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霊輝  作者: ガンミ
10/69

追跡の始まり

『4月10日 / 16:20』


エミリーがポテトの最後の一片を口に入れ、俺は残ったコーラを飲み干した。


心臓が軽く高鳴っていた。

エミリーと話しているうちに、ふと気づいた。

……こんな風に、学校のことやら、くだらない趣味の話やらで盛り上がれる相手は久しぶりだ。

まるで、昔から知ってたみたいに。

何だか、不思議な安心感が胸に広がる。


——それが、一瞬で崩れた。


「……近くに、変な霊輝を感じる」


エミリーの表情が急に硬くなる。声まで冷たくなった。


(……もしかして、探してる彼女か?)


鼓動が一気に速くなった。


「行くぞ」


椅子を蹴って立ち上がる。迷いなんてない。

エミリーが追いかけてくるのが背中でわかる。

足音、息遣い——全部が、今の“繋がり”を確かにした。


次の瞬間――


『アレクス、気をつけて。その女……近くにいる』


(アンジュ……!?)


『……あの女の霊輝、感じる。近い……けど、何かがおかしい』


(なに……?)


「エミリー……どっちだ!?」


咄嗟に聞かれて、彼女は少したじろいだ。喉が震えた。


「えっ……!? あ、あっち……!」


──指先が、ふらつきながらも、前方の路地を指し示す。


エミリーが路地を指さした瞬間、俺たちは同時に走り出した。街の喧騒。行き交う人々。車の音、風の音。だけど、あの“レキ”は――確かにどこかにいる。


背後から、エミリーの息切れが聞こえた。


「先輩……はぁ……もう、走れない……。この先……一人で……!」


振り返れば、彼女は膝に手を当て、必死に息を整えようとしている。


……こっちのターゲットだ。止まってる場合じゃねえ。


歯を食いしばり、前を向いて再び加速する——エミリーの姿は、瞬き一つで見えなくなった。


『……アレクス、気をつけろ。彼女の周りには人間がいる。……しかも、連中はもう“やられて”いるみたいだ』


(どういう意味だ、それ……!?)


不安が加速をくれる。速度を上げ、路地を曲がり、小さな服屋の前で立ち止まった。


扉を開けると、店内は静まり返っていた。


誰もいない。物音ひとつ、しない。


冷房の効いた店内。季節外れのコートを着たマネキンが無機質に並び、白い照明が不気味に揺れる。


だけど、数歩進んだ先――床に転がる手が視界に入った。


「っ……!」


駆け寄る。だが、そこにいたのは彼女じゃない。


「これって……」


一人、二人、三人――数人の客や店員が床に倒れていた。


「なにが……起きたんだ……?」


奥から漏れる嗚咽。


(……誰かいる)


音のするほうへ進むと、服の試着室の奥――そこに、いた。

床に座り、膝を抱えて泣いていた。


「……また、君か」


彼女は俺に気づき、顔をあげる。


「また……君……どうして……なんともないの?」


涙に濡れた目で、そう言った。


(……何が彼女を、ここまで……)


言葉じゃ届かないかもしれない。けど、せめて気持ちだけでも。


「大丈夫。君はもう――」


……あの少女の肩に、そっと手を伸ばした。

指先が触れる寸前——

ふと、背筋が凍りつく。


『ダメよ、アレクス!!』


アンジュの声が、脳に刺さった。


「っ!」


咄嗟に動きを止める。


『バカ! この女に触ったら、また意識失うわよ! 前みたいに倒れる気!?』


(っ……そうか。前、あのとき……!)


倒れた理由が、ようやく繋がった。


「……ここで何があった? 教えてくれ」


返事の代わりに、彼女の瞳が恐怖で見開かれる。


そのとき、遠くから足音が近づいてきた。


(エミリーか……)


「先輩! どこに……!?」


遠くでエミリーの叫び声が響いた瞬間――

目の前の彼女の身体が硬直し、突如、両手で俺の胸を強く押した!


