくなさそうだったのに、今では親友みたいに話している。
「さあ、入りましょう」
ライラがルーシーの手を引いて、一緒に玄関に向かって歩いていく。
俺はその後ろ姿を見ながら、大きくため息をついた。
...ライラって、昔からあんなに演技が得意だったっけ?
ライラとルーシーの後について居間に入ったとき、ソファに座っているアンジュの表情に目が留まった。
恐怖。
アンジュの視線はルーシーに釘付けになっている。まるでルーシーを恐れているかのように。でも、ルーシーはアンジュの存在に気づくことなく、そのまま横を素通りしていく。
アンジュの視線がルーシーを追っていたが、その恐怖は瞬時に悲しみに変わった。うつむいてしまう。
「どうしたの、アンジュ?」
ライラが心配そうにアンジュに近づく。でも、アンジュは答えない。
そのとき、初めて見た。アンジュの表情に、わずかな怒りが浮かんでいるのを。
次の瞬間、アンジュは影と融合して姿を消した。消える直前、その表情は怒りというより...悲しみに見えた。
「待って、アンジュ!」
ライラが手を伸ばしたが、もう遅い。
「どうしたの、ライラ?なんで何もないところに話しかけてるのよ?」
ルーシーが困惑している。当然だ。彼女にはもうアンジュが見えない。
ライラがルーシーを見つめて、何かを理解したような表情を浮かべる。ルーシーがもう霊輝の持ち主ではないから、アンジュを見ることができない。
そのことが分かった瞬間、ライラの目に涙が浮かんだ。
「わああああ...ルーシーお姉ちゃん、もうアンジュが見えないの...霊輝がなくなっちゃったから...わああああ」
ソファに座り込んで泣き出すライラ。
「えっ?」
驚いたルーシーが慌ててライラを抱きしめる。
俺もライラの反対側に座って、彼女を落ち着かせようとした。
「ライラ、ルーシーとアンジュが話せるようになってほしかったのか?」
ライラが涙を流しながら頷いて、ルーシーの胸に顔を埋めた。ルーシーを見つめるが、何を言えばいいのか、何を考えればいいのかも分からない様子だった。ライラの善意はむしろ逆効果になってしまった。ルーシーがアンジュに会うのはもう不可能だし、それどころかアンジュ自身も...あの最後の表情、完全に消える前の視線を思い出すと、彼女も苦しんでいるのかもしれない。この状況はアンジュにも影響を与えているようだ。ライラはただみんなが友達になってほしかっただけなのに、少なくとも今は不可能に見える...
ルーシーは状況を理解しようとしながら口を開いた。
「アレクスくん、ライラちゃんが言ってるアンジュって...まさか...」
頷いて、俺とライラがアンジュを見ることができる理由と、ライラが彼女の友達であることを説明した。
ルーシーは考え込んでいた。話で聞いた通りのアンジュなら、霊輝を得た時に一度だけ見たことがある。会話はしなかったし、ただ一瞬見つめ合っただけだった。それでも、ルーシーはアンジュを憎んでいるようには見えなかった。
「ライラちゃん...アンジュは良い人なの?」
ライラは素早く頷いた。まだルーシーに抱きついたまま。
ルーシーは満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、アンジュにあたしと友達になりたいって伝えてよ。会えないかもしれないけど、きっと仲良くなれると思うな」
ルーシーがそう言うと、ライラはさらに強く抱きついて頷いた。
「うん!いつか、なんとかしてアンジュちゃんとお話しできるようにするなの!」
静寂が居間に落ちた。テレビのコマーシャルの音だけが響いている。
しばらくして、ライラの様子が落ち着いてきた。突然振り返って俺の方を見る。
「お兄ちゃん、パパはわたしを送ってきた後、お買い物に行ったなの」
今になってそんなことを言い出すとは。
「それ、何時頃だった?」
ライラは考え込んで、うーんうーんと唸り声を上げている。でも結局...
「覚えてない!」
はぁ、とため息をついた。ルーシーを見ながら考える。あとどのくらいここにいるつもりなんだろう。父さんが帰ってきて彼女を見たら、確実に面倒な説明をしなければならなくなる。しかも、父さんが変な結論に達するのは目に見えている。
そんなことを考えていると、いつの間にかライラが居間から出て行っていた。ルーシーは辺りを見回して、部屋の細かいところまで観察している。
何か変なことを言い出しそうな予感がする。
「アレクスくん、見てよ!あの電球、美容室にあるのと同じねー」
案の定だった。
父さんが急に現れたらどうしようと心配になっていた時、ライラが台所から水の入ったグラスを持って戻ってきた。ルーシーに渡すつもりらしい。
「ありがとう、ライラちゃん」
ルーシーが手を伸ばそうとした瞬間、ライラが驚いたようにグラスを引っ込めた。
「え!これはわたしのなの!」
ルーシーの手が宙に浮いたまま固まった。緊張で汗をかきそうな顔をしている。
「持ってくる」
慌てて立ち上がって台所に向かった。ルーシーの分のグラスに水を注ぎながら、父さんのことを考えずにはいられなかった。もしルーシーを見つけても、友達とか同級生だって言えばいいだけだろう。そんなに問題になるはずがない。勝手に心配しすぎているだけだ。
急いでリビングに戻ると、空気が変わっていた。
ライラはソファでクッションを抱えている。ルーシーは緊張した様子で、部屋は静まり返っていた。テレビの音量まで小さくなっている。
さっきのあの態度の後でも、まだ距離を感じるのか?
