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霊輝  作者: ガンミ
11/71

二人だけの空間

『4月11日 / 16:10』


そこに、彼女はいた。


部屋の隅。古いカーテンが風で揺れる中、俺に向けて奇妙な形の銃を構えていた。


だが、その手は小刻みに震えていた。


「……君、何が目的なの。どうして……どうして、あたくしを追ってくるの……!」


声が震えていた。恐怖と怒りが混ざったような、壊れそうな声だった。


一歩踏み出し、両手をゆっくりと上げて見せた。


「待ってくれ。俺は……お前に危害を加えるつもりなんてない。ただ、お前を助けたいんだ」


「……助ける?」


銃を構えたまま、彼女の眉がわずかに動いた。


「お前の中にあるもの……それは自分のせいじゃない。……落ち着いて聞いてくれ。その力の名前は……霊輝だ」


瞳が一瞬広がる。銃を構えた手が微かに震え、地面に視線を落とす。


「……霊輝……?」


声は掠れ、まるで未知の言葉を噛み砕くように繰り返す。


「……ああ。たぶん、もう目にしているはずだ。……胸の辺りで光る、青く強い光。……あれが霊輝だ」


銃口が、わずかに下がる。


それでも、その言葉に――ほんの僅かだけど、希望が見えた気がした。


やがて、彼女の手から銃が消えるように霧散し、両手が力なく下ろされた。


「本当に……助けてくれるの?この"呪い"から……本当に……信じていいのかしら?」


「……ああ、約束する」


彼女は、数秒だけ俺を見つめ、それからそっと近づいてきた。


そして、右手の人差し指を、俺の肩に軽く触れた。


――ズンッ。


一瞬で、足が重くなる。目の前がぐらつく。全身の力が抜け落ちていく感覚。


(これだ……)


これは、「吸われてる」感覚だ。霊輝を。

踏ん張った。倒れずに歯を食いしばり、踏みとどまった――意識が薄れそうでも、立ち続けた。


彼女が目を見開いて、指を離した。


「……おかしいわ。あたくしがこの力を手に入れてからのよ……触れた人間はみんな体調を崩すのに……。君は、なぜか……平気なの」


そして、ほんの少しだけ微笑んだ。


「あたくしの名前は……アナスタシア・ハールヴァルド」


「俺は、朝倉アレクス。よろしくな、アナスタシア」


握手はしなかった。お互い、触れることに慎重だった。


「……それで、これからどうするの?」


「ちょっと、待っててくれ。すぐ戻る」


階段を駆け下りて、外にいたエミリーのもとへ。


「もう大丈夫。ここからは俺がやる」


「は……? ちょっと待って、何それ。どうして私を外すの?」


「任せてくれ。彼女と……話がしたい」


納得いかない顔のまま、エミリーはしばらく黙っていたけど――


「……わかった。でも、ちゃんと説明してよ」


「あとで、絶対」


頭を下げ、エミリーの背を見送った。


(……ごめん、エミリー。でも、彼女と二人きりでないと、きっと……後でちゃんと謝ろう)


そして振り返ると、家の玄関から、ひょこっとアナスタシアが顔を出していた。


「さっきの方……どなた?」


「ただの友達だよ。お前を探すのを手伝ってくれてた」


アナスタシアは、少し安心したように頷いた。


そして、俺の前に立ち、無言のまま見つめてくる。


(……なんだこの空気)


