新たなる旅立ち
混乱が過ぎ去り、ようやく静かな日常が戻ってきた。
霊輝との戦いも、ノアも、すべてが遠い記憶のように感じられる。
だが、その静けさの中で、アレクスの心には別の疑問が芽生え始めていた。
自分の「これから」と、そして――父が隠してきた「過去」。
穏やかな日常の裏で、ゆっくりと動き出す新たな真実の影が、少しずつ彼の周囲を包み込み始める。
『10月28日 / 22:31 / ノア』
周りを見回した。全部真っ暗ない。これって夢でも見てる?
人生の記憶が目の前を通り過ぎていく。とても強い感情があたしを襲った。自分自身と、今まで送ってきた人生を見つめながら。いつも表面的なことばかりに集中して、本当に誰かと深い関係を築く時間なんて作らなかった。友達でも恋人でも、全部薄っぺらい関係ばっかり。なぜって?他のことに注目しなきゃいけないって思い込んでたからよ。でも現実は、あたしだって楽しい人生が欲しかった。冒険に満ちた生活、他の人たちと語り合えるようなことが欲しかった。そんなのちょっとでいいから欲しかったのに...でも自分に嘘をついてた。
必死に勉強して、将来素晴らしい仕事に就けるって信じてた。でも結果はただの平凡なオフィス勤め。思い描いてたものとは程遠いわね。もしかして、現実を受け入れたくないから未熟なのかしら。若い頃にやらなかったこと全てを後悔する痛み、青春を最大限に生きられなかった後悔...でも気づいたの。人生のどの段階でも、違った方法で生きることができるのよ。青春時代と同じように価値のある生き方が...
でも誰があたしにこれを教えてくれたの?記憶に足りないものがある?でも何が?
最近の数週間を思い出し始めた。ぼんやりとした記憶、ほとんど覚えてない日々...なぜ胸が痛むの?この痛みって...
とても美しい女性を訪ねたことを...アナスタシア?そうよ、覚えてる。彼女が言ったの、あたしと同じ経験をしたって...それからあたしのキャンピングカーを訪ねて、彼女が言ったのは...
何か重要なことを思い出した気がする。記憶の中で何かが足りない。心がそう言ってる。アナスタシアの言葉を思い出せる。
この暗闇の中で、何か光るものが見えてきた。その光に向かって走り始めた。少し弱いけど輝いてる光、青くて白い光...
目を開けると、すぐ隣に男の子がいた。誰だか分からない。何も言わない。混乱してるけど、なぜか不快じゃない。理由は分からないけど知ってるような気がする。何かを...感じる...
またアナスタシアの言葉を思い出した。「時が来たら忘れるのよ」
うまく理解できないけど、あの言葉が意味することは一つしかないわ。あたし、誰かを忘れてしまったのね。断片的な記憶がその証拠よ。隣にいて夜空を見上げてるだけのこの男の子、何か関係があるのかも...いえ、この子が責任者ね。それに...
お腹を触ってみた。空腹感が戻ってきてる。手を見て、つねってみる。痛い。
「痛っ!」
男の子が驚いて振り向く。
「大丈夫か?」
「...あ...うん...」
「人間に戻ったんだ、確かめるためにそんなことする必要ない」
信じられない。人間だった頃の感覚が戻ってきてる。涙が出そうになった。男の子がじっと見てて、あたしも彼を見つめる。
「あんた...あたしに何が起こったか知ってるのよね?」
彼が頷く。何も言わない。
「...教えてくれる?」
男の子が今まで起こったこと全てを話し始めた。確かに、言うことすべてがあたしの断片的な記憶と一致してる。ついに彼の名前が分かった...アレクス。その名前を聞いた瞬間、すごい安堵感を感じた。何を考えればいいか、何を言えばいいかも分からない。彼があたしを救ってくれた。記憶はないけど、感情は覚えてる。
しばらくして立ち上がり、キャンピングカーの中に駆け込んだ。冷蔵庫を探って酒の缶を取り出す。アレクスは「なんで今酒飲んでるんだ?」って顔をしてるけど、実際は飲みたくない。確かに酒は大好きだけど、もうやめなきゃって感じてる。
缶を開けて一口だけ飲んで、地面に残りを全部流して空き缶を遠くに投げ捨てた。
「おい、街を汚すな」
「え?ごめん、でもこれはやらなきゃいけなかったのよ...」
「なんで?」
「...儀式みたいなものよ...」
アレクスは困惑してた。これをやる理由は一つだけ。昔の自分を永遠に置き去りにしたかった。40年間時に囚われて、今生まれ変わったから、昔の自分を象徴する何かを捨てたかっただけ。ただそれがしたかった。
アレクスともう少し話した後、彼は家に帰った。あたしはいつも車を停めてた近くの場所に残った...彼が去るのを見て、まだ疑問があることを感じたけど、一つだけ確実なことがあるわ。アレクスがあたしを救ってくれたってこと...それにアナスタシアのあの言葉...また彼女のところに行って、このことについて話さなきゃ。残りの疑問を全部明らかにしてくれるかもしれない。
今はもう寝よう。とても疲れてるもの...