二人がもっと話せるのは、今がちょうどいいタイミングかもしれない。
「おい、ルーシー、ライラと話してみたらどうだ?二人とも...えっと、霊輝のことでも話せるだろ」
そう提案してみると、ルーシーが俺を見てから、ライラの方を向いた。
「ライラちゃん、あたしが霊輝を持ってた時、お腹空かなかったの、知ってる?」
ライラがさらに顔を上げて、ルーシーを理解するような目で見つめながら、小さく頷いた。
「分かるの、ルーシーお姉ちゃん。わたしも何も感じなかったなの」
ライラが立ち上がってルーシーの隣に座ると、二人は霊輝の持ち主だった頃の感覚について話し始めた。生きているという実感が持てなかったこと、お互いがその感覚を理解し合えることで、徐々に会話が弾んでいく。
時間が経つのも忘れて、俺は二人の会話に聞き入っていた。
その時、玄関のドアが開く音と父さんの声が聞こえてきた。
一気に緊張が走る。胃に穴が開いたような感覚になった。
父さんが居間に入ってくると、すぐにルーシーに視線を向けた。その間にライラがソファから飛び降りて、父さんに駆け寄る。
「お父さん!」
でも父さんは驚いた様子でルーシーを見つめている。
俺は兵士のように背筋を伸ばして立ち上がった。
「父さん、彼女はルーシー、俺のクラスメートです」
ルーシーも慌てて立ち上がって、まるで兵隊みたいに直立不動になった。
「あ... 私、ルーシーって...よ、よろしくお願いします」
声が震えてる。緊張しすぎだろ。
父さんはその様子を見て笑い出した。
「はは...そんなに緊張しなくていいよ。アレクスの友達はこの家にいつでも歓迎だから」
父さんの優しい言葉で、ルーシーの肩の力が抜けた。見てて分かるくらい、一気にリラックスしてる。
「アレクスの面倒を見てくれてありがとう。きっと迷惑をかけてるだろう」
おい、何を勝手に決めつけてるんだ。
「そんなことないよ!アレクスくんはあたしをたくさん助けてくれたな」
ルーシーがすぐに否定してくれた。ありがたい。
父さんは腕を組んで、ちょっと考える素振りを見せた。
「...そうだ、夕食を一緒に食べていかないか?」
「だ、だめだめ!」
ルーシーが両手をブンブン振って、頭も一緒に振った。
「ご迷惑をおかけしたくないな」
「迷惑じゃないよ、ルーシーさん」
父さんが優しく言ったけど、ルーシーは俺を見た。頬が赤くなってる。
でも、突然カバンを掴んで歩き出した。
「お邪魔しました。失礼します」
深々と頭を下げて、そのまま玄関へ向かってしまった。
父さんは出て行ったドアをじっと見つめて、首をかしげた。
「控えめな子だな」
それから俺を見て言った。
「おい、せめて駅まで送ってやれよ」
苦笑いが出た。確かにそうだ。
足を動かして、ルーシーを追いかけることにした。
家を出てルーシーを追いかけたが、どれだけ歩いても見つからなかった。もしかして走って逃げたのかもしれない。あいつは俺より速いからな。
諦めて家に戻り、ソファに身を投げ出した。キッチンから父さんとライラの声が聞こえてくる。もう夕食の準備を始めているらしい。
とりあえず今は明日からのことを考えなければならない。四人目の女の子を探し始める必要がある。それに、さっき戦った夢喰いの行方も分からないままだ。ルーシーの存在に気づいて逃げていったが、まだどこかにいるはずだ。
そして、アンジュの様子もおかしかった。何かに影響されているようだったが...
全ての問題の仕上げとでも言うべきか、霊輝の修行もまだ残っている。
「はあ...」
やることが山積みで、疲れのため息が漏れた。考えれば考えるほど、やらなければならないことが増えていく。
立ち上がってキッチンへ向かおうとしたその時だった。
視界の端に、ふと何かが映った。窓の外、少し離れた場所に……誰かが立っていたような気がした。
「...気のせいか」
そう思い直して、キッチンに向かった。
次回からは、四人目の少女を探す物語が始まる。しかし、順調には進まない。アンジュの様子はどこかおかしく、なぜか力を貸すことができなくなっていた――いったい何が起きているのか? 霊輝の真実に迫る新たな展開をお楽しみに。




