偽りのない絆
今回のエピソードでは、ちょっと感情が揺さぶられる場面もあれば、思わず笑ってしまうような瞬間も――。
そしてアレクスが見事(?)ライラを家に引き留めることに成功する。
二人の距離が、また少し縮まる……。
『4月15日 / 18:33』
アンジュの話を聞き終えた時、なんとも言えない気持ちになった。
精霊のような存在なのに、感情を持っている。それも今、必死に否定しようとしているような感情を。
話の中で出てきた「中佐」という言葉も気になった。どうやらアンジュの精霊世界には、軍隊のような組織があるらしい。
でも一番重要なのは、今回起きたことについて、アンジュに本当の責任はないということだった。ライラに起きたことは、アンジュのせいじゃない。
それなのに、まだ自分を責めている。
アンジュについて分からないことはまだたくさんある。でも、今日聞いた話で確信した。
アンジュは悪い奴じゃない。最初からずっと。
黄金の瞳を見つめると、そこには孤独と後悔、そして深い悲しみが宿っていた。
思わず手を伸ばして、アンジュの頭を優しく撫でた。
「なっ、何すんのよ!」
アンジュは困惑したような、少し怒ったような顔で俺を見上げた。
その表情を見ていると、どうしても何か言いたくなった。
「お前らしくないな。もっと、変なことでも言ってろよ。ほら、いつものバカみたいなやつ」
微笑みながら、アンジュがいつものように振る舞うよう促そうとした。この深刻な雰囲気を何とか和らげたかった。
すると、アンジュは俺の手を頭から払いのけ、少し顎を上げて誇らしげな口調で言った。
「見ての通り、私は天才で美しくて...それで...えっと……あ、あと何だっけ?」
アンジュの混乱した様子を見て、思わず笑い出してしまった。自分の意地悪さに任せて、彼女を困らせてしまったことに気づきながらも、笑いが止まらなかった。
「もう、何を笑ってるのよ。私が混乱してるのがそんなに面白いの?」
アンジュが不機嫌そうに言うと、今度は彼女も一緒に笑い始めた。
「ははは!」
その時、アンジュの自然で純粋な笑い声を聞いて、驚きを隠せなかった。こんな風に彼女が笑うのを見るのは初めてで、何か言おうとした瞬間―
リビングの入り口のドアが開く音が聞こえた。
同時に気づいた。
ゆっくりと振り向くと、リビングの扉のところに、ライラが立っていた。
「……ライラ、まだ風呂にいるのかと思った……もう終わったの?」
その瞳が、まっすぐアンジュを捉えていた。
驚きの表情を浮かべ、その後涙を流しながら立っているライラがいた。
「アンジュ!」
ライラはアンジュに向かって駆け寄り、抱きしめた。アンジュは驚きで動けなくなったようだった。
「アンジュ!アンジュ!」
ライラはアンジュを抱きしめながら、何度も彼女の名前を呼び続けた。安堵なのか悲しみなのか、どちらにしても親友に再会できた喜びに満ちているようだった。
「ずっと探してたなの!もう一度会いたかったなの!」
ライラはより強くアンジュを抱きしめながら、そう叫んだ。
アンジュは一瞬、まだショックを受けたまま俺の方を振り返った。でも、俺はただ微笑みを返すだけだった。アンジュが自分を責める必要はない。ライラは彼女の親友で、初めての友達だと彼女自身が言っていた。何も言うべきではないと分かっていた。アンジュはそれを理解するべきだ。
震える手で、アンジュもライラを抱きしめた。二人はソファで抱き合ったまま、何も言わなかった。ライラのすすり泣きだけが居間に響いている。
しばらくそうしていた後、ライラはアンジュから静かに離れた。
「どこに行ってたの?」
でも、アンジュは答えることができずに目を逸らした。その反応を見て、ライラは怒っているようだった。そして俺の方を振り返る。
俺を見つめているのに気づいて驚いた。その視線は怒りと優しさが混じっていた。
「お兄ちゃん、アンジュとはどんな関係なの?」
「え、あ、えっと、それは……その、だから――」
皮肉な笑みを浮かべた。真実を言うべきか?ライラは俺が知っていることの一部を知っているが、何か言う前にアンジュが口を開いた。
「ライラ、私が説明するわよ」
ライラは再び彼女を見つめた。アンジュは、俺と彼女が取り組んでいること――俺がライラを“ロマンティックに征服しなければならない”部分だけを除いて――を説明した。その詳細を省き、アンジュはライラに全てを話したのだ。ルーシーのこと、アナスタシアのこと、まだ会ったことのない他の少女たちのこと。そして、俺がライラを救う者だと。