『早くなんとかしなさいよ。ずっと見つめ合ってても何も始まらないわよ』


頭の中に、アンジュの声が響いた。


「ったく……」


苦笑いしながらアナスタシアに向き直った。


「……ちょっと付き合ってくれないか。近くにカフェがあるんだ。君のこと、もっと知りたい」


アナスタシアの眉がぴくりと跳ねた。――誘いなど、予期していなかったのだ。

彼女の指先が、自分の胸をそっと撫でる。あの青い光が、また誰かを傷つけるのではないかと。


「心配するな。俺が側にいる限り、お前の霊輝が周りに影響を与えることはない」


彼女の唇がかすかに震え、視線を地面に落とした。……それでも、ゆっくりと、一度だけ頷く。

カフェへ向かう一歩目は、まるで薄氷を踏むような慎重さだった。


『16:47』


カフェの扉を開けると、チリン、と小さな鈴の音が響いた。

中は暖かい雰囲気で、コーヒーの香ばしい匂いが漂っていた。

でも、彼女の表情からは居心地の悪さが滲んでいた


アナスタシアの歩く速度が遅くなった。まるで、このカフェが何かの罠だと警戒しているみたいで。目線が落ち着かず、椅子に座るときも身体が硬直していた。


(緊張してるな……)


彼女の気持ちも、無理はないと思った。ずっと、自分の霊輝に怯えながら生きてきたんだから。

どれほどの間、そうしていたのかは分からないけど――誰かに心を開くなんて、簡単じゃない。


沈黙が数分流れた。気づけばテーブルには湯気を立てるコーヒーカップが二人分、店員に置かれていた。


微笑みながら、言葉を選んだ。


「大丈夫」


声が、わずかに震えているのに自分で気づいた。


「何も怖がらなくていい……だって――」


息を深く吸い込み、覚悟を決めた。


「俺も、霊輝を持ってるんだ」


「……え?」


アナスタシアの瞳が一瞬で見開かれた。珈琲カップからこぼれた液体がテーブルクロスに暗いシミを広げるのにすら気づかない。


「そ、それは……信じられない……だって……」


彼女の手がテーブルの上で震えた。ナプキンを握りつぶし、指の関節が真っ白になる。 唇を噛みしめ、俯いたまま息を詰まらせている。


(……今だ)


腰をかがめ、彼女の目線の高さまで降りた。陽が彼女の輪郭を柔らかな金縁で描き出す。


「ずっと一人で背負ってきたんだな……『誰も傷つけたくない』って想い」


声を潜めて、テーブルの木目を指でなぞる。


彼女がゆっくりと顔を上げる。長い睫毛の陰に、閉じ込めていた光が一瞬揺らいだ。


「ほら……無理に一人で背負わなくていいんだよ」


コーヒーカップの縁に指をかけ、そっと回した。


「さっき言っただろ? 俺も霊輝を持ってる。つまり――」


息を少し深くして、目をまっすぐ見つめる。


「お前の苦しみ……少しでも分かち合えるってことさ」


アナスタシアの指がナプキンの端をひねる。白い布に細かい皺が寄った。


「たとえばさ」


声のトーンを軽く上げ、窓の外の街灯を指さす。


「あの明かりだって、一つじゃ暗いけど……二つ並べば、道を照らせるだろ?」


彼女の視線が街灯へ移り、唇がかすかに緩む。


「だから……」


腕を伸ばし、掌を上に向けて差し出した。


「一人で高い壁に立ち向かうより……誰かと手を繋いで谷を越えた方が」


口元に小さな笑みを浮かべて続ける。


「きっと、登り詰めた時より美しい景色が見られるって、俺は信じてる」


もう一度、何も飾らずに掌を差し出した――この手に危険はないと約束するように、静かに。


沈黙が流れる。カフェの喧噪だけが、時を刻む。周囲の会話や笑い声、コーヒーカップの触れ合う音——全てが、彼女の鼓動に重なって聞こえた。


アナスタシアの指が止まった。宙に浮いたまま、微かに震える人差し指が、俺の掌の上に針のように突き刺さりそうで――でも届かない。


「……だめだ」


彼女の呟きが、硝子の破片のように鋭く飛んだ。


「触れたら……君の命を奪うかもしれない。あたくしは……触れるものすべてを喰らう渦なんだ」


息を殺した。掌を動かさず、ただその細い指を見つめる。


(……吸い取られてもいい。俺の霊輝が盾になる)


