義妹に全てを奪われ追放された「呪われ令嬢」ですが、無愛想と噂の鬼騎士団長様に拾われ、『お前がいれば何もいらない』と想定外の執着と独占欲で甘やかされています
どん底に突き落とされた「呪われ令嬢」セレスティア。
そんな彼女を拾ったのは、氷のように冷たいと噂の「鬼騎士団長」ライオス様でした。
無愛想なはずの彼が見せる、予想外の執着と独占欲!?
「お前さえいれば、他はどうでもいい」
――冷たい瞳の奥に隠された、甘すぎる溺愛の行方は?
不遇なヒロインが愛されて輝くまで。
キュンとときめく逆転シンデレラストーリー、どうぞお楽しみください!
ひやりと冷たい石の床の感触が、薄いドレス越しに伝わってくる。子爵令嬢セレスティアは、息を殺して床を磨いていた。継母や義妹イザベラが眠っている時間を狙って、言いつけられた仕事をこなす。それが彼女の日常であった。
「セレスティア! まだ終わらないの!? この役立たず!」
階上から響く甲高い声は義妹のものだ。艶やかな黒髪と、夜の湖のような深い黒い瞳。父が亡くなる前は美しいと褒められたそれらも、継母と義妹にとっては「呪われた」「不吉な」色でしかなかった。向けられる悪意や嘲りは、まるで針のようにセレスティアの肌を刺す。他人の害意を敏感に感じ取ってしまうこの力もまた、「呪い」の証だとされていた。
孤独と諦めに慣れきった日々。それでも心のどこかで、いつか誰かがこの状況から救い出してくれるのではないかと、淡い希望を抱いてしまう自分がいた。
だが、その微かな希望さえ打ち砕かれる日が、あまりにも突然訪れたのである。
「お母様の形見のルビーの首飾りが無いわ! きっとセレスティアが盗んだに違いない!」
広間で、義妹イザベラが嘘泣きをしながら叫んでいた。隣では継母が鬼の形相でセレスティアを睨みつけている。
「いいえ! 私は何もしていません!」
必死に否定するが、聞く耳を持つ者などこの家にはいなかった。イザベラの心から伝わる、ねじれた愉悦と悪意。――ああ、これは、仕組まれた罠なのだ。
抵抗は無意味だった。セレスティアは家宝を盗んだ罪人として、ろくな着替えも食料も与えられぬまま、真冬の森へと追放されたのである。
降りしきる雪は、容赦なく体温を奪っていく。薄いドレス一枚では、凍える寒さを防ぎようもなかった。手足の感覚はとうに消え失せ、視界が白く霞んでいく。
(ここで、死ぬのだろうか……)
朦朧とする意識の中、誰にも看取られず、蔑まれたまま終わる人生を思った。その時、不意に雪を踏む音と、馬のいななきが聞こえたような気がした。
力を振り絞って顔を上げる。そこには、黒銀の鎧に身を包んだ騎士がいた。厳しい冬の空気を映したような、冷たく整った貌。凍てついた鋼のような灰色の瞳が、セレスティアを捉えた。
隣国の騎士団長、ライオス・エデルフェルト。「鬼の団長」「鉄仮面」と噂される、恐ろしくも美しい人。
「……何者だ?」
低く、感情の読めない声だった。しかし、不思議なことに、彼から感じるのは冷たさだけで、悪意や害意は一切なかった。セレスティアは答えることもできず、ただ力なく彼を見つめる。ライオスは微かに眉をひそめたが、やがてため息ともつかない息を一つ吐くと、躊躇なくセレスティアの凍えた身体を抱き上げた。驚くほど温かい腕だった。そのまま彼はセレスティアを馬に乗せると、無言で駆け出したのである。
次にセレスティアが目を覚ましたのは、ふかふかとした温かいベッドの上だった。傍らには心配そうに見守る初老の侍女がいて、セレスティアが気づくと安堵の表情を浮かべた。
「お目覚めですか、お嬢様。ライオス様があなた様を保護されたのです」
ライオス様――あの騎士団長だ。見知らぬ部屋、清潔な寝間着、暖炉の温かさ。まるで夢を見ているかのようだった。差し出された温かいスープを飲むと、強張っていた身体がじんわりと解けていく。久しぶりの優しさに、知らず涙がこぼれた。
後ほど、様子を見にライオスが部屋を訪れた。相変わらず無表情で、ただ「体調はどうか」と短く尋ねるだけだ。しかし、その言葉には微かな気遣いが含まれているようにセレスティアには感じられた。何より、彼から悪意を感じないことが、不思議な安らぎを与えてくれたのである。
ライオスは部下にセレスティアの身元を調べさせ、彼女が置かれていた理不尽な状況をすぐに把握したようだった。彼女を衰弱させた者たちへの静かな怒りが、その氷のような貌の奥に宿っているのを、セレスティアは敏感に感じ取った。