ライラが改めて俺を見つめた。
「アンジュが見えるなら...霊輝を持ってるってことなの?」
無言で頷く。
ライラは何かを考えるような表情になった。それから立ち上がって言った。
「お兄ちゃんがアンジュのお友達なら、わたしのお友達でもあるの」
優しい笑みを浮かべて、小さな手を差し出してきた。
俺も笑顔を返しながら、その手を握る。
信じられないほど冷たかった。
一刻も早くこの子を助けなければ。そう思わずにはいられなかった。
「それで、わたしをどうやって助けるつもりなの、お兄ちゃん?」
その質問を聞いた瞬間、ソファから飛び上がりそうになった。
正確な方法なんて言えるわけがない。
アンジュの方に視線を向けて、助けを求めた。
アンジュは俺を見つめながら、嘲笑うような笑みを浮かべている。
くそ、さっきの仕返しか。
仕方がない。何か信憑性があって、なおかつライラに近づくチャンスが作れる説明をしなければ。
「お前の持つ人工霊輝は、特定の条件下で除去しなければならない」
ライラは首を傾げた。
「条件なの?」
嘘でもあり、真実でもある。ライラ向けに少し変えた説明を始めた。
「お前に特別な感情的瞬間を起こさせる必要がある。それが人工霊輝からお前を解放する。俺がやらなければならないのは、そういうことだ」
ライラは驚いたような表情を見せた。
「おおー」
まだ困惑している様子だったが、どこか納得したような顔で受け入れてくれたようだった。
一つ確認したいことがあった。
「アンジュ、一つ教えてくれ。ライラには天然の霊輝があるって言ったよな?つまり、ライラは俺やエミリーと同じってことか?」
アンジュは即座に頷くと、腕を組んで立ち上がった。まるで先生が授業を始めるかのように歩き回り始める。
「そうよ、アレクス。ライラは確かにオマエやエミリーと同じ天然の霊輝を持っているの」
でも、偶然にしては出来過ぎている。
「でも、お前は前に俺たちみたいな天然の霊輝は珍しいって言ったじゃないか。なんで俺が知ってる人間だけで、もう三人もいるんだ?」
アンジュは首をかしげ、肩をすくめた。
「分からないわ」
「おい」
するとアンジュは再び動き回りながら説明し始めた。
「確かに彼らの霊輝は見つけるのが難しいものよ。でも、オマエがそう感じるのは、こういうことにどんどん関わるようになったからかもしれないの。だから多すぎるように思えるけど、実際は少ないって私は保証するわ」
なるほど、確かにそうかもしれない。今の俺は超能力やら化け物やらの世界に首を突っ込んでいる。そうなれば、普通の人間が遭遇しないような状況に出くわすのも当然だ。認識が歪んでいるのかもしれない。
そんな考えを巡らせていると、ライラが口を開いた。
「お兄ちゃん……わたしに霊輝のことを聞かれても、答えられないよ。だって、わたしは孤児だもん」
ライラが頭を下げて、それからアンジュを見つめる。
「それに、アンジュに会うまで自分の霊輝のことなんて知らなかったの」
ライラが自分なりに霊輝について説明している。でも、話を聞いていると何か隠されているような気がした。何かアンジュも知らない秘密が、俺とライラの人生に潜んでいるような感覚だった。
そういえば、レストランでライラが言っていたことを思い出した。霊輝を教えてくれた男のことを。
「ライラ、前に霊輝を教えてくれた男がいるって言ってたよな。具体的に何を教わったんだ?」
ライラは顎に手を当てて考え込む。
「んー...そのおじさんは霊輝を操ったりコントロールしたりする方法を教えてくれたの。わたしたちの霊輝は戦闘タイプらしいから、そのための使い方を教えてもらったのよ」
なるほど。俺とライラ、そしてエミリーの霊輝は戦闘用のエネルギーで、しかも何らかの方法で制御できるものらしい。
自分の手を見つめながら考えた。俺も霊輝の使い方を覚えた方がいいかもしれない。将来、何かの役に立つかもしれないし。
でも、それより気になることがあった。
これまでライラの霊輝の獲得方法は、ルーシーやアナスタシアとは違っていた。深い罪悪感や感情を背負っていない。ライラの想いを勝ち取るするなら、一番自然な形になるだろう。
俺が惚れさせることが、彼女を救う鍵だとしたら――今の俺に、それができるのか?