すると――

人差し指の先が、ゆっくりと掌の中心へ沈んでいった。 氷のような感触。

冷たさの奥で、かすかに鼓動が響く。まるで薄氷を踏む鹿の心臓の音だった。


「……っ!」


彼女の肩が跳ねる。目を閉じ、長い睫毛が蝶の羽ばたきのように激しく震えた。


(奪わないで……お願い……止まれ……)


――だが、何も起きなかった。


「……え?」


彼女が目を見開く。指先に残ったのは、ただの温もりだけだった。


……正直、俺だって何を言えばいいかわからなかった。

台本なんてない。ただ、彼女の目を見て、必死に言葉を探した。


彼女の人差し指が、俺の手のひらに触れる。一瞬の接触、それだけでもう十分だった。

——彼女は、わずかながらも俺に賭けてくれたのだ。


彼女は視線を落としたまま。


自信を持って微笑んだ。彼女が最初の一歩を踏み出した――信じることを選んだのだ。


「アナスタシア、お前が持つ霊輝は、一つの強い感情から来ているんだ」


コーヒーカップの縁をそっと撫でながら、真剣に見つめた。


「君の過去で……心が砕けそうになった瞬間はあるか? あの時、霊輝は目覚めたはずだ」


アナスタシアの指が止まった。長い睫毛が俯いた顔に影を落とす。


「……思い出すのは辛いことばかりね」


テーブルクロスの織り目をなぞりながら、彼女の声が遠のいていく。


「でも、どんな記憶でも構わない」


数秒の沈黙。店内の時計の針が三度、カチッと音を立てた。


「……一つだけあるわ」


彼女が胸に拳を当てた。爪が服の布地に食い込み、白い指関節が浮かび上がる。


「あまりに遠くて……それでいて近すぎる記憶。気づけば三十年の歳月が流れていたの」


(……三十年? でも見た目は20代前半――まさか、ルーシーと同じく時を囚われていたのか?)


ルーシーの姿が脳裏をよぎる――霊輝に囚われ、彷徨い続けた百年の記憶。孤独が魂を蝕むあの絶望を、今アナスタシアも背負っているのだ。


「……ずっと、辛かったな」


俺の呟きに、彼女の肩が微かに震えた。


すると突然、アナスタシアが顔を上げた。瞳に決意の光が灯る。


「もしかすると……あの家ならもっと覚えているかもしれない」


「あの家?」


「え」


彼女が恥ずかしそうに目を逸らす。


「……さっきの場所…あの家…あたくし、あそこに住んでいたの」


「まさか!」


声が思わず跳ね上がる。冷めたコーヒーカップが揺れ、残りかすが渦を描いた。


アナスタシアは無言でうなずき、スカートの裾を整えながら立ち上がった。窓の外では太陽が沈み、カフェのネオンが彼女の横顔を青白く浮かび上がらせている。


「行きましょうか」


俺も椅子を蹴って立ち上がる。廃屋への道のりが、二人の影をゆらゆらと飲み込んでいった。


『17:08』


夕方の光が、窓の隙間から細く差し込んでいた。

まだ日は落ちていないはずなのに、この家の中は妙に薄暗く、静まり返っている。


埃の匂いが、懐かしいような、それでいてどこか遠ざけたくなるような感覚を引き起こす。


(……この家に何かあるはずだ。彼女の感情を揺さぶるような、そんな何かが)


アンジュが教えた通り、強い霊輝は――

強い霊輝は、強い感情から生まれる。

もし彼女の中に、それを生んだ記憶や思いがまだ残っているのなら……それに触れれば、何かが変わるかもしれない。


「なあ……中をちょっと探してみてもいいか?」


俺の言葉に、彼女は一瞬戸惑ったように眉を動かし、けれど小さく頷いた。


「……うん。いいよ」


一階の家具を一つずつ開けていく。

中には何もない。空っぽの引き出し。誰かが意図的に物を処分したような感覚。


(写真とか……アクセサリーとか……そういうのがあれば)


