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ささやきごと  作者: 梨藍
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茜の空・蒼い月

敦(小6:晩夏)

毎夜、嫌な夢を見る。

全て壊される夢を。

全て奪われる夢を。


ただ一人瓦礫に佇み骸を踏み締める。あの暴力にも似た絶望は、だけど夢でないと知っている。


だから決めたのだ。

何が正義で、何が悪かなんて関係ない。

ただ約束を守る為に、存在しようと。



「……くしゅんッ……」



緩やかに意識が浮上する。同時に、やたらと腹部が重たい事に気が付いた。視線を横に向ければ、何とも呑気に寝息をクゥクゥと立てている幼馴染がいて。更に視線を辿れば、片足が敦の腹部を圧迫している。


「こいつ……」


胡乱気な眼差しを向けて見ても、反応が返る筈がなくて。


―― トントン……


縁側から奥まったところにある台所で、由貴の母親が夕飯の下ごしらえをしている音が聞こえてくる。優しい鰹出汁の香りが鼻孔を擽れば、お腹もグゥとなるのが自然の摂理というものだろう。


カアカアと、綺麗なオレンジ色に染まった空を、烏の群れも飛んで行く。……のを眺めながら、敦はそっと自身の額に刻まれた大きな傷に触れた。


「俺は……高条 敦……の、ニセモノ……なのに……」


こんなに心穏やかに過ごして、いいのだろうか。ふと、不安になる。自分がただの、普通の人間だと錯覚しそうになってしまう。


ひぐらしが、秋の訪れを歌う様に遠くで鳴くのが耳に届く。吹く風が夏の終わりを知らせる様、少し冷たくなって来ていて。


「……さむ……」


思わず呟いた瞬間、隣で寝ていた由貴がコロンと寝返りを打って敦に抱き付いて来た。


どうやら、由貴も寒かったらしい。もぞもぞと一時動いていたが、どうやら居心地のいいところに収まったらしい。そのまま起きる事無く寝ている。


「……俺は、湯たんぽじゃないっての」


悪態を吐きつつも、満更でもない。ずっと一緒に過ごして来た、この幼馴染と、これからもずっと一緒に大人になっていくのだと思っていた。


―― なのに……


今年の夏、ひょんな事がきっかけとなり、敦は失くしていた記憶の全てを思い出した。


自分が、高条 敦という身体に入った異物だという事。この世界の成り立ち、原初の罪その全てを。


輪廻の巣から弾かれてまで、自分が望んだものが何かも。


果たさねばならない約束も、全て。


だけど、思い出したからと言って、今まで過ごして来た時間や思い出が消える筈もなく。


幼馴染と一緒に、ずっとこうして変わる事無く長閑な日々を送って行くのだと、そう信じていた。


……信じて、いたかった。


「……さむ……」


言いながら、自身を湯たんぽがわりに抱き付いている由貴に抱き返す様に腕を回す。腕の中からする陽の香りが、胸の奥の尖った感情を溶かしていく。


すると、少し遠くから足音が聞こえて来た。思わず、タヌキ寝入りを決め込むと、兄や姉と慕う4人組が姿を現す。


「ただいま……って、あらま、寝ちゃってるわ」


クスクスと笑いながら言うのは、由貴の姉である紗貴らしい。


「何か、子犬っぽいよね」


何て言いながら腰を下ろして敦の頭を撫でて来るのは将だ。


「……風邪、引くぞ。こいつら……」


呆れた様に言いながら、起こそうと由貴の肩を揺らすのは緋岐。だけど、「むぅ」と駄々をこねる様に、由貴は敦に益々ひっついていくだけで。


「寝る子は育つってやつだな」


面白そうに、そんな緋岐と由貴の攻防を眺めながら言うのは、蘭子だ。いつの間にか家に上がっていたらしい紗貴が、ブランケットをふわりと広げてそっと二人掛けてやる。


「やだなあ……敦も由貴も、このまんまでいいのに……」


そんなことをぼやきながら、由貴と敦の頭を優しく撫でるのは、紗貴だ。


「目指せ180cmだったか?」


苦笑交じりに言うのは、緋岐。


「出来れば、このまんまでいて欲しいよね」


そう優しく言いながら、ブランケット越しに敦の背中をポンポンとあやすように叩くのは将だろう。


「真っすぐ育ってくれれば、それでいいだろう?」


言いながら、蘭子は敦と由貴のまだあどけなさの残るまろい頬を人差し指でツンツンと突く。


掛けられたブランケットから、洗濯されたばかりの匂いがして。


“高条 敦”は、この時間が一番好きだった。兄弟みたいな、一番の大親友が隣に居て。厳しいけど優しい兄姉がいて。


遠くから、夕飯の下ごしらえの音が聞こえて来て。


大好きで、だけど、一番自分の歪さを思い知らされる、大嫌いな時間だった。



―― でも、だから……



今度こそ、壊されないように。

今度こそ、奪われないように。



「最後まで、抗ってやる……」



そう、蒼い月にそっと誓いを立てるのだ。



END

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