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霊輝  作者: ガンミ
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10の魂、10の運命

『4月7日 / 16:50 』


あの奇妙な少女が、俺の限定版フィギュアを手に取ろうとした。


「触るな! あれは限定版だ!」


思わず声が跳ねる。彼女はぷいっと頬を膨らませた。


「えー? このプラスチックの塊、そんな価値あるの?」


窓から侵入した風がカーテンを揺らす。どうやって開けたのか――そもそもなぜ自分の部屋に?


ベッドの端に座り、侵入者を睨む。


「お前…一体何者だ? 名前は?」


彼女の瞳が輝いた。


「アンジュよ! 彷徨う魂の守護者、レイスドールってね!」


片膝を上げ、片手でピースサインを作りながら目をウインク……しようとしているが、どう見ても両目を同時に閉じている。


ため息をついて、現実を受け入れる。この子は本当にそこにいる。夢でも幻覚でもない。


「で、俺に何の用だ? 助けが必要だとか言ってたな」


アンジュが近づいてくる。


「ずっと、オマエのような人を探していました。やっと見つけた」


「俺のような?」


彼女の表情が真剣に変わる。


「オマエの助けがなければ、十人の女の子に悲劇が起こります。救われなければならない子たちなんです」


体が緊張する。何だそれは。

アンジュは慌てたように両手を振る。


「落ち着いて。基本的なことから、最初から説明します」


深呼吸して、高まりかけた緊張を抑える。注意深く彼女の言葉に耳を傾けた。


「まず、私を見ることができるのは、オマエだけです。普通の人間には見えません」


その言葉を頭の中で反復する。確かにアンジュはそこにいるように見えるけど、普通の人には見えない...まあ、今更疑っても仕方ない。この状況じゃ信じるしかないか。


「霊輝を持つ者だけが、私を見ることができるんです」


「霊輝...?」


聞き慣れない言葉を繰り返しながら、その意味を理解しようとする。

アンジュは静かに頷いた。


「霊輝は生命あるもの全てに流れるエネルギーのようなもの」


アンジュの説明を聞いて、急に胸がざわめき始めた。


「人間は一般的にとても小さな霊輝しか持たないけれど、生まれつき優れた霊輝を持つ人間が少数存在する。オマエもその一人よ」


なぜ俺がそんな霊輝を持っているのだろう。ただの偶然なのか、それとも何か他に理由があるのか。考えがまとまらないうちに、アンジュが教室の先生のように左右に動き回り始めた。


「それで、助けてくれた女の子...彼女も霊輝を持っているの。でも...彼女の場合は違う...」


その言葉に不安が胸を満たした。


「どういう意味だ?」


同じように動き回りながら、アンジュが続けた。


「彼女の霊輝は人工的に作られたもので、感情と融合してしまったの。私たちはそれを『汚染された霊輝』と呼んでいる」


完全には理解できなかった。あの女の子の中に、人工的な何かがあるということなのか。そんな結論に至った。


アンジュが続けて、今度は部屋のデスクから一冊のノートを取り出して書き始めた。

学校のノートを勝手に持っていくなんて...腹が立ったけれど、何も言えなかった。


「問題の少女たちは…人工霊輝で人間性を失っている。彼女たちを『囚われた魂』と呼ぶ」


その言葉を聞いて驚いて立ち上がった。でも、何と言えばいいのかわからなくて。

俺のノートに書きながら話を続ける。


「つまり、生きてもいないけれど、死んでもいない」


視線を床に落として、言葉を理解しようとした。

アンジュが書くのを止めて、俺の前に立った。


「彼女たちは...おそらく長い間戦い続けてきた。何年も、何十年も...自分の状態と、そして...『夢喰い』とも」


夢喰い?

