終わらない人生の価値
『――壊れた記憶が、静かに目覚める。』
逃げ続けた痛みは、ただ消えたのではなく、深く眠っていただけだった。
触れられることを拒み続けたその感情は、たったひとつの言葉で溢れ出すことがある。
なぜ涙は流れるのか。
なぜ胸が苦しくなるのか。
なぜ、生きる意味を問い続けてしまうのか。
もし答えがどこにも見つからないのなら――
その物語を、もう一度自分で開くしかない。
『12月22日 / 16:18』
レイナが俺を見つめて言った。
「…彼女たちのことをよく知ってるのね…」
「そして足りないのはあなただけ。お前を知りたいだけじゃない…お前も自分自身を知ることができる」
レイナは何も言わなかったが、ゆっくりと俺の方を振り返った。その瞳は…なんだか光っているように見えた。泣きそうになっているのか?強い感情が彼女の中で爆発寸前のようだった。
「…もし知りたいなら…話してあげる。私の過去について」
レイナは頭を下げ、拳を握りしめた。自分の過去を語る準備ができているようだった。
『××××年 / レイナ』
小さい頃から穏やかな生活を送ってきた。父は有名な俳優で、母も有名な歌手だった。祖父はジャズミュージシャン、叔父はロックバンドのギタリスト。
音楽、演技、ダンス、歌……全て家族を見て覚えた。六歳でピアノを弾けるようになった時、みんなが言った「天才ね」。
失望させたくなかった。だから努力した。
初めてドラマに出演した日。ピアノを弾くシーンがあって……嬉しかった。有名になった。
でも祖父が死んだ。アルコールで腎臓を患って。深い痛みを感じた。ピアノで祖父に捧げる曲を作った。心から生まれた旋律を。
両親はその曲で私を更に有名にした。
もっと努力した。期待に応えるために。誇りになりたくて。
十五歳の時、飛行機事故で両親が死んだ。タービンの故障だった。他にも犠牲者がいた。
何が起きているの?なぜこんなことが?
叔父に引き取られた。一年後、叔父も交通事故で死んだ。バンドのメンバーと一緒に。
何が起きているの?私は呪われているの?誰も近くにいてはいけないの?
気づいた。周りの人たちに何かが起こる。努力すればするほど、大切な人を失う。
最初のマネージャーが支えてくれた。大きなことをしてくれた。世界中の人が私を知るように。
でも狂信的なファンがマネージャーをナイフで襲った。
また失った。
メディアは奇妙なパターンに気づいた。でもすぐに忘れた。ファンタジーみたいだから。
なぜみんな去っていくの?なぜ誰も長く側にいないの?何をしてこんな罰を受けるの?
新しいマネージャーはもっとフォーマルで……距離を置いていた。
一人で大きな家に住んだ。誰もいない。毎夜、音もなく、重い沈黙が無の存在を包んでいた。
努力に意味がない。目標がどこにもない。大切なものを全て失った。
ピアノは私だけのもの。誰のためでもない。
何にも価値がない。食べ物に味がない。人々が私のピアノや歌で感動する喜びを感じられない。
生きている意味は?これほどの痛みと向き合う意味は?
もうこの痛みを感じたくない。消えて。消えて。
でも日が経っても痛みは深く残り続けた。
人生は無と無の間にある空間。もう死んでいる。倒れるのが遅いだけ。
ある日、早く起きてピアノを弾きたくなった。何か新しいものが芽生える感じがした。久しぶりに弾いた時、手が、指がその感覚を覚えていた。少し自分を取り戻した気がした。
でも...練習していると指が痛み始めた。病院で診断された。手の病気。稀な病気で、手だけでなく全身に広がる。痛み、しびれ。歩けなくなり、筋肉を動かせなくなる。呼吸や血流にも影響する。
人生の重さが終わりに達した。この病気で虚無に落ちる運命。
何もない。無と無だけ。
最後のコンサートをしたかった。痛みを叫べる最後のコンサートを。
最初の曲を弾き終わった時、青い光が降りてきた。胸に溶け込んで...その後は暗闇だけ。
これが終わりなら……そうあればいい。
でも違った。目を開けた。機械に繋がれた場所にいた。
もう終わりにしたい。疲れた。何も大切じゃない。価値もない。生き続けるのは地獄を生きること。
誰も注意を払っていない時、病院のナイフを見つけた。取って刺した...
でも何も起こらなかった。医者や人々が驚いた。ただ頭が空っぽになった。
死も拒絶した。こんな痛みに値することを何をした?今何をすればいいの?
