押し付けられた宿命
ウィリアムとの出会いを通じて、エミリーの家族と彼女が背負う運命の一端が明らかになっていく。
その中で交わされる言葉が、アレクスの決意をさらに強くしていく――。
『4月18日 / 7:57』
ウィリアムと握手を交わしながら自己紹介をした。
「アレクスさん、それでうちたちの会社について何を知りたいんだ?」
相変わらず世界中の自信を持っているかのように笑顔を浮かべている。素早く考える必要があった。何とかして上の階に連れて行ってもらう方法を。
「会社の構造について知りたいんです...各階がどう組織されているか、その辺りを」
緊張で笑顔を作りながら答えた。額に汗が滲み始めるのを感じる。それでもウィリアムは笑顔を崩さない。
「なるほどなるほど、うちの施設を見学したいってことか。それなら付いて来い」
歩き始めたウィリアムを、緊張しながら後に続いた。
「一人の学生に見学案内するなんて珍しいな。それにこの街は色々語ることがあるんだ、歴史に満ちた場所だからな」
街について話すウィリアムは楽しそうに見えた。でも、エレベーターに近づくにつれて、まず上の階に行くよう主張する必要があることを分かっていた。
「上の階から先に見せてもらえませんか?」
ウィリアムが困惑した表情で振り返る。
「上の階を先に見たいって...でもあそこには現社長の事務所と、もちろん副社長の事務所しかないぞ」
この事実に興味を引かれた。そこでエミリーの霊輝を感じているのだから。
それでも俺は食い下がった。
「えーっと、そうか。あそこが社長の執務室なのか。そこから始めるのは...どうかな?」
内心では緊張していたが、必死に抑えていた。ウィリアムは再び何事もなかったかのように笑顔を浮かべる。
「いいね、じゃあ重役室から始めよう」
エレベーターの扉が開き、二人で中に入る。ジャズのようなクラシック音楽が静かに流れていた。扉が開いた瞬間、感じた。
エミリーの霊輝がとても近い。
ウィリアムが前を歩き、俺を案内しながらエレベーターから出た。場所は思っていたより狭く、薄暗い照明が廊下を照らしている。両側には完全な壁ではなく、中が見えないガラス張りになっていた。
ウィリアムが最初のドアに近づき、何でもないように言った。
「ここがうちの事務室だよ」
思わず驚いてしまった。
「お前の事務室?」
ウィリアムは笑顔を崩さずに答える。
「そうそう、言い忘れてたけど、うちはこの会社の副社長なんだ。はははっ」
まるで何でもないことのように笑い、人生に対してとても落ち着いているか、あまりにも無頓着すぎる態度だった。報道機関の副社長と名乗るには、あまりにも。
ウィリアムが自分の事務室のドアに見入ったまま話し続ける隙に、俺は少しずつ距離を取った。
扉の向こうから、エミリーの気配を感じ取る。でも、なぜここに?一体何が起こっているんだ?
何かできる前に、目の前の扉がゆっくりと開いた。
そこにいたのは...エミリーだった。
お互いの視線が驚きと共に交わった瞬間、先に反応したのは彼女だった。
「きゃあ!!」
つられて俺も叫んだ。
「うわあ!!」
そして、なぜかウィリアムも。
「あああ!!」
いつの間にか俺の横にいたウィリアムを見て、一体いつから隣にいたんだ?
エミリーはウィリアムを指差して詰問する。
「あなたはなんで叫んでるの!?」
ウィリアムは頬を膨らませながら答えた。
「だって、うちもびっくりしたんだ」
エミリーはウィリアムから視線を外すと、抑えきれない怒りを込めて質問を投げかけてきた。
「先輩、ここで何してるんですか?」
後頭部を掻きながら、恥ずかしそうに答える。
「すまん、エミリー。お前を探してたんだ...」
俺たちが普通に会話しているのを見て、ウィリアムが疑問を口にした。
「君たち、知り合いなん?」
エミリーは腕を組みながら答える。
「学校の先輩です」
ウィリアムは天井を見上げて、顎に手を当てて考え込むような仕草をした。ただ黙って考えている。
エミリーは再び俺を見つめ、まだ怒りが収まらない様子だった。
緊張で手が震えながら、エミリーのスマホを取り出して差し出した。
さっきまでの怒った表情が消えて、エミリーが首を傾げる。
「私のスマホ...なんであなたが持ってるの?」
「いつも歩いてる道で拾ったんだ」
そう説明すると、エミリーは納得したような顔をした。
「そっか...車で迎えに来てもらった時に落としちゃったのかも」
その時、エミリーの後ろから女の声が飛んできた。
「何の騒ぎですか?」
エミリーの後ろに立つ女性は、冷たく無関心な視線を向けてきた。髪の色、瞳の色、そして少し面影のある顔立ち...エミリーを思い出させる。
まさか、と思った瞬間、エミリーが口を開いた。
「ママ、先輩がスマホを届けてくれたの」
...母親?
