孤独と絆
ライラやエミリーとの訓練で得られた新たな力。しかしその翌日、エミリーが忽然と姿を消す。わずかな霊輝の痕跡を辿った先に待っていたのは、予想もしない場所と人物――物語は次の局面へ動き出す。
『4月16日/ 19:44』
その夜、父さんとライラと一緒に夕食を取った。
テーブルでの会話は、ライラがいるおかげで自然と弾んだ。まるで本当の家族のように、ライラが本当の妹のように感じられた。三人でこうして食事をしていると、心が暖かくなる。
ふと、食堂の扉の向こうからアンジュが覗いているのに気づいた。
手招きして入るよう促したが、悲しそうな表情で首を振った。そして影の中に消えていく。
その姿を見て、胸が締め付けられた。
アンジュの中に、俺の一部が映っているような気がした。何かしてやりたい。でも、霊的な存在である彼女に、一体何ができるというのだろうか。
『4月17日/ 15:37』
今日もまた平穏な一日だった。
クラスメートたちと過ごす時間も、この街に、この学校に来てから変わってきている。成長しているのかもしれない。
そんなことを考えながら家路についていると、意外な人物が俺を待っていた。
エミリーだった。
不安そうに俺を見つめ、それから自分の足元を見つめている。
心配になって近づいた。
「どうした?」
エミリーは躊躇うように見えたが、やがて口を開いた。
「先輩...お話があるんです。一緒に歩いてもらえませんか?」
「ああ」
承諾して、二人で家に向かって歩き始めた。
エミリーと並んで歩いていると、何か言いたそうにしているのがわかった。でも、なかなか口を開こうとしない。
もうすぐ別れ道に差し掛かるという時になって、ようやく口を開いた。
「先輩、ライラと出会った日から、とても変わった霊輝を感じているんです」
眉をひそめた。何のことを言っているのかわからない。救うべき少女の一人のことかと思ったが、エミリーは続けた。
「その霊輝、とても奇妙で...冷たくて、不自然なものなんです。アナスタシアさんの霊輝を感じた時よりも、もっと異様で...何かが私たちの近くにいます」
エミリーの表情が心配そうに曇っているのを見て、これが昨日彼女が不安そうにしていた理由なのかと思った。でも、まだ話は終わっていなかった。
「先輩、気をつけてください。あなたを...もしくは私を監視している可能性があります」
その言葉を聞いて、エミリーが感じているものは救うべき少女ではなく、何か別のものだと確信した。でも、一体何なんだ?これまで夢喰いは青い雲としてしか現れなかったし、アンジュからも夢喰いに霊輝があるなんて聞いたことがない。
だとすれば、エミリーが感じているのは何なのか。
本当に心配そうな表情を浮かべている彼女を見て、責任の重さを肩に感じた。何かが俺たちを狙っている。
「教えてくれてありがとう」
なぜか、エミリーはその単純な感謝の言葉に驚いたような表情を見せた。
でも、それ以上何か言う前に、遠くに何かを見つけた。
空を見上げると、青い雲がうねっている。夢喰いだ。また昨日と同じように現れた。最近、こいつらの出現頻度が明らかに上がっている気がする。
「先輩...」
エミリーが俺の視線を追って空を見上げた。彼女も夢喰いに気づいたようだ。
「先輩、あれは...」
心配そうな声で呟く彼女に、俺は答えた。
「あれは夢喰いだ」
エミリーの表情が強張った。でも、俺が学校鞄を下ろして戦闘準備に入ろうとすると、さらに慌てた様子になった。
「先輩!何をするつもりですか?」
エミリーが俺の腕を掴んで止めようとする。でも、俺は彼女の手を振り払うわけにはいかない。
「倒さなきゃならない… あれを放置したら、俺は強くなれない。誰も守れないんだ」
「無茶はダメです!先輩にだって、やっていいことと悪いことの限界があるはずです」
エミリーは俺の腕を離さない。でも、俺は青い雲から目を逸らすことができなかった。
「エミリー、俺が前に夢喰いと戦ったの見ただろう?あれを倒させてくれ」
その時だった。
「それでも軽率すぎます!!」
エミリーがこれまで聞いたことのない大きな声で叫んだ。
その声に、俺の動きが完全に止まった。彼女だけを見つめている。
「...だったら、お手伝いします」
エミリーの表情が変わった。決意に満ちた顔だった。
「別の方法で。先輩に霊輝の制御方法を教えてあげます」
