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霊輝  作者: ガンミ
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異変の始まり

『4月5日 / 20:00』


俺の人生は、ずっと旅の連続だった。


父さんの車の中、見慣れぬ街の灯りを眺めながら、そんなことを考える。これで何度目の引っ越しになるだろうか。俺は数えたことすらない。今度の街は...メトロポリス市。


「ここが新しい街か……」


ぼそっと呟く。


「そうだ。しばらくはここに住むことになる」


運転席の父さんが短く答える。感情のこもらない声。もう慣れたやり取りだ。


父さんの持病……呼吸器の疾患。それが原因で俺たちは何度も転居を繰り返してきた。空気が綺麗な土地を求め、さまよい続ける生活。それが俺の日常だった。


当然、友達なんてできるはずがない。ましてや恋人なんてものとは無縁の人生だ。


母が亡くなったのは、俺が八歳の時。

交通事故だった。


それ以来、誰かと深く関わることを避けるようになった。学校ではそこそこ話せるクラスメイトがいても、結局は表面だけの関係。どんなに会話を交わしても、心のどこかで『どうせすぐに別れる』と考えてしまう。


そんな俺の隣にいるのは、唯一の家族である父だけだ。


……とはいえ、親子と呼ぶには距離がありすぎる。


父さんと俺の間には、言葉にできない壁がある。

少なくとも、俺にはそう感じられる。

だから、こうして車内で二人きりになっても、まともな会話はほとんどない。


外を眺める。


街の明かりが車窓に流れていく。夜の空には星が見えず、代わりに無数のネオンが輝いていた。都会特有の、無機質な光。


……そんな景色の中に、ふと目を引くものがあった。


遠くにそびえる山。


夜の闇に沈んだそのシルエットは、どこか不気味にすら感じる。

こんな大きな山の近くに住むのは初めてだった。

ぼんやりと山を見つめていると…


青い光が、山の方から弾けた。


「……!」


一瞬の出来事だった。


まるで閃光のような、それでいて幻想的な青白い輝き。目の錯覚かと思ったが、確かに見た。


「……なんだ、今の……?」


思わず身を乗り出して窓の外を凝視する。

だが、もう何もない。

気のせいか?


「どうした?」


父さんがちらりとこちらを見る。


「……いや、なんでもない。」


答えながらも、妙な胸騒ぎが収まらない。


『20:55』


家に到着した。


思ったよりも小さな家だが、父さんと二人で住むには十分な広さだ。


車から荷物を降ろし、父さんと共に中へ入る。引っ越しのたびに感じる、知らない家の匂い。慣れているはずなのに、どうしても馴染めない感覚。


「もう遅い。今日は早めに休め」


それだけ言い残して、父さんはリビングへと向かっていった。

俺も、言われた通り風呂に入り、さっさと布団に潜り込む。


明日は入学式。


世間では "新たな出会い" を楽しみにする日。

だが、俺にとっては "また新しい学校" というだけのこと。

これまで何度 "ようこそ" と言われ、何度 "さよなら" を繰り返してきたか。

そんなことを考えながら、意識が深い闇へと沈んでいく。


その夜、妙な夢を見た。

断片的な記憶。

夢の中にいたのは、"誰か"。

女性だった。

だが、その顔は思い出せない。

ただひとつ、確信できることがある。

……俺と同じ歳くらいの少女だった。


『4月6日 / 8:00』


父さんに車で学校まで送ってもらい、今日から俺の最後の高校生活が始まる。校門の前には多くの生徒たちが集まっていて、新しい制服、新しい仲間、新しい生活――そんな期待に胸を膨らませた表情の奴らばかりだった。だが、俺にはその感覚がない。


(また、適当に馴染んで、適当に去るだけだ)


『10:00』


入学式。特筆することは何もない。校長が話し、生徒会が挨拶し、拍手が起こる。ただの儀式。


式が終わると、父さんに連れられ、担任教師のもとへ。


「君が朝倉アレクス君か」


穏やかな雰囲気の中年の教師。名前は藤原先生。

父さんと何か話していたが、適当に相槌を打つだけで流していた。


(どうせ、形式的なことだろう)


そんなことより、明日からのクラスが気になる。

適当に誰かと仲良くするか?

それとも、いつも通り距離を取るか?

考えれば考えるほど、胃のあたりが重くなり、窓の外を見るしかできなかった。


『20:00』


自室の窓から空を見上げる。


かすかに星が見えるが、街の光にかき消されそうだった。

――ふと、昨日の "青い光" を思い出す。


「あれは……なんだったんだ?」


気になったが答えは出ないし、ただの偶然だろうと自分に言い聞かせて、再び布団に潜り込んだ。


『4月7日 / 7:30』


学校の入り口を歩いていると、生徒たちが入っていく中で、妙な女の子が目に入った。真っ黒な服を着て、明らかに違う雰囲気を醸し出している。


「あれ?」


もう一度探そうとしたが、あっという間に人波に紛れて見えなくなってしまった。


「何かの部活の子かな...」


でも、あんなに目立つ格好で校内を歩いているなんて、ちょっと変わってる。普通なら先生に注意されそうなものなのに。

それにしても、なんだか気になる存在だった。


新しいクラス、3-B。

担任の藤原先生に連れられ、教室の前に立つ。


「朝倉アレックスです。よろしく」


適当に自己紹介を済ませ、席に座る。

このクラスでの生活が始まる。

しかし――


ある少女が、俺の目を引いた。

クラスの隅。

まるで "幽霊" のように存在感の薄い少女。

短い黒髪の、静かな瞳の少女だった。


(……なぜだろう?)