『10月29日 / 7:05 / アレクス』
学校に行く準備をしていると、今日は寒く感じた。アンジュが影の中から現れた。次の女の子の捜索について話す時だった。
「アンジュ、について―」
だが、アンジュが俺にとても近づいて、口に指を当てて何も言わないようにした。どうやら彼女の方に話すことがあるようだった。
「アレクス、まず最初に話したいことがあるのよ」
「何について話したいんだ?」
「セレステのことよ」
「もう見つけたのか!?」
「違うわ!でもすぐに私が発見したその場所への探索があるのよ」
「彼女がそこにいると思うか?」
「分からない。でも行かなければならないの。もしかしたら不定期間、オマエを手伝えなくなるかもしれないわ」
それを聞いて気分が悪くなった。アンジュが不定期間去ってしまう。彼女の助けなしに何が起こるか分からない...
「でも...捜索はどうするんだ?まだ見つけなければならない女の子が一人残ってるぞ!」
「分かってるわよ!でも今起きていることを見過ごすわけにはいかないの...」
彼女もこのことで苦しんでいる。彼女にまた長い間、助けなしに去ってほしくなかった...できない...
突然、彼女が俺の手を取って何かを手に渡した。
「これは何だ?」
「お守りよ」
「お守り?」
見ると、奇妙な文字らしきものが書かれた紙のようだった。
「このお守りで、もしオマエが困ったことがあったら、私の名前を呼ぶだけで目の前に現れるわよ」
「それを聞くととても安心するな」
彼女は微笑んで、俺はその笑顔を見た。その笑顔がとても自然に出てきて、言葉を失った。アンジュは少し離れて言った。
「それで?今度は最後の女の子について何を話したかったのよ?」
次の捜索について考慮すべきことがいくつかあった。まず、アンジュが以前言っていたように、彼女は大勢の人がいる大きな場所にいると言った。
「前に言ってたな、その女の子は人でいっぱいの場所にいるって?」
「ええ、その瞬間を覚えてるわ。怖くなったの...多くの人間が彼女が人工霊輝と融合するのを目撃したからよ」
「何!?大勢の人が見たなら、なぜニュースに出なかったんだ?」
「知らないわよ。それに『ニュース』って何なのよ?私は人間がすることについて何も知らないということを思い出しなさい」
彼女の言うとおりだった。そういう詳細は知らないが、もし大勢の人がそれを目撃したなら、なぜ誰も話さないのか?
「他に何を覚えてる?」
「たくさんのライトがあったわ...んー...あっ!思い出したわよ!」
「何を?」
「時間よ、時間」
「時間?」
「そうよ、人間には流れが違うけど、少なくとも理解してるわ。理解できないのはその時刻よ。どう機能するのか全く分からないわ」
アンジュが時刻の仕組みを知らないと告白したことは置いといて、じゃあ時間って何のことを言ってるんだ?
「アレクス、今すぐ知っておくべき詳細があるのよ」
アンジュは紙を浮かべて、その上に書き始めた。今度は何を説明するつもりだ?
「今まで、オマエはこの子達全員と出会ってきたのよね。探していたからか、偶然か、それとも他の理由か...でも、オマエがその子達と出会った方法は、私が彼女達を知った方法とは違うわ。それは明らかでしょう?」
「ああ、その通りだ」
「いいわ。私にとって、彼女達と出会った順番を教えてあげる。ルーシー、ノア、アナスタシア、フィリア、ライラ、ルビー、スズ、メリッサ、ひかり...そして最後に見つからない子よ」
「なるほど...つまりその順番で全員と出会ったのか。でも名前を知らなかったから、正しく順序をつけることができなかった。だから最初から言えなかったってことか?」
「そうよ、正解ね。でも私が言いたいのは、彼女達の間には年単位の違いがあるということよ。例えば、ルーシーは100年間生きているけれど、正確には人工霊輝と融合して目覚めてからは50年しか経っていないの」
「うーん...それで何が言いたいんだ?」
「ルーシーの後、ノアが目覚めてから10年後に彼女を知ったわ。ノアを知ってから10年後、ある月にアナスタシアと出会った。その数ヶ月後にフィリア。この二人を知ってから10年後、ある月にライラと出会い、ライラが霊輝と融合した1ヶ月後にルビーを知った。ルビーが霊輝と融合した1ヶ月後にスズを知り、スズから5年後にメリッサ、5年後にひかり...そして最終的に...最後の霊輝と女の子が融合するまで9年も過ぎてしまったのよ...」
アンジュは黙り込み、考え深げな表情になった。彼女は俺に、アンジュがひかりと出会った後に書いたカレンダーを見せてくれた。ひかりと出会ってから9年間、もう霊輝の手に渡る女の子はいなかった。しかし...