顔を上げて、アンジュの真剣な表情を見た。


「霊輝が普通じゃなくなると現れて、それを喰らい尽くそうとする。人間の中の異質なものを暴力的に駆除する存在よ」


その言葉に背筋が凍った。


「...人間がいるから夢喰いも存在するの。それが自然の摂理なのよ」


説明を聞いた瞬間、手が震え始めた。

理解してしまった。

あの存在たちは、特別な霊輝を狙っているということを。

視線を落としたアンジュの表情が、急に暗くなった。憂いと悲しみが混じった、見ているのが辛くなるような顔だった。


「私...霊輝を取り戻すことに失敗してしまった。百年間、最初の霊輝から失敗し続けて...今、私のせいで十人の少女たちが囚われている」


静かに紡がれた言葉が、胸の奥深くまで響いてきた。

拳を握りしめて、なぜか冷や汗をかいていた。

目をじっと見つめてきた。


「彼女たちは自分の状況を理解している。オマエの使命は、彼女たちの中にある人工的な霊輝を追い出すこと...感情の力を使って」


感情の力?何それ。


「感情って...どういうことだ?」


アンジュは微笑みながら、手に持っていたノートを差し出した。

てっきり何か書いてるのかと思ったけど、開いてみると絵だった。しかも石器時代の壁画みたいな...。


「何これ?」


見上げると、突然胸に人差し指を当ててきた。


「これで彼女たちを助けて...」


胸?心臓?

その指を見つめていると、アンジュがぴょんぴょんと後ろに下がった。


「オマエは彼女たちを恋愛的に征服しなければならない!強い感情が彼女たちを解放して、ついに人間性を取り戻すことができるのよ!」


「は?! まさか──」


顔が一気に熱くなった。征服って...恋愛的に?女の子を?


「でも、どうやってそんなこと...俺は一度も...」


得意げな表情を浮かべた。


「オマエならできるわ。経験なんて求めてない。霊輝を持っていれば十分よ」


視線を再び下に向けて、緊張で声が震えながら尋ねた。


「もし...もし手を貸さなかったら、彼女たちはどうなるんだ?」


声が急に小さくなって、今にも泣き出しそうに聞こえた。


「永遠の安らぎを与えるしか...そう命じられているから...」


アンジュの表情を見た。真剣で冷たく見えるけれど、同時に悲しげだった。何もしなかった時の罪悪感を背負いたくない。いつも人を助けたいと思っているのに、勇気がなくて踏み出せずにいた。でも今回は...

心の奥で何かが点火した。これが変わるチャンスなんだ。勇気のない自分から脱却して、初めて一歩を踏み出すんだ。

唾を飲み込んで、アンジュに告げた。


「分かった。手を貸そう」


アンジュの目が驚きで大きく開いた。表情が和らいで、こちらに向かって走ってきた。抱きつかれると思ったけれど、両手を掴まれただけだった。何度も何度もお礼を言ってくれる。