不思議と、彼女から目が離せなかった。


『15:30』


下校時刻になり、教室を出た。今日は初日だったが、すでに帰り道のルートはなんとなく把握していた。歩いて帰るのもいいし、バスを使うのもありだろう。


廊下を進みながら、ふと目に入ったのは...また、あの少女だった。


彼女は誰とも話さず、誰にも気づかれることなく、静かに校舎を出ていく。その様子はまるで、周囲の世界と隔絶されているようだった。


(俺は…まだ最低限の会話くらいはしてる方だよな)


結局、何もできずに彼女が去っていく背中をただ見ているだけだった。

――外に出ると、街の空気が変わったように感じた。


高層ビルのガラスが夕日に照らされ、道路には自動運転の車が行き交う。街のいたるところに電子広告やドローンが飛び交い、テクノロジーの進歩を肌で感じることができる。


ここ数年で一気に技術が発展した。子供の頃は想像もできなかった世界だ。だが、その流れの中に、俺はいるのか?


…違う。

ずっと取り残されてる気がする。

将来どうするのか、何をしたいのか、そんなことすら決まっていない。ただ流されるだけの日々。


(大学? 就職? 俺は……)


考え込んでいると、不意に視界に見覚えのある姿が入った。


あの少女だった。俺のクラスの。 俺より少し前を歩いている。気づかれないように歩幅を緩める。


(…後ろを歩いてると、変に思われるか? ストーカーみたいに)


そんなことを考えているとーー彼女が突然、足を止めた。

ゆっくりと空を見上げる。


(……?)


何かあるのか?

つられて俺も空を見た。


「っ…!?」


それは……雲だった。

だが、普通の雲じゃない。

青白い光を帯び、ゆっくりと渦を巻いているーーまるで、何かが形を成そうとしているかのように。


「……な、んだ……?」


周囲の人々は気づいていないのか、誰も空を見上げていない。


(どうして……? こんなに異様なのに……!)


俺が混乱していると――

少女が走り出した。


「……っ!」


何かに引き寄せられるように、彼女は駆け出していく。

俺の中に、説明のつかない衝動が生まれた。


(追わなきゃ)


理屈じゃない。理解もしてない。だが、俺の足は自然と動いていた。


「待て……!」


彼女は振り向かない。

どれだけ走ったのか、気づけば街を抜け、森の入り口まで来ていた。

そしてーー彼女は迷いなく、森の中へと駆け込んでいった。


「おいっ……!?」


名前も知らない。呼ぶ言葉すらない。

だが、このまま見過ごしていいはずがなかった。


「ちくしょう……!」


俺も後を追う。

森の中は木々が密集しており、草木が視界を遮る。枝が顔に当たり、足元は不安定だった。


「どこに行った……?」


少女の姿を探しながら進むとーー突然、視界が開けた。

そこは木々の少ない開けた空間だった。


だがーーそこにいたのは。


長い黒髪が午後の光に揺れ、額の横に斜めにかぶった白い仮面が不気味に浮かび上がる。その形は一見、骸骨を彷彿とさせるが――よく見れば、どこか獣のような鋭い曲線を帯び、表面には無数の亀裂が走っていた。亀裂の奥からは、かすかな青い光が漏れている……あの山で見た輝きと同じだ。


確か小袖と袴って呼ぶんだったか。黒い着物に黒い袴を身に纏い、どこか古風な装いをしている。


――あれ?


この女、どこかで見たことがあるような……学校で見かけた気がするが、なぜここにいるんだ?それに、なぜこんな格好を?


「……誰だ?」


俺が追っていた少女ではなかった。

そこに横向きに立っていたのは、別の少女だった。

まるでこの場にそぐわない、異質な存在。


「……っ」


微かに動く彼女の視線が、こちらに向いた。

彼女の瞳は、どこか困惑しているようだった。

だが、それを確かめる余裕もなく――


「な……っ!?」


視線が少女の向こうに向くと、木々の陰に化け物が潜んでいるのが見えた。黒い霧のような身体に長い四肢、不気味な空洞のある顔をした、明らかに人間ではない何かが。


「……っ」


理解が追いつかない。

頭では否定しようとするのに、本能が警鐘を鳴らす。

これは"見てはいけないもの"だと。


「お、おい……!」


少女の肩がわずかに震えながらゆっくりと振り返り、金色の瞳が不思議そうに俺を見つめた。


「……そういうことね。オマエには私たちの姿が見えている。やっぱり私の推測は正しかった」


その瞬間、何が起こっているのか理解できなかった。だが、考えるより早く、化け物が動いた。地面が揺れ、木々がざわめく。


「くそっ……!」


体が固まった。

目の前で起きていることが現実なのか、わからなくなる。彼女がこちらに向かって歩いてくる。その後ろから、あの化け物も。


必死に走った。息が荒くなって、肺が痛い。森の中を駆け抜けながら、枝が顔に当たる。足も何かに引っかかって擦り傷ができた。

怖かった。

何が起きているのかわからない。ただ逃げることしか考えられなかった。

でも、前方に湖が見えた時、足が止まった。

道が途切れている。


(ダメだ……死ぬ……?)