ちらりとアンジュの方を見ると、彼女がふざけたように、何か手でジェスチャーをしていた。
指を唇に当て、そして小さく「チュッ」と投げキスのような動き。
(――バカか、こいつ……)
俺が呆れて目を逸らすと、アンジュは小声で呟いた。
「……ほんと、つまんない男ね」
アンジュが俺に近づいてきて言った。
「ライラを遊園地に連れて行かない?」
アンジュの提案は悪くなかった。でも、今日はまだ火曜日で学校がある。また休むつもりはない。
そこで気づいた。ライラとの関係を進展させる唯一の方法は、間違いなく家に留まらせることだった。帰宅するたびにライラが家にいて話せるし、もう一人で家に帰ることもない。
問題は、どうやって父さんを説得して、ライラをうちに住まわせるかだった。
次の数時間、家事をこなしながらライラやアンジュと何気なく話していた。でも、すべてをしながら父さんにどう説明するか考えていた。ライラを一緒に住まわせる本当の理由を。
時計は19時32分を指していた。玄関のドアが開く音が聞こえ、続いて父さんの声がした。
「ただいま」
何時間も考えていたのに、父さんに言うための論理的な理由が一つも浮かばなかった。選択肢がない。リビングに入ってきたら即興で行くしかなかった。
父さんが入ってきたのを見た瞬間、緊張で体が固まった。
アンジュは何事もないように座って観察している。ライラもソファに座っているが、俺のすぐ近くだ。俺は立ったまま、ライラの横にいた。
父さんが立ち止まって、最初は俺を見たが、すぐにライラに視線を移した。驚いた表情を浮かべている。
「アレクス、もう帰ってたのか...君は誰だ?」
少し前に出て、急いで説明しようとした。
「待って父さん、紹介させてくれ。彼女はライラで...道で見つけたんだ。一人にしておけなくて...だから...お願いだ、居場所を探してあげる間だけでも、ここにいさせてくれ!!」
頭を下げた。誰の表情も見えない。目をきつく閉じていた。
背後から足音が近づいてくるのが聞こえた。
「お願いします、泊めてもらえませんか?お家のお手伝いもできるなの」
ライラの声だった。
少し振り返ると、彼女も頭を下げていた。ライラの行動に驚く前に、父さんの声が響いた。
「お願いだから、そんなことやめてくれ。アレクス、何が起こっているのか説明してもらえるか?」
頭を上げて父さんを見た。
普段は距離を感じる親父だが、今こうして近くで見ると、また信頼できるような気がした。長い間失っていた感覚だった。
父さんは腕を組んで、俺の言葉を考え込んでいるようだった。
そして小さくつぶやき始めた。
「道で見つけたって...?」
父さんが眉を上げて、何かを考え込んでいる様子だった。
「え?待てよアレクス、街で女の子を拾ってきたのか?犬や猫を拾うのと同じ調子で?」
父さんの大げさな結論に驚いた。
「そんなんじゃない!」
父さんは俺とライラを交互に見始めて、まるで何かがひらめいたかのように言った。
「そうか!彼女は君の恋人だな」
今度はもっとショックだった。話も聞かずにそんな結論に飛躍するなんて。
「勝手に結論を急ぐなよ、父さん」
父さんは少し首をかしげて困惑している。喉を鳴らして咳払いをした。
「えーっと、ライラは孤児で全てを失ったんだ。当局に行くのを怖がってて...俺が...あー...友達と一緒にいる時に出会って、助けてあげたいと思ったんだ」
自分でも分かる。この説明はあまりにも曖昧で馬鹿げていた。ライラの正体を隠すには。
父さんはライラを見て、彼女の高さまで身をかがめた。
「ライラちゃん、それは本当かい?」
ライラは頷いたが、つい本当のことの一部を口にしてしまった。
「本当なの。お兄ちゃんはわたしを助けてくれるって言ってくれたの」