見つめる。まだ彼女に確認したいことがある。


「前に学校で見かけたと思うけど、何してたの?」


周りを見回しながら、アンジュが答える。


「オマエを探してたの。でも、オマエの霊輝を感知するのってすごく難しくて」


拳を握りしめ、次の質問を叩きつける。


「じゃあ、森で何をしてたんだ?」


くるりと振り返ると、人差し指を立てて答えた。


「あの夢喰いを倒そうと思ってたの。でもオマエが先に遭遇しちゃって、それに...あの子も近くにいたし...」


「で、俺を選んだ理由は?」


アンジュが近づいてくる。誇らしげな表情で言った。


「偶然さ。オマエの霊輝が一瞬、波立ったんだ」


こんなに近くにいると、頭についてる奇妙な仮面が気になる。


「さっきその仮面つけてたけど...あれって何?」


仮面にそっと触れながら。

「……………」

僅かに喉が鳴る。初めて見せる躊躇い。


「...この仮面は...言えない...」


それ以上は聞かないでおく。でも気になるのは確かだ。

結局、アンジュは偶然私を選んだってことか。人生って、なんて奇妙な偶然に満ちているんだろう。


「じゃあ、彼女たちに何か感じてもらえばいいんだな?」


そう聞いた瞬間、アンジュが激しく首を振った。


「だめよ!彼女たちが恋に落ちるだけじゃ足りないの... オマエが...キスしなきゃいけないの」


頭が真っ白になった。

キス。

その言葉が頭の中で何度も響いて、思考が完全に止まってしまう。しかも一回だけじゃない。アンジュが言うには十人の違う女の子に、だ。

ベッドに倒れ込んだ。この情報を処理するのに時間がかかりそうだった。


「大丈夫よ、私が応援してあげるから」


緊張している様子を見たアンジュがそう言ってくれたが、正直不安でしかない。


「どんな応援だよ」


少しイライラしながら聞くと、アンジュが突然部屋の広いところに移動した。


「例えば、こんな感じ...」


次の瞬間、踊り始めた。


「がんばれ♪ がんばれ♪ アーレークス! ふぁいとぉぉぉ!」


両手で顔を覆った。


「やめてくれ、恥ずかしい」


こうして、十人の女の子を救う使命を背負うことになった。それぞれ違う過去を持ち、違う時代から来た彼女たち。どんな人たちなのか、どんな性格なのかもまだ分からない。救うべき十人のうち、今のところ知っているのは、クラスメイトのあの子だけ。

それでも、助けると決めた。いや、正確に言うなら―彼女たちを解放するんだ。


『4月8日 / 7:27』


父さんの車で学校へ向かう途中、アンジュが助手席に座っている。


「わあ!この箱、すごい速さで動く!」


父さんは何も言わないし、アンジュの存在に全く気づいていない。見えていないのだろう。


アンジュは窓の外をじっと見つめている。まるで散歩に連れて行かれた犬みたいに、珍しそうに外の景色を眺めていた。でも、その目にはどこか驚きと興味が混じっていて、人間の世界を初めて間近で見ているような新鮮さがあった。


学校に着くと、父さんが「気をつけて帰りなさい」って言ってくれた。


手を振って見送って、車が走り去っていく。数歩歩けば、もう学校の入り口だった。生徒たちがぞろぞろと歩いている中、今日は絶対にあの子と話さなきゃって決めてた。まだ名前も知らないクラスメイトの女の子。