バランスを崩した俺は、そのまま地面に尻餅をつき、埃を舞い上げた。


「っぐふっ!」


床に倒れ込む俺の視界に、走り去る彼女の姿。


また、逃げられた。


(くそっ……! 足が……動かない……)


目が霞む。けど、その視界の先、試着室から出た俺の視界に、エミリーと彼女がぶつかり合う瞬間が映った。


「――エミリー……!」


エミリーが、彼女の逃げ道を塞ぐように立っていた。


彼女が身構える。


でも、エミリーは振り返って俺を見た。


エミリーは咄嗟に彼女から離れ、俺のもとへ駆け寄った――その一瞬、逃げ道が空いたのを見逃さず、彼女は影のように走り去った。


「……先輩!」


俺のそばに膝をつき、両手で肩を支えてくれた。


その瞬間――


(……!?)


体が、ふわっと軽くなった。


温かい風が吹き抜けたような、不思議な感覚。


「……なんだ、これ……?」


「先輩の霊輝、吸われてたの。あの人に。だから今、戻しただけ」


「えっ……」


「この店の人たちも同じ。大丈夫、命に別状はない。でも、しばらく混乱するかも」


彼女の顔を見つめた。


エミリーが真っ先に俺のもとへ駆け寄ってくれた――

あの緊急事態で、迷わず誰を選ぶべきか判断する冷静さ。


(…こいつ、随分と頼もしいじゃねえか)


口元が思わず緩んだ。彼女は確かに、俺が今一番必要とする“支え”だった。


もしかすると――

エミリーのあの決断は、かつて誰も俺に示してくれなかった信頼の形だ。


(…俺も、いつかこうありてえな)


「……ありがとう」


俺たちは店を離れ、夕焼けの中、黙って歩き続けた。


分かれ道に差し掛かった時、街灯が俺たちの影を不気味に伸ばした。


「……じゃあ、また明日」


「……うん」


そう言って、エミリーは背を向けた。


でも数歩進んで、ふと立ち止まり、振り返る。


「どうしてそんなに落ち込んでるの?」


「……また、近づけなかった。話すことすら……」


俯く俺を見て、エミリーは少し微笑んで言った。


「……先輩、忘れたの?」


「……え?」


「私、霊輝の気配、記憶できるって言ったじゃない。あの人のも、もう覚えた、明日には――」


その言葉に、胸の奥がぱっと明るくなった。


「じゃあ……今、どこにいるか分かるのか?」


「分かるよ。約束します」


「教えてくれ!」


「だーめ。今日はもう終わり。まずは休んで。明日はまた明日」


彼女はそう言って、今度こそ本当に歩き出した。


立ち尽くしたまま、彼女の後ろ姿を見送った。


(でも……)


心はまだざわざわしていた。


(どうして……あの娘はあんなに怯えていた? 何を背負ってるんだ……明日こそ、その真実を暴いてやる)


『4月11日 / 7:30』


登校途中、曲がり角に立っていたのは――


「……エミリー」


当然のように、彼女がそこにいた。


ここは、いつも通る道。初めてぶつかった場所。


「おはよう、先輩」


登校路の角で、彼女が手を振る。


「おはよう……待ってたのか?」


「当たり前。今日はあの女性を探すんでしょ? 計画、立てなきゃ」


「……ああ。でも――」


歩き出す俺たち。


だけど途中で、エミリーがぽつりと聞いた。


「ねぇ、先輩。『助ける』って具体的にどうするんですか? もしかして…あの人を救う方法、ひそかに知ってたりするんですか?」


「え……」


口を開こうとした瞬間、喉が焼けるように渇いた。


(くそ… どう説明すりゃいいんだ?)


俺の脳裏を、忌々しい記憶が走馬灯のように駆け巡る――

“あの娘と恋愛し、キスして霊輝を回復させる”

――そんな言葉が、舌の上で溶けた毒のように渇きを増幅させた。


拳を握りしめ。


(……まさか言えるかよ!)


頬が火照り、心臓が暴れ馬のように跳ねた。

――結局、出てきたのは曖昧な唸りだけだった。


「えっと……その……あの……」


『ぷっ、なにその反応。言えないくせに真面目ぶって』


(アンジュっ……!)


『さぁ教えてごらん、王子様♪ ロマンチックな方法だって』


「……ッ」


思わず頭を叩いた。


「え? ど、どうしたの? 急に……」


「な、なんでもない! 本当になんでも!」


「ふふっ… 今は言えなくても大丈夫よ。でも、心の準備ができたら…いつか教えてくれる?」


「ああ、必ず教える」


俺がそう答えると、エミリーは満足そうにうなずいた。その後、沈黙が訪れた――靴音だけが舗道にリズムを刻む、奇妙に長い数分間だ。


ふと気づけば、エミリーの視線がチラチラと俺に向いている。

地面を見つめていたはずの彼女が、なぜか3歩に1度、こっちを盗み見る。


(……なんだ? 今の視線。俺の顔に何かついてるのか?)


