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ささやきごと  作者: 梨藍
8/9

夏祭り

緋岐×紗貴(中3:夏休み)

「うわぁ!やっぱり、隣の町ってだけで雰囲気が全然違うね!」


電車を降りて徒歩数分。やって来たのは隣町の盆踊りだ。


明々とと灯る燈籠が行き交う人々を照らす。カラン、コロンと下駄を鳴らしながら楽しそうに振り返る紗貴(サキ)に、緋岐(ヒキ)は苦笑を漏らした。


「前、向かないと転けるぞ?」


「私、そんなにドジじゃないから大丈夫よ」


祭りの雰囲気に浮かれた紗貴が、緋岐の言葉に笑いながら応えた次の瞬間、見知らぬ通行人にぶつかってよろけてしまう。


「うわっ!?」


それを支えながら、苦笑を浮かべたまま緋岐は溜め息を吐いた。


「ほら、言わんこっちゃない」


そんな緋岐を、ばつが悪そうに紗貴は睨む。耳まで赤くて、照れ隠しの威嚇だと判ると可笑しくて、緋岐は思わず噴き出してしまった。


恥ずかしくて仕方ないのに、分が悪い紗貴は、何も言い返せなくて。そんな紗貴に、緋岐は笛や太鼓の音が誘う先を指を差して言う。


「盆踊り、始まったみたいだ。行こう」


そう言うと、然り気無く紗貴の手を握り先を歩く。繋がれた手が恥ずかしくて堪らないのに、先程の失態を思うと何も言えない。


人混みを抜けて、広場に出る。中央には大きな(やぐら)が設けられており、その頂から四方八方へ提灯が連なっている。


大きな人の輪が、奏でられる音頭に合わせてやぐらを囲って踊り歩く。


灯に照らされて、影もくるくる踊る様はとても綺麗で。


「よし、交ざろうか」


一時、その圧巻の風景に見入っていた紗貴は、声と引く腕の強さに現実に引き戻された。


何時になく積極的な緋岐に、内心たじろぎながらも後に続く。


元来、紗貴はお祭り好きだ。断る理由がどこにあろうか。


くるくる


くるくる


人の輪が回る。


調子の良い音頭に合わせて、人が、影が、踊り、回る。


前で踊る緋岐の所作に、紗貴は思わず見惚れてしまった。


洗練された手が、身体を傾げる際の優美な動きが、視線を奪う。


一瞬、踊るのを忘れて惚けていると、目と目が合った。


緋岐の口が「どうした?」と動く。はっと我に返った紗貴は、首を左右に振ると、踊りの輪に戻った。


そんな紗貴に、緋岐は軽く首を傾げるばかりだ。


仄かに赤く灯る提灯が火照った顔を緋岐から隠してくれたのは、紗貴にとっては有難い限りだった。



※※※※※




踊りの輪が解けて、立ち並ぶ出店を二人で並んでゆっくり歩く。


周りは知らない人ばかり。そこに隔離されたような感覚が二人を包む。


友人や弟達に囲まれた、何時もの喧騒から遠退いたゆっくりと流れる時間は、何処か心地好くて、何処か面映ゆい。


然り気無く繋がれた手は、果たしてどちらから掴んだものだったのか。


繋がれていない反対の紗貴の手は、ヨーヨーで一定のリズムを刻む。


「そう言えば……」


ふと、思い出した様に緋岐が口を開いた。


「踊ってた時、一回固まっただろう。どうかしたのか?」


緋岐の問いに、ヨーヨーの刻んでいたリズムが乱れた。


それは、まるで紗貴の動揺を刻んでいる様で。


何気無く聞いたつもりだったのに、思いも寄らない反応が返って来た事に驚いて、一歩後ろで止まってしまった紗貴を振り返る。


「……紗貴?」


訝しむ様に顔を覗き込めば、その顔は真っ赤に染まり上がっていて。


「いや……その……」


口ごもる紗貴に、緋岐は悪戯心を燻られて、ついつい人の悪い笑みを浮かべて更に追い討ちを掛ける。


「紗貴?」


甘やかな、だがしかし逃げ道を完全に塞ぐ様な緋岐の呼び掛けに、紗貴は観念してゴモゴモと呟く様に応える。


「緋岐くんの所作……綺麗だなって……思ったら、見惚れちゃって……」


蚊の鳴く様な細い声。それは、でも、ちゃんと緋岐に届いていて。紗貴を揶揄するつもりが、とんだ反撃を喰らってしまった。


まさに、ブーメランだ。


急に込み上げた気恥ずかしさから逃げる様に、袖で顔を隠す。妙に、頬が熱いのは気のせいではない。


「いや、まあ……昔、日舞をやってたから……」


緋岐の言葉に、パッと顔を上げた紗貴は納得がいったのか、満面笑みだ。


「だからか!道理で、緋岐くんの所作がキレイな訳だ。浴衣着てる時とか、歩き方からして、何か綺麗だもんね!」


「いや、紗貴……ちょっとタンマ……」


このままでは褒め殺される。心臓がもたない自信のある緋岐は、紗貴を止める。だが、紗貴は更に容赦なく言い募る。


「こう、ちょっとした仕草とか……キレイで、スッとしてるって言うか……手の動き一つ取っても、優雅で……」


「紗貴!」


これ以上は聞いていられなくて、握る手に力を込めると同時に、語気を強めて紗貴を呼んだ。


きょとんとする紗貴に、屋台を示す。


「……たこ焼き、食べよう」


口を出たのはそんな言葉で。余りの間抜けさに、打ちひしがれたのだが、紗貴は気付いていない様子で邪気の一欠片もない笑みを向けてくる。


「そうだね、何かお腹空いちゃった」


言いたい事を言えて満足したのか、スッキリした表情で緋岐の手を引いて屋台に向かう。


(本当に綺麗なのは)


―― 作られた美しさではなく


(紗貴の方だよ)


―― 自然なままの、貴女の笑顔


一歩先を歩く後ろ姿を見ながら、緋岐はそっと心の中で告げるのだった。



END

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