その言葉に、俺は驚いた。エミリーは本気で言っているようだった。
エミリーの言う通りにすることにした。彼女を家に誘い、一緒に歩き始めた。すると、青い雲がふたりを追いかけてくる。
――そして、家に着いた瞬間、その雲はアンジュの結界にぶつかり、べったりと貼り付いた。まるでチューインガムのように。
「これは...」
エミリーが結界を見上げて驚いている。家全体を覆う透明な壁に、彼女も初めて気づいたようだ。
玄関の前に立った瞬間、ドアノブに手をかける前に扉が勝手に開いた。
「お帰りなさい、ア...」
ライラの声が途中で止まる。エミリーの存在に気づいたからだ。
首をかしげて何かを思い出そうとしている。そして突然――
「あああ!!」
その叫び声にエミリーの肩がビクッと跳ね上がった。
「エミリーなの!あの時はありがとうなの!」
ライラがエミリーにお礼を言っている。あの日、レストランに連れて行ってもらったことを覚えていたのか。
ライラの礼儀正しさに少し驚いたが、すぐに視線がこちらに向いた。
「お兄ちゃん、なんでエミリーがここにいるの?」
好奇心いっぱいの表情で聞いてくる。
「エミリーに霊輝の制御を教えてもらう」
途端に、ライラの表情が非難めいたものになった。明らかに不満そうだ。
焦りを感じて付け加える。
「ラ...ライラも手伝ってくれるか?確か、霊輝を扱えるって言ってたよな」
その瞬間、ライラの表情がぱっと明るくなった。
裏庭に向かうため家の中に入ると、アンジュがリビングルームでテレビを見ているのが目に入った。完全に無防備な様子で画面に見入っている。
「人間って面白いのよ。こんな宇宙船って呼ばれるものの中で戦ってるんですもの」
指を画面に向けながら、好奇心たっぷりにテレビを見続けている。アンジュは結構変わり者で、人間世界のことをよく知らないから、放っておくことにした。
エミリーとライラと一緒に裏口から外に出る。エミリーの指示に従う準備を整えた。
「先輩、まずは霊輝を感知することから覚えてもらいたいの。これが一番基本的で、霊輝の使い方の中でも最も簡単なものだから」
念のため軽く準備運動を始める。ライラはただ見ているだけだった。
「霊輝の感知は誰でも覚えられるって、ママが言ってたの」
眉をひそめた。その言葉に疑問を感じて。
「誰でも感知できるのか?」
エミリーが頷く。
「そう。良い指導者がいれば、私たちみたいな霊輝使いじゃなくても、誰でも覚えられるの」
その言葉にはかなり驚いた。霊輝について学ぶたびに、どんどん複雑で理解しにくくなっていく。
突然、エミリーが俺を指差して言った。
「先輩、目を閉じて」
急な指示に驚いたが、すぐに目を閉じる。
エミリーの声だけが聞こえてくる。
「感じて。霊輝があなたの中を流れているのを感じて。体全体にあるから、それを感じるの」
すると、ゆっくりと……体が軽くなる感覚があった。
手のひら、指の先。そこに、微かに流れる“何か”が確かに存在していた。
「……これが、霊輝?」
「そう。次は、それを外に出すの」
「……やってみる」
息を整え、指先に意識を集中させる――
「お兄ちゃん、目、開けてみて!」
ライラの声に導かれ、そっと目を開けると――
目を開くと、手の平に淡い青い光が宿っていた。
霊輝だ。
ついに見えた。自分の霊輝を初めて目にしたんだ。弱々しくて、風が吹けば消えてしまいそうな光だったけれど、確かにそこにあった。
なぜか、ほっとした。
でも、その時だった。
上からドンッと音が響いた。青い雲が結界を叩いている。まるで中に入りたがっているかのように。
手の平の霊輝に反応してるのか?
ふと、奇妙なことを考えた。夢喰いはなぜ霊輝に引き寄せられるんだろう?でも、霊輝は夢喰いを破壊する力でもある。アンジュなら答えを知ってるはずだが、なぜこの詳細を教えてくれなかったんだ?
「先輩、一応言っておくけど、今やったのは霊輝を知覚することじゃないわよ」
エミリーの声で考えが中断された。
「え?」
「先輩は自分の中の霊輝を外に出して、手に投影したの。知覚じゃなくて放出よ」
突然、ライラが興奮気味に口を挟んできた。
「お兄ちゃん、それって霊輝の戦闘での使い方なの!」
混乱した。
つまり、霊輝を手に出したのは、感知することじゃなくて...戦闘用の使い方だったのか?