背筋がゾワリと熱くなる。四度目で堪忍袋の緒が切れた。


「……おい、そんなにジロジロ見んなよ。気味が悪いぞ」


エミリーは飛び跳ねるほど驚いた。


「きゃっ!? 違、違います! ただ……先輩の霊輝を感じてただけなんです!」


顔を真っ赤にして必死に言い訳する様子が、逆に怪しい。


(はあ? 今か?)


思わず口が滑る。


「……へえ。無許可でこっそり俺の霊輝を感知するなんて……お前、立派な変態だな?」


「ええっ!?」


エミリーの耳まで一気に赤く染まった。


「変態じゃありません! 霊輝感知と覗き趣味は全然違います!」


怒っているのに、なぜか涙目になっている。


(……まずい、やりすぎたか)


俺は慌てて手のひらを向けて和解を提案した。


「……悪い悪い、冗談だ。忘れてくれ」


エミリーはプイと顔を背けたが、十歩も歩かないうちに、突然クスッと笑い声を漏らした。


「……ふふっ」


「……今度は何だ?」


眉をひそめて問い詰めると。


「なんでもないです……ただ、相変わらず先輩の霊輝、懐かしいなあって」


――その言葉に、俺は黙り込んだ。

彼女の横顔を見れば、口元には柔らかな笑みが浮かんでいる。


(……この感覚、一体何なんだ? 家族のようだなんて……)


答えのない問いを抱えながら、俺たちは校門へと歩を進めた――


「そうそう、今日のお弁当は? 持ってきたんでしょ?」


「……あ」


その場で凍った。


「……まさか」


「わ、わすれてました」


「もうっ! 先輩ったら……!」


エミリーが軽く俺の肩を叩くと、そのまま校門へ駆け出していった。


「いってぇ!」


「ま、待てって!」


そのときだった。


人混みの向こう――


俺の目に、あの姿が映った。


(……ルーシー)


彼女が、こちらをじっと見ていた。


その表情は、どこか寂しげで……でも何かを堪えているような、そんな顔。


(やばい……この瞬間だけで……心臓が……)


何かが崩れそうだった。


胸の奥で、何かが――音を立てて、軋んでいた。


視線がぶつかったのはほんの一瞬だった。

 だけど、間違いなく見た。あの光を秘めたような瞳。俺を見て、そしてすぐに――逸らした。


ルーシーは早足で校門をくぐり、そのまま生徒たちの波に紛れ込むように姿を消した。

まるで俺の存在を消したかのように。まるで、見られたくなかった何かを隠すように。


その場から動けなかった。心臓の奥が、妙にざわついてる。


(……なんだよ、今の)


「ねえ、どうしたの?立ち止まって」


背後から、エミリーの声が聞こえる。振り返ると、少し不思議そうな表情で俺を見上げていた。


「あ……いや、なんでもない」


 笑ってごまかす。けど、自分でもその笑顔がかなり無理してるのが分かった。


授業中、何度もルーシーの方を盗み見てしまう。けど、彼女は平静そのもの――いや、演じてるのか?


それでも、あの朝の一瞬が引っかかって、離れなかった。


俺が悪いのか?

エミリーと一緒にいるとこを見られたから? でも、それが何だってんだ。

それに、別に……付き合ってるわけでもない。


……ぐるぐる考えても、答えなんか出るはずない。


だから、今は目の前のことに集中する。あの「彼女」を――助けるために。


『12:25』


昼休み。俺はエミリーと、また一年生校舎の階段に集まった。


「ほら、これ。さっき買ってきたんだ」


エミリーは目を輝かせて受け取った。


「……先輩、そんなに気を遣わなくていいのに。……でも、ありがと」

 