「そうよ、去年まで数えて9年間だったの。つまり去年、最後の子が霊輝と融合したのは去年のことよ」
この話を聞いて俺は呆然とした。最後の女の子は、人工霊輝と融合してからそれほど時間が経っていない。それはつい去年起こったことだ。もしそうなら、彼女は全員の中で唯一この時代に相当し、もっと古い時代から来たわけではない...最後の女の子がつい去年霊輝を得たばかりだという事実が頭から離れなかった。もし彼女がこの時代の子なら...
アンジュが俺の肩に触れ、考えから引き戻した。
「最後の子が誰かもう分かったから、この最後の子がどんな霊輝を持っているかを教えてあげるわよ」
彼女は真剣な表情になった。なぜなら、この足りない子が最後であることに加えて、アンジュは以前、彼女が全ての女の子の中で最も強力な霊輝を持っていると言っていたからだ。この最後の子は一体どんな力を持っているのだろうか?
「まずはあの子の『特性』を定義することから始めましょうよ。特に問題なのがそれなの」
「なんで問題なんだ?」
「...それは誰でも狂気に陥らせることができるからよ」
その言葉を聞いて、唾を飲み込んだ。そんなに恐ろしいのか、彼女の霊輝は?
「正確に言うと、周りの人間が段々と興奮していって、狂気に屈するってことね。でも...」
最後の「でも」には、もっと多くの奇妙なルールが込められているように感じられた。
「適用される方法と理由には限界があるの。彼女の『特性』に陥る人間は、彼女の価値観を共有する者だけよ」
それが理解できなかった。アンジュが知らない詳細がもっとあるはずで、だからこそそんな風に言うのだろう。
「私が知らないことがまだあるかもしれないわね。この霊輝は今まで創られた中で最も複雑なものだから」
アンジュはその詳細について深く考え込んでいるようだった。全ての詳細を把握していないのかもしれない...
「今度は彼女の『個性』について話すわよ...そうね、どう言ったらいいのかしら」
今度は困惑しているようで、説明したいことをどう表現すればいいか確信が持てないようだった。
「ちょっと説明が難しいのよ...彼女の霊輝の武器は今まで見たことがない独特なデザインをしているの。だから何と呼べばいいのか、どう呼ぶべきかわからないのよ」
アンジュは彼女の霊輝の武器の『個性』をうまく説明できずにいた。そんなに難しくて奇妙なものなのか?最も強力だと彼女が分類するものなのに?
「霊輝の武器のデザインは置いておいて、彼女はそれを諸刃の剣のような形で使うことができるのよ」
「どういう意味だ?」
「彼女はオマエのような戦い方はしないけれど、戦うことはできるの。それに、その霊輝の武器で人間の感情さえも変えることができる...完全に変えることができると言ってもいいでしょうね...」
「感情を操るのか?」
「そうよ...でもどこまでできるのか、何か制限があるのかはわからないの」
「でも、なんで諸刃の剣って言うんだ?」
「それは、私の知る限りでは、彼女がその力を使うために何かを代償として捧げなければならないからよ。自分の何かを犠牲にしてその力を使わなければならないの」
その話を聞いてめまいを感じた。
「アレクス、この霊輝について私が知らないことがまだあるかもしれないわ。彼女はいつでも爆発しかねない爆弾のようなもの。その力は本当に破壊的なの。でも、それを正確に表現する言葉が見つからないのよ」
アンジュを見つめながら、彼女が最後の少女について明かしてくれたこと全てを考えていた。今、重要な情報を手に入れた。でも、それは彼女に直接関連することだけで、どこを調べるべきか、どうやって調査を進めるべきかの手がかりはまだ得られていない。
「ありがとう、アンジュ。できるだけ早く調査を始める」
彼女は再び微笑み、背を向けて言った。
「いいわよ!...もう行かなきゃ...また後でね、アレクス...」
彼女は影と融合して消えた。アンジュに去ってほしくなかったが、そうしなければならなかった。彼女がくれたお守りをもう一度見た。これからはいつもそれを持ち歩こう。そう決めた。
『10月30日 / 7:39』
いつもの通学路を歩いていると、朝の冷たい空気が頬を刺した。スマホが突然振動して、立ち止まって確認してみる。メッセージはメリッサからだった。
『アレクス、明日の夜、ある場所に誘いたいの』
え?メリッサが俺を誘ってる?なんで突然?