少しずつ回復したセレスティアは、この温かい場所で何もせずにはいられなかった。ライオスの許可を得て、侍女の手伝いや庭の手入れを始める。荒れていた庭の片隅に、寒さで枯れかかった一輪の白い花を見つけた。セレスティアがそっと手を触れると、萎れていた花びらがほんの少しだけ、しゃんと上を向いたような気がした。それを遠巻きに見ていたライオスの目が、わずかに見開かれたのをセレスティアは知らない。
ある日の食事の時間。食卓には肉料理や彩り豊かな野菜、そして甘そうなデザートが並んでいた。しかし、長年の習慣で、セレスティアはつい質素なパンとスープばかりに手を伸ばしてしまう。すると、向かいに座っていたライオスが、無言で自分の皿にあった分厚いローストビーフと、きらきらしたフルーツタルトを、セレスティアの皿へと移したのだ。
「えっ、あの……」
「……残すのは許さん」
ぶっきらぼうな声。けれど、その横顔はほんの少しだけ、柔らかい気がした。これは、彼の不器用な優しさなのだろうか。胸の奥が、きゅんと温かくなる。差し出された料理を口に運ぶと、とても美味しかった。特に甘いタルトは絶品で、ライオスも好物なのだろうか、と少しだけ思った。
恩返しにと、セレスティアは料理も手伝うようになった。子爵家で召使い同然に働かされていた経験が、意外なところで役に立つ。彼女の作る素朴だが心のこもった料理は、無骨な騎士たちや、そしてライオスの日常に、ささやかな彩りを与え始めた。
しかし、そんな穏やかな日々に、小さな波風が立つこともあった。若い騎士たちがセレスティアの優しさに惹かれ、気軽に話しかけることが増えたのだ。談話室で騎士たちと和やかに話していると、どこからともなく現れたライオスが、氷点下のオーラを放ちながらセレスティアの腕を掴んだ。
「……行くぞ」
「え? あの、団長様?」
「……執務室に用がある」
有無を言わさず連れていかれるセレスティアに、騎士たちは苦笑いを浮かべて見送るしかない。「団長の護衛が必要なほど、談話室は危険区域になったのか?」とは、誰も口には出さないけれど。
ライオスの執務室に連れてこられても、特に用事があるわけではない。ただ、彼のそばで静かにお茶を飲んだり、本を読んだりするだけだ。それでもライオスは、セレスティアが傍にいることに満足しているようだった。その強い視線に、戸惑いながらも悪い気はしない。むしろ、守られているような、不思議な安心感を覚えるようになっていた。
ある日、ライオスはセレスティアを執務室に呼び、調査結果を淡々と告げた。義妹たちの悪巧み、継母による財産の横領。セレスティアの無実は明らかだった。そして、ライオスは静かにセレスティアの瞳を見つめた。
「お前の『呪い』について、聞かせてくれるか」
びくりと身体が震える。恐れていた質問だった。俯きながら、ぽつりぽつりと話し始める。人の悪意が肌を刺す苦しみ、誰からも理解されず、不吉だと疎まれてきた孤独。
話し終えると、ライオスはセレスティアの頬にそっと手を添え、顔を上げさせた。彼の灰色の瞳は、驚くほど真っ直ぐにセレスティアを射抜いていた。
「それは呪いなどではない」
きっぱりとした声だった。
「お前の清らかな魂が悪意を弾き、危険を教えてくれるだけだ。他者の害意に穢されぬための、天が与えた守りなのだ。むしろ、それは稀有な才能であり、誇るべきものだ」
――誇るべき、もの。
ずっと忌み嫌ってきたこの力が? 涙が、止めどなく溢れ出した。長年のコンプレックスと孤独が一気に溶けていくような感覚。嗚咽するセレスティアを、ライオスは衝動的に抱きしめた。ぎこちない、けれど力強い腕の中。彼の心臓の音がすぐ近くで聞こえる。
「俺がお前を守る。もう誰にも傷つけさせない。お前の居場所は、ここだ」
耳元で囁かれた低い声は、不器用ながらも絶対的な響きを持っていた。この人の傍なら、本当に大丈夫だと思えた。深い安堵と共に、セレスティアの心には、ライオスへの確かな愛しさが芽生えていた。
その数日後、突然、継母とイザベラがライオスの屋敷に押しかけてきた。どうやら、セレスティアが隣国の騎士団長に保護されているという噂をどこかで聞きつけたらしい。イザベラは媚びるような笑みを浮かべ、ライオスに近づこうとするが、彼は氷のような視線でそれを一蹴した。
そして、部屋の隅に立つセレスティアに気づくと、二人は目を剥いた。
「セ、セレスティア!? まだ生きていたの!?」
「こんな汚らわしい娘を、どうしてライオス様が!」
その瞬間、ライオスはセレスティアの手を取り、優しく自分の隣へと引き寄せた。その所作は驚くほど自然で、そして有無を言わせぬ力強さがあった。
「紹介しよう。私の唯一無二の至宝、セレスティアだ」
冷徹な声が、広間に響き渡る。
