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霊輝  作者: ガンミ
16/68

迷いと決意

今回はルーシーの視点を通して、アレクスと共に過ごした時間の中で彼女が何を感じ、何を見ていたのかを描いています。

同時に、アレクスの視点からは、ルーシーに対して彼自身がどう向き合うかの決断が描かれています。

ふたりの気持ちがすれ違いながらも、少しずつ重なっていく様子を、それぞれの視点でお楽しみください。

『4月14日 / 12:35』


昼休みが終わる前に教室に戻ろうと準備していると、後ろからエミリーの声が聞こえた。


「先輩!待って!」


足を止めて振り返る。困惑した表情を浮かべながら彼女を見つめた。


「さっきの先輩って、今朝先輩が“霊輝から解放した”って言ってた人……よね?」


なぜそんなことを聞くのかわからないまま、黙って頷いた。


「本気でそれを続けるつもりなの?彼女たちを助けるために」


またしても理由がわからない質問だった。でも、再び無言で頷く。

エミリーの視線がどこか遠くを見つめているようだった。何か言いたげな表情を浮かべている。


「それなら...まだ私に頼ってくれる?手伝わせてくれる?」


彼女の疑問の理由がおぼろげながら見えてきた。まるで自分を卑下しているような口調だ。でも、なぜだろう?朝はあんなに自信に満ちていたのに。約束を持ち出したのも彼女の方だったはずなのに。

完全には理解できなかったが、答えた。


「当然だろ。お前の助けがなきゃ無理だ。俺たち友達だろ?」


エミリーが驚いたような顔をした。そして、俺にはほとんど聞こえないくらい小さな声で何かつぶやいた。


「やっぱり違うのね...」


意味がわからなかった。なぜそんなことを言ったのか。

背中を向けると、今度ははっきりとした声で言った。


「わかったわ。じゃあ私に任せて。助けが必要な時は遠慮しないで呼んでちょうだい」


突然、エミリーが振り返って早足で俺の方に歩いてきた。


「え?」


困惑する間もなく、俺の手を掴んで強制的に手のひらを開かせる。握りしめた拳から何かを俺の手に落とすと、何も言わずににっこり笑って離れていく。


「おい、何だよ...」


呼び止めようとしたが、もう歩き去ってしまった。

手のひらを見下ろすと、小さく折りたたまれた紙片があった。


「これは...」


広げてみると、明らかに電話番号が書かれている。その下には小さな文字で『先輩、十時以降はメッセージ送らないでね』と添えられていた。


正直、どう受け取ればいいのかわからなかった。エミリーは友達だと思っているし、彼女にも彼女なりの事情があるのは分かっている。でも、これで一つだけはっきりしたことがある。

彼女も俺を友達として見てくれているということだ。


『15:45』


学校が終わって、俺はルーシーの後ろを黙って歩いていた。どこに向かっているのかわからないが、なぜか既に知っているような気がした。


「ねえ、アレクスくん」


突然ルーシーが振り返って言った。


「全てが儚いって感じたことある?」


突然の哲学的な質問に困惑した。そんなこと考えたことなんてない。でも、なぜルーシーがそんなことを言うのかは何となく分かった。


「さあ...考えたことないな」


そう答えるしかなかった。

ルーシーは歩き続けながら、時々空を見上げていた。まるで空の向こうに何かを探しているみたいに。


「知ってる?あたし、たくさん失敗してきたのよ」


ルーシーが俺の歩調に合わせて隣に並んだ。


「一度失敗したら、もう後戻りできないのよね」


明らかにルーシー自身のことを話していた。黙って耳を傾けた。


「でも失敗しても後悔したくないの。前に進み続けたいから。昔は馬鹿みたいなジレンマに囚われてたけど」


通り過ぎる風が、どこか懐かしい匂いを運んでくる。ルーシーは黙ったまま、前を見つめていた。

その横顔は、いつもより少しだけ大人びて見えた。


「知ってる?あたしって、昔ね――

……人に優しくすれば、きっと優しくされるって、ずっと信じてたの」


風に紛れるような声だったけど、はっきり聞こえた。

ルーシーは少し笑っていた。でも、その目は笑っていなかった。


「でもね、そうじゃなかったの。優しさって……弱さに見えることがあるんだって、気づいたの。あたしの『大丈夫』も『いいよ』も、誰かの都合に使われて、気づいたら、全部奪われてた」