あの冷たい視線を向ける女性が、エミリーの母親だった。なんとか礼儀正しく振る舞おうとしたが、その厳しい眼差しに圧倒される。
「あ、初めまして...」
そこにウィリアムが近づいてきた。
「おっと、出てきたんだね。じゃあ紹介するよ。彼女がソフィーウォルターうちの会社の現社長だ」
その紹介を聞いて、さらに衝撃を受けた。
ウォルター...エミリーの苗字と同じだ。そしてウィリアムも同じ苗字を持っている。ということは、エミリーは会社の社長の娘で、とんでもない上流階級の人間だったのか。
体が硬直し、緊張で汗が滲み出てくる。こんな重要な人物たちの前に立っているなんて。
エミリーの母親が俺から視線を逸らし、ウィリアムの紹介を完全に無視した。
「エミリー、もう先生たちと話したから。これ以上議論したくないの、分かった?」
エミリーは視線を逸らし、母親に何も言わなかった。ウィリアムも、この緊張した状況を見て心配そうな表情を浮かべている。
母親は、それ以上何も言わずに静かにドアを閉めた。
エミリーがその場から離れようとしたが、俺は彼女の後を追い、手首を掴んだ。
「待てよ、エミリー。何が起きてるんだ?ここで何してる?」
エミリーは誰とも目を合わせたくないように視線を逸らし、何も答えなかった。
後ろからウィリアムの足音が聞こえてくる。彼がエミリーに近づき、彼女の高さまで身を屈め、肩に手を置いた。
「エミリー、君のお母さんは君を嫌ってるわけじゃないんだ。とって一番いいことを考えてるんだよ」
エミリーは相変わらず視線を逸らしていたが、何かを堪えるような声で答えた。
「ウィリアムおじさんも、ママがどんな人か知ってるでしょ...でも、それでも...」
エミリーは言いたいことを飲み込んだ。
俺はエミリーが心配で、彼女がウィリアムのことを「おじさん」と呼んだことなんて今はどうでもよかった。その詳細は些細なことだった。でも、二人の会話を邪魔するわけにもいかず、ただ見守って聞いているしかなかった。
「うちもお母さんと話して、説得しようとしたんだけど...あの計画を止める気はないみたいだな」
エミリーは泣きそうな表情を浮かべ、拳を握りしめ、歯を食いしばった。そして最終的にウィリアムを見上げた。
「私はただ...一度でいいから...ママに...私の話を聞いてもらいたいだけなの...一度だけでいいから、私が言いたいことを聞いてもらいたいの...」
エミリーが前腕で目を覆いながら泣き始めた。その悲しげな嗚咽を聞いていると、胸に重い責任感のようなものが押し寄せてきた。助けてやれない自分に対する、もどかしさというか。
「よし!決めた」
ウィリアムが立ち上がって、満面の笑みを浮かべた。
「エミリー、うちは君を全力で応援するで。なんたって、うちの姉ちゃんがどんな人間か分かっとるからな」
絶対的な信頼を込めた笑顔で、エミリーを見つめている。その言葉を聞いて、エミリーの表情が少し和らいだようだった。
俺は正直、二人が何について話しているのか全く理解できていなかった。ただ黙って聞いているしかない。
その時、ウィリアムが突然俺を指差した。
「君、うちの姪っ子の先輩って言うとったな?」
「え... はい」
突然の質問に、情けなく声が裏返ってしまった。
ウィリアムが何かを企んでいるような笑みを浮かべながら、俺の肩に手を置いた。
「せっかく来てくれたんやし、ちょっと手伝うてもらえへんか?」
面倒なことに巻き込まれそうな予感がした。でも、あんな悲しそうな表情をしているエミリーを見ていると、手伝うことくらい別に構わないと思えてきた。
「待っておじさん、先輩を巻き込むなんて何を企んでるの?」
エミリーがウィリアムの意図を察して慌てたように言った。
でも、まだあの企みありげな笑顔を崩さない。
エミリーが俺の方に近づいてきて、ウィリアムに反論した。
「おじさん、どうして私の先輩を信頼してるの? あなた、彼をほとんど知らないんでしょ?」
ウィリアムはエミリーを不思議そうに見つめていた。なぜこんなに動揺しているのか理解できないといった表情で。