すぐにメッセージを返した。
『なんで誘ってくれるんだ?』
しばらくして返信が来る。
『ハロウィンパーティーをしたいからよ』
ハロウィンか...こういうイベントなら他のみんなとも一緒に楽しめそうだな。
『他のみんなも誘わないか?』
今度は返信が遅い。やっと届いたメッセージは、何かのアニメキャラの怒った顔のアイコンだった。
『なんで怒ってるんだ?』
『だって...わたし、二人きりで過ごしたかったのよ!!』
心臓がドキッとした。メリッサがそんなにストレートに...二人きりでいたいって。
みんなで楽しく過ごすのもいいけど、メリッサがそう言うなら...でも、これでいいのか?迷いながらも、結局メリッサの誘いを受けることにした。
一体何を企んでるんだ、あいつは?
『10月31日 / 20:55』
メリッサが指定した場所に向かった。どうやら金を貯めて、ネットカフェに行けるようになったらしい。個室があるところで、そこに来てほしいと言われたが...なぜそこなんだ?
到着すると、外で待っていた。嬉しそうに見えたが、明らかに緊張もしていて、黒いリュックを背負っていた。それに、なぜか黒いマスクをつけている。
入って個室に向かうと、十分な広さがあったが、そんなに大きくも小さくもない。二人には適当なスペースだと言えるだろう。
メリッサが座って、俺にも隣に座るよう手招きした。
「漫画を見せたいものがあるの...」
彼女がリュックから取り出した漫画を見た。変な漫画だった。エロティックと言えるような内容で、見ていて緊張してしまう。
「面白そうだが...なぜこれを見せるんだ?」
「...それは、アレクスに文脈を知ってもらう必要があるから...」
「文脈?何の?」
「気にしないで...この漫画の特別エピソードを見てほしいの」
パソコンで打ち込み始めて、その特別エピソードを見つけた。30分ほどの特別編で、ハロウィンに関連した内容らしかったが、確実にちょっと際どいシーンがいくつかあった。嫌いではないが、メリッサと一緒にこんなものを見るのが緊張する本当の理由だった。
終わると、深い沈黙が流れた。誰も何も言わない。
ついにメリッサが口を開いた。
「アレクス...このエピソードに出てきた猫、どう思った?」
「猫?うーん...物語のマスコットみたいなものだろう」
「気に入った?」
「台詞が面白かったし...まあ、好きだよ」
「ちょっと外に出てもらえる?」
「!?」
困惑しながら外に出て、彼女が呼ぶまで待った。数分後、内側からドアを叩く音がした。入れという合図だろう。
困惑し、緊張しながらドアをゆっくりと開けると...メリッサがコスプレを着ていた。とても挑発的で、顔が熱くなり、他の部分も熱くなってしまった。
「どう?」
「どうってじゃない…!なぜそれを着てるんだ?」
「あの特別エピソードに出てきた猫のコスよ」
「それは分かるが...なぜ着たんだ?」
「...猫が好きじゃないの?あのキャラが好きだって言ったの、嘘だったの?」
この奇妙な状況に捕らわれてしまった。彼女は俺をじっと見つめていて、顔が真っ赤で、目は泣きそうに見えた。恥ずかしさからかもしれない。
突然、繊細な声で言った。
「にゃー!」
目を覆って考え込んでしまった。何を言うべきか、何をすべきか分からない。メリッサが何を目指しているのか理解できない。いや、もしかして...こんな風に単純だったのか、彼女は?
次回――穏やかな日々の中にも、小さな違和感が顔を出す。
試験に追われる日常、寄り添う仲間の優しさ、そして父の胸に秘められた動揺。
何気ない会話の中に、過去へと繋がる“鍵”が潜んでいる。
その穏やかな午後、ひとりの来訪者が現れ、すべての静寂を揺らし始めた。
日常と真実の境界が、ゆっくりとほどけていく――。