ため息をついた。失敗してしまったが、少なくともReiki霊輝を手に出すことはできた。これも戦闘で使う時の進歩だろう。
この成果に導かれて、エミリーに声をかけた。
「エミリー、霊輝を出すことができたんだから、使い方を教えてくれないか?」
エミリーは視線を逸らして、俺の提案を断ろうとするかのようだった。
「わたし、戦闘での使い方はあまり知らないの...基本的なことだけ」
そこでライラが興奮して割り込んできた。
「わたしは戦闘で使える方法を知ってるの!覚えてる?」
でも、ライラの言葉にも関わらず、エミリーはまた思考に沈んでいるようだった。数日前と同じような状態だ。本当に何かを心配しているようで、なぜか話したがらない。
イライラしながら言った。
「エミリー、何かあったのか?しばらくそんな調子だけど、何が気になってるんだ?」
エミリーは手を振って否定した。
「何でもないです、先輩!本当に何でもないから...」
しかし、また視線を逸らしてしまった。無理に聞き続けてエミリーを怒らせたくなかった。諦めて質問を続けるのをやめ、訓練の話題に戻った。
「分かった。それなら訓練を続けよう。前に母親から教わったって言ってたな。何を教えてくれるんだ?」
エミリーが不安そうな表情で近づいてきた。その急激な変化に、胸がざわついた。
「先輩、霊輝を戦闘で使うのは、ライラに教えてもらった方がいいかも...彼女の方が詳しいみたいだから...」
ライラもエミリーの奇妙な不安に気づいたようだった。エミリーは皆の視線を感じ、沈黙が場を支配していることを悟った。
「え、えーっと、えーっと、訓練続けましょうか?先輩、霊輝を感じ取れるようにならないと。さあ、もう一度目を閉じて」
混乱しているエミリーの声に、心配になったが、指示に従うしかなかった。
そのまま数時間、訓練は続いた。
『4月18日 / 7:33』
昨日の訓練を思い出しながら学校へ向かう。ようやく霊輝の感知に進歩があった。軽いものだったが、あの奇妙な感覚を掴めた。誰かが背後に立っているのを感じるような、あんな感じだった。エミリーの霊輝を感じた時がまさにそうだった。まだ学ぶことは山ほどあるが。
エミリーが帰った後、ライラと彼女について話した。二人とも同じ結論に達した。エミリーに何かが起きている。
今日は真剣に彼女と話すつもりだった。でも、いつも彼女が待っている場所に着いても、今日は誰もいない。
寝坊したのか、遅刻しているのか。そう思って、いつもの場所で立って待つことにした。
数分経っても現れない。
そうだ、電話番号を知っている。メッセージを送ってみよう。
でも返事がない。既読にすらならない。
もう一通送ってみる。同じだ。
不安が胸を締め付ける。周りを見回すと、歩いている学生たちと自転車に乗っている人だけ。
メッセージじゃなく、直接電話してみよう。
呼び出し音が鳴るが、誰も出ない。もう一度かけても同じ。
その時、近くを通りかかった学生たちのつぶやきが耳に入った。
「あの地面に落ちてるスマホ、さっきから鳴ってるけど誰のだろう?」
「知らないよ。拾う勇気もないし」
心臓が止まりそうになった。
迷わず学生たちに近づいた。
「すみません、どこにスマホが落ちてるって言いました?」
恐怖に震える学生たちが、俺の突然の出現に驚きながらも、あの通りを指差した。エミリーがいつも通る道だと。
それ以上聞く必要はなかった。その通りへ向かって走り出す。走りながらエミリーのスマホに電話をかけた。
コール音が響く。でも、前方の地面からも同じ音が聞こえてきた。
スマホ電話が一台、アスファルトの上で鳴っている。
画面には「アレクス先輩」の文字。
間違いない。エミリーのスマホだ。
手が震えながらもスマホを拾い上げ、ポケットに仕舞う。周りを見回すが、エミリーの姿はどこにもない。
通りの向こうまで走った。車通りの多い大通りに出る。左右を見回しても、やはり何の手がかりもない。
冷や汗が背中を伝った。
でも、今の俺には方法がある。昨日の訓練で覚えた霊輝の感知だ。
目を閉じて集中する。エミリーの霊輝の感覚を思い出そうとした。
あった。
かすかに、とても遠くに、あの暖かい感覚が感じられる。
エミリーだ。間違いない。
もう迷っている時間はない。その方向へ向かって走り出した。