頭が……空っぽになった……。
それから、マネージャーの助けで、ある場所に連れて行かれた。そこで助けてもらえると言われた。ヘイブン・フロント・コーポレーションという場所だった。
そこの人たちは...とても親切だった。私が持っているものは力だと話してくれた。人類の進化だと。血液を調べ始めた。体を分析した。実験を重ねた。どう反応するかを知るために。
その実験の中で……気づいた。痛みを感じることができなくなっていた。何をされても……ただ痛みを知覚できない。傷は再生する。どんなレベルの損傷でも関係なく。
コーポレーションの人たちは話し続けた。私が協力を続ければ、人々を幸せにできると。私の力を徹底的に研究するために。
「人類は痛みを必要としない。進化するだけでいい。もうその痛みを背負う必要はない。単純にそれを取り除けば、すべて解決する」
その人はそう言った。私は……驚いていた。人類のために何ができるのか。
一年間……すべて従った。すべては共通の善のため。そう見ていた。その大きな計画。コンサートでピアノを多くの人の前で弾く。何か大きなことを成し遂げるために。彼らを変えるために。すべてを捧げる準備ができていた。
でも……その時、アレクスが現れた。
すべての計画を変えてしまった。そして彼は……忘れていたことを教えてくれた。もう思い出したくないことを。痛み。喪失の苦しみ。すべてから逃れたい気持ち。閉じこもっていたい気持ち。傷つかないために。強くあるために。これ以上堕ちないために。人類の未来のために進んでいく。もう一度欲しいという願い。世界を再び見るという視点。
痛みのない世界……そうすれば家族を置いて行くことに後悔しなくて済む。存在するすべての痛みを癒せる。私にはもう不可能だから。
持っている病気は……ただの宣告。この奇妙な力がなければ、とっくに死んでいた。もしかすると……あの世で愛する人たちと再会していたかもしれない。でも何かがまだ私をここに……この地獄と呼ばれる人生に縛り付けている。
これは一体何なの?何のゲームをしているの?何をすべきなの?真実は何?何を信じればいいの?
これらの疑問……そして他の多くのこと。アレクスが私に引き起こしたもの。彼が「お前を自由にできる」と言った時……安らぎを感じた。その言葉で、私自身のために何かを変えられる可能性が本当に存在すると感じた。
でも……これまでやってきたことはどうなるの?真実は何?嘘は何?何を望んでいるの?力とは何?障壁を乗り越えるとは何?家族とは何?信じるとは何?世界への視点とは何?未来に向かって進むとは何?
無……無が私が答えとして見つけるすべて。もう何も理解できない……何を失ったの?感情?それとも私自身?
ただの簡単な言葉が……これほど変えてしまった。アレクスと出会って以来、コーポレーションに内緒で独自に動いてきた。彼と話し、知り合い、アパートの鍵さえ渡した。
自分自身を理解できない。今、社会を信じることから迷い……もう何も理解できない深淵にいる。
そして理解できた唯一のことは……もし以前のような自分に戻ったら、持っている病気による終わりを待つだけだということ――。
『12月22日 / 16:38 / アレクス』
初めて見た。レイナが泣いているのを。どんな感情を抱いているのかわからないが、彼女がこうして表現できるようになったということは……十分だろう。
「……なぜ、なぜ私は泣いているの?」
レイナは涙を拭おうとするが、止まらない。
「……教えて……アレクス、なぜ私は泣いているの?」
「それはお前だけが知っていることだ」
「……でも、わからない!」
彼女は泣きながら考え込んでいた。何も言えずにいる。涙を拭い続けているが、まだ何もわからずにいるようだった。
「……単純に理解できない……私に何が起こっているの?私は一体何なの?」
「レイナ!お前はお前だ、生き続けることができるんだ。お前を待っている未来があるからな!」
彼女は必死に涙を拭い、立ち上がって何も言わずに走って行ってしまった。一瞬追いかけようかと思ったが、立ち止まった。もしかしたら今が一番良いタイミングかもしれない。彼女が自分で考え、これまで失っていた何かを感じる能力を取り戻すために。
『12月23日 / 19:47』
部屋にいると、ウィリアムからメッセージが届いた。コーポレーションを暴露するための大きな計画ができたそうだ。どうやらクリスマスの日のコンサートに参加する全ての人の前で真実を明かすという大胆な計画を立てているらしい。少し危険だが、ウィリアムにとってはこれが真実を明かすための最良の戦略だった。
その時、今度はレイナからメッセージが届いた。ある場所で会いたいと言っている。
そこに着いたら、少し奇妙な場所だった。なぜ彼女はマンションの屋上にいるのだろう?