そしたら、まるで運命みたいに道の向こう側にその子がいた。下を向いて、何か考え込んでるみたい。

アンジュの言葉が頭をよぎる。何もしなかったら、きっと悪いことが起こる。

勇気を振り絞って、急いで彼女の方へ向かった。そして彼女の真正面に立ちふさがった。


アンジュがついてこなかったことに気づいてなかった。車から降りるところも見てない。でも今はそんなことどうでもよかった。


彼女の前で立ち止まると、向こうも足を止めて混乱した表情で見上げてくる。笑顔を作って、できるだけ外向的に振る舞おうとした。本当はそんな性格じゃないのに。


「昨日のこと、誰にも言わないから」


でも彼女は気にしてないようだった。

仕方ない。本題を切り出すしかない。隠してても始まらない。これで意図を理解してもらえるかもしれないし、繋がれるかもしれない。


「お前が持ってるもの...正直に言う。それは霊輝って呼ばれるものだ」


その言葉を聞いた瞬間、彼女の表情が変わった。驚いて、震え始めてるみたい。


「変に思うかもしれないけど、お前の中にある霊輝のことを知ってる。それを取り除く手助けができるんだ...」


急に彼女が動揺したような顔になった。きょろきょろと辺りを見回し始めて、何かを考えているのか、言葉を理解しようとしているのか……。


何か言おうとした瞬間、彼女の表情が一変した。


「うわっ!?」


突然、怒ったような顔で、彼女が俺の制服のシャツを掴んできた。そのまま壁に押し付けられる。思っていた以上に力が強く、背中がコンクリートにぶつかった。


「それってどういう…?」


何人かの生徒が振り返ったが、すぐに通り過ぎていった。


彼女は怒りの表情で俺を見つめてくる。でも、その瞳の奥には……悲しみが混じっているように見えた。


「本当に何か知ってるって言うなら、全部教えてよ……」


彼女が視線を落とす。目を見ようとしない。その声が、まるで耳元で囁くように響いてきた。


「私がこうなったのは、あなたの責任か? あなたに、これを取り除くことができるのか?」


声がどんどん小さくなっていく。最後は、ほとんど囁くような声で――


「あなたは……私を救えるのか?」


俯いたまま、彼女はシャツを掴む手を離さない。


急に周りの視線を感じて、慌てて言った。


「あの...周りの人たちが見てるから、シャツを離してもらえるか?」


確かに何人かの学生がこっちをチラチラ見ながら通り過ぎていく。彼女も気づいたらしく、慌てて俺の制服のシャツから手を離した。

襟元を直しながら、自己紹介を始める。


「俺は朝倉アレクス。知らないかもしれないけど、同じクラスの転校生だ」


彼女は下を向いたまま、小さな声で答えた。


「…ルーシーです」


……やっと名前を教えてもらえた。


つい、表情が緩むのが自分でもわかる。何か、大切な一歩を踏み出せた気がした。


それから、昨日アンジュから聞いた話をした。霊輝のこと、それが彼女の中にあるものについて。


全部話し終わると、彼女は黙って考え込んでいる。


「感情と融合した霊輝が私を人間じゃなくした…ってわけ?」


頷いた。


「きっと、何か強い感情が霊輝を引き寄せて、融合したんじゃないかって」


ルーシーが腕を組んで、眉をひそめた。


「...でも、どうして私があなたを信じられると思うの?」


まだ警戒心を解いてくれない。予想はしていたけれど、やはり簡単にはいかない。


「傷つけるつもりはない。それに、今の説明で分かったでしょう?今の身体的な状態についても知ってるって」


人間の感覚を失っていることを、遠回しに伝えた。

その瞬間、ルーシーの手がストンと体の横に落ちた。うつむいて、小さな声でつぶやく。


「そう...知ってるのね。私が何なのか...化け物だって。成長もできない、死ぬこともできない...まして生きることなんて...」


彼女が自分自身を否定し、憎んでいるような言葉を聞いて、拳を握りしめた。


「違う!ルーシー!!...お前は化け物なんかじゃない!!」


思わず大きな声が出てしまった。

ルーシーがハッと顔を上げる。その瞳に、何か希望のような光が宿っているのが見えた。


「大丈夫、今度は違う。お前を助ける使命があるんだ。その霊輝から解放してやる。俺を信じてくれ」


手を差し伸べた。でも、ルーシーの手は宙に浮いたまま動かない。


「でも...もう誰も信じられない...あの日から...もう...」


ルーシーの声が震えている。瞳が崩れ落ちるように暗くなった。まるで自分自身を憎んでいるかのような表情で。


キーンコーン── ..


チャイムが響く。もうそんな時間が経っていたのか。話に夢中になって全然気づかなかった。


「もう...遅刻しちゃう。教室に戻りましょう」


壊れそうな声でそう言いながら、ルーシーが歩き始める。俺の横をゆっくりと通り過ぎていく。


このまま行かせたら、もう二度と機会はない。

そんな予感が胸を締め付けた。

振り返って、ルーシーの手を掴む。


「え?」


驚いたように振り返る彼女と目が合う。何をしようとしているのか分からないという表情だった。

汗が出てくる。顔が熱い。でも、言わなきゃいけない。


「逃げよう、ルーシー!」


ルーシーが驚いて大きく目を見開いた。何か言おうとした時、突然先生が扉にやってきて見つめ、叱るような口調で叫んだ。


「おい、君たち、なぜ入らない!もう遅刻だぞ」


ルーシーは学校に入ろうとするような様子を見せた。まるで自然な流れのように。でも手を離さなかった。先生がさらに怒って近づいてくる。返事もしないし、動こうともしない苛立っているようだった。


その時、ルーシーの手を引っ張り始めた。一緒に走り出す。


「待て!」


先生が叫んでいるが、止まらない。街を駆け抜けながら、ルーシーに声をかけた。


「今しかないぞ、ルーシー...もう一度自由になりたいんだろう?...なら俺についてこい」


笑いながら学校から逃げる。疲労であの先生は後ろに取り残された。学校からもっと遠くへ、もっと遠くへと走り続ける。


ルーシーが手を強く握り返してきた。気づいて振り返ると、微笑んでいるように見えた。風が短い髪を揺らし、走りながら空を見上げる。まるで長い間背負っていた何かから解放されたかのように。

そして笑い始めた。


「あはっ…!」


初めてだった。いつもの決まりきった日常を破って、こんなに違うことをするなんて。今日、ここで、彼女と一緒に。

胸の奥で何か暖かいものが湧き上がってくる。幸せと懐かしさが混じったような、不思議な感覚。

ああ、これか。

いつも誰かを助けたいと思っていた。でも今、彼女と一緒にいると、本当にそれができているような気がする。

手を繋いだまま、走り続けた。どこまで来たのかも分からないくらい。でも、離したくなかった。この手を。

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