表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ささやきごと  作者: 梨藍
3/9

ある朝の風景

『ずっと一緒』

それが叶わない夢だと

僕らは知ってる


―― 由貴・敦 小学六年生 ――


「オハヨーございます!」


高条(たかじょう) (あつし)は瑞智家の玄関を開けるや否や、挨拶もそこそこに慣れた足取りで2階に駆け上がる。そして勢い良く部屋の襖を開け放った。


そのままズカズカとベッドまで近付くと、何の躊躇もなく布団を剥ぎ取る。それでもスヤスヤと惰眠を貪る幼なじみの耳元で怒鳴る様に言う。


「オハヨー!グッモーニン!」

「……うー……敦?……後………5日……」

「馬鹿か、お前!後5日も寝るつもりかよ!起きろ!5日も寝たらお腹すくだろ!?」


的外れな要求に、これまた的外れなツッコミを入れながら、敦は幼なじみの上半身を半ば無理矢理起こして揺さぶる。


「今日は日曜日だろー……」


クワァッと大きな欠伸を一つすると、ボサボサ頭を掻きながら抗議の声を挙げた。


「まだ、7時前じゃんかー……」

「甘い!甘いぞ、由貴!」


文句を言いつつダンゴムシの様に丸まってしまった由貴に、仁王立ちした敦が喝を入れる。


「日々の鍛練こそ、夢を叶える第一歩!今日その第一歩を踏み出すんだったろ!」


言われた言葉に由貴は昨日を思い出した。


『夢を叶える為には、鍛練することだな』


人の悪そうな笑みを口の端に浮かべてそう嘯いたのは、敦の兄 (さとき)である。


「毎日ジョギングしただけで、ダンクシュートが出来る様になるんだぞ!?」


無論、鋭のついた出鱈目である。走るだけでダンクシュートが出来る様になれば苦労はない。


………が、非常に残念な事に、その事実を糾せる人間が ―― とどのつまり、ツッコミ役がいなかったのだった。力説する敦に由貴は生返事を返すと、モゾモゾと落ち着く体勢を作る。


そして、また夢の中へと戻って行った。何となくそのやる気の無さにカチンと来た敦は、ムッとして由貴の耳元に囁く様に言う。


「走ったら、走った分だけ背が伸びるんだって……」


言葉が終わるか終わらないか……とにかく、スイッチが入ったらしい由貴の行動がいきなり機敏になった。テキパキと着替えを済ませて敦に言う。


「よし!敦、行くぞ!」

「おう!」


—— いつからか……

そんな事、二人とも覚えてはいない。


気が付けば隣にいる

そんな存在で……何をするにも常に一緒だった。


だから、敦としては今回も由貴は一緒だと信じて疑っていなかったのだが……


「なあなあ、バスケ楽しい?」


並走しながら由貴が聞いて来る。

その言葉に敦は即答する。


「おう!なあ由貴、やっぱり一緒にやんないか?」


テレビでたまたま見たバスケットボールの試合風景 ――

敦はそれからバスケに夢中になった。


今では週末欠かさずに、中学生に混じってバスケに明け暮れるのが日課となっている。勿論、いつもの様にすぐに由貴の所へ駆け込んだ。


『バスケ!バスケやろうぜ!』


しかし、何度誘っても返って来るのは同じ言葉……


「んー…俺はいいや……」


困ったように少し笑って、由貴は応える。


「そっか……」


敦もしつこく言うでもなく大人しく引き下がった。


一緒に出来れば倍楽しいだろう


―― だが成長すればする程、互いの道が離れて行く事は判っていて……


今回も単に由貴と敦の趣向が合わなかっただけの事だと、敦自身納得していた。


「背がな……」


ぽつりと呟いた由貴に、敦は思わず聞き返す。


「え?何か言ったか?」

「背がもうちょっと高かったら、してみたかったな……」


由貴の言葉に思わず立ち止まった。

それに気付いて由貴も止まる。


「何だよ……敦?」


俯いたまま動かない幼なじみに、心配そうに覗き込む。


—— その時……


「なぁんだ……」


堪え切れずに、敦は笑い出した。事の次第について行けず、由貴はポカンと相手を見遣る。


「なぁんだ…俺だけじゃなかったんだ…」


いつまでも同じではいられないと、判っていた。ずっと一緒、ずっと同じなんて有り得ないと既に知っていた。


—— でも……


判っていても望んでしまう。

知っていても期待してしまう。


それは由貴も一緒だった。だが、バスケをするには致命的な欠点があったのだ。小学6年生にして、まだ140㎝に満たない。四捨五入したら130㎝だ。いくらまだ成長期がまだとはいえ、敦が今入っているチームでプレイするには、余りにも低すぎた。


前々からではあったが、最近は特に由貴が身長を気にしていた理由が判っ気がした。


そんな由貴の心情が、不謹慎にも嬉しくて……


「笑う事ないだろ!」


何を勘違いしたのか


―― 自分の身長を馬鹿にされたとでも思ったのか


由貴は顔を真っ赤にして怒鳴る。


「ああ、由貴ごめんなー……ちびっこにはバスケ無理だよなー……」


敦も、今更本心を曝すのは気恥ずかしくて、そんな野次で隠したのだった。


「人が気にしてる事をー!あ!?こら!待てぇ!」

「ははは!足の長さが違い過ぎるからな!追い付けまい!」

「今に見てろよ!毎日走れば、ジャイアント馬場も夢じゃない!」


後方から叫ぶ由貴に、敦は残酷な現実をさらりと暴露した。


「走った距離分、身長伸びたらホラーだろ」


由貴は再び言葉を失ったまま足を止めた。

敦は気にせず先に進む。敦の地を蹴る音が、軽快なリズムを刻みながらいやに大きく響く。


「待てぇ!敦ぃ!!」

「ハッハッハッ」


笑い声を追う様に由貴が駆け出した。


『ずっと共に……』


その約束に、ずっと縛られている。


―― 否 ――


自分が望んだ約束の鎖だ


かつて夢に描いた現実がここにはある


ここに居れば、あの忘れられない凄惨な悪夢にうなされる事もない


—— でも……


知っている

逃れられない

運命の歯車は廻り始めた


軋む音は、血の原を彷彿させる


思い馳せる“故郷”は

どんなに手を伸ばしても

触れる事の出来ない

泡沫の彼方


—— でも……


忘れようとする自分を

戒める様に

時折傷むのは

消えない額の傷痕


それは確かな罪の証


「それでも……今だけは……」


そう祈る様に呟いた瞬間……


「追いついたぁ!ていやぁ!」


追い付いた由貴が、敦の背中に勢い良く飛び乗る。


「うわぁ!?ちょっ!ギブギブ!」


首にぶら下がられて本気で苦しくなり、焦って自分の首に回された由貴の腕を叩く。


「天誅だぁ!!」


朝の澄んだ空に、少年達のじゃれ合う声が響き渡った。



END


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