レイナに近づくと、彼女は建物の縁に立っていた。
「おい、レイナ、そこで何をしている?危険だぞ」
振り返る彼女を見た瞬間、建物の縁に立ったまま振り返る単純な動作が恐怖に陥れた。
「それは危険だ!」
「……危険?そう言うのね……ふふふ」
彼女は笑っているが、それは挫折感に満ちた笑いのようだった。
「……どうせここにいても意味がないでしょう?……結局私は死ぬことができないのだから」
「そういう問題じゃない、そこから離れろ!」
ゆっくりと近づこうとすると、突然彼女が叫んだ。
「来ないで!!」
その叫び方に驚いて立ち止まった。怒っているようで、挫折しているようで、敗北したようにも見えた。
「……私の人生に何の価値があるというの?私を動機づけていたもの全てを失った……ピアノを再び弾く機会さえも失ってしまった」
「そんなことはない、レイナ!まだできるはずだ」
「いいえ!もうできない...ピアノを弾くこの手は、もう私のものではないの」
「間違っている。まだできることはたくさんある。何も終わっていない」
「……私にとって全ては あの日に終わったの……もう何も重要ではない……単純に全てを終わらせたい……」
本当に身を投げそうに見えた。ゆっくりと前進する。
「聞いてくれ、レイナ。昨日お前は泣いた。今日は怒っている。お前の目を見れば、自分自身を再び見つけようと必死になっているのがわかる。恐れる必要はない。俺を頼ってもいいんだ」
「……何が重要だというの……生きていても地獄が待っているだけ……教えて、アレクス。あなたも行き詰まりを感じたことがあるでしょう?」
「もちろんある!何度も経験した。もう話したはずだ……痛み、喪失、全ては乗り越えることができる」
「……ならば教えて、これに何の価値を見出すの?生きることに何の価値を見出すの?」
「生きることには多くの意味がある。それぞれが自分なりの意味を見つけるんだ。お前も見つけることができる」
彼女は俺をじっと見つめながら泣き始めた。視線が交わった瞬間、彼女が身を投げようとしているのがわかった。全力で霊輝の力を使って勢いをつけ、彼女の手を掴んで支えようとした。うまくいかないかと思ったが、最後の瞬間、彼女が少し手を伸ばして俺の手を掴んだのを感じた。手にぶら下がった状態で支えている。
「なぜ?……落ちても私には何も起こらないとわかっているのに、なぜそんなことをするの?」
「こんな風に苦しむのは間違っているからだ……お前は自分自身を痛めつけているだけなんだ」
レイナの腕を掴んで、建物の端から引き戻した。彼女は怯えて混乱しているようだった。強い感情を経験していた。
「……単純に理解できないの……真実を理解するために私に足りないものは何?アレクスが見ているものと私が見ているものは何が違うの?」
「まだ真実そのものを見ることができていないからかもな。まだ偽りの理想に執着している。それがお前の唯一の問題かもしれない」
彼女は何も言わず立ち上がり、俺に背を向けた。しかし何かを呟いた。
振り返った彼女の表情はまだ複雑で感情に満ちていた。もっと何かしてやりたかったが、これ以上何ができる?彼女は自分が経験し生きてきたすべての背後にある論理を理解しようとして自分自身を傷つけていた。
離れていこうとする彼女の手を掴んで止めた。
「――――?」
「待て!レイナ……最後に一つだけ言いたいことがある」
「何?」
「お前にはまだ価値がある。この世界にお前の居場所はまだある。何も終わってない、そうだろ?」
彼女は目を大きく見開いて驚いた様子だった。歯を食いしばって何かの感情を堪えているようだった。震えている手を感じたが、彼女はまだ表情を見せることに抵抗していた。ただ俺から視線を逸らした。手を離すと、彼女はそのまま去っていった。
彼女が去った瞬間、屋上に続くドアが開いた。そこにいたのはレイナのマネージャーだった。
「君たち二人、なかなかの見せ物だったよ」
「何しにここに来た?」
「いや、ただレイナさんを探しに来ただけさ」
「殴られたいのか?」
「暴力的だな。だからこそ僕たちは世界を変えようと努力している。君はただ邪魔をしているだけだ。だからもう手を打ち始めたんだ」
スマホを取り出して誰かに電話をかけ、スピーカーにした。
「やれ!」
俺は混乱した。誰に電話して何を命じているんだ?