笑って受け取るエミリーは、昨日とは少し違って見えた。ほんの少しだけ、心の距離が縮まった気がする。


……あ、ちがうな。

こうやって誰かと普通に話して、冗談言って、笑って――

多分、今「友達」を作ってるんだ。そんな当たり前のことが、なんでこんなに新鮮なんだろうな。


二人で弁当を食べながら、今日の行動について話した。といっても、実際に決めることなんてほとんどない。


「記憶してるから。あの人の霊輝の感じ、まだはっきり残ってる」


エミリーがそう言ってくれた時、少しだけ安心した。頼れる味方がいるって、こういうことなんだな。


『15:38』


放課後、昇降口でエミリーと再び合流する。

言葉は交わさなかった。――いや、必要なかった。こいつの表情を見れば、それで十分だったからな。


これから行く。見つけ出す。そして、話す。


ただ、それだけのことなのに――心臓がうるさいほど鳴ってる。


俺たちは学校を出て、人混みをすり抜けながら歩いた。エミリーが立ち止まるたびに、俺も止まり、彼女の感覚に身を預けた。


「このあたり……すごく近い」


彼女の声が低くなる。その瞬間、俺も背筋にゾクッとくるものを感じた。


(間違いない……この感じ)


そして、彼女がぴたりと止まる。


「ここ。間違いない」


エミリーに指差された先は――廃れた裏道だった。

いつもの通学路や、コンビニまで続く賑やかな道とは

まるで別世界の裏道に足を踏み入れた。


――ここだけ、色が褪せてやがる。


路地の奥から吹いてくる風が、髪の毛を逆立てる。

「……っ。市街地のど真ん中なのに、誰もいねぇのか?」


――ぎしり


風で軋む廃屋の看板が目に入る。

一軒、また一軒と、窓もドアも壊れた家々。

……まるで、何かに喰われた後の骨のようだ。


「……ここ、まじで通ったことねぇな」


空はやけに静かだった。風もほとんど吹いていない。街のはずれ、古びた住宅地の一角を俺たちは歩いていた。


エミリーと二人きり。ほかに誰の姿もない。いや……誰もいないのが、逆に不気味だった。ここは、かつて人が住んでいたはずの場所。今は……廃墟のような家が並んでる。


道端に止まったままの自転車。壊れかけた郵便受け。閉ざされた窓。まるで時間が止まったように、すべてが沈黙していた。


そんな中、エミリーはピタリと足を止めた。


「……あそこよ」


指差した先には、道の一番奥。ぽつんと建つ、二階建てのボロ家があった。


俺の喉がゴクリと鳴った。


(あの中に……いるのか)


鼓動が速くなるのを感じる。ついに見つけた……この数日、ずっと追いかけていた“彼女”。


それなのに、足が勝手に止まりそうになる。


エミリーは、そんな俺の緊張に気づいたのか、そっと一歩引いた。


「私は外で見張ってる。逃げられたら意味ないから」


言葉は淡々としてたけど、彼女なりの気遣いなのかもしれない。


「……ありがとな」


そう返して、ゆっくりと家の前に立った。


ボロボロの木のドア。手をかけた瞬間、ミシッと嫌な音が響く。


深呼吸を一つして、中へと足を踏み入れた。


――ギイ。


ドアがきしむ音とともに、室内の空気が肌に触れる。


埃っぽい匂いが鼻を刺し、思わず口元を手で覆った。天井の隙間から差し込む光に、舞い上がった埃がキラキラと浮かぶ。


ひとまず、誰もいない。


……そう思った矢先、階上から微かに音がした。


(……足音?)


心臓がドクンと跳ねた。


恐る恐る階段に足をかける。板が軋まないよう、できるだけ慎重に。


一歩、また一歩。


静けさの中に、自分の呼吸と心音だけが響いていた。


二階に上がると、廊下がまっすぐに伸びていた。左右の壁に数枚の扉。


一番近い扉に手を伸ばし、静かにノブを回す。


――ギイ。


中は……風呂場だった。誰もいない。


静かに扉を閉める。そこから、視線を右の奥に向けた。


(……どっちだ?)


耳を澄ます。でも音はしない。代わりに――


胸の奥が、ジリジリと熱を帯びていた。


不思議な感覚。いや、もうわかってる。これは――


(……霊輝だ)


集中する。余計な音を切り捨て、自分の中心だけを頼りにする。


……感じる。右端の部屋だ。あそこに、いる。


緊張で手が汗ばむ。震える指で、ノブを掴んだ。


ゆっくりと、扉を開ける――

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