「はは...それは確かにそうだね。まだ会ったばかりだ」
短く笑いながら、視線を俺とエミリーの間で行き来させる。
「君が信じる者を、うちも信じる。それだけの話だ」
絶対的な信頼を込めた言葉だった。エミリーは完全に言葉を失っていた。
ウィリアムは本当にエミリーを信頼しているのか、それとも単純にそういう性格なのか。
思わず羨ましく感じてしまった。この人が示す信頼に対して。エミリーの叔父さんは本当にすごい人なんだと思った。
会社の食堂に向かう途中、時計を見て気づいた。
学校には完全に遅刻だ。
諦めてため息をつきながら、エミリーと一緒にテーブルに座った。ウィリアムは向かい側に座っている。
ここで何か重要なことが起こりそうだ。それに、エミリーがここ数日緊張していた理由も分かるかもしれない。
もしかしたら、話すのを避けていたのはこれが原因だったのかもしれない。
ウィリアムは腕を組んで、笑顔を浮かべていた。
俺の方を見て、目を細めた。
「アレクスくん...」
何か重要なことを言いそうだったが、まず俺のことを聞いてきた。
「お前がエミリーの先輩ってことは…三年生なのか?」
無言で頷いた。
「じゃあもう将来のこと考えてるやろ?大学とか、そういうの」
ウィリアムの声が少し大人っぽく、でも優しい調子になった。
思わず視線をテーブルに向けた。分かってる。まだ真剣に考えてない。これから何をしたいのか、転校ばかりしてたせいで、もう大学が近いことすら実感してなかった。将来について、まだ何も決めてない。
ウィリアムが俺の沈黙に気づいたのか、それ以上は追求しなかった。
「まあ、どうでもええけど。ちょっとうち、君のこと知りたかっただけや」
そうだ、これについて考えなければならない。今日でも明日でもなく、今すぐに。それでもウィリアムが話を続けてるから、今はタイミングじゃない...
「君はどう思う?娘を学校から引きずり出して、他の責任を負わせようとする母親のことを」
眉をひそめた。妙な質問だったが、すぐに理解した。
これはエミリーのことを聞いてる。
エミリーの方を振り返ったが、視線を逸らされた。ウィリアムが説明を続ける。
「エミリーの母親が、学校から引き抜こうとしてるんだ。他の責任を果たさせるために」
母親の意図が自分勝手すぎて腹が立った。どうして母親が自分の娘を学校から引き抜いて、他の責任なんかを負わせようとするんだ。
「まあ、率直に言うとな、そうしてる理由は一つしかない」
ウィリアムの表情が変わった。さっきまでの穏やかな顔つきが、急に真剣になる。エミリーを見て何かを確認するような視線を送ってから、驚くような質問をしてきた。
「確認のためだけど...君は霊輝って何か知ってる?」
唾を飲み込み損ねて、咳き込んでしまった。
「先輩!」
エミリーが驚いて背中を叩いてくれる。ウィリアムはまだ真剣な表情のままだった。
「反応を見る限り、霊輝のことは知ってるみたいだな。うちは普段、周りの人間の霊輝なんて分析したりしないんだけど、見ただけで何かしら知ってるってのが分かった」
ウィリアムの言う通りだった。霊輝については十分知っているし、エミリーの叔父さんである彼の方がもっと詳しいのも明らかだ。それに驚いたのは、俺の霊輝を感じ取ったわけでもなく、ただ見ただけで察知したことだった。
ウィリアムの理解力は想像以上に高い。
ウィリアムが何か言いかけた時、エミリーが手を上げた。話したいという意思表示だった。
俺とウィリアムは同時に彼女の方を向く。緊張しているのは明らかだったが、何かを決意したような表情をしていた。
「おじさん...先輩に私から話したいの。ママが私を学校から退学させたい理由を」
その言葉を聞いたウィリアムは、さっきまでの真剣な表情を緩めて椅子に背を預けた。手をひらひらと振って、話すように促している。
エミリーは俺を見つめた。言いたいことがあるのは分かる。でも、まだ迷っているようだった。小さな手がぎゅっと握りしめられているのが見えた。
やがて、震え声で口を開いた。