その言葉のひとつひとつが、胸の奥に刺さった。


「一番信じてた子に裏切られた時ね――

あたし、自分がバカみたいだって思った。『なんで信じたの?』って、自分を責めた。でも……それでも、嫌いになれなかったんだ。あの子も、あたし自身も」


声は震えていなかった。むしろ静かで、深く沈んでいるようだった。

それが余計に痛かった。


「ねぇ、アレクスくん。人ってさ、優しさを持ってるほど、壊れやすいのかな……それとも、壊れても笑えるのが、人間ってやつなのかな」


ルーシーの言葉は抽象的だった。でも、彼女の物の見方や感じ方が伝わってきた。昔の自分も今の自分も否定せず、ただ前に進もうとしている。

その姿勢に、なぜか奇妙な憧れのようなものを感じた。


「ここをあなたと歩くの、懐かしい感じがする」


その言葉を聞いて、俺は目を逸らした。

罪悪感があった。実際にここを一緒に歩いたことがあるのに、ルーシーは覚えていない。

気がついた時には、やはりそこだった。

あの展望台。前に彼女に連れて行かれた場所へ、自然と足が向いていたんだ。


展望台からの景色を見て、懐かしさが込み上げてきた。先週、ルーシーと一緒にここに来た時のことを思い出す。またここにいる。彼女と一緒に。


ルーシーは先週と同じ場所で立ち止まった。

罪悪感を抱えながら彼女の隣に近づく。何も言わず、ただ黙って彼女の言葉を待った。

しばらくの沈黙の後、街を見下ろしながらルーシーが口を開いた。


「先週から...何か大きく変わった気がするの」


横顔を見つめるだけで、何も答えられなかった。風が彼女の短い髪を揺らしている。


「アレクスくん」


突然名前を呼ばれて振り返る。予想していなかった呼びかけに、肩がびくっと跳ねた。


「え?」


困惑しながら返事をする。ルーシーは言葉を選ぶように、ゆっくりと話し始めた。


「もし私が...百年生きてきたって言ったら、どう思う?」


なんだろう、ルーシーの声がいつもより少し遠く感じた。ふざけた調子じゃない。……いや、話し方自体が、どこか違う。


衝撃で答えられなかった。でも、知っていた。俺はもうそれを知っている。


ルーシーは続けた。


「それで、恐ろしい化け物と戦ってきたって言ったら?」


彼女から視線を逸らすことができなかった。でも、やっぱり答えられない。これも知っていることだった。


「それで...もし私が、あなたを好きになったって言ったら...」


最後の言葉で、頭の中が真っ白になった。受け入れるなんて、とてもできなかった。混乱ばかりが膨らんでいく。なぜ俺なんだ……?あの子は記憶がないはずなのに、どうしてそんなことを言う……?思い出もなく、何も知らないはずなのに――それでも俺を?どうして……?


手が震えているのがわかった。

ルーシーは少し俯いてから、また横を向く。二人とも何も言わない。

やがて彼女は俺の方を振り返った。表情が急に変わった。後悔したような顔をして、視線を逸らす。


「忘れて...今言ったこと。どうせ信じてくれないでしょ」


ゆっくりと後ずさりを始める彼女。一歩、また一歩。


「自分でも...何を感じてるのかわからない...」


さらに一歩下がって、俺から距離を取ろうとしている。


「ただ...私は...」


距離ができるのが怖くて、気づけば同じように足を動かしていた。離れてほしくなかった。ただそれだけだった。そんな中、彼女が立ち止まり、静かに口を開いた。


「...ただ、それを伝えたかっただけ。さようなら...」


その表情が俺の中で何かを引き金にした。学校から一緒に逃げた時と同じ感覚だった。ルーシーが去ってしまったら、彼女を失ってしまう気がした。


できるだけ素早く動いて、ルーシーの手首を掴んで引き止めた。

なぜこんなことをしているのかわからなかった。でも、彼女を行かせたくなかった。


言葉が出てこなかった。ただルーシーの手首を握っていた。離したくなかった。


ルーシーが振り返る。その顔には深い悲しみが宿っていた。今、彼女がどれほど辛い思いをしているのか分かった。何が起こったのか理解できずに、なぜ俺をそんな目で見るのかも分からずにいる。