「何をしてやがる?」
「はは!他に何がある?傭兵グループに電話して君の家族を始末するよう頼んだんだ」
怒りが込み上げてきたが、それは実際には問題じゃないと分かっていた。ため息をついて言った。
「つまらん。もっと別のことをするかと思ったぜ」
「は?聞いてなかったのか?お前の家族を殺そうとしているんだぞ」
突然スマホのスピーカーから銃声が聞こえたが、同時に傭兵たちの叫び声も聞こえた。これがマネージャーを動揺させた。
「おい、何が起きている!?おい、何が起こっているんだ」
電話の向こうの声が非常に動揺して言った。
「化け物だ!無理だ!あああああ!!!」
「おい!おい!何が起こっているか教えろ!」
安堵の笑みを浮かべた。家族のことを心配する必要はなかった。そこには父さんがいる。彼なら何とかできる。なんといっても彼はとても強いからな。
「どうした?マネージャーさん、お前の傭兵グループは敗北したようだが、そう思わないか?」
「何をした?」
「何もしてない。単純にお前とコーポレーションが俺たちを過小評価しただけだ」
「何!?」
「俺たちは普通の人間じゃない――」
「畜生!化け物め」
マネージャーは振り返って走って逃げた。計画が失敗したと気づいて尻尾を巻いて逃げたようだった。しかし俺は彼がここで諦めるとは思わない。何かするつもりだ。奴らと対峙する準備をしておかなければならない。今は家に帰るのが一番だろう。
『12月24日 / 8:50』
階段を上がって部屋に戻ろうとしていた時、突然玄関のドアを誰かが必死に叩く音が響いた。急いで開けに向かうと、そこにはウィリアムが立っていた。
「アレクスくん!大変なことになった……」
「何が起きたんだ?」
「奴ら、コーポレーションが今日サプライズコンサートを計画していたんだ。今すぐ計画の第一段階を実行するつもりだ」
「何だって?」
「お父さんに連絡しろ。正面から戦いに行くぞ。計画変更だ……」
すぐに父さんに電話をかけた。騒ぎを聞きつけてライラも近づいてきた。
ライラも戦いに参加したがった。
「わたしも行くの!戦うの!」
しかし父さんが止めた。
「だめだ、ライラちゃん。危険すぎる」
「でも!わたし何もしないで待ってるなんて嫌なの!助けたいの!」
「だめなものはだめだ」
ライラが泣き始めた。父さんは頑として譲らなかったが、ライラの涙を見て苦しんでいるのは明らかだった。
その時、ウィリアムが口を挟んだ。
「ライラちゃん、本当にその決意は固いのかい?」
「うん!わたし大人になりたいの!成長したいの!力があるのに何もできない役立たずなんて嫌なの!お兄ちゃんを助けたい!友達を助けたい!強くなりたいの!」
父さんはライラをじっと見つめた。俺もライラがこんな風に自分の気持ちを表現するのを見て驚いた。
ウィリアムが微笑みながらポケットから何かを取り出した。
「それなら、これを持って行きなさい、ライラちゃん」
「これ何なの?」
「鎧だよ。あらゆるダメージからライラちゃんを守ってくれる」
父さんは一目でその鎧の出所を理解した。
「おい、まさか……」
「そうだよ。この鎧はサンティのものだ」
ライラは不思議な装置を受け取り、胸の近くに当てた。瞬間、鎧が現れた。あの男、サンティのものとよく似ていて、「i5」と書かれたロゴまで付いていた。
俺は混乱しながらウィリアムに尋ねた。
「本当にそれでライラを守れるのか?」
「ああ、大丈夫だ。心配するな。サンティが家族を裏切ったことは一度もない」
全員でコーポレーションと戦い、コンサートを阻止して真実を暴く準備を整えた。戦いは避けられないことは分かっていた。ある程度まではこちらに優位があると思っていたが、奴らには「人質」がいる。レイナがまだ奴らの手の中にいるのだ。彼女を救わなければ。何としても。
みんなで飛行能力を使って目的地に向かった。しかし、到着してみると場所はもぬけの殻だった。
ウィリアムが困惑して言った。
「一体何が起きているんだ?」
周りを見回すと、奇妙な戦車や高度な技術の鎧を身に着けた武装した人々が配置されていた。そして舞台の上には、レイナのマネージャーが「罠にかかったな」とでも言いたげな表情で微笑んでいた。
今度は俺たちの方がまんまと相手の策略にはまったのだと感じた。奴らに手の内を読まれていた。これは霊輝の力と科学技術の戦いの始まりに過ぎなかった。
次回――
ここから先は、誰かの“選択”が大きく未来を変えていく。
迷い、衝突し、そして――問いの先にある「答え」へ近づく時が来る。
守りたいもの。
信じたいもの。
手放したくない願い。
それぞれが抱えてきた感情と覚悟が、ついにぶつかり合う。
舞台はもう整った。
あとは、進むだけだ。
決して逃げられない 本当の対峙 が始まる――。
「レイナ編」の結末まで、残された時間はほんのわずか。
その先に待つものは――。