彼女の感情に結びついたものを探していた。けれど、何一つ見つからなかった。


階段を上がり、あの部屋へ――彼女を見つけた場所。


そこにも、あまり物はなかった。衣類が数点、生活の痕跡。

それ以上は見ないようにして、静かに部屋を出た。


廊下に戻り、今度は隣の部屋の前に立つ。

扉の前で足を止め、ゆっくりと手を伸ばして、ノブに触れようとした――そのときだった。


「――そこは、ダメ」


彼女の声が、背中越しに聞こえた。


「……どうして?」


「……」


沈黙。


優しく言葉を選びながら尋ねた。


「言ってくれないか? 理由を」


彼女は目をそらし、唇を震わせながら言った。


「……実は、わたくし、自分の中で一番辛かった瞬間を、ずっと覚えていましたわ」


驚いた。だが、怒りはなかった。ただ、ゆっくりと呼吸した。


「……どうして、知らないふりをしたんだ?」


「試してたの。……本当に信じられる人か、知りたかった。あと……あたくしと長く一緒にいたら、君に何が起こるのか、それも確かめたかったの」


少しずつ崩れていく彼女の仮面。

その奥にいる、孤独で、不器用な“人間”が見えた気がした。


「……そっか。じゃあ、今は話してくれる?」


彼女の潤んだ瞳が、ゆっくりとこちらを捉えた。


「……くだらない話よ。聞いたら、きっとあたくしのことを哀れで滑稽な女だと思うでしょう?」


「それでも、聞きたい」


声は、静かで、まっすぐだった。


彼女はそっと目を閉じて、深く息を吸った。


「あたくしの、はじまりを――君だけに話すわ」


『××××年 / アナスタシア』


あたくしの人生が変わったのは――そうね、たぶん、あの晩からだったと思うの。


それまでは、ごく普通の幸せな日々だったわ。

母はあたくしが小さい頃に病気で亡くなったけれど、お父様がその穴を埋めるように、懸命に育ててくれたの。

ハンスハールヴァルド――神経系ネットワーク工学の分野で有名な技術者で、あたくしにとっては世界で一番かっこいいお父様だった。


家はメトロポリスの西側、緑の多い高台にあった大きな一軒家。

でも、いわゆる「お金持ちの家」って感じじゃなかったのよ。家具も落ち着いていて、派手さはなかった。

お父様は「贅沢よりも、心が満たされる暮らしの方が大事だ」って、よく言ってたわ。


それに……あたくしには弟がいたの。

ギド。あたくしより六歳年下で、ちょっと内気だけど、頭がよくて優しい子。

あの子はいつもあたくしの後ろをついてきて、「ねえ、アナ姉」って笑うの。あたくしのことを「姉さん」って呼ぶ、その声が、いまでも耳に残ってる。


あたくしは昔から「お姉ちゃん」気質だったのかもしれないわね。

周りの子たちが泣いてたら、手を引いてあげて、落ち込んでたら、話を聞いて。

「アナって、なんだかお姉さんみたい」ってよく言われた。

だからかしら、あたし、自分を守るより先に、誰かを守りたいって、いつも思っていたの。


高校を卒業して、あたくしはメトロポリス帝国大学に進学したの。

専攻は「神経サイバネティクス」、つまり人工知能と義肢、脳神経とのインターフェース技術ね。

お父様の影響もあるけれど……それ以上に、人の可能性を拡張する技術に惹かれたの。

誰かの「できない」を、「できる」に変えられる。そんな未来を作りたかったのよ。


ただ生きていくだけで、苦痛しか待っていないなんて...あたくしには想像もできなかった。この先に何が待ち受けているのかも知らずに、ただ歩き続けるだけの日々。それでも、諦めるわけにはいかないのよね...きっと何か意味があるはずだわ。

アナスタシアの過去については、次のエピソードでもまだ続きます。

今回では描ききれなかった部分があるので、もう少しだけお付き合いください!

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