霊輝から解放されても、まだ苦しんでいる。


罪悪感が胸を突いた。何も言わずに、そっと抱きしめた。彼女の顔は見えなかった。でも、心の中では既に決意が固まっていた。

数瞬の間、そうしていると、ルーシーが困惑したように反応した。


「どうしたの、アレクスくん?」


少し離れて、彼女の目を見た。


「信じてる、ルーシー!」


驚いた表情を浮かべたが、何も言わなかった。続ける。


「俺も...どう感じてるのか分からないんだ!」


彼女の視線を逸らさないよう努めた。驚いているようだった。


「ルーシー、もっと話そう。もっと君のことを知りたい。良かったら...お互いの気持ちが分かるまで、こうして続けないか?」


突然の勇気に、ルーシー自身も驚いているようだった。俺自身も驚いていた。

沈黙が流れた。

そして、ルーシーが微笑んだ。


「うん...もっとお話ししましょう。あたしも、自分の気持ちを理解したいから」


その瞬間の感情は不思議だった。心を揺さぶられた。

もう説明なんてできない。ルーシーを助けたい。そして分かっていた—何らかの形で、彼女はまだ助けを必要としている。彼女だけじゃない。アナスタシアも、まだ会ったことのない他の少女たちも。霊輝から解放するだけでは足りない。彼女たちのためにもっと何かしなければならない。

その決意と共に、新たな決意が心に芽生えた。


『4月14日 / ルーシー』


学校への道を歩きながら、昨夜の夢のことを思い出していた。

また、あの化け物たちと戦っている夢だった。でも今回は何か違った。暖かい青い光があって、まるであたしを包み込んでくれているような...


制服の袖を指先でぎゅっと握りしめる。


混乱してる。先週の火曜日から、何かがおかしいの。あの日の記憶が、途中からぽっかり抜け落ちてるの。気づいたら学校を抜け出して、いろんな場所をさまよってた。でも、どうしてそんなことをしたのか思い出せない。

それに、気づいたら転校生のアレクスが教室にいた。いつ紹介されたのかも思い出せない。名前も顔も、最初は何も浮かばなかった。ただ、ある日突然、彼がそこに“いた”。まるで、最初からそこにいたみたいに。

なのに、無意識のうちに彼のことを目で追ってた。どこか引っかかるの。忘れた記憶と、彼の存在。全部がつながってる気がしてならないの。

……彼は何かを知ってる。そう思えて仕方がないのよ。


でも...もし違ったら?

その小さな疑いが、先週はずっと話しかけるのを躊躇させてた。

それに、あの日。アレクスがあの後輩の子と一緒にいるのを見た時、胸の奥で何かが動いたの。否定はしない。でも、なんで話したこともない人にこんな感情を抱くのか、自分でもわからなくて困惑してる。


今日こそは、この疑問をはっきりさせたい。全部話すつもりで来たのに...


学校の入り口で、また見かけた。アレクスと例の後輩が一緒にいる。

前より親しそうに見える。そう思った瞬間、胸がちくりと痛んだ。

その子が去っていくのを見て、決心した。

初めて、自分からアレクスくんに話しかけよう。


アレクスくんと一緒にお昼を食べてる時、心臓がドキドキして止まらなかった。あたしの緊張、気づかれたかな?でも、どうしても落ち着かなくて、結局くだらない話ばっかりしちゃった。


こんな感じで何分も。本当は違うことを話したかったのに。


でも、決めてたの。アレクスくんに本当のあたしのことを話すって。そう思ってるくせに、やっぱり怖くて。もし信じてもらえなかったら?もしアレクスくんが思ってた人と違ったら?そんな風に考えちゃうと、なかなか言葉が出てこない。


そんな時、ふとあの場所のことを思い出した。あたしがいつも力をもらえる、大切な場所。


気がついたら、そう言ってた。深く考えたわけじゃないのに、自然と口から出た。きっと、あの場所なら話せる。真実を伝えられる。もし何か知ってるなら……その時に分かるはず。