「彼女を不当に傷つけ、追放した愚か者には、相応の報いを受けてもらう」
ライオスは、セレスティアの持つ力が、精霊との交感による国土浄化の鍵を握るかもしれないという可能性(実際、セレスティアが来てから屋敷の周辺で草花が異常に元気に育っていた)を仄めかした。国の宝となりうる存在を、私利私欲で虐待し追放した罪。継母とイザベラは、ライオスの権力とセレスティアの真価を知り、顔面蒼白になって震え上がった。ライオスは冷徹に二人の罪状を述べ立て、即刻本国へ通達し、厳罰に処すよう手配すると宣言した。
喚きながら衛兵に連行されていく二人を見送り、まだ動揺が収まらないセレスティアの手を、ライオスは再び強く握りしめた。そして、まるで二人きりの世界にいるかのように、他の誰にも聞こえない甘い声で囁いた。
「心配するな。お前さえいれば、他はどうでもいい」
そう言って、ライオスはふっと目を細め、滅多に見せない柔らかな微笑みを浮かべたのだ。そのギャップに、セレスティアの心臓は大きく跳ねた。彼への愛情が、胸いっぱいに広がっていく。
継母たちの騒動が一段落した後、セレスティアはライオスの部屋で静かに気持ちを落ち着かせていた。改めてライオスがセレスティアの前に立ち、真剣な眼差しで告げる。
「俺の傍にいてほしい、セレスティア」
それは命令ではなく、心からの願いだった。セレスティアは涙を浮かべながらも、はっきりと頷いた。
「はい……! ライオス様の、お傍にいたいです」
初めて口にした「ライオス様」という呼び名。それは、過去との決別と、未来への決意の証だった。ライオスの表情が、深い満足感と喜びに彩られるのを、セレスティアは見逃さなかった。
季節は巡り、厳しい冬は終わりを告げた。ライオスの屋敷の庭は、まるで奇跡のように色とりどりの花で満ち溢れている。それは、セレスティアが心を込めて手入れをし、彼女の持つ不思議な力が、草花の生命力を呼び覚ましたからだった。
花々が甘い香りを漂わせる庭園で、ライオスはセレスティアの前に静かに跪いた。そして、小さなベルベットの箱を開き、夜空の星々を閉じ込めたような、深い青色の宝石が輝く指輪を差し出した。
「私の人生の光となってくれ、セレスティア」
普段の彼からは想像もできない、ロマンチックな言葉。セレスティアは感極まり、声もなく頷く。ライオスは優しく微笑むと、指輪をセレスティアの左手の薬指にはめ、その手を恭しく持ち上げて口づけた。そして、そっと彼女を抱き寄せ、甘く、優しい口づけを交わす。降り注ぐ陽光がきらきらと二人を祝福しているようだった。
数ヶ月後。
ライオス・エデルフェルト侯爵(騎士団長兼任)の正式な婚約者となったセレスティアは、屋敷の人々や騎士団員たちから「セレスティア様」と心から慕われていた。彼女の持つ清浄な力は屋敷のみならず、周辺の土地にも良い影響を与え、活気に満ち溢れさせている。「呪われ令嬢」と呼ばれた面影は、もうどこにもなかった。
一方、婚約者となったセレスティアに対するライオスの溺愛ぶりは、日に日に増すばかりだった。執務中であろうとお構いなしにセレスティアの様子を頻繁に見に行き、彼女が好きだと言った菓子を自ら手配し、手ずからお茶を淹れる。その過保護ぶりは、かつての「鬼の団長」「鉄仮面」ぶりが嘘のようだと、もっぱらの評判だった。
「全く、団長も変わられたものだな」
副官のリヒトが、呆れとも感嘆ともつかない声で呟く。
「いや、あれが本来のお姿だったのかもしれんな。セレスティア様の前でだけ、解き放たれたというべきか」
他の騎士たちも、微笑ましそうに頷き合った。
そんな周囲の様子を知ってか知らずか、セレスティアは今日もライオスの腕の中で、世界で一番幸せな微笑みを浮かべていた。彼女の頬を撫でるライオスの指先はどこまでも優しく、その灰色の瞳には、ただ一人、セレスティアだけを映す深い愛情が宿っていたのである。もう二度と、彼女が孤独に震えることはないだろう。彼女の居場所は、永遠にここにあるのだから。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
無愛想なライオス様からの不器用で真っ直ぐな愛と、それに戸惑いながらも幸せを掴んでいくセレスティアの物語、楽しんでいただけましたでしょうか?
個人的には、ライオス様のギャップにきゅんきゅんしながら書きました(笑)
二人にはこの後も、たくさんの甘い幸せが待っていることと思います。
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本当にありがとうございました!