背後で、化け物が近づいてくる。

ゴゴゴ……


後ろから化け物の足音が聞こえる。だんだん近づいてくる音に、心臓が早鐘を打った。

振り返ると、もうそこに立っていた。


「うわあああ!」


両手で顔を覆って目を閉じた。でも次の瞬間、金属音が響く―剣が何かを切り裂く音と化け物の苦しそうな唸り声。恐る恐る目を開けると、俺の前に背中を向けて立っている人影。青い刃の剣を握っているのは...あの子、クラスメイトの...


「……お前……!」


少女は力強く剣を押し返し、化け物を弾き飛ばす。

そのまま地面を蹴り、宙へと跳ぶ。

化け物がゆっくりと顔を上げ、彼女の動きを追う。

だが遅い。

少女の剣が、一直線に振り下ろされる。


刃は、化け物の顔に深々と突き刺さった。

化け物は奇怪な悲鳴を上げ、黒い煙のように霧散していく。

一瞬にして、その場から消え去った。


「……」


少女は静かに地面に降り立ち、倒れた剣を拾い上げた。

そして、何事もなかったかのように歩き出す。

俺の方を振り向きもしない。


「……待て!」


気づけば、言葉が飛び出していた。


「お前、誰だ? なんで、そんな動きができるんだ……!?」


少女の足が止まり、ゆっくりと振り向いた瞬間、夕暮れの空のような澄んだ青い瞳が俺を射抜いたが、その美しい視線の奥にはどこか寂しさが滲んでいるのが見えた。


「……」


一瞬の沈黙。

そして、彼女は低く囁いた。


「私に関わるな」


「……え?」


「ここには、もう来るな」


それだけを言い残し、再び歩き出す。

何も言えなかった。

気がつけば、彼女の姿は木々の向こうに消えていた。


「……なんなんだよ……」


訳がわからない。

化け物、謎の剣、超人的な動き……

そして、黒い服を着たもう一人の少女……いつの間にか、姿を消していた。


(……いつ、いなくなった……?)


あまりにも情報が多すぎて、何一つ整理できない。

結局、何もわからないまま、帰路についた。


『17:19』


家に帰ってきた時には、もうクタクタだった。

まだ信じられない。今日見たあの光景が。

部屋に入って、ベッドに体を投げ出す。頭の中では、さっき起こったことがぐるぐると回っていた。あのクラスメイト...黒い服を着た女の子...全部狂ってる。

でも、もっと考える前に、小さな音が聞こえた。


コンコン...

周りを見回す。また音がした。

コンコン...

今度は少し大きい。窓の方から聞こえてくる。何かが怖くなってきた。カーテンの向こうで、何かが窓を叩いている。でも、ここは二階なのに...

音がもっと大きくなった。

コンコン!!!

間違いない。誰かが窓を叩いている。

怖くなったけど、何が起こってるのか確かめなければ。机のランプを掴んで、何が来ても殴れるように構える。

ゆっくりとカーテンに近づいて...勢いよく引いた。

向こう側にいたのは、さっきの黒い服の女の子だった。浮いてる。笑顔で。

驚いて床に倒れ込む。その子を見上げながら。


「ねえ、開けてくれる?」


彼女が話しかけてきた。でも、まだ彼女から目を離せない。


「開けてって言ってるの!」


もう一度言われても、開ける気になれない。

彼女はため息をついた。


「仕方ないわね」


カチッという音がして、何もしていないのに窓が開いた。まるで何でもないように部屋に入ってくる。

床に倒れたままでいると、彼女が上に座り込んできた。その表情は、まるで何かを自慢しているみたい。誇らしげな笑顔を浮かべて。


少女は驚くほど軽かった。変な感覚だった。

手を奇妙な仮面に当てて、顔につけた瞬間、空気が一変した。目があるべき場所には暗い穴だけがあって、その奥で青い炎がゆらめいている。まるでそれが瞳であるかのように。

顔を近づけてきた。


「お願い...私を助けて...」


その言葉に驚いた。今の状況が全く理解できない。

仮面を外して、また頭の横に戻すと、にっこりと笑顔を浮かべた。


「オマエにしかできないの。お願い、助けて」


さらに顔を近づけてくる。

こんなに近いのに、息を感じない。呼吸をしていないのか?

勇気を振り絞って、突き飛ばした。

立ち上がりながら、距離を取って警戒する。

この子は何者だ?疑問だらけだった。


「質問する前に言わせて。もう調べてあるの。計算通り、あなたが私を助けてくれる人よ」


ただ見つめるしかなかった。

明らかに人間じゃない。一体どんな存在なんだ?

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