放課後、二人で歩きながら、遠回しにあたし自身のことを話し始めた。本当はもっと直接的に言いたかったけど、やっぱりまだ勇気が足りなくて。あたしの話してることって、普通の人には信じられないようなことばかりだから。嘘だと思われたらどうしよう。


でも、歩きながらの会話で少し安心した。アレクスくんは嫌そうな顔もしないし、あたしを変な目で見ることもない。それどころか、真剣に聞いてくれてる。

そして何より...こうやってアレクスくんと一緒に歩いてると、懐かしい気持ちになるの。

不思議よね。


展望台から街を見下ろしていても、まだ迷っていた。


結局、あたしにできることは一つだけ。アレクスくんに聞いてみること。意味のない質問ばかりだけど、全部あたしに関すること。


でも、聞いた後のアレクスくんの顔を見て、心臓が止まりそうになった。


困惑してる。

やっぱり間違いだった。アレクスくんはあたしとは何の関係もない人なんだ。

恥ずかしい。情けない。そして...寂しい。

期待した私が馬鹿だった。

踵を返して歩き出そうとした瞬間、手首を掴まれた。


振り返ると、アレクスくんがいた。でも、今まで見たことのない表情をしてる。


すごい決意を込めた眼差し。目の前にいるもの...あたしを、絶対に離したくないっていう強い意志が見えた。


どうしていいかわからなくて、ただ立ち尽くしていると、彼が言った。


信じてるって。もっと話したいって。

その瞬間、わかった。アレクスくんは本当に何かを知ってる。あたしも直接的には言わなかったけど、もうこれ以上急ぐ必要はないんだ。

彼がこんなにも決然とした態度で、あたしを信じてるって示してくれた。それだけで十分だった。

あたしが感じてるこの気持ちが恋なのかどうか、それは時間が教えてくれる。でも、あたしを絶望させていた混乱は、彼の言葉で完全に消えた。


そして、あの温かい抱擁。

彼とこんな風に話せて、もっと深い何かを見つけた気がする。

久しぶりに感じた。世界に居場所があるって。

もう、ただ適応しようと必死になってる人間じゃない。

また、生きてるって実感できる。この「人生」って流れの一部になれたんだ。


『4月15日 / 8:44 / アレクス』


授業中、どうしてもルーシーの方に視線が向いてしまう。昨日のことがまだ頭から離れない。顔が熱くなるのを感じた。


『...あなたを好きになったって言ったら...』


ルーシーのあの言葉を思い出すたびに、溶けてしまいそうになる。それに、あの抱擁。考えるだけで緊張してしまう。あの後、ちゃんと話すこともできず、「じゃあ、またね」なんて言って、ただ別れただけだった。


思考に没頭していると、チャイムが鳴った。一時間目が終わったらしい。

はあ...と息を吐いて、机に突っ伏した。


「おい、アレクス」


榊が振り返って声をかけてきた。


「顔色悪いぞ。何かあったのか?」


「いや、大丈夫だ」


慌てて答えたが、榊は眉をひそめた。


「そうか?まあいいや。放課後、面白い場所知ってるんだけど、一緒に行かないか?」


面白い場所?


「どんな場所だ?」


榊はポケットに手を突っ込んで何かを探し始めた。そして、パンフレットを取り出した。


「ゲーセンだ!」


パンフレットを受け取って見てみる。学校から北に20分か30分ぐらいの場所らしい。


「悪いが...」


断ろうとしたが、榊は食い下がった。


「頼むよ、楽しいって!」


しつこいな...でも、まあ悪くないかもしれない。それに、アンジュからも次に探すべき子について何も言われていない。


「分かった、行こう」


「よっしゃ!」


榊の嬉しそうな反応を見て、なんだか気分が良くなった。

この学校に来て最初に話しかけてくれた人と時間を過ごすのか。榊は俺と似たような趣味を持っているようだが、俺よりもずっと外向的だ。友達として見てくれているのは嬉しい。他にも友達がいそうなのに。


榊を見習うべきかもしれないな。

次回は、ある出来事をきっかけに物語が新たな動きを見せます。

あのゲーセンでのちょっとした出来事が、新しい出会いの始まりになるかもしれません。

ぜひお楽しみに!

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