「先輩...ママは私に家族の跡継ぎになってほしいって言ってるの...」
跡継ぎか。よくある上流階級の家庭の話だろう。でも、エミリーの説明はまだ続いた。
「きっと先輩は『家族の跡継ぎ』って何なのか疑問に思ってるよね?...実を言うと、私もよく分からないの」
声が震え始めた。今の家族での立場を説明するのに、相当苦労しているのが伝わってくる。
「もし私が家族の跡継ぎになったら...他のことをしなければいけなくなる。学校に行けなくなる。友達もいなくなる。普通の生活も...なくなって」
そこで言葉を止めた。下唇を噛んで、最後の言葉を絞り出すように続けた。
「ただの『街の守護者』になってしまうの...」
『街の守護者』って何のことだ?エミリーの言葉の意味がよく分からなくて首を傾げていると、ウィリアムが口を開いた。
「アレクスくん、うちの家族における街の守護者について簡単に説明するよ」
テーブルに両手を置いて、指を組み合わせながら説明を始める。
「街の守護者っていうのは、自分の力を使ってこの街の人々を守るために戦う役割なんだ。うちの家族では、いつも誰かがその責任を担ってきた」
ウィリアムの簡潔な説明で、ようやく理解できた。要するに、エミリーが自分の霊輝を使って街を守るということか。
でも、一体何から守るんだ?
その疑問が頭の中で竜巻のように渦巻き始めた。
「この街は何から守ってるんだ?」
尋ねると、ウィリアムは少し目を逸らした。でも、すぐに答えてくれる。
「色んなものからや。いつでも違った敵が現れる可能性があるからな」
そう言われても、どうも俺が戦っている敵とは違うような気がした。つい、口が滑る。
「もしかして夢喰いとかと戦ってるのか?」
ウィリアムの眉間に皺が寄った。困惑している様子だ。
「夢喰い?それは敵の名前なんか?」
しまった。ウィリアムは夢喰いのことを全く知らない。エミリーの方を見ると、驚いた表情を浮かべている。俺が夢喰いについて言及したことに対してだ。
慌てて取り繕う。
「いや、ただの比喩だ。わかりやすく言っただけ」
ウィリアムは疑問そうな顔のまま頷いた。眉間の皺は取れていない。
突然、口を開く。
「続ける前に、もう一つ聞きたいことがあるんやけど、アレクスくん」
急に真剣な表情になった。視線を一瞬たりとも逸らさない。
「エミリーを助けるために… どこまでできるかな? うちは、君の覚悟が知りたいんだ」
その質問なら、答えは決まっている。前なら迷ったかもしれないが、今ははっきりしている。
「俺はただ、友達が苦しむのを見たくないだけだ」
その瞬間、ウィリアムの目が大きく見開かれた。予想外の返答だったのか、あるいは……何かを思い出したのか。
エミリーはびくっと肩を震わせた。そして――顔を真っ赤にしながら、その場でぴたりと動かなくなる。
「何を言ってるんですか先輩...まだ私の家族のこと全然知らないし、ママがどんな人かも知らないのに...それでも、それだけの理由で私を助けたいって言うんですか?」
震え声でそう言った。
隣にいる彼女をじっと見つめる。まだ頬が赤くなったままだが、それでも俺は助けると決めていた。迷う理由なんてない。
「そうだ、エミリー。辛くて苦しんでるなら、助けたいと思うのは普通だろう?友達を助けたいと思うのは普通じゃないか?それが普通じゃないなら、何が普通なんだ?」
エミリーは視線を逸らしたが、耳まで赤くなっているのが分かった。もしかすると、こんなに親身になって助けようとしてくれる友達がいなかったのかもしれない。だからこんなに恥ずかしがっているのだろう。
ウィリアムの方を振り返ると、今度は懐かしそうな表情を浮かべていた。俺とエミリーのやり取りを見て、何かを思い出したようだった。まるで昔、誰かを同じように守ろうとしたことがあるような、そんな印象を受けた。
次回、ウィリアムが語る言葉が、これまでの流れを大きく変えていく。
アレクスに関わる重要な真実が明らかになり、信じていたことが揺らぐ瞬間が訪れる。
物語の核心に迫る、見逃せない回です。