父さんは驚いた表情を浮かべた。
「お兄ちゃん?」
困惑した顔で俺を見る。父さんの混乱に反応しないよう努めた。
そんな時、父さんが口を開いた。
「君に何があったのか、話してくれないか。全部話してくれるなら、ここにいてもいい」
ライラの目がぱっと輝いた。
「本当ですか?全部お話しします!」
父さんは優しく微笑んだ。でも、ライラが急に声を震わせた。
「あの...えっと...お父さんって呼んでもいいですか?」
父さんは驚いたような顔をした。
「どうして?」
「わたし、お父さんもお母さんもいないんです。孤児院でも誰もわたしに興味を持ってくれなくて...お兄ちゃんのお父さんがこんなに優しそうだから...わたしも一度でいいから、そう呼んでみたいなの...」
ライラの声が震え始めて、そのまま泣き出した。
父さんは驚いて、でも何も言わずにライラを抱きしめた。
「……もちろん。『お父さん』って呼んでくれて、嬉しいよ」
立ち上がって台所に向かいながら、父さんは振り返った。
「ライラちゃん、夕飯作るから手伝ってくれるか?その間に話を聞かせてもらおう」
ライラは涙を拭いて、嬉しそうに頷いた。
「はい!」
小走りで台所に向かうライラを見て、俺は呆然とした。
……あんなに下手な嘘をついたのは俺なのに、父さんは何も問いつめず、ライラを受け入れた。
もしかして、俺が思っていた父さんの印象は間違っていたのかもしれない。
母さんが俺に教えてくれた「人を助けることの大切さ」。でも、よく考えてみると、父さんの行動をちゃんと見ていなかっただけかもしれない。
覚えていないだけで、父さんも母さんと同じように人を助けていたんじゃないか。
俺がずっとやりたかったけど、勇気が足りなくてできなかったこと。
父さんは自然にやっていたのかもしれない。
父さんのことを考えていると、アンジュが思考を遮った。
「よかったじゃない?オマエのお父さんがライラを泊めてくれて」
振り返ると、何か言いたそうな表情をしていた。目が落ち着かなく動いている。
「何か言いたそうだな。どうした?」
大きなため息をついて、アンジュが口を開いた。
「まあ、お父さんが受け入れてくれたのはいいけど...ライラの霊輝の影響でそうなった可能性があることを忘れちゃダメよ」
そうだった。前にアンジュが言っていたことを思い出した。ライラの人工霊輝は周りの人間に彼女を守りたいという衝動を与える。父さんが思ったより簡単に承諾したのも、その影響かもしれない。
ふと、ある疑問が浮かんだ。
「アンジュ、俺も影響を受けるのか?ライラの霊輝に」
人差し指を立てて、無邪気な笑顔で答える。
「もちろんよ!オマエが影響を受けないと思っていたの?」
確かに、人工霊輝の衝動に気づいていないかもしれない。でも、特に変な感じはしなかった。
もしかしたら、霊輝の影響を受けていないのかもしれない。本当に彼女を助けたいと思っているから。
たぶん、その事実で俺にはライラの霊輝が影響しないように見えるのかもしれない。違和感を感じることもなく、そのまま台所へ向かって夕食の手伝いをした。
しばらく三人で食事をした。家族のように。
こんな感じで食事をするのは久しぶりだった。一人でも、父さんと二人だけでもない。今回は違う。もう一人、その存在だけでこの寂しくて静かな家を照らしてくれる人がいる。
ライラの笑顔と、彼女独特の在り方を見ていると、本当に家族の一員のようだった。俺の家族の。
アレクスとライラのやり取りは、これからもこんな雰囲気が続くのかもしれない。
次回は、ライラと共に送る“日常”へ――とはいえ描かれるのはたった一日。
でも、その一日で何が起こるかは誰にもわからない。
お楽しみに。