歩行者を避けながら必死に走る。汗が滝のように流れたが、止まるわけにはいかない。
やがて、中規模のビルの前に着いた。ここだ。この建物の中からエミリーの霊輝が感じられる。
建物の上部には大きな電光掲示板があった。『M.Corp.』と表示されている。
何だ、この会社は。なぜエミリーがこんな場所にいるんだ。
車が途切れるのを待って、慎重に道路を渡った。怪しげな建物の前に立つ。
建物の近くで、スーツを着た男が中に入っていくのを見た。中で一体何をしているんだろう。
どうやって入るべきか、それとも入ることすらできるのか。いつものようにアンジュを呼んでみることも考えたが、彼女はライラの世話をしているはずだ。ライラで忙しい以上、頼ることはできない。
まだエミリーの霊輝をあの中に感じている。つまり、どうにかして中に入って、人を説得して入れてもらうしかない。
手を見つめた時、一つのアイデアが浮かんだ。学校の制服を着ているから、何かのプロジェクトをやっていると言えばいいかもしれない。そうすれば入れてくれるかも。
次に来る人を待って、その人に近づくことにした。そう長くは待たなかった。歩いてくる人がいたので、近づいて声をかけた。
「すみません、この建物は何ですか?」
男は立ち止まり、突然の質問に少し驚いたような顔でこちらを見たが、すぐに親しみやすい笑顔を浮かべた。
「ここは市の報道機関の建物ですよ」
報道機関だと聞いて驚いた。ニュースなんて見ないから、これは意外だった。男は俺の質問を不思議に思ったのか、続けて言った。
「もしかして、この街の人じゃないんですか?うちの報道機関は全国でも一番有名なんですよ」
それを聞いてさらに驚いたが、聞いたことがないと首を振った。でも今がチャンスだ。どうにかして中に入る方法を考えなければ。
「俺は王都山高等学校の学生で、企業についてのプロジェクトをやってるんです。最終学年なので、もっと企業について学びたくて...」
うまく説明できていない。自分でもそれがわかった。
男性は少し考え込むような表情を浮かべて、しばらく沈黙が続いた。
「入りたいのでしたら、受付で手続きできるかもしれません。ご案内しましょう」
「ありがとうございます」
男性の後について受付へ向かった。到着すると、受付の女性に何かを説明し始めたが、距離を保っていたため内容は聞き取れなかった。
「こちらへどうぞ」
男性に手招きされて受付カウンターに近づく。
「訪問の理由を教えていただけますか?」
受付の女性は丁寧な口調で尋ねてきた。
再び例の嘘を説明する。今度も相変わらずうまく話せていないが、幸い受付の女性は協力的なようだった。
「少々お待ちください。こちらの待合席でお待ちいただけますか?担当者を呼んでまいります」
「はい、よろしくお願いします」
待合席に座りながら、緊張が増してきた。そもそも嘘をついてここに入り込もうとしている。でも、まだエミリーの霊輝を感じる。上の階のどこかにいるはずだ。
数分後、誰かが俺の方に近づいてきた。
ラフな格好の男が現れた。まるで寝起きかのような、シャツ一枚とスウェットパンツ。
彼の髪は、今まで見たことがないほどボリュームのあるアフロヘアで、思わず目を奪われた。
自分の周りでは見かけない髪型だったから、ちょっと驚いた。
「やぁやぁ、こんにちは~! うちはウィリアムウォルター!」
(ウォルター……? どこかで聞いたような……)
アフロヘアの男が俺の前に立っている。疑問が次々と湧いてくる。報道関係者なのに、なぜこんなにインフォーマルなんだ?なぜこんなに無頓着に見えるんだ?そして何より、その苗字...どこかで聞いたことがある気がするが、思い出せない。
そんな俺の迷いを見透かすように、ウィリアムという名の男が挑戦的な笑みを浮かべた。
「で、何の用だ?学校のプロジェクトとかなんとか聞いたけど」
緊張が走る。この男は簡単には騙せない。そんな直感があった。頭の回転が速くて、社交的な雰囲気を持っている。俺にはないものだ。
でも、もうここまで来たんだ。最上階にたどり着くには、今しかない。
もう決めた。やるしかない。
次回からは、ウィリアムの登場によって少しずつ明かされていく数々の真実。新たな疑問が積み重なり、物語は大きく動き出す。エミリーとライラ、その二人の間にある“何か”とは――。




